『 トゥーリとクッカの精霊話 』
カルセオラリアの章が終わってからの話しになります。
光の届かない洞窟で、千年という時をただ独りで過ごしてきた。
朝も夜も分からない魔法が張り巡らされた部屋で、一日が過ぎたと分かるのは
壁に魔法で刻まれた千年時計の針がわずかに動くから……。
その針はこの洞窟から出る事ができると言う希望を与え
私の命の残り時間だという恐怖を与えた。
生きたいと思えば、自分の侵した罪の重さに脅え。
死んだ方がいいのだと思えば、その瞬間を夢に見て体が震えた。
どこまでいっても身勝手な自分自身に嫌悪しながら、ただ暗い洞窟で座っていたのだった。
それが……今は、洞窟の中はとても明るく居心地のいい場所になっていた。
洞窟の中に浮かぶ明るい球体は、時間と共に明るさが変化していく。
セツが、太陽が昇ってから2時間ぐらいで明るくなって
太陽が沈んでから4時間ぐらいで暗くなるようになっていると話していた。
セツ……私の番……。
まだ、私自身信じられなくて実感がないのだけれど右腕に光る腕輪が
私に番がいるのだと主張していた。
セツが私に与えてくれた色々なものを目にするたびに
罪悪感に襲われていたけれど、少しずつ受け入れる事が出来ていた。
セツがここを旅立った後、ベッドで寝るのがどうしても心苦しくて
床で寝ていたらクッカも同じように床で寝ていたのだ。
「クッカ? どうして、ベッドで寝ないの?」
「トゥーリ様がベッドを使わないのに、クッカが使うわけには行きません」
セツの前では私と言っていたのに、セツが居なくなってから自分のことを
クッカというようになった精霊、理由を聞くと自分の名前が可愛いからだと
胸を張って言っていた。
その様子が微笑ましくて、くすりと笑ってしまった事を覚えている。
私もセツに貰った名前は大好きだけど、流石にこの年で自分のことを
名前で呼ぶのは……痛いかもしれない。
クッカだから許される事だとぼんやりと頭の中で考えていた。
「クッカはベッドで寝たほうがいいわ」
「だめなのですよ」
「床は冷たいわ?」
「クッカは精霊なのでへっちゃらなのです」
「セツが作ったベッドはふかふかで気持ちがいいとおもうけど……」
「ご主人様が作ったのだから、当たり前なのですよ!」
頑なに、私がベッドで寝ないのなら自分もベッドは使わないという態度に
不快感よりも、笑いがこみ上げてきた。
床に座って、クスクスと笑っている私を不思議そうに見つめているクッカ。
「クッカのそういうところは、セツにそっくりね?」
「ご主人さまの性格が反映されているのですよ」
誇らしげに言う様に、収まりかけていた笑いがまた再発する。
「うーん、そういうところは似なくてもいいと思うのだけど?」
「そうですか? クッカはご主人様の腹黒いところなどもお気に入りなのですよ」
自分の主人に対して、サラリと酷い事を言ってしまえるクッカは
少し変わった精霊だった。
「トゥーリ様が、ベッドを使えるようになるまで
クッカも一緒に床で寝るのです」
「……」
ああ……この子は、私がベッドで寝る事が出来ない理由を分かってくれているのだ
セツが話したわけではないんだろうけど、何かしら感じ取ってくれていたのだろうと思う。
「なので、トゥーリ様は気にせず床で寝るのです
クッカはご主人様みたいに強制することはしないのですよ!」
クッカのいい様に私は目を丸くしてしまう。
「セツは……私のことを思って行動してくれているわ?」
セツをかばうように言って見ると
「それはそれ、これはこれなのですよ
ご主人様は少し我侭なのですよ」
クッカとセツの関係はいったいどうなっているのだろう?
普通下位精霊は主人を悪く言う事はないのだ、良い様に言うと忠実、悪いように言うと従順
「クッカはセツが嫌いなの?」
私の言葉に、驚愕の表情を見せ激しく首を横に振り否定する。
「クッカは、ご主人様大好きなのですよ!!」
「……ごめんなさい、今まで見ていた精霊と少し違うような気がしたから」
必死に否定するクッカに悪い事をいってしまった気がして謝る。
私の言葉に少し表情を曇らせるクッカ。
「それはご主人様のせいなのですよ」
「セツの?」
「そうなのですよ、クッカ達みたいな下位精霊は普通
人間にとっては "物"なのですよ "使役する物"
だから、契約する時に根底に在る気持ちは "支配"なのですよ」
「……」
「これがもっと上位の、意志と姿がある精霊になると
人間にとって、"対"等"もしくは "守護してくれる者"になるのです」
クッカの言う事が正しいとなると、竜が精霊と契約している根底に在るのも
"支配"ということになるのだろう……。
複雑な思いを抱いていると、クッカが真剣な表情で私を見つめていた。
「トゥーリ様、クッカはどのような理由があっても
ご主人様と出逢える事は幸せな事だと思うのですよ
ただそこに "居る"から "存在意義" "命"を貰うことができるのですよ
トゥーリ様から見れば哀れに思われるかもしれませんが
下位精霊にしてみれば、余計なお世話なのですよ」
私は、頭を殴られたような衝撃を受ける。
「トゥーリ様は、最初から意志や姿というものを持っていて
その観点から、精霊達の幸せをはかろうとしているのですよ
精霊達は見つけ出してもらってやっと、自分が生まれてきた意味を理解するのです
見つけてもらえなかった精霊は何も知らずに消えていくだけなのですよ……」
クッカの言葉に、何も言う事が出来なかった。
「誰かと意志をかわす事もなく、話すこともなく
生まれてきた喜びを知らずに消えていくのですよ
できる事といえば、気持ちのいい場所を求めて動く事ぐらいなのです」
私は、クッカの顔を見る事が出来ずに俯いて話に耳を傾ける。
「はたから見れば、ただ使役されるだけの下位精霊の存在かもしれませんが
その中にもちゃんと幸せがあるのですよ」
「……ごめんなさい……」
自分の尺度で幸せをはかり
私の尺度で下位精霊たちが不幸だと決め付けてしまった事に恥ずかしさが募る。
「トゥーリ様、クッカが変なのですよ」
謝る私に、困った表情を浮かべるクッカ。
「……」
何かを言いかけて、また口をつぐんでを繰り返す。
下を向き唇をぎゅっと噛んだかと思うとゆっくりと顔を上げる。
「普通下位精霊は、こんな事を言ったりしないのですよ
ご主人様の大切な人を傷つけることは言わないのですよ
言われた事だけを実行するのが下位精霊なのですよ……」
目に涙をため、自分の話した内容に罪悪感を抱いて落ち込んでしまったクッカ。
「私は傷ついてはいないわ?
