謎の青年武士
「娘ご、大事ないか」
十六夜は刀を鞘に納めて訊いた。
「は、はい、助けて頂きありがとうございます」
娘の蒼ざめた顔に、安堵の表情が浮いた。十六夜な何度も頭を下げお礼をした。
「あっあの、あちらのお武家様は大丈夫でしょうか……」
娘は、心配そうな顔をして川岸に立っている青年武士に目をやった。
青年武士は右肩を押さえながら、十六夜を見ている。年の頃は、二十再前後であろうか。面長で目鼻立ちが綺麗で端整な顔立ちをしていた。
「そなたが礼をしたければすればいい」
十六夜は青年武士を一瞥しただけで路傍に置いた防具袋を持った。
そのとき、背後で足音が聞こえた。色白の幼き娘が小走りに近寄ってくる。
「姉上ー!姉上ー!」
十六夜は振り返ると奏が黒髪をなびかせながら近付いてくる。その後ろには侍女の芹も一緒だ。
奏は、十歳、富樫家の次女だ。どうやら、帰りが遅い十六夜を心配し、迎えに来たようだ。
「あの、姉上、斬り合いをしたのは誠ですか」
奏は、不安そうな顔をして十六夜を見た。迎えに行く途中で奏も騒ぎに気付いたようだ。
「なに、案ずることはない」
十六夜は、おだやかな声で言うと、奏の顔がやわらいだ。
「姫様、お怪我はございませぬか」
侍女の芹の言葉に、
「姫と呼ぶでない」
十六夜が素っ気なくそう言ったので芹は喉のつまったような声で、
「申し訳ありませぬ、十六夜様」
と、言い改めた。その応えに十六夜は、応えはなかった。
「姉上、そろそろ帰りましょう」
奏の言葉に十六夜は、空を見上げると西日が沈みかけ町は濃い暮色につつまれていた。もう夕餉前で先ほどまでいた野次馬たちもなく、人影が急にすくなくなくなった。
「ああ、帰ろう、奏」
「はい!」
奏は、十六夜の手を取ると嬉しそうな顔をした。十六夜たちの姿が、町中へと溶け込むように消えていくのを青年武士は見つめていた。
「十六夜か……」