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現代ダンジョン管理者の傲慢な復讐劇〜理不尽に捨てられた二十歳の女が、狂愛の後輩と地上のルールを一つずつ書き換えていく

現代ダンジョンで追放されたバフ師、世界管理者に覚醒する 〜私を囮にしたS級婚約者が泣いて謝るまで、狂愛の後輩と地上のルールを書き換えます〜

作者: 月影の書記
掲載日:2026/04/19

本作をお読みいただきありがとうございます。 「追放されたら実は自分が最強の要だった」というカタルシスに、「世界管理」という全能感と「ヤンデレ百合」というスパイスを加えました。 理不尽をぶっ壊す爽快感と、重すぎる愛の結末を楽しんでいただければ幸いです。

 新宿ダンジョンの地下七十層、通称「最深部への門」と呼ばれるその場所は、人工的な光の届かない、濃密な魔力が立ち込める極寒の地だった。私、九条凛は、国内最強パーティ「黄金の夜明け」の最後尾で、震える手を押さえながら必死に杖を握りしめていた。私の役割は、仲間に強化魔法――バフをかけ続ける支援職だ。視界の端では、ランクSの探索者であり、私の婚約者でもある蓮が、大剣を振るって巨大な魔物を蹂躙している。その背中を追いかけることだけが、無能な私に許された唯一の居場所だと思っていた。


 「蓮、危ない! 後ろから影狼が!」


 私の叫びと同時に、漆黒の毛並みを持つ魔物が蓮の死角から飛びかかった。私は即座に「神速の加護」を蓮へと飛ばす。彼の動きが加速し、影狼の牙が空を切った。蓮は鼻で笑い、振り返りざまにその首を撥ね飛ばした。完璧な連携。少なくとも、私はそう信じていたのだ。しかし、討伐が一段落したその瞬間、蓮が私に向ける瞳には、婚約者に対する慈しみなど微塵も存在していなかった。


 「おい、凛。お前、もういいよ」


 唐突に投げかけられた言葉の意味が分からず、私は立ち尽くした。蓮は血の付いた大剣を肩に担ぎ、他のパーティメンバーたちと顔を見合わせて薄笑いを浮かべている。「いいよって……何が?」と、私の声は自分でも驚くほど細く掠れていた。


 「お前みたいな無能を、誰が今まで養ってやったと思ってるんだ?」


 その台詞は、私の心に冷たい楔を打ち込んだ。蓮は一歩、また一歩と私を追い詰めるように近づいてくる。


 「お前のバフなんて、正直もういらないんだよ。このパーティはこれから、さらなる高み、国家プロジェクトのダンジョン攻略に挑む。足手まといの荷物持ちを連れて行く余裕はないんだ。それに……さっきの影狼、お前のせいで反応が遅れた。俺の実力を阻害するような女は、婚約者としても探索者としても失格だ」


 嘘だ。私のバフがなければ、あなたの剣速は半分も出ない。その事実を指摘しようとしたが、喉が引き攣って音にならない。それどころか、他のメンバーたちも冷ややかな視線を私に投げつけていた。彼らが着ている最高級の防具も、手にしている業物の武器も、すべて私が寝る間を惜しんでダンジョン素材を加工し、資金を工面して買いそろえたものなのに。


 「あ、そうだ。せっかくだから最後の大仕事を与えてやるよ。凛、お前が囮になれ」


 蓮が指差した先、暗闇の奥から地響きと共に巨大な影が現れた。この層の主、ベヒモス。ランクSのパーティですら死力を尽くさねば勝てない化け物だ。


 「ここに残って、あいつを足止めしろ。その間に俺たちは転移石で脱出する。無能なりに、最後に世の中の役に立てて良かったな」


 蓮は冷酷に言い放つと、私の手から強制的にパーティ共有のアイテム袋を奪い取った。そこには私が命がけで貯めてきた回復薬も、脱出用の予備の魔石もすべて入っている。


 「じゃあな。二度と、その汚い顔を俺の前に見せるなよ」


 眩い光と共に、蓮たちの姿が消える。残されたのは、装備もアイテムも奪われ、ただ一本の安物の杖を握りしめただけの若い女と、飢えた咆哮を上げる巨大な魔物だけだった。


 死ぬんだ。そう思った。ベヒモスの巨体が迫り、振り下ろされた前足が私の身体を軽々と吹き飛ばす。冷たい岩壁に叩きつけられ、肋骨が砕ける嫌な音が響いた。口の中から溢れる鉄の味。視界が赤く染まり、意識が遠のいていく。


