6話
「ギルド関係者って……まさかそんな。今のギルド長は街の領主も兼ねる、列記とした王国貴族だぞ。そんな人間が、王家の信任を裏切って犯罪行為に手を染めるなんて……」
セストが冷や汗をかいて呟く。
「エバノの街の冒険者ギルドは大きな組織です。ギルド長がどれだけ信頼できる方でも、その部下が同じとは限りません。むしろ、大きくなった組織の方が膿は溜まりやすいでしょう」
実際、私が前世で働いていた会社も、上層部はよく出来た御仁ばかりで度々成功者としてメディアでも紹介されていたが、その下の部長、課長クラスには酷い人間もいた。
私が所属していた部署の課長なんかは顕著な例で、自分の仕事を部下に振って、自分は定時退社するタイプの人間だった。お陰で私は過労死し、こうしてこちらの世界へ飛ばされた訳だが……閑話休題。
とにかく、いくらトップがいい人でも、その部下がいい人とは限らない。トップが貴族なら、その威を借りて傲慢に振舞っている部下がいる可能性もある。
「そうは言っても、証拠もなしにギルドに強引な捜査をかけることはできない。何か犯人の尻尾が掴めるようなきっかけがあればいいのだが……」
オズワルドが悩ましげに首を傾げる。
「はい、その点についても私に案があります」
私がしたり顔でそう言うと、彼らは神妙な顔で息を飲んだ。
****
「それは……だめだ」
私が作戦を話し終えると、オズワルドは首を横に振る。
「えっ、どうしてですか。理にかなった作戦ですよ」
私が抗議すると、彼は眉間に皺を寄せる。
「君に危険が及び過ぎる。僕たちは、確かにこの事件を解決したいと思っているが……そのために君を危険に晒すのは本意ではない」
オズワルドの珍しく固い声に、私も言葉を詰まらせる。
私の身を案じてくれる気持ちはありがたくもあったが、早期にこの事件を解決するためには、私の考えた作戦が最も手っ取り早いと思うのだ。
「ねぇ、それならオレがリリと行動するよ」
室内が微妙な空気になった時、シエルが声を上げた。
「オレだって、兄さんたち程じゃないけど戦えるし、リリのこと絶対守るって約束する。それなら、この作戦もちゃんと機能するでしょ」
「シエルちゃん……でも、私が言うのもなんだけど、これって結構危険な賭けだよ。危ないんじゃ……」
「その危ない作戦を自分で提案した癖によく言うよ。それとも何?オレのこと信用出来ない?」
綺麗な青の目が少し悪戯っぽく輝いて、こちらを見ている。
「……まぁ、シエルがいるならリリちゃんひとりってのよりかは安心だな」
そんなやり取りの後、セストがため息をついて口を開く。
「セスト……!」
「だって、現状を打破するのにリリちゃんの案以上に良いアイディアなんてパッと思いつかねぇよ。解決を望むなら、多少のリスクは受け入れねぇと」
オズワルドは不服そうな顔をしていたが、セストの説得に暫し逡巡しているようだった。
それから、まだ納得のいっていないような低い声で「仕方ないか」と呟いた。
「リリ、危険があれば必ず逃げると約束してくれ。僕は叶うなら、君に傷ついて欲しくない」
真っ直ぐな紫の瞳がこちらを捉え、強く輝く。
私はそれに気圧されて、思わずこくこくと頷いた。
「それじゃあ決まり、だね。早速明日から、作戦を開始しよ」
シエルがそう言って、その日はお開きとなった。
***
翌朝、私とシエルはふたりで冒険者ギルドを訪れていた。
低ランク向けの適当な魔物討伐の依頼を受け、受付のカウンターで手続きを済ます。
「スライムって、この辺りだとどこで倒せますか?」
「そうですねぇ、この辺りならメビル湿原なんかによく出ますよぉ。早速討伐任務なんてすごいですねぇ」
昨日と同じ受付嬢は、私の顔を覚えていたのかそう話しかけてくる。
「ちょうど付き合ってくれる悠仁も見つかったものですから。なら今日はそこまで行こうか、シエルちゃん」
「オーケー」
受付嬢とやり取りをして、ギルド側に行き先をそれとなく示しておくのも忘れない。
これで種まきは完璧だ。
囮作戦の決行である。
今回の作戦は、簡単に言えば私とシエルが駆け出しの女性冒険者に擬態して、わざと攫われてやろうというものだ。
擬態も何も、私の方は正真正銘の駆け出し冒険者なのだが。
もちろん、その後オズワルドとセストに助けてもらう算段はつけてある。
というのも、最近ロベルタ王国で普及が始まった通信装置を、オズワルドたちから借り受けることができたのだ。
魔石の嵌め込まれた手鏡の形をしたそのマジックアイテムは、予め登録しておいた魔力の持ち主同士なら、どれだけ距離があってもまるでその場に居るかのように話せるという優れものだ。まるでスマホみたい、と思ったのだが、どうやらこのマジックアイテムは正式名称をスマートミラーと言うらしく、位置情報まで共有できるらしい。
ここまで来ると、私以外の転生者の存在を疑ってしまう程だ。
ともあれ、このスマートミラーのおかげで、私たちは離れていてもお互いに連絡を取り合うことが可能になった。
私の場合は魔力ではなく神聖力を登録したのだが、それでも問題なく使えた。恐るべし、神聖力の汎用性。
スマートミラーはまだ流通量が少なく、大変高値が付く商品だ。それを見せびらかすように所持していると、奪われてしまう可能性も考えられるため、今回は私のアイテムボックスに収納することにした。
