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みさき

 

 ――ジジ、ジ、ジジジ。

 街灯の明かりに誘われた羽虫たちが、その光源に向かって無意味な体当たりをくり返す。

それは光が均等に目を照らす場所を求めるが故の行為だと何かに書いてあった。

 ぐるぐるぐるぐる――あるはずのない場所を求めて彷徨う虫たち。視線をずらし、夜空を見上げる。黒い画用紙の中心に穿たれた一つの円。その白銀の光の恩恵を受けられない彼らを、ふと哀れに思った。


 現在午後十時。いつも通りの時間、毎夜歩く道。ただ一つ異なるのは今日が日曜日だということ。

 その先にあるのは小学校のグラウンドだ。

 俺の母校である若葉小学校にはグラウンドが二つある。一つはブランコやジャングルジムなどの遊具が並ぶ普通の校庭。

 もう一方は半分が芝生、もう半分が土の慣らされたグラウンドで、校舎からはやや離れた位置にある。毎週日曜日にはもっぱら少年野球チームの練習が行われている場所だ。

 ぼんやりと満月を見上げていた視線を元に戻すと、その先にうっすらとベンチが見えた。月明かりに照らされてペンキの剥げかけた青色が浮かび上がっている。

 いくつか並んでいるベンチの一番端。そこは最もホームベースに近い応援席であり、俺の定位置でもあった。

 頭上から照らす灯りに合わせて腰を下ろす。先程の街灯と同じくここでも数匹の羽虫がバタバタとダンスを踊っていた。

 その耳障りな音を打ち消す為にポケットから携帯プレイヤーを取り出し、イヤホンを嵌める。心地よいBGMに導かれるようにして、いつしか俺は持っていた文庫本の世界へと沈んでいった。


「ん?」

 ふと目線を上げる。視界の端に何かを捉えた気がしたのだが……。

 イヤホンを外し、グラウンドを覆うように植えられた木々を見回す。その視線の先は自然と奥にある林の中へと吸い寄せられた。

 通称、どんぐり山。

 名前の通り、どんぐりがよく取れることからいつの間にか命名されていた林だ。と言ってもそう大層なものではなく、せいぜい校庭の半分くらいの広さしかないのだが。

 この林を抜けると川に突き当たる。子供たちにとってこの林は格好の遊び場であり、また野良猫たちの住み家でもあった。

「まさか、ね」

 林の奥の深淵を覗き込んでいるうちに湧き上がってきた非現実的な想像を、苦笑と共に打ち消した。

 ……大方、野良猫か何かだろう。誰が餌をやっているのか知らないが、あれ以上増えたら色々と問題があるんじゃあないだろうか。個人的に猫好きな俺としては別にいくら増えても構わないのだが。

 などと無責任なことを考えていると、どこからともなく時差ボケの蝉の声が耳に飛び込んできた。

 こんな夜に鳴いた所で求婚相手など見つからないだろうに。……だけど、夏の象徴である蝉の声は嫌いじゃない。俺はそのまま音楽プレイヤーの電源を切り、体内時計の狂った蝉の鳴き声をBGMに再び読書へと没頭していった。



 俺がこの奇特な趣味を持ち始めたのはいつの頃からだろう。次第に家にいるのが苦痛になっていった。

 うちは安アパートだ。自室に籠って扉を閉めた所で外界の音は遮断できない。ヘッドホンで大音量の音楽を聞いたからといって、両親と同じ空間にいるという胸が詰まるような圧迫感までは解消されない。

 もう二人の怒鳴り合う声なんかまっぴらだ。

 不況に伴う人件費削減の煽りを食らった父親と、気の強い母。かつて中睦まじかった夫婦は、今やお互いを罵り合うことでストレスの発散をするようになった。

 ある日、口論のあまりの激しさに思わず止めに入った俺は、言いたいことをひとしきり喚いた後衝動的に家を飛び出した。そうして、ぶらぶらと近所の小学校への道をうろついている時にこの場所を見つけたのだ。