 どうして。私はただ、彼のために、みんなのために尽くしてきただけなのに。自己犠牲こそが美徳だと信じ、自分の欲望を押し殺して、誰かの後ろを歩き続けてきたのに。


 「……納得、いかない」


 ドロリとした感情が、胸の奥からせり上がってくる。それはこれまでの私なら決して抱かなかった、猛烈な憎悪と独占欲だった。私がいなければ何もできなかったあいつらが、私を嘲笑い、ゴミのように捨てた。許せない。あいつらが手にした名声も、力も、すべて私が与えたものだ。ならば、そのすべてを奪い返し、絶望の底で泣き叫ばせてやりたい。


 その瞬間、頭の中に無機質な声が響いた。


 ――個体名「九条凛」の絶望を確認。生存本能の暴走を検知。

 ――世界のシステムに対し、管理者権限の不当な要求を開始します。

 ――認証中……。拒絶……。再試行……。

 ――対象の「復讐心」をエネルギー源として変換。ルート権限の奪取に成功しました。


 目の前に、見たこともない漆黒のウィンドウが浮かび上がる。それは現代の探索者たちがスマホ型デバイスで確認する、ありふれたステータス画面とは一線を画していた。


 「管理者……権限?」


 震える指先で、その画面に触れる。ベヒモスが最後の一撃を加えようと、その巨躯を躍らせた。しかし、私がその画面の一項目を「削除デリート」した瞬間。


 ――ドォォォォン!!


 凄まじい轟音と共に、ベヒモスの身体が霧のように霧散した。暴力的なまでの破壊ではない。ただ、その場所に「存在すること」を世界のルールが拒絶したかのような、絶対的な抹消だった。


 「あは……あはははは!」


 砕けた体から痛みが消えていく。いや、書き換わっていくのだ。「損傷」というステータスが、「完全修復」へと。私は立ち上がり、自分の掌を見つめた。これまで感じていた世界の重みが、今は指先一つで操作できる安っぽい玩具のように感じられる。


 これが、世界の真の姿。システムに管理されたこの世界において、私はそのルールそのものを書き換える神になったのだ。


 「凛先輩……?」


 暗闇の向こうから、聞き慣れた声がした。静かだが、ひどく熱を帯びた声。そこには、軍靴の音を響かせながら、一人の少女が立っていた。艶やかな黒髪をなびかせ、返り血を浴びてもなお美しい、私の後輩――冴子だ。


 「探しに来ましたよ。あのクズたちが一人で戻ってきたのを見て、いてもたってもいられなくて」


 冴子は私の足元に跪き、その冷たい手で私の頬を包み込んだ。彼女の瞳には、狂気にも似た深い愛が揺らめいている。


 「大丈夫ですよ、先輩。もう誰にも邪魔させません。あんなゴミのような奴らも、この醜い世界も、私が全部壊してあげます。だから……一生、私のそばにいてくださいね?」


 彼女のヤンデレじみた重い言葉が、今の私には心地よかった。私は彼女の頭を優しく撫で、暗いダンジョンの奥底で、かつてないほど明るい笑みを浮かべた。


 「いいよ、冴子。でも、壊すのは私の仕事。あなたは、私の隣で特等席で見届けて」


 さあ、復讐の始まりだ。地上のルールを、私にとって都合の良いものに書き換えてあげる。


 新宿の喧騒から少し離れた、開発の止まった廃ビル。かつては華やかな商業施設になるはずだったその場所は、今や不法投棄と影に潜む魔物の温床となっていた。だが、私と冴子にとっては、これ以上ないほど理想的な「城」だった。


