⑤ 戦意喪失
生徒会室に沈黙が流れた。
放送委員長は動じることなく正面を向いている。
保健委員長と環境委員長は目を見開き、顔を見合わせている。
塔哉は、一番近い精神科のある病院のことを考えている。
佐津紀は病院に連絡するために事務室でタウンページを借りることを思いついた。
体育委員長は……寝ている……。
「それはちょっと違うんじゃないかな」
「なんだと!」
放送委員長はあくまで冷静に言った。図書委員長が今にも掴みかかりそうな姿勢になり、息をのむ声がいくつも聞こえた。
「画像、でしょ?」
「え……」
「だから、2月14日にもらう予定があるのは、チョコレートの画像でしょ? そこ重要だよ」
放送委員長は図書委員長を見上げた。
「どうせギャルゲーかなんかで、2月14日に攻略対象からチョコレートがもらえるっていうイベントがあるんでしょ? でもそれって“カカオ豆から作ったチョコレート”じゃなくて、“カカオ豆から作ったチョコレートを模したイラストを電気信号に変換してディスプレイに表示させた画像”だよね? 誤解を生む表現はやめた方がいいよ。まあ、キミがバレンタインデーにチョコをもらえるなんて誰も信じてないから安心して。ねえ塔哉?」
「ああ、俺は精神病院のことを考えてた」
「あたしも。どうやって連れて行こうかって」
うなだれる図書委員長を見て、放送委員長は意地悪げな笑みを浮かべる。
「わかったでしょ? バレンタインデーっていうのは画面上のイラストとイチャイチャして喜ぶキミのような寂しい変態のためにあるんじゃなくて、例の手紙を書いた人みたいな“清純な恋する乙女”が自分の気持ちを伝えるため、それと塔哉と佐津紀ちゃん、あと有水君とそのお相手みたいな“ベタ甘カップル”がお互いの愛を確かめ合うためのものなんだよ。キモオタが入る余地はないってこと、いい加減理解したら?」
攻撃はまだ続く。
「ところで、キミがやってるのってもしかしてギャルゲーじゃなくてエロゲーだったりする? だとしたらキミはほんとに寂しい変態だね。きっと結婚はおろか、現実の彼女もできないだろうね。ホントは2次元じゃなくて、現実の世界に彼女がほしいんでしょ? それでいやらしいことしたいんだよね? だけど無理だよ。絶対。できるのは、毎晩パソコンの画面を見て息荒くしながら××することくらい? 今、すでにそうしてるの? 想像するだけで鳥肌が立つね。このままだと一生独身で××。ということは妻も子もできず一人で死んでいくんだ。だれにも看取られずに。この上なく無様だね」
図書委員長は目を見開いたまま固まってしまっている。放送委員長は満面の笑みだ。ところが、目はトロンとしてしまって焦点が定まらず、恍惚しているように見える。まるで人形が喋っているみたいだ。
「まあ、キミのような寂しい変態にはお似合いの最期だけど」
放送委員長がとどめを刺すと、図書委員長の顔がくしゃくしゃと崩れていった。
「そんなにはっきり言わなくてもいいじゃないか、このドSーーーーーー!」
そう言ったきり、図書委員長は机に突っ伏せてしまった。時々鼻をすすりあげる音が聞こえるということは、きっと涙を流しているのだろう。
「ねえ、なんでこの人泣いてるの?」
正気に戻った放送委員長は首をかしげた。しかし、あまりの恐ろしさに口を開ける者は一人もいなかった。