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「戦場のメリークリスマス」

 開拓惑星ファイル、その中央大陸の夜空は星が少なく闇が濃い。

 薄暗い闇の中、虫の音だけがしんしんと響く。十二月だというのに周りは蒸し暑い。


 宇宙開拓が始まってすでに四〇〇年が経過していた。


 今では、地球市民、宇宙市民と差別化が行われるまでに一般化している。


 ワープ航法が確立するまでの間、宇宙開拓は当初困難を極めた。何しろ、開拓民を惑星に送り込むだけで十年もの月日がかかっていたからだ。ワープ航法が確立してからの惑星の地球化計画テラフォーミングによって、人類の居住可能な惑星は着実に増えていった。


 そして、宇宙開拓より三〇〇年、開拓民たちはついに地球自治の放棄、すなわち独立を宣言すると、各惑星に置かれた地球領事館を襲撃、それによって宇宙戦争が勃発した。


 以後一〇〇年、宇宙のあちらこちらで人々は争い、殺し合いを続けている。


 開拓惑星ファイルもそんな惑星のひとつだ。


 宇宙戦争といっても、すべての惑星が独立を宣言しているわけではない。即率を行わず、地球圏との関係を維持している惑星も少なくない。


 一〇〇年も続いた戦争は、物資や人材の関係等によりこう着状態となり、各地での小競り合いが中心となっていた。


 各惑星でも、使用している暦は地球暦のものだった。


 西暦二六三五年。


 宇宙の片隅では、今でも戦争が続いている。


 フォルカスは草の覆い茂る大地に伏せ、じっと闇を凝視したままにじみ出た額の汗を拭う。べっとりとした額に浮かんでいた。ずっしりとした機関銃の重みを手に感じながら、虫の音と何もない闇だけに意識を集中させていた。


 初めのうちはちくちくとした草を気にしていたが、時間が経つにつれどうでもよくなってしまった。

 つんとした体の臭いが鼻につく、昼頃に一度川の中を通ってきたのだが、それぐらいでは体臭は消えなかったらしい。


「おい」


 隣にいる仲間が小声でフォルカスを呼んだ。

 横目で仲間を見ると「あそこを見ろ」と指先で右前方を指し示す。


 目を凝らして闇に意識を集中する。

 草が揺らいでいる。しかもそれは風による揺れ方にしては少し不自然だった。

 不意に。

 今まで耳障りだった虫の音が絶える。唐突にして訪れた静寂。何者かが近づいてくる。気配はなかったがそれだけがはっきりと分かった。

 草地を踏み分ける音、時折立ち止まっては罠がないかを確認している。間違いない、敵だ。

 一気に鼓動が激しくなってきた。

 自分の息づかいがはっきりと聞こえる。手と額にじっとりと汗が浮かび上がり、フォルカスは何度も何度も額の汗を拭った。

 かさり。

 草のこすれ合う音。草は丈が高く大人が立っていても隠してしまうほどに大きい。それでも、草の動きで敵の位置はつかむことができた。

 敵は確実に近づいてきている。

 かさり。

 微かな音が心臓の鼓動をさらに高くする。

 フォルカスは銃を構えグリップの部分をきつく握りしめる。

 銃口を草むらに向けたまま、フォルカスは「時」が来るのを待った。

 そして、草むらをかき分けて何人かの兵が姿を現した。

 相手はまだこちらに気づいていない。銃の構え方でそれが分かった。彼らは罠にばかり気を取られ、こちらの存在に全く気づいていないようだった。

 隣で仲間が親指を立てて前方を指す。

 


「殺れ」というサインだ。


 フォルカスは小さく頷くと、銃口を敵兵へと向けた。

 まさか目と鼻の先に敵がいるとも知らず、兵たちは無防備なまま地面だけを凝視している。


(今なら大丈夫だ)


