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「催眠術」

 世界で一番と呼ばれる催眠術師がいました。


 催眠術師はどんな人でもあっという間に催眠術にかけることができました。

 テレビに出演し、そのテレビを見ている人にも催眠術にかけることができるほど優れたものでした。

 どんな人間も、どんな動物も彼の術にかかれば、思いのままでした。


 ある日、催眠術師が町を歩いていると、たくさんのファンが彼を取り囲みました。


「やれやれ、困ったものだ」


 そう言う催眠術師はまんざらでもない顔でした。

 そのファンの中に、一人のみすぼらしい老人がいました。

 催眠術師は「おや?」と思いました。

 どこかで、会ったような。ひどく懐かしい気分がしたからです。


 しかし、催眠術師のファンは、老人を見るなりいぶかしげな表情でそっと離れていきました。

 どこか人を寄せつけない、そんな雰囲気を漂わせている老人でした。


 ふと気がつくと、そいつの間にか老人と催眠術師の二人きりになっていました。


「どこかで、お会いしたことがありましたかな?」


 催眠術師は老人に尋ねました。


「おお、やっと私のことに気づきましたか」


 老人はにっと笑って、白い歯を見せました。

 催眠術師は、その笑顔に恐怖を感じました。


 頭の中で、危険信号が鳴っています。

 今すぐここを、離れなければともう一人の自分が叫んでいます。


「あなたは今や世界一の催眠術師だ」


 催眠術師は、老人の言葉に頷きました。


「しかし、あなたはこの世界が偽物だということに気づいていますかね」


「どういうことですか?」


 訳が分からず催眠術師は老人に聞き返しました。


「この世界は私があなたに催眠術をかけて見せている幻だと言っているのです」


 老人の言葉に、催眠術師はびっくりしました。


「これは面白いことを言う。こんな老いぼれがこの私に催眠術をかけたというのか!これは傑作だ」


 催眠術は笑い転げました。

 老人はそんな催眠術師を悲しそうな目で見つめています。


「私はあなたにお願いされて、催眠術をかけました」


 催眠術師は、笑うのを止め、ひどく怒った顔になりました。


「私を侮辱するのは止めなさい。いくら老人とはいえ、これ以上愚弄するのであれば警察を呼びますよ」


 催眠術師の言葉に、老人は首を横に振るばかり。


「あなたは私に術に見事にハマった。いや、ハマりすぎた。もう夢と現実の区別がつかなくってきている。これは非常にマズいことです」


「よろしい。それでは私があなたの催眠術にかかっているというのであれば、その証拠を見せなさい。そうすればあなたの言うことを信じてやろう」


 老人は催眠術師の言葉に大きく頷きました。


「よろしい、その言葉を待っていました」


 老人はそう言うと懐から赤い風船を取り出しました。


「この風船を見つめて下さい」


「ふん、くだらない。そんな初歩の催眠術では私をだますことはできないぞ」


 催眠術師はにやりと笑いました。

 勝ち誇ったような顔で、老人の胸倉をつかみました。


「分かったぞ、さてはお前は泥棒だな。催眠術をかけるといって私をだまし、お金を盗むつもりだな」


「お金を盗む?この世界が幻だというのに…一体どこにそんなお金があるというのかね」


 ぱん。


 老人の言葉と同時、風船の割れた音が辺りに静かに響き渡りました。


 突然、周りの景色が一変しました。


 町の中だと思っていたその場所は、薄暗い部屋となり。

 老人の胸倉をつかんでいた若々しい腕はしわくちゃになっています。

 そして、胸倉をつかんでいたはずの老人は、立派な格好をした紳士。

 いえ、そこにいるのは世界一の催眠術師ではありませんか。


「なぜ、私が目の前にいる?」


 老人は…かつて「世界一の催眠術師」になった夢を見ていた男は震えた声で言いました。


「あなたは私の催眠術で、『私になった夢』を見ていたのです。しかし、夢はいつか覚めるもの。もうお目覚めの時間ですよ」


 催眠術師の言葉に、老人は叫びました。


「なにを馬鹿なことを言っているんだ!

 私は世界一の催眠術師だぞ!

 世界のすべてを手に入れた!

 世界のすべてを私の思うがままにすることができた!

 私の世界を返せ!

 あの輝かしい光にあふれた世界を返せ!

 金ならここにある!

 さあ、私にもう一度催眠術をかけてくれ!」


 老人は、懐から何かをつかみ出しました。


 金貨の入っている皮袋を取り出したつもりの老人は、自分の手の中にあるものを見て悲しそうな悲鳴を上げました。


 それは、破裂してしぼんでしまった。


 ……赤い風船でした。

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