⑨ それぞれの、ローカルバレンタインデー Ⅱ
一方生徒会室では、佐津紀がバッグから華やかな柄のついた包みを取り出していた。
「はい、どうぞ」
「「あ、ありがと……」」
保健委員長と環境委員長は揃って包みを受け取った。どちらの包みもピンク色で、さくらんぼが描かれている。佐津紀はその流れで、ごく自然に塔哉のところへ行った。塔哉は部屋の隅にあるパソコンで何かの書類を作っている。
「塔哉にもあげる」
「ありがと、そこに置いといてくれ」
塔哉は佐津紀のほうを向くこともせず、作業に没頭している。佐津紀は肩を落とすこともなくそばに緑色の包みを置いた。ペンギンの柄のようだ。
「何あれ……全然ロマンチックじゃないじゃん」
「やっぱりあたしたちが邪魔しちゃったのかな……」
「いや、それよりもあの日比田の態度。どう思う?」
「無愛想?」
「佐津紀ちゃんが頑張ってるのに。普通ならあの後、『塔哉、実は……』ってなるよね、なるよね!」
環境委員長が保健委員長の肩を掴んで前後に揺り動かした。
「あ、あんまり興奮しないで」
「ごめん。ちょっと日比田に殺意が湧いてきた」
「そこまで言わなくても……」
「佐津紀ちゃんはどう思ってるんだろ――佐津紀ちゃん、ちょっと」
環境委員長はぐいと佐津紀を引きよせた。
「なななっ、なんですか」
「日比田さあ、なんか冷たくない?」
「無関心っていうか」
「塔哉は作業に没頭しちゃうといつもそうですよ」
佐津紀は「まったくしょうがないんです」という顔をして、塔哉を見た。
「佐津紀ちゃんは毎日日比田と残って仕事してるの?」
保健委員長が聞くと、佐津紀はいつものようにいたずらっぽく笑った。
「はい。ここなら部活をサボる口実ができるので」
「他の役員の子は?」
「時々かんなが来るけど……仕事が少ない時はほとんど二人だけです」
「二人っきりの生徒会室ねぇ」
環境委員長がにやついたので、佐津紀は怖くなって一歩下がった。
「そ、そんなに変な目で見ないでください」
「ウチはゲスなオタクみたいな想像してないよ!」
逆に環境委員長が慌てている。“ゲスなオタク”とは、図書委員長のことを言っているらしい。
二人のきわどい会話について行けない保健委員長は、ぽつんと部屋の隅のパイプ椅子に腰かけていた。
「大丈夫。奥手な日比田がそんな大胆な行動に出るなんて思ってないから。可能性としては佐津紀ちゃんからかな」
「うわ、やっぱりそういうことを……。まあ、塔哉は奥手でしょうけど」
「ほらやっぱりね。つまりいつも一緒に居る夫婦だからいろんなことを知り尽くしてるんでしょ。邪魔して悪かったね」
環境委員長は大きくうなずいて生徒会室を出て行った。保健委員長も慌てて後に続く。
佐津紀は苦笑いをして二人を見送った。
緑色の袋は夕日に照らされ、中身が透けて見えていた。
ハートをかたどったお菓子と、一枚のメッセージカード――
佐津紀はそれを、いとおしげに見つめていた。