 それ以来、父親が帰ってくる十時前になると本を持って野球グラウンドに行くのが日課になった。ここなら毎日足を運んでも俺の寒い懐が痛むことはない。

 唯一の例外は日曜日。父親が副業のバイトを終えて帰ってくるのが深夜になるからだ。その為、長い間家族三人は顔を合わせていない。

 俺が本を持って出て行くのを母は知っているが、理由を聞かれたことはない。だから両親の会話という名の怒鳴り合いも、もうずっと聞いていない。


 ……~~ッン~ン~ンゥゥ~ン……

「っ!」

 思わず自分の耳を平手で叩く。蚊の羽音ってやつは、どうしてこうも人の神経を逆撫でするのか。

「くそ、せっかくいいとこだったのに」

 などとぼやいても始まらない。今日は前回に懲りてあるものを持って来ていたというのに、その存在をすっかり忘れていた。

「確かここに入れたはず……あった!」

 バックの中から蚊取り線香を取り出す。昨日の晩、手ひどく刺されたことを教訓に押入れを漁って見つけてきたものだ。

 それをクッキー缶の蓋の上に載せ、尖端を少しだけはみ出させて火を付ける。そのまますぐ脇のベンチの上に置いた。

 今度こそ邪魔は入らないだろうと再び本に視線を戻そうとした俺を三度現実に引き戻したのは、鈴の鳴るような凛とした少女の声だった。


「ちょっと! そんな所で蚊取り線香なんか焚いたらベンチに灰が落ちるじゃないの!」


「っ!! っとっと……うわっ!」

 思わずベンチからずり落ちた。そりゃあそうだろう、さっきまで誰もいなかった所からいきなり大声で怒鳴られたんだから。

 不本意ながら、尻もちをついたままの恰好で謎の闖入者を見上げる。

 ふと、蝉の声が止み。……目が、合った。

 透けるような白い肌に人形と見紛うばかりに整った顔立ち。長く伸ばした黒髪が真っ白なワンピースに良く映えている。やや茶色がかった瞳をぱっちりと開き、こちらを見下ろしていた。

 そんな少女が背後に月を背負って立つ姿があまりにも幻想的で。時間の枠から切り取られた一枚の絵画のようだと思ったんだ。

 お互いの位置関係のせいか、少女の大人びた雰囲気に呑まれたのか、はたまた出会い方が衝撃的だったからか。

 理由はどうあれ、改めて相手の姿を見ると第一印象よりずっと幼いことが分かる。恐らくまだ小学校の高学年といった所だろう。

「えーと、どちら様?」

 初対面のショックから立ち直った俺は、ややバツが悪くなりながらも腰を上げながら尋ねた。

「あら。女の子に名前を聞く時はまず自分から名乗るべきじゃないの?」

 などとこまっしゃくれたことを言う。ここは年上として文句の一つも言いたい所だが、先程情けない姿を晒したばかりなので苦笑いしながらも殊勝に答えた。

「そりゃ悪かった。俺は上戸勇誠かみとゆうせい。それで、君の名前は?」

「わたしは上草うえくさみさき。小学五年生よ。あなたは高校生?」

「おう、高二だ。にしても、一体こんな時間に何してるんだ? と言うか、どっから出て来た? さっきまで人の気配なんて全然しなかったのに……」

 みさきも俺の隣に腰掛けながら言う。

「最初からここにいたわよ。勇誠が気付かなかっただけ。わたしは、わたしの様な存在を信じていない人の前には姿を現しづらいのよ」

 いきなり年上の男を呼び捨てか。……いや、そんなこと今はどうでもいい。

 最初からここにいた、だと? それはあり得ない。ここはグラウンドで周りに身を隠せる場所など一つもないのだから。それに、わたしの様な存在だって?

「おいおい、まさか幽霊だなんて言い出すつもりじゃあ……」

「あら、言うつもりよ? わたしは幽霊です。まだ新参者だけど、ね」

 などと可愛らしく小首を傾げて微笑むみさき。あまりにあっけらかんとした口調で告げるので俺は束の間固まってしまった。

 幽霊って、おいおい……。半眼になりながら自称幽霊であるみさきの頭にぽん、と手を載せてみる。

 絹の様にさらさらの手触り。心地良い……じゃなくて!