 敵は気づいていない。今なら確実に敵を殺すことができる。

 心の油断が隙を生んだ。

 カチャリ。

 フォルカスは心臓を鷲掴みされた思いで銃に触れて音を立てた自分の胸元のペンダントを見る。はっとなり前方へと視線を転じた瞬間、敵が銃を構えるのが見えた。

 とっさにトリガーを引き絞る。

 軽い振動、音はない。消音されている。

 銃弾は一人の兵士の右肩に命中した。悲鳴を上げて銃弾を受けた兵士がその場に倒れ込む。

 タタタタタッ。

 小さな風船が破裂するような、小さな音が連続して響いた。それに合わせて草原の先がちぎれ、土が弾ける。


「撃て!」


 号令をあげ仲間が一人立ち上がった。銃を連射したまま、近くの木陰に身を隠す。

 その後を追うように銃弾が空をなぐ。

 フォルカスもトリガーを引き絞ったまま、暗がりの中銃を乱射した。

 消音された銃での撃ち合いのため音は小さい。

 闇の中、火花が散った。フォルカスは火花の散った方に向かって銃を撃つ。

 どさりと鈍い音が響いた。

「やったか?」

 言って自分の失言に後悔する。弾かれたように体を反転させると案の定、先ほどまで自分のいた場所い銃弾が撃ち込まれていった。 爆音と共に炎が上がる。手榴弾だ。

 炎に照らされて、敵の姿と自分たちの姿がシルエットとなって炎の中に浮かんだ。

 フォルカスは地に伏せ、銃を撃つ。

 目標などない。死に対する恐怖を打ち払うかのように、フォルカスは銃の引き金を引き絞った。

 叫んでいるせいか、それとも爆音のせいで耳がおかしくなったのか、何も聞こえてこなかった。まるで無声映画の中のワンシーンのように音のない炎が噴き上がり、人が倒れ銃口が火を吹いた。

 ただつんとした土の匂いだけが、フォルカスを現実に引き止めていた。一枚のフィルターを通しているかのように、今目の前で起こっていることが現実として受け止められない。それは戦闘中にしばしば起こることだった。銃を撃ち、人が死ぬ。それがくり返されていくうち、何だかそれが現実ではないような錯覚にとらわれることがあるのだ。仲間が次々と死んで行く。その精神的ストレスは計り知れない。


(それは精神的なストレスが原因で起こる。現実逃避って奴さ)


 悩みを打ち明けた仲間は、安物のたばこをふかしながら白い歯を見せい笑うだけで、まともにかかわってはくれなかった。

 不意にフォルカスが身を隠していた木の幹がはじけ飛ぶ。

 気がつけば既に、敵が近くまで来ていた。


(ここは危険だ)


 本能のどこかで囁く声がある。フォルカスは迷う事なくその声にしたがって木の影から飛び出し、先ほど銃の応戦の火花の見えた仲間のいる場所へと向かった。

 がさがさと自分が草をかきわける音がやけに耳につく。それがなおいっそうフォルカスの心を不安にさせた。それはまるで小さい頃によく友達としていかくれんぼの時のような心境だった。

 そう、友達を誰一人見つけられなくて自分一人だけが取り残されたような……


「ビビッド、トリスタン」


 仲間の名前を小声で呼んでみるが、答えはない。

 身を隠すために移動したのか、それとも。

 フォルカスは横倒しになった木を飛び越え、丈の高い草に身を隠す。


「みんなどこに行ったんだ……」


 無線機での連絡はできない。無線機は仲間の一人が持っている。


 銃の音は既に消えていた。聞こえてくるのは耳を聾するほどの自分の鼓動と、だんだんと迫ってくる草のこすれ合う音。

 フォルカスは気配を押し殺して、銃を胸に抱いた。

 隠れているはずなのに、気配を殺しているはずなのに、敵は確実にこちらに向かってきている。動くことはできなかった。今動けば確実に見つかってしまう。見つかることはすなわち、即刻死を意味していた。

 全身からどっと汗があふれ出す。鼓動が早くなり恐怖であごががくがくと鳴った。


 その時。


 がつんと鈍い音が足もとから響いた。

 暗やみの中、何が投げ込まれたのかは分からなかったが、フォルカスは迷わず隠れていた場所から飛び出す。銃声が激しく背後から響いたから、構う事なく木々の間をぬうようにして走り抜ける。数秒もたたずに、背後から爆音と炎が上がった。

