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狩りのあとさき  作者: 柏木椎菜


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十三話

 獲物はワタシをじっと睨んでくる……何だろう。何でこんな怖い顔を見せるんだろう。ワタシはただ、そこのニンゲンを食べたいだけなのに。獲物のほうはまだ食べる気はないのに……。もう一度、前足をニンゲンのほうへそっと出してみる。と、その途端、獲物が大声を出してまた威嚇してきた。ワタシはびっくりして足を引っ込める。睨んでくる顔がますます怖い……。困ったな。どうしてこんなに威嚇してくるのか――あ、そうか。この二匹は同じニンゲンだ。つまり仲間……それでかばってるのかもしれない。仲間を食べられないようにって。ニンゲンはワタシとは違って、集団で暮らす生き物だって忘れてた。だから仲間を大事にしたいのかもしれない。

 でもな……そう思う気持ちは勝手だけど、そのニンゲンはワタシの食べ物でもある。いつ食べようとそれはこっちの勝手でもある。見れば傷を負って弱ってるみたいだし、新鮮な今のうちに美味しさを味わいたいんだよね。死んで腐らせちゃったら、本来の味がなくなっちゃう。そこからどいてくれないかな――ワタシは困りながら、立ち塞がって邪魔をする獲物を見つめるけど、見返してくる顔はずっと怖いままだ。うーん、どいてくれそうにないな……。

「……仲間を思い遣る気持ちはよくわかるけども、そのニンゲンはワタシのものなんだよね。食べるために貰ったものなの」

 ワタシは獲物を説得してみるけど、当然ながら言葉は通じてなさそうだ。でも怖かった顔はちょっとだけ緩んだ気がする。だからもう少し続けてみる。

「このままいたって、弱ってるんだから、そのうち死んじゃうと思うんだ。それなら今食べたほうがいいでしょう? 死んじゃうと味が悪くなっちゃうから、新鮮で美味しい時に食べたほうが絶対いいんだよ。それはわかるでしょう? ニンゲンも、腐った肉より狩ったばかりの新鮮な肉のが好き……あ、ニンゲンは肉を食べないのか。食べるなら木の実とかキノコか……それだと、腐ったものにはあんまり抵抗はないのかな。木の実は時間が経って柔らかくなっても、結構食べられたりするし、キノコは……たまにグズグズに溶けてるのを見かけるけど、あれは腐ってるって言っていいのかな。ニンゲンもさすがにあの状態のキノコは食べないよね。ワタシが言ってるのは、まさにあの状態……ああなる前に、せっかくのごちそうを食べておきたいってことよ。美味しい肉を無駄にするなんてもったいないことでしょう? ワタシはそのニンゲンを無駄にしたくないわけ。どうせ死んじゃうんだから、ただ守るより食べたほうが、お腹を満たせて役に立てるんだよ? そっちのがよくない?」

 長々と説得してみたけど、獲物の顔はほとんど変わっておらず、少し首をかしげたぐらいだった。やっぱり一言も通じてないな……コレなら少しはわかってくれるかもって思ったんだけど、無理だったか。

 ワタシが壁際のニンゲンをのぞこうと身体を動かしただけで、獲物は敏感に反応して仲間を守ろうと両手を広げる。わずかもワタシを近付けさせたくないようだ。ここまでするなんて……強引にどかすこともできるけど、引き離したところでこの様子じゃすぐに戻って来るだろう。それならいっそ獲物も一緒に食べちゃおうか――そんな考えが浮かんだけど、気持ちがそれに乗らない。獲物はまだ、食べたくないな……。

 見つめてた獲物から目をそらして、ワタシは方向転換する。……こんなに仲間のことを気にするなら、しばらくは放っておいてみるか。獲物に何度も威嚇されるのも嫌だし、しばらくすれば弱ったニンゲンも死んで、それで獲物も諦めて離れるかもしれない。まあ、新鮮な肉は食べられなくなるけど、それは、しょうがない……。

