⑧ それぞれの、ローカルバレンタインデー Ⅰ
昼休み終了のチャイムが鳴り、生徒たちがぞろぞろと自分の教室に入っていく。その中に、落胆した保健委員長の姿もあった。
「昼休みも全然動きなし。退屈になってきちゃった」
先に教室に戻っていた環境委員長に報告した。二人は“ローカルバレンタインデー”の今日、佐津紀が塔哉にどうやってチョコを渡すのか確かめるために、朝から塔哉を見張っているのだ。昼休みは環境委員長が顧問から仕事を頼まれていたため、保健委員長一人で見張りをした。
「佐津紀ちゃん、渡すタイミングをはかるためにこっちをのぞきに来るとかもしなくて。やっぱり、放課後生徒会室でわたすのかなあ」
「それが一番可能性高いよね」
「だけど、あたしたちが生徒会室に行ったら渡せないかも」
「とにかく、一回行ってみようよ。それで、様子を見て出てくればいいじゃん」
“友チョコ”の予定しかない二人は気楽なものである。
放課後、放送委員長は人通りの少ない理科室前の廊下に図書委員長を呼びだした。
「来て……くれたんだね」
図書委員長はドキリとした。このあいだは散々自分のことをいじめてきたドSな放送委員長が、今は廊下の隅っこでモジモジしながら、上目遣いでこちらを見つめているのだから。
「それで、なんか用?」
「うん、まず、このあいだはごめんね。僕がひどいこと言って泣かしちゃったみたいで」
「それは……」
図書委員長は人前で泣いてしまった恥ずかしさを思い出した。
「僕には全然記憶がないんだけど、後でいろんな人に聞いて回ったんだ。僕がどんなことを言っちゃったのかって。ホントに、ひどいことだったと思う。ごめんなさい」
そう言って放送委員長は頭を下げた。心なしか、瞳が潤んでいるようにも見える。図書委員長は適当な言葉を見つけられずに、ただ棒立ちになって見ているだけだった。
「だけどね、キミはそんなにひどい人じゃないと思うんだ。2次元に執着するのは寂しいなんて言ったけど、そうやって没頭できる趣味があるのってすごく羨ましいよ」
「そ、そうかな……」
図書委員長は照れ臭くなって目をそらした。
「僕はなかなか趣味とかなくてさ。部活にも入ってないし。キミも同じ帰宅部だけど、なにかに一生懸命になれる人って、すっごく素敵だと思うよ」
放送委員長は満面の笑みで図書委員長を見上げた。同じ歳の人にここまで褒められたのは初めてだ。図書委員長は頭がポーっとしてしまって、放送委員長の顔を直視できなかった。
次の瞬間、図書委員長は頬に冷たさを感じた。
「顔、熱いね」
なんと、放送委員長が両手で顔を包み込むようにしていたのだ。
「僕の手、冷たいでしょ。いつもカイロ持ってきてるんだけど、それよりも熱い。どうしたの?」
「だだ、大丈夫……」
図書委員長はあまりの心地よさにうっとりとしてしまったが、ここままではさらに血が上ってしまい、とても正気を保てそうにないので小さく首を振った。
放送委員長の手がゆっくりと離れる。
「そういえばキミって『キモい、キモい』って言われてるけど、外見だけ見るとそうでもないよね。趣味が偏見されちゃうだけで、なんにも知らない人から見たら結構いいセンいってると思うんだけどなあ」
――これは何かの罠に違いない。
――ついに俺にもリア充への道が開かれたんだ!
図書委員長の胸の中では、不安と期待が交錯していた。
「ところでキミ、例の画像はもらえたの?」
「いいや、直前にルートを間違えてバッドエンド。イベントは発生しなかった」
「そうなの、残念だったね。でもね……」
放送委員長はバッグのファスナーを開けた。図書委員長の期待が一気に高まる。
――まさか、俺に画像じゃないチョコを?!
「僕がキミに――」
図書委員長は、自分でも顔がにやけてしまうのが分かった。
「――キミに受け取ってほしいものがあるんだ」
放送委員長はモジモジしながらバッグからチョコ――ではなく、クリアファイルを取り出した。図書委員長は「おや?」と思った。嫌な予感がする。気がつくと、放送委員長はいつものドSな顔に戻っていた。
「それって……」
「はい、あげる。キミはこういうのがほしいんでしょ」
放送委員長はA4サイズのコピー用紙を図書委員長の胸に押し付け、走って帰ってしまった。
図書委員長は呆気にとられてしまった。我に返って受け取ったコピー用紙を見ると、大きなバレンタインチョコレートのイラストが目に飛び込んできた。空白の部分には無機質なゴシック体で、
『期待したな、変態』
とだけ、書かれていた。
「なんじゃこりゃあーーーーーーーーーーーー!」
期待が一気に打ち砕かれ、図書委員長は尋常でない痛みを感じていた。