 「ここを、私たちの拠点にします」


 私はビルの屋上に立ち、眼下に広がる新宿の街を見下ろした。以前の私なら、こんな冷たいコンクリートの塊に愛着を感じるはずもなかった。けれど、管理者権限ルート・アクセスを手に入れた今の私には、この場所が色鮮やかな「情報」の集積体に見える。


 私は虚空に指を走らせた。視界には、一般の探索者には決して見ることのできない、世界の裏側――ソースコードが流れている。


 「エリア・プロパティ変更。所有権:九条凛。物理干渉:拒絶。認識阻害:最大。……書き換え完了」


 指先が空気を叩くたびに、世界が静かに、だが劇的に変質していく。ただの廃ビルだった場所が、瞬く間に鉄壁の要塞へと塗り替えられた。外部からは存在すら感知できず、許可のない者は一歩たりとも踏み込めない。これが、世界のルールそのものを掌握するということ。


 「素晴らしいです、凛先輩。世界が、先輩の指先一つでひれ伏していく……。あぁ、なんて美しい光景かしら」


 背後から、熱っぽい吐息と共に冴子の腕が私の腰に回された。彼女は私の肩に顎を乗せ、うっとりとした表情で、私の操作するウィンドウを見つめている。彼女の体温は高く、その独占欲が肌を通じて伝わってくるようだった。


 「冴子、少し苦しいわ」


 「すみません。でも、こうしていないと、先輩がどこか遠くへ、私の手の届かない場所へ消えてしまいそうで。……もう、あんなクズたちのために自分を削る必要なんてないんです。先輩はただ、この玉座で微笑んでいればいい。汚い仕事は、すべて私の役目ですから」


 冴子の指が、私の首筋を愛おしそうになぞる。その指先には、先ほどまで戦っていたであろう魔物の返り血が、わずかに残っていた。彼女は私を見捨てなかった唯一の存在。そして、私の新しい力に最も早く適応し、狂信的なまでの忠誠を誓ってくれたパートナー。その愛は重く、歪んでいるけれど、今の私にはそれが何よりも心強かった。


 「ええ、頼りにしてるわ。……さて、まずは『黄金の夜明け』の現状を確認しましょうか。あいつらが今、どんな惨めな顔をしているのか」


 私は空中に巨大なモニターを生成し、探索者管理システムにハッキングを仕掛けた。管理者権限を持つ私にとって、国家が管理するデータベースなど、鍵の掛かっていない日記帳も同然だ。


 画面に映し出されたのは、高級会員制クラブのVIPルームで、不機嫌そうに酒を煽る蓮の姿だった。


 「クソッ、どういうことだ! なぜ俺の『聖剣の一撃』があんな雑魚魔物に弾かれる! 剣の調子が悪いのか?」


 「蓮さん、落ち着いてください。装備のメンテナンスは完璧なはずです。ただ……その、以前よりも身体が重いというか、魔力の循環が悪い気がして……」


 取り巻きの女探索者が、怯えたように答える。私はその光景を眺めながら、思わず失笑してしまった。


 当然だ。蓮たちの能力が下がったわけではない。ただ、私が「バフ」という形で彼らに与え続けていた、魔力回路の最適化と過剰なまでの身体能力向上効果が消えただけなのだ。彼らが自分の実力だと思い込んでいたものは、すべて私が裏で調整し、底上げしてやっていた偽物の力に過ぎない。


 「自惚れもいいところね。私の支援がなければ、あなたたちはただの『少し腕の立つ一般人』でしかないのに」


 私は冷ややかに呟き、システムにさらなる介入を行った。


 「蓮の専用装備――『黄金の聖剣』。これの管理IDを……『テスト用ダミーデータ』に変更。さらに、彼らのパーティに割り当てられている『物資供給優先権』を凍結フリーズ。あぁ、ついでに彼らの冒険者ライセンスの更新処理も、エラーで無限ループさせておきましょうか」


 「ふふ、素敵です。地味ですが、確実に彼らの首を絞めていく。……凛先輩、これならどうでしょう? 彼らが次に挑む予定の定期クエスト、その発生条件を少し書き換えて、難易度を跳ね上げておくのは」


