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7話

本日2話目です

「あ、気がついた?」

 

 目を覚まして真っ先に目に飛び込んできたのは、20歳前後と思われる気の強そうな女性だった。


「あなたは?」

「私はチカ。見ての通り冒険者なの」


 手を広げて、服装が見えるようにくるりと一回転する女性は、確かに装備品から見ても冒険者で間違いなさそうだ。

 

「チカさん……もしかして、エバノの街の服屋の娘さん?」


 私がそう尋ねると、彼女は大きく目を見開く。

「やだ、知ってるの?お母さんが何か言ってた?」

「手紙くらい寄越しなさいって」

「はは、手紙なんて、出せるなら出してるわよ……」


 チカはそう言うと肩を竦める。彼女と話している間に、隣で眠っていたシエルも目を覚ましたようだ。

 

「いたた……ここは?」

「具体的な場所は私にも分からないわ。言えるのは、『黒龍』のアジトの地下牢ってことだけ」

 

 チカはそう言うと、視線を部屋全体を見渡すように動かす。

 

「アンタたちも含め、私たちは『黒龍』に捕まったの。冒険者ばかり集めて何をするつもりなんだか」

 

 牢に囚われているのは、チカを含めて20人弱の10代から20代くらいの若い女性だ。格好を見るに、全員冒険者で間違いない。

 誘拐犯は、攫った冒険者たちをここに集めているのだろう。

 

「それで、その……『黒龍』っていうのは?」


 私が尋ねると、チカは神妙な顔になって話し出す。

 

「『黒龍』っていうのは、元々は有志の闇魔法使いたちによる、勉強会なんかが開かれてた共同体でね。数年前、当時のトップだったジェフリー準男爵が禁呪に手を染めて処刑されたの。『黒龍』は勉強会と称して禁呪の解明を行っていたとして、所属していた闇魔法使いは全員冒険者ギルドを追放されたわ。今じゃ別名『闇ギルド』なんて呼ばれてる」


 チカの説明に、シエルが「あぁ」と頷いた。

 

「ジェフリー準男爵って、亡くなった奥方を生き返らせようとして、死者蘇生に必要な生贄を集めるために殺人を繰り返していたっていう、あの?」

「そう、それよ。当時は毎晩のようにバラバラにされた死体が見つかるもんだから、新聞社も躍起になって事件を追ってたわよね」


 想像するだけで大分グロテスクな話だ。

 そんな恐ろしい事件を起こしていた犯人だと言うのなら、処刑もやむなしと言ったところだろうか。

 

「トップを失った『黒龍』は、今までの活動内容から一変して、仕事を選ばなくなったの。盗みや暗殺なんかの依頼を、裏のルートで受けてるって専らの噂よ。確かに、闇魔法なんて暗殺にもってこいの能力だものね」

 

 私たちは、そんな非合法なギルド『黒龍』に囚われたらしい。その目的は謎のままだが、少なくとも犯人の正体には近づけた。


 私とシエルは顔を合わせると、すぐにスマートミラーを起動させてオズワルドたちへと繋いだ。


「もしもし、オズワルド様ですか?」

 

 私がスマートミラーに話しかけると、「やっと繋がった」と安堵の声が聞こえた。

 

「僕たちからも何度か発信したんだが、中々繋がらなくて。リリたちが無事でよかった」

「すみません、ずっと気絶していたから、アイテムボックスから取り出せなくて」

一言謝りを入れると、通話越しにガタッと音がする。


「大丈夫ですか、オズワルド様?」

「あ、あぁ、こちらは問題ない。それで、気絶というのは……」

「連れ去られる時に、こうふわーっとした感じになって、気づいたら意識が飛んでいたんですよね。あ、それはそうと……」

「それはそうと……?待ってくれ、詳しく……」


 私はチカから聞いた話をオズワルドに共有する。

 女性冒険者の連続失踪事件は、連続誘拐事件で間違いないこと。下手人は『黒龍』、かつて冒険者ギルドを追放された闇魔法使いたちの連合であること。冒険者たちは『黒龍』のアジトの地下牢におよそ20人ほど囚われていること。


 私が話し終えると、オズワルドは「ふむ」と呟いた。

 

「君が気絶させられたというのも気がかりなんだが……『黒龍』か。確かに闇魔法なら、相手の意識を奪う魔法が使える。誰にも犯行現場を見られず、音もなく誘拐することは容易だっただろう」

