5話
本日2話目です
宿で荷物を下ろすと、すぐに冒険者ギルドへ向かった。
エバノの街の冒険者ギルドは、ロベルタ王国の冒険者ギルドの総本山だけあって、立派な木造の建物だ。多くの人が出入りしている様子も見え、期待が高まる。
セストがカウンターまで歩いていって、気怠げにしている受付嬢に話しかけた。
「すいません、ちょっといいかな」
「はぁい、なんでしょう、か……!」
欠伸を噛み殺したような声で応答した受付嬢は、セストを見るや否や背筋を正して前髪を整え、ニコッと擬音のしそうな笑顔を張りつけた。
見た目も身なりも良い、冒険者ギルドには似つかわしくない人間が突然現れたら、誰だって報酬の良い依頼が来ると思うだろう。残念ながら今回はその限りでは無いのだが、受付嬢が露骨に媚びを売ろうとするのも当然と言えた。
「彼女にギルドカードを作りたくて。外国からの移住者なんだ」
「あっ……かしこまりましたぁ、少々お待ちくださぁい」
受付嬢は予想と違う話に肩を竦めると、デスクから書類を出してきて、私に向き直る。
「それじゃあ登録を始めますねぇ。お名前と戦闘スタイルを教えてください」
「はい、リリです。戦闘はあまり得意ではありませんが……シールドと回復魔法が使えます」
「それなら、ヒーラーとして登録しておきましょっか」
軽い質問に答えると、受付嬢はそれをサラサラと書面に書き留める。
どちらも魔法ではなく神聖力によるものだが、嘘は吐いていない。光魔法でも同じようなことができるので、さして珍しいものでもないし、受付嬢はそう捉えたはずだ。
「それでは、こちらの魔石に血を一滴垂らしていただけますか?」
受付嬢はデスクの引き出しから小さな透明の魔石を取りだして、カウンターに置く。それと一緒に小型のナイフも用意された。
「血ですか?」
「はい。本人確認のために必要となります。ちょっと痛いですけど」
そう言われれば断るわけにも行かず、私は用意されたナイフで、一思いに人差し指を軽く切る。
「痛っ」
「ごめんなさぁい、こういう規則なもので。血をこちらに垂らしていただけますか?」
彼女の言う通りに魔石に血を垂らせば、魔石は淡く光った後、オーロラのような色に変色する。
「あら?ヒーラーってことは光魔法使いだと思ったんだけど……」
受付嬢が不思議な顔をするので、心配になってオズワルドたちの方を振り返ると、彼らも驚いたような顔をしていた。
「僕も、これは初めて見たな。本来、魔法の属性によって魔石の色は決まっているんだ。火なら赤、水なら青、魔力を持っていなければ透明のままといった風に。光魔法使いなら、魔石は黄色くなるはずなんだが……もしかすると、リリは気づいていないだけで、複数の魔法属性を持っているのかもしれないな」
「あぁ、なるほど。複数属性の持ち主なら、色が混ざり合いますものね。それでも相当珍しいですが……」
オズワルドの説明に、受付嬢が納得したように頷く。
魔石の色が違う理由なんて、私が聖女だからしか考えられないのだが……ここでそれを明かしてもメリットはひとつも無い。上手く話を逸らしてくれたオズワルドに感謝しなくては。
「すみません、指痛いですよね。治療させていただきまぁす」
受付嬢も魔法が使えるようで、彼女が軽く傷口に触れるとみるみるうちにその傷口が塞がる。
「はぁい、これで登録は完了しました。ギルドカードを発行しますので、紛失しないようにお気をつけくださいねぇ」
受付嬢に渡されたのは、名刺サイズの木版だった。
表面にはリリ、と名前が書かれており、ひっくり返すと裏面にはヒーラー、Eランクと彫られている。
右下の端には先程作ったオーロラ色の魔石が埋め込まれていた。
「冒険者は、EからSランクの6つのランクに分けることができます。リリさんは、駆け出しのEランクですねぇ。依頼をこなしていくと昇格できて、受けられる依頼の幅が広がるので、ぜひ上のランクを目指して頑張ってください。ちなみに、ギルドカードの方も、Cランク以上になればそれぞれCランクで銅、Bランクで銀、Aランクで金、Sランクでプラチナ製のものが発行されますよぉ。あ、でもでも、金やプラチナだからって売ろうとしちゃダメですからね。ギルドカードの売買は罰則対象ですよぉ」