「さわれんじゃん」

 思わず呟きが漏れる。

 俺は幽霊なんて曖昧なものは殆ど信じていない。ましてやそれが触れられる存在ともなれば尚更だ。大方、両親と喧嘩でもして家を飛び出してきたんだろう。

「本当だもん! 日曜日になると存在がはっきりするから、少しの間ならこの世のものにもせ、接触? 出来るようになるの」

 俺が疑わしそうな目で見ていたのが気にいらないのか、頬を膨らませながらそんなことを言う。無理して難しい言葉使おうとしている点と合わせても、こうして見ると丸っきり年相応の子供だ。

「なんで日曜日なんだ?」

 自分と同じ様な境遇であろう少女に同情した訳ではないが、しばらくみさきの幽霊ごっこに付き合ってやることにする。どうせ帰宅するにはまだ早い時間だし、このまま彼女を無理に家に送ろうにも本人がそれを納得するとは思えない。

「わたしね、いつも日曜日にここに来てたの。お兄ちゃんの応援しに。だからだと思う」

 恐らく少年野球チームのことだろう。

「そっか。じゃあ今日も兄貴の応援してたんだ?」

「ううん。それが、最近お兄ちゃん全然練習に来ないの。わたしのせいで……」

 寂しそうに俯くみさきにそれ以上無神経に理由を尋ねることも出来ず、視線を逸らす。すると、みさきによってきちんと缶の蓋の上に収められた蚊取り線香が目に入った。

「そう言えばさっき、ベンチに灰が落ちるから駄目って言ったよね? あれは何で?」

 こんな古臭いベンチに今更焦げ跡の一つや二つ付いた所で誰も気にしないと思うのだが。

「だめなのっ! このベンチはお兄ちゃんがわたしのために用意してくれたんだもん。勝手に傷付けることは絶対に許さないわ!」

 その語気の荒さに圧倒されながらも理由を聞くと、何でも初めてみさきが兄の応援に来た時ベンチが満員で座る場所がなかったらしい。

 病弱だという彼女が(肌の白さから予想は付いたが)立ったままで見学していたのを見かねたのだろう。みさきの兄はおもむろにグラウンドの対角線にあった空きベンチをここまで引きずって来たそうだ。

 それも試合中に。フィールドを迂回する様にグラウンドを半周回って。

 周りからはさぞ奇異に見られたことだろう。俺だって躊躇する。だからこそ、たったそれだけのエピソードで彼の妹に対する想いの強さが伺えた。

 もちろん後から監督にこっぴどく叱られたらしいが、自分を心配する妹に向かって彼は『こんなのどうってことねーよ』と言ってウインクをして見せたという。

「そっか。いい兄貴じゃん」

 思わず頬を緩ませながら言う俺に、みさきは「うんっ!」と花が咲くような笑顔を返してきた。

 この頃にはもう完全に、もしかしたら本当に幽霊かも、なんて思いは消し飛んでいた。こんなに存在感のある幽霊なんて聞いたこともなかったから。

 だからこそ、グラウンドの奥(今座っているベンチがかつてあった場所)を眺めていた視線をみさきへ移そうとした時、その本人が忽然と姿を消していたのには心臓が止まる程驚いた。

「嘘だろ……」

 俺はしばらく身動き一つ取れないまま、みさきがついさっきまで座っていた場所を眺め続けるしかなかった。


 彼女は一体何者だったんだ?

 帰宅途中も、家に帰って布団に入ってからもそんなことをずっと考えていた。

 確かに俺が日曜の夜にあそこに行ったのは今日が初めてだ。普段は仕事のはずの父親が、臨時休業とやらでバイトまで休んだから。

 みさきはこうも言っていた。

『わたしの様な存在を信じていない人の前には姿を現しにくい』

 ……俺が心の中で幽霊の存在を完全に否定したせいで、みさきは姿を保てなくなった?

 それならばなぜ、初めから幽霊の存在自体半信半疑だった俺の前に現れることが出来たんだ? 