「でも、まだ謎は残ったままなんです。彼らはどうやって冒険者たちの動向を掴んでいたのか。そして、彼らがこんなことをする動機はなんなのか……」

「彼らを捕らえて、必ず聞き出そう。『黒龍』だけでは冒険者たちの動きを把握しきれないのは確かだ。ギルド側に内通者がいるのだろう。とにかく今は、君たちの身の安全のことだけを考えて、そこで待っていて。すぐに助けに向かうから」


 そう言うと、オズワルドは通信を切った。

 

「え、何今の。新しいマジックアイテム?アンタたち、すごい大富豪だったりする?」


 チカが興味津々にスマートミラーを覗き込むので、私は誤魔化すように笑みを浮かべる。


 もしシエルが権威ある公爵家のご令息だと知ったら、彼女は一体どんな顔をするだろう。

 

「そうそう、オレってばヘルマー公爵家の末っ子だから、崇め称えるといいよ」

「えっ、シエルちゃん!?」

 

 しれっとした顔でそんなことを言うので、私が冷や汗をかきながらシエルを止めようとすると、チカはキョトンとした顔をして、その後声を上げて笑った。

 

「あははっ、アンタ、公爵家の名を騙るなんて大した度胸ね!ここが城下なら、とっくに捕まってるわよ!」

「そこは上手くやるから大丈夫、だよ?」

「はは、なにそれ!」


 チカには大ウケだったが、こんな所で正体がバレたら何が起こるか分からない。容易く正体を明かすような真似はして欲しくないのだが、シエルは私の制止など何処吹く風というように、涼しい顔をしている。

 

「おい、煩いぞ!」

 

 地下牢の見回りに来たのか、黒いローブの男が鉄格子越しに怒鳴りつけてくる。チカが肩を竦めて口を噤んだ。

 男は牢の中が静かになったのを見ると、満足そうに踵を返そうとする。

 

「ちょっと、お前さ」


 それを引き止めたのはシエルだった。

 男はシエルの声に、だるそうにこちらを向く。

 

「なんだ?お前、新顔だな。さっきの連中が連れてきたのか」

「このオレをこんな薄汚い牢なんかに閉じ込めてどういうつもり?これが『黒龍』が出来る最上級の持て成しだって言うの?」

「は、はぁ?」

 

 シエルの強気な姿勢に、男がたじろぐ。そりゃあ、牢に閉じ込めたはずのまだ幼さの残る少女に見えるシエルに、ここまで強く言われるとは予想だにしなかっただろう。

 

「ちょっとシエルちゃん!?オズワルド様たちが来るまで、ここで静かにしていようよ……!」

「まぁ見てなって、リリ。オレたちで、こいつらの陰謀を白日の元に晒してやろう?」

「えぇ……!?」

 

 そう言ったシエルは、自信に満ちた顔をしている。何か作戦があるのだろうか。

 

「オレはヘルマー公爵家が次男、シエル・ヘルマー。このオレを誘拐なんて、公爵家に仇なす不埒者どもめ!処刑台に登りたくないなら、それ相応の対応があるって、分かるよね?」

「へ、ヘルマー公爵家!?」

 

 男は公爵家の名前に狼狽する。

 冒険者を狙って誘拐を企てているはずなので、そんなビッグネームが出てくるなんて青天の霹靂だろう。

 

「じょ、冗談だろ!公爵家のお坊ちゃんが、冒険者の真似事なんてするわけねぇ!」

「ふぅん、信じないんだ?公爵家の息子が冒険者なんかやらないって、それはお前が判断すること?もし本当だった時に、公爵家の息子を誘拐した罪を、お前の命ひとつで贖えるって、本気でそう思ってるんだ?」


 男を嘲笑うように、矢継ぎ早に言葉を重ねるシエル。

 

「せめて責任者に話を通すくらいした方が、身のためだと思うんだけど?」

「……クソッ、お前らそこを動くなよ!」

 

 男はそう言い残して、早足で去っていく。

 

 それから数分が経って、別の男が地下牢に現れる。

服装は先程の男と変わらないが、背が高く、どこか洗練された印象を受ける別の男だ。

 

「シエル・ヘルマー様、並びにお連れ様。総帥が上階でお待ちです」


 男の言葉に、シエルが満足気に微笑んだ。




 ***




「お前が公爵家のお坊ちゃまか。これはまた随分、愛らしいな」


 男に案内されたのは、地下牢から地上に出て、二階にある大部屋だった。

 部屋の中心に置かれたソファに腰掛けていたのは、妖艶な雰囲気を持つ美しい女性だ。

 

「お前が『黒龍』のボス?闇魔法使いは随分卑劣な商売をするようになったんだね」


 シエルが苦い顔でそう言うと、女は可笑しそうに笑った。

 

