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プロローグ

男の名前はソウジ。年齢58歳、仕事交通誘導員。

結婚は一度してるが離婚し今は独身で萎びたアパートで一人暮らし。

途中までは会社員で人生順調に生きてきたがリストラされ40代にして無職。

年老いた無職を欲しがる就職先もなく、辿り付いたのは誘導員。



「え~今日の誘導目標を各自リーダーお願いします」



工事現場に行く前に事務所に集まると作業員と一緒にラジオ体操後に整列し号令のように言い渡される。




「今日も事故もなく安全に誘導を心がけます」



「なんだぁ~今日も似たようなぁ目標だなぁ」



現場の作業員が横槍を入れるとリーダーのソウジは特に表情を動かさず軽く頭を下げる。

10年以上誘導員で生活をしたためにベテランにされ今ではどの現場でもリーダー役になっていた。



「君達新人2人は交通量の少ない横道で通行止めね。おい遠藤俺らはここだ」



「よっしゃ!! 気合入れて誘導すんぞ!! 特に新人二人楽な場所だからって気抜くなよ」



怒鳴るように遠藤の声で新人は嫌な顔を見せてしまい遠藤と口論になる一歩手前でソウジが間に入る。



「遠藤も言いすぎだ。通行止めに気合入れてたら疲れて逆に集中力どころじゃないぞ」



「しかしですねソウジさん最近の若い奴らは誘導を舐めてます!!」



工事が始まると各自配置につき後は特にやる事がない。ただただ立っているだけ、たまに車がきても通れないサインを出すだけ。

たまに文句を言う運転手も言うが現場監督を呼べば誘導員の仕事はない。

季節は真夏で立っているだけで大量の汗が出て肌はどんどん焦げていく。新人が気になり早めに休憩をとらせようとソウジがいくと。



「え、嫌ですよ。だって休憩終わったら残りの時間全て立ちっぱなしですよね? だったら最初頑張って休憩した後に楽したいですよ」



「もっともな意見だな、わかった待ってろ」



新人の意見を遠藤に伝えると怒りの沸点が低いのか新人に怒鳴り込んでしまう。



「おいてめぇまだ初日の分際で何抜かしてんだ!!」



「いや思った事言ったんですけどそんなに悪い事ですか」



炎のような遠藤にたいして新人は氷のように冷静で愛称は最悪。誘導員が声を上げて口論しあう姿は工事現場の作業員の目に入る。

作業員は注意するわけでもなくただ笑っていた。いい大人が休憩時間の取り合いで争うのは滑稽だったであろう。

ソウジは二人を止めようともせず。ただ黙って見守ってた。思う事はいつも同じ。



「くだらねぇ」



ソウジは心底今の仕事が嫌いだ。特別な権限があるわけでもなく、運転手から文句言われても反論できず、だからといって給料は高くない、むしろ底辺。

しかしだからといって生活のためにやめるわけにはいかない。ストレスと引き換えに得る金で息をしている自分も大嫌い。

その愚痴を口には出さずに淡々と仕事をこなしていく。仕事中は自分を殺し思考停止。



「あ、そーだ」



ふと気づきもう一人の新人に向かう。一応は誘導員の責任者、新人の管理は最低限はこなさそうと見に行くと。



「……うぅ」



歳は20代中盤から後半だろうか、初日で着こなせてない汚れがまったくない制服と傷一つない誘導棒を持ち一人の男が泣いていた。

何が悲しいのかソウジにはなんとなくわかる。同じ気持ちや経験をしたからだ。

仕事は嫌だが誰にも気づかれずアスファルトの上に涙を落とす新人を見ると胸が痛む。



「隣いいか」



顔を見られまいと腕で何度も目元を擦る新人の横にソウジは座る。アスファルトの上に胡坐をかき持っていたコーヒーを渡す。



「いいんですか先輩、一応俺ら通行止めで立ってなきゃ」



「こんな所車来るかよ、だいたい看板見て突っ込んでくる車なんているかよ。まぁお前も座れ」



強引に新人も座らせると憎たらしく晴れてる空と太陽を見上げながらソウジは言う。



「あっちでな遠藤と新人が口喧嘩してんぞ。休憩時間で揉めてんだぜ~まったく笑っちまうよなぁ」



「やばいっすよ!! 座ってる所なんて見られたら」



「あっちの口喧嘩とこいってるから安心だ。こーゆサボり方もベテランなんだ俺は」



新人も吹っ切れたのか缶コーヒーを一気に流し込むように飲むと大きな溜息を出し顔を下げた。



「俺本当に何もできなくて……勉強も駄目で仕事もすぐクビになって、気づけば30手前で……」



溜まってた涙を落としながら鼻水をすすり弱音を出し新人は語る。



「別にこの仕事を馬鹿にしてるわけじゃないけど……将来の事考えてると怖いんです。すいませんこんな事言って」



「話を纏めると、こんなろくでもねぇ仕事を何十年を続けて一人ひっそり孤独死するのが怖いと」