 残念な気分で穴から出た時、風に乗って覚えのある臭いが流れて来た。これは――ワタシは風上に鼻を向けて、その臭いをたどって走った。

 寝床を通り過ぎた少し奥に大きな影を見つけて、ワタシはすぐさま身構えた。

「……ちょっと! 何しに来たのよ! またワタシを怒らせる気?」

 大声で怒鳴ると、影はのそりとこっちへ出て来た。

「お、落ち付けって! もう何もしないから……」

 現れたオトコは大きな身体を縮こませながら、控え目な足取りで近付いて来る。

「懲りもせずに、また姿を見せに来るなんて……さっきのこと、もう忘れたの?」

「そんなわけないだろ。オレはそこまで無神経なやつじゃない」

「どうだか。ワタシを騙すような真似しておいて……今度はどうしようっていうのさ!」

「どうもしないよ! さっきは、本当、オレが悪かったよ。ちゃんと反省して――」

「反省してるなら、何でここに来るのよ! ワタシをもっと怒らせたいの?」

「違うって! その逆だ。アンタに謝りに来たんだよ。どうか許してほしくて……」

「ふーん、謝りにね……どう謝るっていうの?」

「オレの寝床で、肉を食べられなかっただろ? だからさ、これ……」

 そう言うとオトコは自分の傍らに置かれた肉の塊をくわえて、ワタシの前に差し出した。

「……オレのとこにあった肉、持って来たんだ。本当はアンタの好物のニンゲンにしようと思ったんだけど、そう何度も捕れる獲物じゃないし、時間もかかりそうだから……これを、詫びの品として持って来た。食べてくれ」

 ほほぉ、言葉や態度だけじゃなく、自分の獲物を渡して誠意を見せるとは。なかなか感心する行動だ――ワタシは肉に鼻を近付けて、その状態を確認する。捕ったばかりじゃないみたいだけど、それほど時間も経ってなさそうだ。匂いはそんなに悪くないし、色もまだくすんでない。十分美味しく食べられそうだ。

「許して、くれるか……?」

 弱々しい声で聞いてくるオトコを見ながら、ワタシは返した。

「アナタの気持ちはわかった。ちゃんと反省して、もうワタシを怒らせないっていうなら、許してあげる」

「本当か? はあ、よかった……アンタとはもう仲良くなれないかと思ったぜ」

「それはアナタ次第だから。同じ真似したら、その時は敵だって思って容赦しないからね」

「反省してるんだ。もう絶対にしないって。約束するよ」

 ヘラヘラしながら言ったその言葉は、やっぱり軽く聞こえる……どこまで信じていいものか。でもまあ謝ってくれたんだ。今は受け入れてあげるか――ワタシは視線を落として、オトコが持って来た肉に早速かぶり付いた。……うん、硬くも柔らかくもない食感。新鮮味には欠けるけど、噛みちぎるたびに味が滲み出してくる。お腹空いてたから、やけに美味しく感じるな……。

 モグモグ食べながらふと顔を上げると、目の前でオトコが物欲しそうな目をこっちに向けてた。

「……何?」

「いや、美味そうに食べるなあって……」

「食べたいの?」

「一緒に食べていいのか?」

「駄目に決まってるじゃん。ワタシのものなんだから」

「だよね……へへっ……」

 残念そうにうなだれたオトコをいちべつして、ワタシは肉を一気にたいらげた。

「……それなりに美味しい肉だった。ありがとね」

「満足したならよかったよ」

「また肉をくれるなら歓迎するけど、それ以外の時は寝床にもワタシにも、あんまり近寄らないでね。それじゃあ」

 ワタシは踵を返す。

「え? それじゃあって、どこ行くんだよ」

「寝床に戻るんだけど?」

「せっかく仲直りしたのに、もう帰っちゃうのか?」

「ワタシ今、満腹なの。しばらく休まないと。ちょっと眠くなってきたし」

「そんなの遊んでれば、すぐ消えるって。オレと一緒に向こうまで遊びに行こうぜ。あっちに泥の池があってさ、そこに飛び込んだら楽しいと思うんだよな」

「泥? そんなの、後で汚れ落とすのが大変なだけだよ。行きたいならアナタだけで行けば?」

 誘いを断ってワタシは寝床へ向かう。

「別に大変じゃないだろ。川に入ればいいだけなんだから。泥浴びるのって絶対楽しいぜ。なあ、一緒に行こうよ」

 オトコは後ろから付いて来てしつこく誘って来る。さっきまでのシュンとした態度はどこへ行っちゃったのか……。

「付いて来ないでよ。もう許してあげたんだから、どっか行って」

「仲直りした証にいいだろ? オレと遊びに行こうよ。獲物も捕って来てあげるからさ」

「しつこいってば……ワタシは一眠りするの!」

 オトコを振り切るつもりでワタシは走った。が、身体の大きいオトコは悠々と追って来る。

「じゃあ、起きたら行こうよ! それまでオレ、待ってるからさ。それならいい?」

 こいつは本当に反省したんだろうか。こっちの気持ちをまったく理解してないな――イライラしながら走ってるうちに、ワタシは自分の寝床に到着してしまった。後ろにはしっかりオトコが付いて来てる。