「卑劣なのは冒険者ギルドの方さ。守るべき家庭も、目指すべき未来もあった多くの闇魔法使いを、『黒龍』に所属していたと言うだけでギルドから除名とした。まるで汚点を隠すかのように、私たちを切り捨てた。ギルドに所属できない冒険者の末路を、お前は知っているか?」


 女はシエルと私の目を交互に見つめたあと、もう一度口を開く。

 

「地獄だよ。依頼を受けられなければ、金が得られない。金が得られなければ、今日の糧にも困る。いつしか家族や恋人は離れていって、孤独になって……それでも生きていかなくちゃならない。そのためには仕事を選んでなんていられないんだ。ここは、ただ今日を生きたい闇魔法使いたちの最後の砦。卑劣だなんだと罵倒されても、やめる訳にはいかないのさ」


 女はそう言うと、コホンと咳払いをする。

 

「前置きが長くなったな。私はイザベラ。この『黒龍』の総帥だ。高貴なお坊ちゃまが、私になんの用だ?」


 イザベラは試すようにシエルを見つめる。

 

「まずは、話を聞かせて欲しいかも。冒険者たちを捕まえて、何をするつもりだったの?それも若い女性ばかり」


 シエルがいつもよりワントーン落とした声でそう尋ねる。すると、イザベラはもったいぶったように髪を指先で弄び、それから口を開く。


「単純なことだ、人身売買だよ、お坊ちゃま。若い女が一等高く値が付く」

「なっ……!」

 

 人身売買。

 古い時代には奴隷制度があったが、近代に入って非人道的だと条例で禁止された。それはロベルタ王国だけではなく、リリネットの出身であるイグニアス王国や、その周辺の諸国で一斉に取り決められたものだ。


 つまり人身売買は、国際ルールに反する大罪。それを『黒龍』は行っているというのだ。

 

「お前、そんなことして良いと思ってるの……!?人身売買なんて、もう100年は前に禁止されてる!」

「それは表向きの話だ。いつの時代にも、どこの国にも、悪趣味な金持ちは一定数いるものだよ。奴隷制が撤廃されてからも、人身売買というビジネスは秘密裏に、脈々と続いている。それに誤解してもらったら困るが、私たちは人身売買を執り行っているわけじゃない。依頼で商品を揃えているだけに過ぎん」

「それが立派な犯罪だって、分からないの!?」


 シエルが声を荒らげると、イザベラははぁ、と気怠げなため息をつく。

 

「犯罪でもしなければ食べていけないと、言っただろう?知らない人間の不幸よりも、私は私を信じて着いてきてくれる部下たちの今日の幸せをとる。優先順位の話だ」


 イザベラの言葉に、シエルがグッと言葉を詰まらせる。

 

「依頼主も口の上手い男だった。冒険者ギルドに報復をしないか、と、私の復讐心を上手く煽られたね。あいつの思い通りになるのは癪だったが、私にとっても好機だった」

「それで、人身売買を……」


 そう呟いたきり黙り込んでしまったシエルの代わりに、今度は私が口を開く。

 

「それじゃあ、1年前から続く女性の失踪事件は、全てあなたたちが?」

「1年前?私たちが冒険者を攫い始めたのは3ヶ月ほど前からだよ。まだ誰も売り払っちゃいないから、攫ってきた女たちも皆地下牢に繋いだままさ。元々起きていた良家のお嬢ちゃんたちの失踪に関しては、私たちの預かり知るところではないね」


 そう言ったイザベラの目は、嘘をついているようには見えない。

 

「……まぁ、心当たりが無い訳では無いが」


 イザベラは、後ろに控えていた長身の男に目配せをして、「アイザック、書類を」と手を差し出した。


 アイザックと呼ばれた男は、後ろのデスクからサッと書面の束を取りだしてイザベラに手渡す。

 彼女はそれを私たちに差し出して「ほら」と渡してきた。

 

「これは……女性冒険者の誘拐依頼書?」


 ペラペラと捲っていくと、そこには先程地下牢で見た女性冒険者たちの顔と名前、それから行動パターンに至るまで詳細に記された書類と、彼女らを攫い、それに報酬を出すと明記された書類がセットになっている。

 

「これは……!」


 そして、書類の右下の欄に依頼主の名前が記されているのを見て、シエルが目を見開く。

 

「ドガース・ジェフリー……って、禁呪で処刑されたジェフリー準男爵……?」

「その弟君だ。今は準男爵位こそ失ったものの、ジェフリー準男爵の財産を相続して裕福な暮らしを送っているらしい。冒険者ギルドの副ギルド長も務める、食えん男だよ」


 そう言うと、イザベラは口の端を吊り上げて笑った。

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