 冴子が楽しげに提案してくる。彼女の復讐心は、私よりもずっと攻撃的で、容赦がない。


 「いいわね。でも、まだ殺しはしないわ。一度に終わらせてしまっては、私が受けた苦しみの万分の一も返せないもの。じわじわと、自分たちが持っていたものが砂のように指の間からこぼれ落ちていく恐怖を、たっぷり味わってもらわないと」


 それからの数日間、私たちは廃ビルでの「甘く、重い」共同生活を送りながら、復讐の準備を着々と進めた。


 朝、目が覚めれば冴子が用意した完璧な朝食があり、彼女は甲斐甲斐しく私の髪を解き、服を着替えさせてくれる。まるで、私という存在を自分だけのものとして閉じ込めておきたいかのような、執拗なまでの献身。


 「先輩、今日は一歩も外に出ないでくださいね。必要なものは私がすべて調達してきますから。先輩はこの綺麗な手を、これ以上汚す必要はありません」


 彼女は私の指先に口づけをし、まるで壊れ物を扱うように大切に抱きしめる。外の世界は、私がルールを書き換えたことで混乱し始めていた。かつて英雄と持て囃された『黄金の夜明け』が、簡単なクエストで大怪我を負った。期待されていた新人探索者が、装備の不具合で引退に追い込まれた。すべては私の指先一つから始まった連鎖。


 だが、世間はまだ気づいていない。この異変の正体が、新宿の最深部で死んだはずの一人の支援職であることを。


 「凛先輩、準備が整いました。国家プロジェクト『天の梯子』の攻略イベント。あいつら、名誉挽回のために、死ぬ気で参加登録をしたみたいですよ」


 冴子が持ち帰った情報に、私は口角を吊り上げた。それは全世界に生中継される、探索者界最大の祭典だ。蓮たちはそこで、かつての輝きを取り戻そうと必死に足掻くつもりなのだろう。


 「いいわ。最高の舞台じゃない。世界中の人々が見守る中で、あいつらの化けの皮を剥いでやる。……冴子、そのイベントの『ルール設定』、私たちが乗っ取るわよ」


 「承知いたしました。……あぁ、楽しみですね。先輩を捨てた報いを、彼らがどんな絶叫で支払うのか」


 冴子の瞳に、昏い悦びが宿る。私もまた、自らの手の中に収まった「世界の権限」を愛おしむように強く握りしめた。


 自己犠牲なんて、もう二度としない。私は私の欲望のために、この世界を使い潰す。私を囮にした報いは、命よりも重い屈辱で返してあげるわ、蓮。


 ビルの窓の外、夜の新宿には無数の探索者たちの希望が灯っている。けれどその光も、私の指先一つで、いつでも闇に変えることができるのだ。


 「さあ、始めましょう。女王の帰還リターンを、世界に知らしめる準備を」


 私はシステムの深層へと意識を沈め、来るべき「公開処刑」のために、運命のコードを書き換え始めた。


 国立新競技場を埋め尽くした数万人の観衆と、全世界で数億人が見守る生配信のカメラ。その中心に立つのは、黄金の鎧を纏い、不遜な笑みを浮かべる男――蓮だった。

 国家プロジェクト、超大型ダンジョン『天の梯子』攻略イベント。それは、世界中から選りすぐりの探索者が集い、前人未到の領域へ挑む祭典だ。

 「見ていろ、世界。これこそが、国内最強パーティ『黄金の夜明け』の、そして俺の真の力だ!」

 蓮が聖剣を高く掲げると、会場は割れんばかりの歓声に包まれる。彼は自信に満ち溢れていた。自分がかつて捨てた「無能」な婚約者のことなど、もう記憶の片隅にも残っていないのだろう。