「ちょっと! 本気で待つつもり? 側にいられたら目障りで眠れないから」

「それなら離れた見えないとこで待ってるから、思う存分寝てくれ」

「そういう問題じゃないんだけど」

「ん? 側にいなきゃいいんだろ? こっちは気にしないでいいから休みなよ」

 本当にこいつは、面倒くさいな――これ以上言って追い払うのも疲れる気がして、ワタシは背を向けて寝床に入った。

「それじゃあ、また後で来るね。おやすみー」

 オトコが機嫌よく離れて行くのを横目で見ながら、ワタシは身体を横たえようと動く。

「……あれ?」

 足を折って座り込もうとした時、視界の先の光景に目が留まった。貯蔵庫の入り口を塞いでるはずの木が、ずれてる……どういうことだ? 何で塞がれてないのか。ワタシは疑問に思いながら自分の記憶を確かめてみる。あそこを出た時の状況はどんなだったか……獲物にニンゲンを食べるのを邪魔されて、だから仕方なく諦めて、それで外へ出ようとして……あっ、そうだ。その時にあいつの臭いがして、それをたどってワタシは走って行って……入り口、塞いでないな。臭いに気を取られたせいで、うっかり忘れちゃってたな……。

 座ろうとしてた身体を再び立ち上がらせて、ワタシは自分のしくじりを直しに向かう。入り口はぽっかりと開いてしまってる。まさか獲物は逃げ出してないよね……ちゃんと中にいるよね――嫌な予感を抱えながらワタシは貯蔵庫の中に頭を入れた。

「………」

 そのまさかだった。獲物も、もう一匹のニンゲンも、どこにも姿が見えなかった。空っぽな薄暗いだけの空間を前に、何の言葉も浮かばず、ぼーっと見つめるしかない。念のため一番奥まで確認してみるけど、あるのは土だけ……完全に逃げられちゃったな。

 がっかりしながらワタシは外へ出た。まあ、こうなるのは当然か。獲物はこれまで何度も逃げ出そうとしてたんだ。入り口が開いてれば、そりゃ逃げないはずなんてない。今回は何もかも、ワタシの落ち度が引き起こしたことだ。

「一眠りしようとしてたのに……捜しに行かないとな……」

 だるい気分で獲物が残した臭いを探そうとした時だった。

「あれ? まだ寝てないのか?」

 のそのそと現れたオトコがワタシを見つけて歩み寄って来る。

「こんなとこで何してるんだ?」

「ちょっと面倒事が起きちゃって……」

「何だよ、面倒事って」

「これ……貯蔵庫の入り口を塞ぎ忘れたせいで、ワタシの獲物と、アナタに貰ったニンゲンが逃げちゃったみたいで……」

「え? マジで?」

 オトコは穴の中をのぞき込んで空っぽなのを確かめると、こっちに向き直った。

「いつ逃げたんだ?」

「アナタと話してた時だと思うけど……」

「じゃあついさっきってことか」

「今から捜しに行くから、アナタに構ってる暇ないんだ。だから――」

「捜すならオレも行ってやろうか?」

「え……何で?」

「見つけたいんだろ? なら一匹より二匹で捜すほうが早いじゃん」

 優しさを見せるオトコを、ワタシは疑う目で見る。

「そりゃそうだけど……何かたくらんでない?」

「たくらむって、何を?」

「獲物を先に見つけて、食べてやる、とか」

「おいおい、そりゃないだろ。オレは仲良しのアンタの助けになれればって思ってるだけだ。獲物を独り占めなんて、そんなせこいこと考えてねえって」

「でもアナタ、一回ワタシを騙してるし」

「反省したんだ。詫びの品もあげただろ? オレはもう心を入れ替えたんだ。アンタを裏切るようなことはしないよ。本当に、手伝う気持ちだけなんだ」

 真っすぐ見下ろしてくる目は至って真面目に見える。言葉に嘘はなさそう……。

「……そう言うなら、じゃあ、信じるよ。一緒に捜すの、手伝ってくれる?」

「へへっ、任せな! ニンゲンの臭いはたどりやすいから、あっという間に見つけてやるよ」

 そう言ってオトコは貯蔵庫からつながってる獲物の臭いをクンクン嗅ぎ始める。

「……ふん、やっぱりわかりやすい臭いだな。こっちのほうに続いてる。行くぞ!」

 気合いの入った様子でオトコは森の奥へ進み始めた。一応ワタシも臭いを確認しつつ、オトコに付いて行った。すぐに見つかってくれればいいんだけど。

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