 何度か背中に鈍い痛みが走ったが、気にせずにフォルカスは走った。

 腰を屈め脱兎の如く闇を抜け、岩を乗り越える。重くなり始めた機関銃を捨て去り、フォルカスは転がるようにして岩陰に隠れる。


 いったいどれほど走っただろうか、まだ逃げなければと思いながらもフォルカスは足もとから急に力が抜けていくのを感じ、よろよろとその場に尻もちを付く。

 気配を察したが、誰も近づく様子がなかったので安堵のため息をつく。体がひどくだるく、フォルカスはいつの間にか荒い呼吸をくり返していた。

 背中がひどく濡れている。そう思って背中を触るとねっとりとした感覚。触った手を鼻に持っていってにおいを嗅ぐと、鉄臭いにおいがした。それは嗅ぎなれた血のにおいだ。


「撃たれた……!」


 戦慄と共に、背中に激痛が走った。危うく声を上げそうになって、フォルカスは自分の口を手で押さえる。

「なんてことだ……やっとここまで来たっていうのに」

 長い間切望していた帰国嘆願書がようやく受理され、あと一週間で故郷に帰国できるというのに。

 フォルカスは急に怒りがこみ上げてくるのを感じた。思わず振り上げたこぶし、しかしそれはすぐに力なく草地に下ろされた。

 暗い穴の底につき落とされたような感覚。


 絶望。


「マリア」


 愛しい恋人の名を呟く。彼女は今、彼の故郷の小さな町でずっと彼の帰りを待っている。

 虫の音が響き始めた。

 敵がいなくなり、どこかへと行ってしまったのか。虫の鳴く以外の音は何もしなかった。


「こんなところで、死んでたまるか!」


 気力を振り絞るって立ち上がろうとするが、体がまったくいうことをきかない。

 手足の先がしびれてきた。感覚がだんだんと希薄になり、意識が朦朧としてくる。


(マリア……あと一度だけでいい。会いたい)


 彼女のことを想うと涙があふれ出す。何度拭っても止まらなかった。


『君は何をそんなに悲しんでいるんだい?』


 唐突にかけられた声にフォルカスはゆっくりと顔を上げる。声は脳裏に直接響いているようだった。

 そこには一人の少年が立っている。草木の鬱蒼と生い茂るジャングルの中にいるはずなのに、彼は不釣り合いなほどに真っ白な服を着ていた。

(幻覚か?)

 あるはずのないものが見え、聞こえるはずのない声が聞こえる。『君の命の炎は消えようとしている』

 淡々とした口調で少年は言った。


「ああ、知っている」


 答えるフォルカスもまたすんなりと言う。フォルカスは冷静に自分のおかれた状況を理解していた。パニックにならないのが不思議なほどすんなりと、自分の体に起こった状況を把握している。

 出血がひどく、今は痛みすら感じないほどに全身がマヒしている。実際自分が声を出してしゃべっているのかどうかでさえ、はっきりとしない。それに、目の前にいる少年ですら幻覚以外の何物でもない。そう思った。


『やけに落ち着いているね』


 少年は少し感心したように言った。


「そうでもないさ。本当は悔しくてしょうがない」


 フォルカスは胸が焦げるほど悔しくてしょうがなかった。同じようにして死んでいった仲間たちをフォルカスは多く見てきた。


「たくさんの人を殺してきたからな……まぁ、とうぜんだろ」


 自分が戦場で死ぬということが、恋人に会うこともなく、こんな寂しい場所で命を失うということが、フォルカスには当然のことのように思えてきた。

 彼が今まで殺してきた敵にだって家族がいたはずだ。恋人がいて友人がいて、自分と同じような想いをして、そして死んでいったはずだ。

 寂しくて、辛い。胸が締めつけられるほどに……体の痛みはマヒしていても、心の痛みだけはどうすることもできなかった。


「君は……誰なんだ?」


 フォルカスは少年に向かって言った。


『本当は人の心に光を与える者……らしい』


「らしい?」


『うん、だって自分で言うのもなんだけど、今のボクは死神以外の何者でもないからね』


 少年は苦笑しながら、悲しそうな瞳でフォルカスに言った。


「死神か」


『戦場ではたくさんの人が死ぬ。戦いという大きな流れの中で、その人が望む望まずにかかわらず。命は必然的に消えていくんだ。そして、ボクの役割は、命を失う者たちに光を与えることにある』