 だが、彼は知らない。その眩いスポットライトを浴びるステージが、すでに私の指先一つで、逃げ場のない「公開処刑場」に書き換えられていることを。


 「……準備はいい、冴子?」

 廃ビルの最上階。モニターの青白い光に照らされた私の問いに、背後に控えていた少女が、陶酔しきった表情で頷いた。

 「はい、凛先輩。全世界のシステムへのバックドア、完全に掌握しました。いつでも、先輩がこの世界の『真の女王』であることを教えてあげられます」

 冴子は私の椅子に手をかけ、愛おしそうに私の髪を一房掬い上げた。

 「あのクズに、絶望という名の特等席を用意しましょうね」


 私は虚空に浮かぶ漆黒のキーボードを叩いた。

 管理者権限ルート・アクセス、発動。

 『天の梯子』の管理システムへと侵入し、その根幹にある難易度パラメータを、あり得ない数値へと上書きしていく。

 通常の探索者が挑む『一般級』から、英雄が挑む『伝説級』すら飛び越え、世界のシステムが想定していなかった禁断の領域へ。


 難易度設定:――【地獄級ヘル・モード】。


 その瞬間、全世界のモニターがノイズに包まれ、真っ赤な警告文字アラートが画面を埋め尽くした。

 『エラー。システムが管理者によって上書きされました。イベント・ミッションを変更します。……目的:生存。制限時間:絶望するまで』


 「な、なんだ!? 何が起きている!」

 画面越しの蓮が、狼狽した声を上げる。

 彼らが足を踏み入れていた『天の梯子』第一層の風景が、一瞬にして変質した。美しい水晶の回廊は、血の滴る肉壁へと変わり、そこら中に転がる死骸から、かつてないほど禍々しい魔力が立ち昇る。