このアイテムボックスというのも、私が記憶を取り戻して以降使えるようになった新たな神聖力の使い道だ。
いわゆる亜空間を作り出す能力で、ここに入れたものは時間の流れの影響を受けない上に、場所に限りがないので無限に詰め込めるという、流通業界垂涎の力である。
祈りを形にするという神聖力の性質が、私の前世の記憶という膨大な知識によって良い方向に作用した訳だ。
ほんとになんでもありだな……と思いながら、3人に能力をお披露目したところ、シエルが「これで旅行中でも無限に服が買える……?」と興味津々だった。
エバノの街を出て1時間ほど北西に進むと、メビル湿原という場所に出る。
スライムがよく出没する場所で、低ランクの冒険者たちにはそこそこ人気の狩場らしい。
私たちはメビル湿原に着くと、辺りを見渡した。
「……いないじゃん、スライム」
ガッカリしたような声のシエルの言う通り、辺りにはスライムどころか魔物の一匹も見当たらない。
「おかしいなぁ、私まだスライムって見たことないから、楽しみにしてたんだけど」
「嘘、お前スライム見たことないの?結構どこにでもいると思ってたけど」
「うん。そもそも魔獣なんて、この前オーガを見たのが初めて。イグニアス王国には出なかったからなぁ」
そう言うと、シエルはギョッとした顔をする。
「魔物が出ない国ってあるの?この国じゃ魔物の大発生が国家問題なのに」
「地域差かな?」
「イグニアス王国とロベルタ王国じゃ、そんなに気候も変わらないと思うんだけど……何か特別なことをして対策してたんじゃない?」
シエルがそう言うので、ほとんど通っていなかった学園の教科書に書いてあったことを思い出してみる。
昔は、イグニアス王国も周辺諸国と同じように魔物の出没に悩まされていた。国民は皆困り果て、創世の女神に祈ったのだそうだ。
すると、熱心な女神の信奉者だった村の娘に神託が降り神聖力が宿った。
娘はその力で国中に魔物よけの結界を張り巡らせ、やがて聖女と呼ばれるようになった……という、御伽噺のような伝承。
そして、どれだけの時が経っても、イグニアス王国に生まれる聖女は、代々この結界を維持するために多くの時間を祈りに費やしている。それは私もそうだったし、今はもう亡くなってしまった先代の聖女も若い頃は同じようにしていたという。
今思えば、女神の偉大さを称え、聖女を王家に迎え入れるのを正当化するためのプロパガンダのようなものだったのだろう。
そんな話があるよ、と軽い気持ちでシエルに話をすると、彼は「はぁ!?」と声を上げる。
「それって、絶対その力のおかげじゃん!お前と行動するようになってから、オレたちも魔物に遭遇してないし、実際ここみたいな魔物の多く出る地域にも魔物が居なくなった。……リリがイグニアス王国を離れちゃって、あっちは大丈夫なの?」
心配そうな顔で、彼が尋ねてくる。
「まさか、聖女の結界なんて迷信でしょ?」
「馬鹿だなお前っ!神聖力は、リリと出会って間もないオレが知るだけでも、身体強化や治癒、それからアイテムボックスみたいな、未知の現象を沢山起こしてるんだよ。そんな強大な力があって、結界だけ迷信なんてこと、あるわけないでしょ」
力強い言葉でそう言われてしまうと、なんだかそんなような気もしてくる。
「仮に聖女の結界が本物だとして、私は今結界を張ろうなんて思ってないよ……?」
「聖女がそこにいるだけでも、魔物よけの効果があるのかもね。オレはイグニアス王国の聖女伝説なんて専門外だから、あくまで憶測だけどさ」
シエルが首を横に振って、その話は終わりになった。
「とにかく、なんにも収穫がないまま帰る訳には行かないな。リリの推測じゃ、向こうは冒険者が疲弊したところを狙ってくるんだもんね」
「えぇ、そうだと思う」
「それじゃあ、少し足を伸ばしてみよっか。奥地には強い魔物がいるから、気をつけてよね」
そうして、私たちはメビル湿原の奥地へと歩みを進めた。
普段は強い魔物がうようよいると言う奥地だったが、私たちが見つけられたのはスライム数体と見たこともないようなカエル型の魔物だけだった。
「うげ、オレあれきらーい」
そんななけなしの魔物たちも、顔を顰めたシエルの水魔法で一蹴されて終わりだったのだが。
「そろそろいい時間だし、帰ろっか」
日が暮れ始め、空が赤くなってきたのを見てシエルがそう言った。
確かに、当初の目標よりは少ないがそれなりの数のスライムを倒して、そこからドロップした素材も回収できた。
初めての依頼受注にしては、上々の出来だろう。
私たちは荷物を纏め、あえて人気の無い道を選んでエバノの街へ向かう。
その道中だった。
「んんっ!?」
突如後ろから口元を抑えられ、反射で暴れるも複数人の男に囲まれて手も足も出ない。
ちらりと横目でシエルのことを見れば、彼も同じように数人がかりで取り押さえられていた。
男たちは皆一様に黒っぽいローブを着て、顔が分からないように深くフードを被っている。
恐らく、この男たちが今回の女性冒険者の連続失踪事件の下手人だ。このまま連れ去ってくれればアジトの特定ができるな、と妙に冷静な頭で考えていたら、ふわりと心地よい闇に視界を覆われた。
そして数分としない内に、私は意識を手放したのだった。