 そんな思いがぐるぐると頭の中を回って、結局その日はろくに眠れなかった。



 眠気で霞む目を擦りながら何とか四コマ目の授業を終える。結局今朝は遅刻して、ニ限目の授業までサボる羽目になったのだ。

「おーい、そんなとこで寝てないで購買行こうぜ」

 と、机に突っ伏していた俺の頭を教科書で叩きながら司が声をかけてきた。

「ん~……」

 などと意味を成さない言葉を呟きながら席を立つ俺に、司は珍しいものを見るかのような目を向ける。

 こいつの名前は柚木司ゆずきつかさ

 小学校の頃からの幼馴染であり、親友だ。いつも授業中寝てばかりいるが、運動だけは大の得意というバカの典型のような奴である。

「勇が遅刻なんて珍しいよな。授業中も熟睡してるし。いっつも遅刻するのは俺の方なのによ」

 確かにその通りだ。俺のポリシーは"遅刻するくらいなら早退する"であって、同じく授業をサボるなら早く家に帰った方がやりたいことが出来る。

 しかし今日に限っては昨夜眠れなかった反動が朝になってもろにきた。……まあこんな日もあるさ。

「昨日殆ど寝てないんだよ……のーてんきなお前と違って」

「寝てない!? 三大欲求のうち睡眠欲だけ異常に発達しまくったお前が? 信じらんねーな」

 さっきよりも大げさに驚きながら失礼なことを言う。

 そりゃあ俺だって自覚してるさ。寝れる授業は遠慮なく寝るし、休日は昼まで布団の中にいるのは当たり前。夜眠れな~い、なんて言ってる奴が信じられなかったくらいだ。

「そんな勇の為に今日は俺がノート取っといてやったぜ! 代わりに何か奢れ」

「今日の一、ニ限は……現国と日本史か。別にノートなんてなけりゃないでいいけどな。せっかくの好意だからもらっとく」

「どーしてお前はそうふてぶてしい言い方しか出来んのだ……」

 購買カートの中身を引っかき回しながら司がぼやく。

 俺はメロンパンとパックの牛乳、それと百円のみたらし団子を買ってそそくさと生徒の群れから脱出した。


 H型をした校舎の中央にある中庭がいつもの昼食場所だ。木陰に位置する椅子に腰掛けながらも、そこが昨日のベンチに似通って見えて何とも言えない気分になる。

 程なくして司が追い付いてきた。手に抱えているのは数種類の惣菜パンとペットボトルの生茶。軽く見ても俺の三倍以上はある。

「相変わらず良く食うな」

 見ているだけで胸やけがする。

「勇が小食過ぎるんだよ。そんなこったから背だって伸びないんだぜ?」

「大きなお世話だ! ほら、ノートの礼だ。これでも食え」

 三本入りみたらし団子の一本を抜いて、残りの入ったパックを司に向けて放る。

「餌を与えるみたいに投げるな! ったく……」

 などと文句を垂れつつも嬉しそうに焼きそばパンを食ったそばからみたらし団子にかぶりつく。どういう食い合わせだよ。

 横で黙々と食事を続ける司をよそに、牛乳を飲みながら空を見上げる。

 青い絵の具をぶちまけたような快晴の空の中、うっすらと浮かぶ月の姿が透けて見えた。

「……なあ司。お前、幽霊って信じるか?」

「は? 何だよ藪から棒に」

 口をもぐもぐ動かせながら俺の顔を凝視する。待っていても何も話さない俺にしびれを切らしたのか、司の方から口を開いた。

「まあ、いてもおかしくないとは思うぜ。いろんな怪談もあることだし。ほら、火のない所に煙は立たないって言うだろ? それに、何よりロマンがあるじゃん。死んだ恋人との一時の再開、結ばれないと分かっている恋……」