クッカがクッカであってよかったと思っているわ」
クッカの目に盛り上がった涙がこぼれる。
「セツの根底に在る一番強い気持ちが、クッカの存在意義になっているのでしょう?
クッカが普通の下位精霊と違うというのならばそれはセツが望んだ事だからだわ」
「……ご主人様は、契約の事をちゃんと知らなかったのですよ」
確かに、セツはクッカが精霊だと知らなかった。
「クッカの存在意義を教えてもらってもいい?」
これは純粋な興味からだった。
クッカの存在意義はセツに繋がっている。
「クッカの存在意義は、"自由"なのです
自分の生き方を自分で決めなければいけないのです
自分で考えて、自分で行動しなければならないのです」
「……そう……」
「ご主人様は、クッカにこの薬草園とトゥーリ様の事を
お願いしていかれました」
「……」
「ご主人さまはきっとクッカが
薬草園を作らなくても、ここを離れてしまっても何も言わないと思うのですよ」
心に何か不安をためていたんだろうか、クッカの涙は次から次へとあふれてくる。
「トゥーリ様、クッカはご主人様が大好きです
精霊はいつもご主人様と意識が繋がっているものなのですよ
だけど……ご主人様は……クッカと……クッカと意識を切り離しました
クッカのこ……と……きらいなの……かなぁ」
最後は、嗚咽で言葉にするのがやっとだった。
膝を抱えて泣いているクッカを抱きしめてあげたいと思うのに壁が邪魔をして
抱きしめる事ができない……。
自分の口で、存在意義を話しておきながらセツのとった行動に傷ついている
クッカを見ているとアンバランスのような気がしてならなかった。
私に凛として諭したクッカと今泣いているクッカが別の精霊に見えてならない。
-……どうしてなのかしら……。
人間と意識が繋がっているという事は、下位精霊の本能が相手の気持ちを読んで
尽くす事だと考えると、クッカのアンバランスな理由が分かるような気がする。
セツから与えられた存在理由と下位精霊がもっている本能とが
クッカの中でせめぎあっているのだとしたら……。
-……何事も順序というものが在るということね……。
精霊としてのクッカの位置はきっと中位精霊と言うところなんだろう。
中位精霊や上位精霊は自分の意志で考え自分の意志で行動する。
気に入らない人間とは契約を結んだりしないのだ。
自分のことを下位精霊だと思っているクッカは、まだ ”自由”の本当の意味を
理解できていないのだろう……。
-……自由と言われても……困るわよね……?
私も、セツと出会うまでは2年後に来るかもしれない”自由”を思って
不安になっていたのだから……。
「クッカ……左手の薬指にはまっている指輪は家族の証だわ
セツがそれをクッカに渡したという事は、クッカが家族だって言うことだわ」
自分の小さな指にはまる指輪を涙を零しながら見ているクッカ。
「意識が繋がっているという事は、セツの意識に支配されるということでしょう?
それは、セツが大切にしている気持ちと相反するものだからクッカと意識を
切り離したんじゃないかしら?」
目をパチパチさせながら、私を見つめる。
「セツは、クッカを支配して命令したいんじゃなくて
クッカと家族で居たかったのよ……ねぇ、クッカ
セツは契約の事を知らなかったかも知れないけれど
きっと、契約の事を知っていたとしても同じ答えが出ていたわ」
セツは契約の事を知っていても、クッカに自由を与えたに違いない。
「クッカは……セツが一番大切にしているものを貰ったのね」
「……」
何かを一生懸命考えているのか、その場に沈黙が下りる。
私はクッカが出す答えをただ黙って待っている事にした。
やがて、納得する答えを見つける事が出来たのか
私に向けたクッカの表情は、花が咲いたような可愛い笑顔だった。
「クッカも、ご主人様と家族で居たいのですよ!
そして、ご主人様の孤独を癒して差し上げるのですよ!」
クッカが気になる言葉を紡ぐ
だけどその時クッカ側のテーブルの魔法陣が光り始める。
涙を自分の手で拭い、満面の笑顔で机を見つめる。
「ご主人様から何か届くですよ
今度は何の種なんでしょうか?」
魔法陣のほうに喜んで駆けて行くクッカ。
クッカの背中を見ながら、今度聞けばいいかなっと後回しにした。
そして私は、クッカにこの時の言葉の意味を聞くことなく忘れてしまうのだ……。
この時、ちゃんとクッカに聞いていれば何度そう思った事だろう。
クッカは知っていたのだ、セツが何者であるのか……。
私がセツのことをちゃんと知るのは、まだまだ先の話しだった。
読んでいただきありがとうございます。