 召喚されたのは、本来なら最深部で一体だけ現れるはずの守護者ボスクラスの魔物たち。それが、地平線を埋め尽くすほどの数で、蓮たちへと牙を剥いた。


 「蓮さん、おかしいです! 私の防御魔法が、一瞬で剥がされました!?」

 「俺の剣もだ! 魔力が……魔力が通じない! 重い、身体が動かないんだ!」

 蓮が必死に聖剣を振るうが、その刃は魔物の皮膚を掠めることすらできない。

 なぜなら、私が彼の聖剣の属性を『テスト用ダミーデータ』、つまり攻撃力ゼロのオブジェクトに書き換えたからだ。


 生配信のコメント欄は、未曾有の事態に阿鼻叫喚の嵐となっていた。

 『何これ、不具合!?』

 『黄金の夜明けが、ただの雑魚相手にボコボコにされてるぞ!?』

 『蓮のあの無様な逃げ腰を見ろよ。これが最強探索者か?』


 「ふふ、見なさい蓮。あなたのメッキが、音を立てて剥がれていくわ」

 私はモニターを見つめ、冷ややかに微笑んだ。

 蓮は、かつて私を囮にしたときのように、仲間を見捨てて一人で逃げ出そうとしていた。だが、私が『逃走経路』をすべて削除した今、この地獄から抜け出す術はない。

 彼は泥にまみれ、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、天を仰いで叫んだ。

 「誰でもいい! 助けてくれ! バフだ、強力なバフを俺にかけろ! あいつ……凛さえいれば、こんなはずじゃなかったんだ! 凛、どこだ凛! 戻ってきて俺を助けろ!!」


 その醜悪な叫びが、全世界に生中継される。

 かつての英雄。かつての婚約者。

 その男が、自分が見捨てた女の名前を、喉を掻き切りながら叫んでいる。

 これ以上の快楽が、この世にあるだろうか。


 「凛先輩、あんなゴミの声に耳を貸す必要はありません。あいつが求めているのは先輩の力であって、先輩自身ではありませんから」

 冴子が、私の耳元で毒を吐くように囁く。彼女の手が、私の首を絞めるように、けれどどこまでも優しく回された。

 「先輩を捨てた報いは、あいつの全存在を持って支払わせるべきです。ねえ、もっと……もっと絶望させてあげましょう?」

 「ええ。そうね、冴子。まだ足りないわ」


 私は最後の一仕上げとして、全世界の配信画面の音声をジャックした。

 私の声は、システムを通じて直接、ダンジョン内の蓮の脳内へ、そして視聴者たちのスピーカーへと、天からの啓示のように響き渡る。


 『――お前みたいな無能を、誰が今まで養ってやったと思ってるんだ?』


 それは、蓮が私に投げつけた言葉そのものだった。

 それを今、私が、管理者として彼に投げ返す。

 蓮の動きが止まった。絶望に目を見開き、カメラの向こう側にいる『私』の存在を悟ったかのように。


 『蓮。あなたが誇っていたその力も、名声も、すべては私が与えた慈悲だった。それを理解できない愚か者には、ふさわしい結末を与えてあげる』


 私が指先をパチンと鳴らすと、蓮の装備していたすべての伝説級武具が、デジタルノイズと共に消滅した。

 残されたのは、下着同然の格好で、数千の魔物に囲まれた惨めな男だけだ。

 「あ……あ、あああああああ!!」

 蓮の絶叫が響き渡ると同時に、魔物たちが一斉に彼へと飛びかかった。

 もちろん、殺しはしない。死なない程度に、けれど精神が崩壊するほどの恐怖を永遠に繰り返すよう、再生速度のパラメータを最大にまで引き上げてある。


 視聴者たちは、その圧倒的な力を見せつけた『管理者』の正体に戦慄し、畏怖した。

 コメント欄には、絶望と、そして新たな支配者への崇拝が入り混じった言葉が溢れかえる。

 『この声……まさか、行方不明になっていた九条凛……?』

 『彼女が世界を支配しているのか?』

 『救世主だ……いや、魔王か?』


 「先輩、素晴らしいです。世界が、先輩の恐怖に震えています。これで、もう先輩を蔑む者はいなくなりました。……そして、先輩の凄さを知る者も、私だけで十分です」

 冴子は私の顔を自分の方へと向けさせ、その深い闇のような瞳で私を射抜いた。

 「世界は先輩のもの。そして先輩は、私のもの……。そうですよね?」


 私は、冴子の狂おしいほどの愛を受け入れながら、モニターの中の地獄を見つめ続けた。

 復讐は、まだ始まったばかりだ。

 私はこの『管理者権限』を使って、理不尽に満ちたこの世界のルールを、根底から書き換えていく。

 私と、私を愛する者だけが幸福になれる、新しい世界の秩序オーダーを作るために。


 『天の梯子』の生配信がブラックアウトしてから、世界は一変した。  かつての英雄・蓮と『黄金の夜明け』が、絶望の地獄で無様にのたうち回る姿は、一瞬にして世界中のインターネットを埋め尽くした。彼らが誇っていた「実力」が、実は一人の支援職による献身的な調整の結果に過ぎなかったという真実は、残酷なまでに世間に知れ渡った。

 数日後。  命だけは助けられ、ダンジョンから強制転送された蓮を待っていたのは、数万人のファンからの歓声ではなく、冷たい警察の事情聴取と、数えきれないほどの損害賠償請求だった。  彼が凛に仕掛けた「囮」という名の間接殺人は、システムのログ(管理者である私が密かに公開したもの)によって明白な証拠となり、彼は英雄の座から奈落の底へと突き落とされた。

 「嘘だ……こんなの、何かの間違いだ……!」

 病院の隔離病棟。窓の外に集まった報道陣の怒号を聞きながら、蓮はガタガタと震えていた。  彼の身体には、私が設定した「精神的苦痛の増幅ペイン・ブースト」のコードが刻まれたままだ。風が吹くだけで、針で刺されたような激痛が走り、目を閉じればベヒモスの咆哮が聞こえる。死ぬことも許されず、永遠に「敗北の味」を反芻させられる呪い。

 そこに、実体を持たない私の声が響いた。  病室のモニターが不自然に点灯し、私の姿を映し出す。

 「久しぶりね、蓮。顔色が悪いわよ」

 「凛……! 凛か!? 助けてくれ、頼む! 俺が悪かった、全部謝る! お前がいなきゃ、俺は何もできないんだ! また俺のバフ師になってくれ! 婚約も破棄しない、お前の好きなようにしていいから!」

 蓮はベッドから転げ落ち、モニターに向かって必死に這い寄った。その姿は、かつて私をゴミのように見下していた男の面影など微塵もない、ただの惨めな虫だった。

 「勘違いしないで。私が欲しいのは、あなたの謝罪じゃない。あなたの『人生』そのものよ。あなたが私から奪おうとした時間を、何倍にして返してもらうか、それをずっと考えていたの」

