① 夫婦漫才
この物語は[本編10話+あとがき]の構成で、本文は約15000字(読了時間30分)です。
「――我が国は他の先進国と比べて急激に少子高齢化が進んでいる。内閣府の資料によれば、今からおよそ50年後の――」
「“およそ”じゃなくて正確にお願いします」
「――コホン、正確に言うと43年後の2055年――」
「四捨五入しておよそ40年後ですね」
「つまらない揚げ足を取らないでほしいのだが――2055年には人口が8000万人台まで減少すると予測されている。しかしながら、重要な問題は全体の人口が減少することではなく――」
「じゃあ何が問題なんですかぁ?」
「それを今から説明するんだよ! ――問題は、老年人口の増加に起因する社会保障費の増大、生産年齢人口の減少による税収の減少が深刻さを増してくるということだ。老年人口は全体の40パーセントを占め、日本国民の5人に2人が高齢者という状況に陥ってしまうのだ」
会長は、大きな音を立てて机をたたいた。
「この現状を打破するためには、政府が子育て支援の施策を充実させ少子化に歯止めをかけるとともに――」
「能なしの集まりに期待しても無駄だと思いまーす」
「ええい、いちいち揚げ足を取るな! とにかく、我々中学生も行動をおこさにゃけりぇば――ってあーーーーーー!」
「ププププァーーーーーーハハハハハハ! 噛んだ噛んだ! 『行動を起こさにゃけりぇば』だぁ~って」
副会長はパイプ椅子がきしむほどのけぞり、足をばたつかせた。
「お前がいちいち揚げ足を取るからだーーーーーー!」
「だぁって突っ込みどころ満載なんだもん」
「質問があったら最後にまとめて聞け!」
「慣れない言葉を使いまくるから噛むんだよ。“老年人口”って、何歳以上のことか知ってるの?」
「65歳以上。常識だろ」
「へぇ、すごいね。知ってたんだ」
「馬鹿にしてんのかぁ!」
部屋の隅に座っているおとなしそうな少女がおずおずと手を挙げた。
「あの……」
二人は、今この部屋で行われていることを思い出し、居住まいを正して座りなおした。
ここは某県某市立某中学校の生徒会室。緊急の話し合いがもたれている。
生徒会長の日比田塔哉が臨時に委員を招集したのだが、なぜだか少子化問題を熱心に語るばかりで本題に入ろうとしない。いちいち上げ足をとっていたのは、塔哉のひとつ下で1年生の吉田佐津紀。副会長をしている。元々副会長は二人いて、佐津紀は第二副会長(つまり副々会長)だったが、第一副会長の2年生が生徒会選挙の直後に転校してしまったので第一・第二の区別がなくなり補欠選挙も行われず、今は塔哉と二人三脚だ。
手を挙げた少女がすっと立ち上がった。
「えっと……夫婦漫才はそのくらいにしてもらって、ヒビさんの話の続きを聞きたいんですが……」
「ヒビ」というのは、塔哉の名字「日比田」から取ったニックネームで、生徒会役員の何人かはそう呼ぶ。「夫婦漫才」と言ったのは1年生の国見かんなで、会計の役員だ。突然招集された上に少子化問題の話を聞かされてわけがわからない他の本部役員や委員長たちも、「夫婦漫才」という言葉に反応して、にやにやと笑っている。
「め、夫婦とかいうなっ」
塔哉は、しどろもどろになりながら話を再開した。ふと顔を動かすと、顔を赤くしてうつむいている佐津紀の姿が目に入った。つられそうになって、あわてて息を大きく吸い込む。
「本題に移ると――先週の金曜日、こんなものが『生徒会御意見箱』に入っていたんだ」
「「「ええっ!」」」
塔哉が一枚の便箋を掲げると、生徒会室にどよめきが起こった。
「なんでそんなに驚くの」
「御意見箱なんてまだあったんだ……」
保健委員長が言った。
「ゴミ箱化してるからって前の生徒会が全部撤去したけど、俺が教材倉庫の前にひとつだけ戻しておいた。だから今回の手紙の主も相談しやすかったんだろうし」
塔哉は少し誇らしげに言った。佐津紀は塔哉から手紙を取り上げ、声に出して読み始めた。
「えーと――」