なるほど、強い冒険者ならギルドカードを見ただけで分かるということか。
元日本人としては、こういうゲームのレベルアップみたいなシステムはワクワクする部分がある。
同時に、本人確認書類にもなるから売買は禁止、免許証や保険証のようなものか。
「リリさんはヒーラーとの事でしたので、ランクを上げるには戦闘職の方とパーティーを組むのが一般的ですねぇ……もしよろしければ、現在回復役を募集しているパーティーをご紹介しましょうか?」
受付嬢の提案に、セストが首を横に振る。
「いや、彼女は身分証としてギルドカードが欲しかっただけだから、ひとまず紹介は結構だ」
「そうでしたか。またご興味が出たら、ぜひお声がけくださぁい。あぁ、あとそれから、ギルドカードには銀行口座としての役割もあります。依頼達成の報酬は、ギルドカードを受付に提示することで引き出せますし、別のところで稼いだお金を預けることもできますよぉ」
それは確かにありがたい。冒険者ギルドはロベルタ王国中の都市部に点在しているらしいし、大きな機関が管理してくれるなら安心だ。
「以上が、冒険者ギルドに関する基本的なご説明になりまぁす。あとは、実際に依頼を熟してみれば段々慣れていくと思いますので、掲示板だけでも見ていってくださいねぇ」
「ありがとうございます」
受付嬢に送り出され、私は受付のカウンターを後にした。
受付を離れ、改めてギルド内をぐるりと見回す。
施設内は、筋骨隆々で見るからに強そうな男から、中にはまだ幼い少女まで、幅広い世代の冒険者で賑わっている。
奥の方には軽食を用意してくれるカウンターもあって、パーティーで食事を摂っている人も見受けられた。
「日が暮れるまでまだ少し時間もあるし、簡単な依頼でも受けてみるか?」
オズワルドは、興味津々に辺りを見回す私を見かねて声をかけてくれた。
「いいんですか?オズワルド様たちは視察があるんじゃ……」
「構わない。こうして冒険者の仕事を知るのも、視察の一環になる」
優しく頷かれてしまったので、私はお言葉に甘えることにした。ギルド依頼を熟すなんて、ゲームのクエストのようで興味を惹かれていたのだ。
「へぇ、色々ありますね」
依頼の貼られた掲示板を眺めながら、感嘆のため息を漏らす。
魔物の討伐や素材採取、それから街道の掃除や家庭教師なんかの毛色の違う依頼もある。Eランクでは受けられる依頼に制限があったが、それでも選び放題だ。
依頼は、掲示板に貼られた依頼書を持って受付で手続きをすれば受けられるらしい。
「あれ、なんか人探しの依頼が多いんですね」
中でも気になったのは、人探し、と書かれた依頼書だった。珍しい話じゃないのかもしれないが、それにしたって数が多い。
よく読み込めば、そのどれもが10代から20代の若い女性冒険者たちを探して欲しいという依頼だ。
「そりゃもう、最近女冒険者の失踪が後を絶たないんだよ」
私が呟くと、通りがかった中年の冒険者がため息をついた。
「失踪したのはどいつもお嬢ちゃんみたいな駆け出しの冒険者でな。冒険者ってのは夢のデカイ仕事だが、初めのうちは中々結果も着いてこない。そんな夢と現実のギャップにやられて姿を眩ましたんだって言う奴が多いが……家族や恋人を残して居なくなっちまった奴らもいる。こりゃなんかの事件に巻き込まれてるんだってのが、俺の見解だね」
少し酒が入っているのだろうか。赤ら顔で熱弁する中年の男を、同じくらいの歳の女性が後ろから叩く。
「何新米を不安にさせるような事言ってんだい。いいから行くよ、このアホ亭主」
「痛え!わかったよ……」
しょんぼり肩を下げて引っ張られていく男を見送って、オズワルドの顔を見上げた。
「女性冒険者の失踪って……そう言えば、昼間立ち寄った服屋の娘さんも冒険者で、3ヶ月前から連絡がつかないって言ってました。何か関係があるのかも」
私がそう言うと、オズワルドは「あぁ」と深く頷く。
それから少し屈んで、声を潜めて話し出した。
「実を言うと、このエバノの街では1年ほど前から若い女性の失踪が問題になっていたんだ。今回の視察は、その原因を探ることを目的としている」