「光?」


 フォルカスに言われ、少年は神妙な顔で頷いた。


『そう、光だよ』


 少年の言葉にフォルカスは何と答えていいのかが分からず一瞬黙り込んでしまった。


『光は人の心の支え夢や希望見たいなものさ。だからそれは人の数だけ存在するものなんだ』


「だが、俺にその光を与えていったいどうするつもりだ? 俺はここで死ぬ……そうしたらあとには何も残らないじゃないか」


 すべてが消えてしまう。自分の存在そのものが、いったい何のために今まで生きてきたのか。人を殺すだけ殺して、ついには自分も死者の列に加わることになってしまった。

 自分の人生そのものが無意味だったような喪失感がフォルカスの胸を満たした。


『本当に君はそう思っているのかい?』


 不意にこんなことを言われ、フォルカスは黙した。

『人が死んだときに失われるものは「可能性」だけだとボクは思っているよ。それ以外は何も消えないし、何も残さないなんてそんなことはないよ』


「本当に……そうなのか?」


 少年はゆっくりと頷いた。


『君の思いは誰かがきっと引き継いでいく。君が今まで生きてきた証として、君が今まで出会ってきた人たちが、きっと君の進みかけていた道を作りあげていってくれるよ』


 少年に言われ、フォルカスは納得したように目を閉じた。

 今まで出会ってきた人々の顔が走馬灯のように脳裏に浮かんでいく。


「マリア……」


 マリアのほほえむ姿がフォルカスの脳裏にはっきりと浮かんだ。 フォルカスは胸に下げたペンダントを掲げる。マリアが御守りといってフォルカスに渡してくれたものだ。それがあるというだけで、フォルカスはどんな困難な状況でも乗り越えることができた。

 彼女がいなければ今の自分はいなかっただろう。そう思えた。

 絶望的な状況でありながら、生還の見込みがないと分かっていながら、それでも彼女がいてくれるというだけど、心のどこかに安堵している部分がある。


『彼女に会えれば、君は幸せなのかい?』


 少年に言われ、フォルカスは頷いた。


(だが……無理な話だ)


 彼女は遠く離れた場所にいる。会いたいと思ってもそう簡単に会えるものでもない。

 フォルカスはそっとペンダントを握りしめた。そうすることで彼女と一緒にいられるような気がした。

 フォルカスのその手に重ねられる手があった。白い手だ。それがやんわりとフォルカスの手を包み込む。


『……フォルカス』


 懐かしい声。聞こえるはずのない声。

 フォルカスは顔を上げ、自分の手を包み込む人物を見上げた。


「マ、マリア」


 それ以上は言葉が出てこない。

 動かないはずの体が自然と動き、マリアに腕を伸ばして自分の元へと引き寄せた。


「どうしてこんなところに?」


 フォルカスに言われマリアは悲しそうな目でフォルカスを見つめた。


『あなたのことを想って、ずっと祈っていたの……そうしたらここに着いていたわ』


 マリアの腕が柔らかくフォルカスの頭を包み込んだ。


『会いたかったのに、こんな会い方なんてしたくなかったのに』


 マリアの涙声が響く。


「ごめん」


 まるで叱られた子供のように、フォルカスは素直に謝った。


『本当に……馬鹿なんだから』


 マリアはそう言って立ち上がった。

 フォルカスもゆっくりと立ち上がる。体の痛みは既に消えていた。 二人は無言のまま見つめ合う。


「君に出会えて本当によかったと思っているよ」


 マリアは瞳に涙を浮かべたまま何度も何度も頷いた。


「さようなら」


 すべてを受け止めた聖者のような笑みで、フォルカスはマリアを一度だけ抱きしめそして光の粒となって消えていった。


『あなた……やっぱり死神だわ』


 マリアは振り返る。そこには少年が一人立っていた。


『そうかもしれない……一番辛いのは残された人たちだからね』


 少年は悲しそうに言う。


『でも、彼は一人じゃなかった。最後に君に会えて本当に幸せなまま死ぬことができたんだ』


『でも、私は幸せじゃないわ。愛する人が死ぬ瞬間なんて……見たくなかった』


『君の体は今、故郷の町で眠っている。目が覚めたときにはすべて忘れているさ。彼にこうして出会ったことも、彼が死んだということも』


 マリアはその場に泣き崩れる。その姿もやがて光となって消えていった。

 鬱蒼と草木の生い茂るジャングルの中、虫の音だけがしんしんと響いていた。

 そこに、一人の青年がペンダントを握りしめたまままるで眠るようにして死んでいる。

 背中に数発の銃弾を受け、体中泥まみれだった。

 しかし、彼の顔には満足げな表情が浮かんでいた。

 少年はフォルカスの亡骸を哀憐の眼差しで見つめていたが、やがて、空気に紛れるかのように消えていった。


『僕は……やはり、死神かもしれない』


 少年の言葉だけが静かに響いていった。



 ベッドの上でマリアは目覚めた。

 ひどく長い夢を見ていたような気がする。恋人のフォルカスの夢を見ていたような気もするが、記憶があいまいで何も覚えていなかった。


「あら……」


 不意に涙があふれ出す。それは何度拭ってもおさまることがなかった。それどころか、心のどこかが欠損したようにひどく悲しい。


「どうしたのかしら」


 何が悲しくて泣いているのかマリアには分からなかった。

 どうして自分が泣いているのか。

 いったい何が悲しいのか。

 マリアには全く分からない。

 そして、一週間後の十二月二十四日、フォルカスの死亡報告書が彼女の家に届けられた。

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