 私は冷たく微笑み、指先でウィンドウを操作した。  蓮がこれまで不正に手に入れてきた資産、名声、そして「探索者としての魔力回路」。そのすべてを、完全に消去デリートする。

 「あ……ああ、魔力が……俺の力が……!」

 彼が必死に保っていた最後の誇りが、煙のように消えていく。これからの彼は、一生、重い後遺症を抱えた「無能」として、社会の底辺で石を投げられながら生きていくことになる。それが、私を囮にした対価だ。

 「さようなら、蓮。二度とその汚い声を私に向けないで」

 通信を遮断する。背後で何かが割れるような音が聞こえたが、もう私には関係のないことだ。

 廃ビルの最上階、私たちの「城」へ戻ると、そこにはいつものように、甘い香りの紅茶を用意した冴子が待っていた。

 「おかえりなさい、凛先輩。……あのゴミの処置は終わりましたか?」

 「ええ。もう二度と、日の当たる場所には出てこれないようにしておいたわ」

 私が椅子に腰を下ろすと、冴子は即座に私の足元に跪き、靴の先を愛おしそうに撫でた。彼女の瞳には、世界への憎悪など欠片もなく、ただ私という存在だけが写っている。

 「流石は私の女王様。……これで、邪魔なものはすべていなくなりましたね」

 冴子は立ち上がり、私の背後から首筋に顔を埋めた。彼女の手が、私の指を一本ずつ絡めるように握る。

 「世界は今、新しい管理者を求めて大混乱です。人々は先輩の力を神と崇め、救いを求めて泣き叫んでいます。……でも、先輩が彼らのために働く必要はありません」

 冴子の声が、低く、甘く、私の鼓膜を震わせる。

 「この廃ビルは、私が完全に世界のシステムから隔離しました。ここにあるのは、先輩を愛する私と、私が愛する先輩だけ。地上で何が起ころうと、誰が死のうと、私たちには関係のないことです。……凛先輩は、この綺麗な部屋で、一生私に愛されていればいいんです」

 窓の外を見れば、管理者権限によって書き換えられた新しい世界が広がっている。  かつての理不尽なルールは消え、私の思い通りの秩序が始まろうとしている。だが、その秩序の中心にいるはずの私は、今やこの狭い廃ビルの一室という「檻」の中にいた。

 「冴子、あなたは本当に欲張りね」

 「ええ、先輩のことに関しては。……怖いですか? 私が先輩を、誰にも見つからない場所に閉じ込めてしまうことが」

 私はふっと息を吐き、彼女の頬に手を添えた。  世界を支配する力を持ちながら、一人の少女の重すぎる愛に縛られている。それは、以前の私なら決して選ばなかった不自由さだ。  けれど、自分の欲望に忠実になると決めた今の私には、この歪んだ幸福こそが、最も手に入れたかったもののように思えた。

 「怖くないわ。むしろ、心地いいくらい。……いいわよ、冴子。世界は私のもの。そして私は、あなたのもの。……このルールの書き換えは、一生解除しないでおいてあげる」

 「……っ、ありがとうございます、凛先輩……!」

 歓喜に震える冴子の唇が、私の唇を塞ぐ。  それは深く、重く、酸素を奪い去るような熱い接吻だった。  外の世界では、私が解き放った管理者権限の余波で、古い社会が崩壊し、新しい秩序が産声を上げている。人々は新たな「神」の再臨を信じて、空を仰いでいることだろう。

 けれど、その神様は今、新宿の廃ビルの奥深くで、たった一人の少女に愛を囁かれながら、甘い監禁生活を謳歌している。

 復讐は終わり、新しい物語が始まる。  誰のためでもない、私と彼女のためだけの、狂おしくも美しい新世界が。

お付き合いいただき、誠にありがとうございました。 復讐は完遂されましたが、凛と冴子の二人の「本当の支配」はここから始まるのかもしれません。 最後まで二人の歪な幸せを見守ってくださった読者の皆様に、心より感謝申し上げます。

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