あまりに無慈悲な現実をソウジが突きつけると新人は深く頷く。



「偉そうな事もためになる事も言えないなくて悪いが……まぁ……わりぃ!! なんも思いつかねぇわハハハハ」



「先輩今笑って誤魔化さそうしましたね」



「う、うん。歳とると頭も回らないんだ、元々頭も駄目だけどな」



勢いよく立ち上がり背伸びをすると、うな垂れていた新人が少しだけ笑顔が戻りソウジも笑う。



「まぁ泣きたきゃ泣け!! ただし現場の奴等にバレないように泣け!! あいつらうるせぇから」



「あんた最低の先輩だ!! 少しは元気づけるとかしろよ!!」



「ウハハハ俺がそんないい先輩に見えるか!!」



高笑いしながら手を振りながら去っていくと自己満足に浸りながら持ち場に戻る。



「あーゆう元気のつけ方もあるんだぜフフ……しかしなぁ」



交通誘導員は昔は1日で1万以上も貰えた時代もあった。今では6千円弱多くて7千弱。それを月給で計算すると大人が稼ぐ金としては少ない。

長く続けても出世の見込みもなく、独立して事務所を構えたとしても競争相手が多すぎて個人では勝負にならない。

新人の気持ちが痛いくらいわかり年季の入った溜息漏らし暑苦しい太陽を見上げ気分がめいってしまう。



「ソウジさん!! あの生意気な新人帰るとか言い出しまたよ!!」



「あのなぁ遠藤よぉ~仕事にやる気があるのはいいがな、そのやる気を押し付けるなよ。皆嫌々この仕事してんだ」



遠藤にたいして珍しく意見をする。普段やる気のある遠藤はほっといても仕事をこなすがたまに人間関係でトラブルが起きる。

この仕事でやる気満々の奴なんて遠藤以外見た事がない。本当に嫌がってる顔で仕方なく生活のためにやってるだけ。

遠藤の暑苦しい態度につい本音が出てしまう表情まで強張らせてしまい。言った後にやばいと気づく。



「ソウジさん。貴方は仕事をちゃんとこなすしミスもない。誘導員の中じゃ尊敬してます、でもそーゆ風に思ってたんですか」



怒ると思ったが遠藤は静かに語りどこか悲しそうな顔で言う。



「……悪いな。本音言えば俺この仕事大嫌いなんだ。毎日辞めたいとか帰りたいとか思ってんだ」



本音を言うと遠藤は握り拳を作り震わせて視線を落としていた。



「でも仕事はちゃんとやるよ。新人どこにいる」



「あっちにいきました」



遠藤に無言で案内されると車内から荷物を出す新人がヘルメットを脱ぎタオルで額を拭きながら振り返る。



「あ、きましたか。すいません先輩この仕事無理そうです」



「そっか、立場から言えば辞めてほしくはないがどうしても無理か?」



「次の仕事までの繋ぎでと思ったけど無理ですね。通行人の目を見ました? まるで石ころでも見るような目ですよ?」



その言葉を聞いた遠藤が無言で歩き出し拳を作り振り上げた瞬間にソウジが後ろから羽交い絞めにした。



「遠藤!!」



「ふざんけなぁ!! 同じ仕事だろうが!! 国から依頼されて道路作ってんだろが!!」



「遠藤さん失礼を承知で言いますが」



新人の一言は放たれる。



「貴方が思い描いた将来の姿は今の姿ですか? 過去の自分に胸を張れますか? 今が満足ですか」



怒りの沸点が低い遠藤にとどめの一撃のような言葉に動いたのはソウジだった。

鋭い前蹴りを放ち新人の腹部を貫くと転げ回り嗚咽を吐いていく。



「事務所には俺が上手く言っとく、もう帰っていいぞ」



「ガハ!! オォ……この!!」



新人も先に手を出され仕事のストレスで切れてソウジに殴りかかるが当たらない。

老人の動きとは思えないフットワークで避けて膝に蹴りを入れて動きを止める。



「先に手を出したのは謝るがこれ以上はやめようぜ」



「このジジイが!! 誘導員の底辺風情が何抜かしてんだ!!」



その言葉は決して誘導員に向かって言っていけない言葉だった。自分の仕事を底辺呼ばわりされた遠藤は鬼の形相で近づいていく。



「てめぇらなんざ一生立ちんぼしてろや!!」



新人は遠藤の迫力に負けて荷物を担ぎ去っていく。怒りが冷めず追おうとする遠藤をソウジに手が止めた。



「これ以上喧嘩事になると後々面倒だ。遠藤もうよそうぜ」



「ちくしょうが……そんなに誘導員は駄目なのかよ!!」



「駄目とは言わねぇよ、俺らだって現場作業員を車から守る立派な仕事じゃねぇか。でもまぁ考え方は人それぞれだ新人の言う事なんざ気にすんな」



先程遠藤に本音をいった手前誘導員を立派だの言う事に躊躇したが何とか口にだし遠藤をなだめる。



「作業員が騒ぎに気づく前に配置に戻るぞ」



「わかりましたソウジさん」




  














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