「それは……」
「元々は良家の息女が多く失踪していて、身代金目当ての誘拐かと思っていたんだが、冒険者の女性にも失踪者がいるのであれば、その線は薄いかもしれないな。リリ、僕たちはこの件について追わなければならないが……君も若い女性だ。もしこれが同一犯の犯行だった場合、狙いが分からない以上君の身にも危険が及ぶかもしれない。だから、君にはこの件に関わることをおすすめはできないな」
オズワルドはそう言うと、「肩慣らしなら薬草採取なんかがいいんじゃないか?」と別の依頼書を取ろうとする。
「待ってください」
思わず彼の袖を掴んで引き止めると、彼は驚いたようにこちらを見た。
「私にも、この事件を解決する手助けをさせてください。私に、考えがあります」
私が掲示板から依頼書を破り取ると、オズワルドは目を丸くした。
***
「ジェシカについて教えて欲しい?」
一夜明け、再びギルドへやってきた私がまず話しかけたのは、とあるDランクパーティーに所属する男だった。
私が受注した依頼書の依頼主、つまり失踪した女冒険者の所属していたパーティーのメンバーだ。
「あいつが居なくなったのは、2ヶ月前だ。俺たちはゴブリン退治に少し遠くまで足を伸ばしていて、その帰りに、気づいたら1人だけ居なくなってたのさ。俺たちのパーティーは最近上り調子だったし、あいつはこの街に実家があって、その実家も人気のパン屋だ。金に困ってた様子も、人間関係を拗らせたって話も聞かないし、失踪する理由なんて思い当たらないね」
男はそう言うと、困ったように頭を搔いた。
「早く戻ってきてくれるといいんだがな。あいつが居ないと、しんみりしちまっていけねぇや。うちのパーティーは男所帯で、みんな口下手だからよ、ちょっと口うるさいジェシカがいてくれて、やっと人並みに喋れてたんだよ」
それから、別の失踪者が所属していたパーティーにも話を聞く。
しかし、皆一様に、女性冒険者が失踪する理由には心当たりがないと首を横に振った。
「こりゃ完全に手詰まりだね。失踪した場所も様々だし、誘拐事件だとしても、同一犯かどうかも怪しくなってきた」
情報整理のために宿に戻ると、セストがウンザリしたようにため息をついた。
「失踪した冒険者も、ヒーラー、剣士、魔法使いって統一感が無いし、特定の能力を持っているって訳でもなさそう」
シエルはご自慢の黒髪をくるくると指で弄びながら、首を横に振る。
「失踪者の家族にも話を聞いてみたが、こちらも空振りだな。娘や恋人の失踪に心を痛めてはいるが、その原因には心当たりはないらしい」
「そうだよなぁ……どこも手掛かりなし、このアプローチじゃ、真実にはたどり着けねぇか」
セストは諦めたように項垂れるが、私はそうは思わない。
「そうでしょうか。手掛かりならありましたよ」
「え、何それ。オレ聞いてない!」
シエルが顔を上げたので、私は頷いて言葉を続ける。
「失踪のタイミングです。女性冒険者たちは皆、“依頼が終わったあとの帰り道”で失踪していました」
私が言うと、「あぁ、確かに」とシエルが頷いた。
「でも、それがなんの手がかりになるのさ。みんなが同じ場所で失踪したならともかく、場所も違うし、失踪者同士の接点もないんだよ?」
「えぇ。けれど、なんの接点もない他人同士が、わずか数ヶ月の短い期間に一斉に失踪するなんて妙なこと、起こりうるでしょうか。女性冒険者たちと接点のある誰かが、この大量失踪事件には関与していると見ていいでしょう」
私の仮説はこうだ。
女性冒険者同士には接点が無いということを鑑みると、彼女らが示しを合わせて自主的に姿を消した可能性は限りなく低い。
それならば、何者かに誘拐されたと考えるのが妥当だが、女性冒険者を攫うのに、依頼を終え、疲れきったタイミングだけを狙えるという事は、少なくともその冒険者のことを何も知らない他人には無理だろう。
それはつまり、冒険者たちの動向をある程度把握出来る、何者かの知恵がなければ成り立たないということ。
「それは、まさか」
オズワルドが難しい顔をして、私は深く頷いた。
「はい、私はこの事件、冒険者ギルドの関係者が一枚噛んでいると睨んでいます」




