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夜ソウジは居酒屋に足が向き自宅の玄関を開けるように店の扉を開けるという自然な動作が身につくほど通いつめた店に入る。

焼き鳥を焼く匂いと煙で自然に笑みになりカウンター席につくと店主が言葉を交わさずおしぼりを出してくれ顔を拭う。

奥の方からは若者の笑い声が響いてくる。年齢幅広い客層が集まるこの店がソウジは気に入っていた。


店主が再び何も言わず焼き鳥の皮を出してくると口の中に突っ込み乱暴に奥歯で噛み串を勢いよく抜く。

口の中に残った皮を力いっぱい噛み締めた後に喉に流し込む瞬間は年甲斐もなく胸が踊ってしまう。

看板娘の可愛い子がビールを置いてくれると乾ききった口に勢いよく流し込むと満足の溜息を漏らす。



「どうしたい。今日は悩んでる顔つきだね」



長年通ってるせいか感情を読んできた店主に坊主頭をかきながら苦笑いで答える。



「いや、まぁちょっと仕事で嫌な事あってな」



「俺なんか数えたらきりがないくらいあるぜ!! 元気だせよソウちゃん」



気前がよく誰にもで優しい店主の笑顔を見ると少しだけ楽になった気がした。

焼いてる煙の向こうでいつも笑顔で迎えてくれる店主には何度も心を助けられた。

しかし今回はそんな店主の笑顔も霞んでしまう。



「立ちんぼ……か」



新人の一人の若者が言っていた事に反論は出来なかった。誰でもわかる事、一日でも現場に立ってれば感じてしまう事。

もしこの仕事を続けたら生涯ひたすら立っているだけ、誰にも気にされず安い金で肌を焦がしメット内で汗をかき頭皮を痛めつける毎日。

ソウジはそれを10年続けてきたが仕事に慣れる事は一切なく毎日苦痛だけだった。


仕事を解雇されてから人生は転げ落ちていった。嫁に八つ当たりし揉めて、結局は金もなくなり見限られ気づけば誘導員。

事務所の近場で一番安いアパートを見つけ、毎月家賃と生活費と仕事の量と金を天秤にかけて生きてきた10年。

ソウジは怖かった。こんな生活が後何年続くんだと、病気になるまで立っているのかと思うと怖い。



「本当にどうしてだろうな」



学生時代の同級生は孫まで出来た奴もいた。今では子供達に世話をしてもらってる者もいる。

なぜ自分だけと思ってしまう。真面目に生きてきたとが言えないがこんな仕打ちは酷いだろと見えない何かに言いたい。

まるで子供が駄々をこねてるみたいと自覚はある。



「人間ってのは結局は子供のまんまなんだよな。大人になったふりをしてるだけで本質は我がままな子供なんだ」



「なんだソウちゃん、面白い事言うね」



「いや聞かなかった事にしてくれませんか。ただの酔っ払いの戯言ですよ」



恥ずかしい事を聞かれたと思い勢いよく焼き鳥にかぶりつくが不思議と味が薄く感じてしまう。

昔読んだ本に書いてあった事を思い出す。満足な人生は食事の味を濃くしてくれる。逆の人生ならば味は薄くなるであろう。

まさか本当にそれを体験するとは思わなかったと一人で笑ってしまう。


笑いは次第に消え次に出てきたのは涙だった。何が悲しいのかわからないが涙がカウンターの上に落ちていく。

鼻水は垂れ、肩は震え、嗚咽も微かに漏れ始めてきている。おしぼりで顔を何度も拭うが止まらない。

何を察したのか店主がカウンターから身を乗り出し声をかけてきた。



「どうしたい、具合悪いのか」



「……いや、ちょっと……なんでもないんで気にしないでいいです」



ろくな言い訳も思いつかずソウジは声を必死に殺しながら泣いた。

居酒屋のカウンター席で理由もわからずこぼれ落ちる涙を拭いながら漏れそうな声を口を閉じて我慢しながら泣いた。

しばらくしてティッシュを貰い鼻水を処理すると店主にお代を渡し店を出る。


外に出ると蒸し暑い熱風が体を叩き空は星空。誘導員の制服のままきたソウジはポケットに手を突っ込み下を向きながら歩き出す。

街灯の光の下を歩き自販機の横を通り過ぎて、酔っ払いが何か叫んでる場所を通過し……ソウジは理由のわからない悲しさを抱え歩いた。

ボロアパートに到着する頃には気持ちが落ち着き年季の入ったドアノブを回した。



「ふぅ、明日から遠藤の奴とどんな顔で仕事すれば……まぁあいつも割り切るだろ人間関係くらい」



帰宅してからは特にやる事がない。趣味の体を鍛える事も今日ばかりはやる気が起きない。

他に一切ない。何か娯楽でもあればと思うが金に余裕がない以上できない。

ソウジは何も出来ない。好きな物も買えず、生きるための最低限の小銭を稼ぐ事を毎日考え年老いていく。



「寝るか」



歳のせいか睡魔がくるのは早く。布団を敷き電気を消すと真っ黒な天井を見上げ体から力を抜く。



「……う、うあああああああああ!!」



わけもわからず叫んだ。どうしようもない人生への怒りの声か悲しみの泣き声かもわからずソウジは叫んだ。

叫び疲れ意識が途切れるまでの時間の間はソウジは隣人の事など気にせず叫び続けていく。

58歳の老人がどうしようもない毎日を生きてる。何にぶつけていいかわからない怒りや悲しみを抱え生きるしかない。



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