 じと目で司を見つめながら口を開く。

「団子を頬張りながら臆面もなくそんなことを言えるお前に、俺はロマンを感じるよ」

「うっせーな! そんなことより、それがどうしたんだよ。まさか幽霊を見たから昨晩は怖くて眠れませんでした、なんて言い出すんじゃないだろうな」

「俺は幼稚園児か!」

 思わず突っ込んでしまったが、半分は当たってるんだよな……。司に話すかどうか思い悩んでいたが思い切って打ち明けることにした。

 こいつは普段はお茶らけているが、人が真面目に話している時に茶化かすような真似はしない。いつだって真剣に耳を傾けてくれた。俺が両親のことを話した時もそうだ。

 そして、こんな非現実的な話をしている時でさえ司は余計な口を一切挟まずに聞いてくれた。

「……なるほどな。実際に見ていない俺には何とも言えんが、それは俗に言う自縛霊って奴じゃないのか?」

 平然とそう答える司に内心救われながらも、思っていることと正反対の言葉が口からこぼれる。

「お前、こんな話を信じるのか? 俺でさえ昨夜の出来事は夢だったんじゃないかと思うくらいなのに」

「だって勇は嘘なんか吐いてないだろう? お前が目を離した一瞬の隙に彼女が消えたんだとしたら幽霊としか言えないぜ」

 ……こいつは昔っからこうだ。自分の目で見たことしか信じない俺とは違って、信用している相手の言うことは疑いなく鵜呑みにしてしまう。

 その純粋な性格が、少し羨ましい。心の中で司に感謝しながら俺は言う。

「自縛霊の定義っていうと、自分が死んだことを理解出来ずにその土地や建物から離れられずにいる霊、だよな。でもみさきは自分が幽霊だって認めてたし、あのグラウンドに縛られてるって感じはしなかったぞ」

「グラウンドというより勇の言ったベンチそのものに縛られてるんじゃないか? 自分の死を受け入れている以上、何かしらの未練があってそこに留まっているんだろう」

 司の言葉にはっとした。

 そうだ。みさきはいつもあのベンチで兄の活躍を見ていた。兄が自分の為に用意してくれたベンチで。きっとあれが彼女の依り代なのだろう。

 そして彼女はこうも言っていなかったか。……端正な顔を歪めながら、囁くような声で。

『わたしのせいでお兄ちゃんが練習に来なくなった』

 彼女が死ぬ前から練習を休んでいたのか、妹が死んでしまったショックから練習に来なくなったのか。それは分からない。

 だが、きっとこれがみさきの未練なんだ。俺の思い付きを司にも伝えると彼も賛同してくれた。

「何にせよ、もう一度会って詳しく話を聞いてみることだな。そうすりゃはっきりするだろ」

「もう一度会うって、みさきにか!? 何で俺が!」

 素っ頓狂な声を上げる俺に司が目をぱちぱちさせて問いかける。

「だってお前、彼女のことが気になってたんじゃないのか? それで昨日は眠れなかったんだろう?」

 みさきを助けるのはさも当たり前、といった司の口調に驚く。

 確かに気にはなっていたさ。いないと思っていた幽霊が突然目の前に現れれば誰だってそうだろう。だけど、それは単純な好奇心であって別に俺は助けようなんて……。

「なら司が行けばいいだろ。お前なら適任じゃないか、元キャプテン」

「もちろん、俺だって会えるもんなら会ってみたいけどよ。可愛い女の子なんだろ、みさきちゃんってのは」

「ああ、それはもう。どこぞのご令嬢と言っても差支えないくらいに」

 面倒事を首尾よく押し付けようと調子のいいことを言う。まあ真実ではあるのだが。

「だけどさ、いつも同じ場所に行ってた勇でも見えたのは昨日が初めてなんだろ? なら俺は来週の日曜まで待つさ。それまで偵察でもしててくれや。何だかんだ言ってお前だって興味あるんだろうに」

「まあな……」

 司の無責任な言葉は癪に触るが、気になるのは事実だ。だがそれは果たして単純な好奇心からくるものなのか? 

 俺は自問する。みさきの姿を誰かに重ね合わせていたんじゃないのか。

 そう、かつての自分に。

 昔から俺は司と違って運動が苦手だった。マラソンやマット体操など体を使ったものはそこそこ出来たけれど、球技となるとからっきし駄目だった。

 体育のサッカーのチーム分けでもいつも最後の方まで残っていたし、野球ではそもそもバッターボックスに立ったことさえ稀だ。

 そうだ……俺も昔、みさきが座っていたベンチの横から活躍する同級生たちを見ていたんだ。

 病弱なみさきと、運動の苦手な俺。二人が共に抱いていた感情は、憧れと妬み。

 その気持ちに、気が付いてしまった。

「あ~食った食った。んじゃ、俺トイレ寄ってから教室戻るわ。おっ先―」

 人の戸惑いなど露知らず、そんなことを言いながら司は校舎の中へと戻っていった。

 司が座っていたベンチを見下ろす。そこには彼が垂らしたであろうみたらし団子のタレがこびり付いていた。

 普段なら放っておくはずのその汚れをティッシュペーパーで綺麗にふき取ってから、俺も教室へ戻ることにした。


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