4話
「そう言えば、殿下たちはどうしてあんな危険な森の中に?」
エバノの街までの道中、レヴィンがオズワルドに尋ねた。
それは確かに気になるところだ。
王子と公爵家の子息が3人揃って、護衛もつけずに魔物が活発化した危険な森で何をしていたのだろう。
「僕らは、元々エバノの街に視察へ行く予定だったんだ。お忍びでね。街に向かう前に、少しでも活発化した魔物の数を減らしておきたくて、僕が無理を言って旅程に魔物の討伐を組み入れたんだ」
オズワルドはそう言うと、しょんぼりと肩を落とす。
「今思えば、軽率だった。僕のわがままで、大事な友人とその家族を同時に失うところだった」
「あー、またオズワルド様がネガティブモードに!大丈夫ですよ、オレたちちゃんと助かったんだから」
「そうそう。それに、それを言うなら無茶な旅程をお諌め出来なかった俺たちにも非がある。お前のせいじゃねぇよ」
シエルとセストが2人がかりで慰めて、ようやくオズワルドは「すまない……」と小さくなるのを辞めた。
「それにしても、大変ですね。王子殿下自らが魔物の討伐に繰り出さなきゃならないなんて……前回の大量発生の時も、確か王族の方が騎士団の指揮を執っていたと聞きましたが、いつもそうなんですか?」
ルーカスがそう尋ねると、オズワルドは「あぁ」と頷く。
「5年前、あの森での魔物討伐で総指揮を担っていたのは僕の兄上だった。兄上は剣も魔法も一流で、僕は兄上に追いつきたくて……少し、焦っているのかもしれない」
そうぼやいたオズワルドはどこか寂しそうで、声をかけるのが憚られた。
「とにかく、僕たちの当初の予定はエバノの街での視察だったんだ。行き先が同じで助かったよ」
気を取り直すように明るくそう言うオズワルドを見て、私は僅かに彼のことが心配になった。
***
「わぁ、大きな街!」
森を抜け、5日ほど小さな村に泊まりながら街道を進んでいくと、見えたのは周りを城壁に囲まれた大きな都市だった。
検問で、『朝日の剣』の面々はギルドカードを見せて中に入ったが、私は何も持っていない。
困って立ち止まると、検問所のおじさんが声をかけてくる。
「お嬢ちゃん、外国の人かい」
気の良さそうなおじさんは、片手を軽くあげて挨拶してくる。私は会釈をして返して、正直に話すことにした。
「え、えぇ。この国のギルドカードとか、持っていないのだけど」
「そしたら、銀貨2枚で通れるぞ」
「えぇっと、それが……」
「まさか無一文かい、困ったな!」
罪人として連れ出される途中で逃がされたので、金目のものはひとつも持っていない。
私だけここでお別れ?と冷や汗をかいていると、チャリン、と目の前のトレーに銀貨が2枚置かれた。
「オズワルド様」
振り返れば、オズワルドが優しく微笑んでいる。
「彼女は僕の客人だ。これで通してもらえるか?」
オズワルドが家紋の入った短刀を見せると「王家の……!?殿下でしたか、失礼しました!もちろんお通りください!」とおじさんは慌てて深くお辞儀をした。
「行こう、リリ。ここはいい街だ、君にも見て欲しい」「あ、ありがとうございます」
颯爽と進んでいくオズワルドの背中を追いかけて街に入れば、そこはロベルタ王国に来て一番の賑わいを見せていた。
今まで小さな村にしか立ち寄らなかったから当然と言えば当然なのだが、やはり都市部には人が多い。それに、みんな活き活きとしていて、商店の呼び込みがあったり、出店が出ていたりと、街に活気がある。
「エバノの街は、冒険者たちに支えられて大きくなった街だ。ロベルタ王国の冒険者ギルドの本店があるのもこの街だし、リリもこの国に住んでくれるなら、冒険者登録をしておくと便利だろう」
「冒険者登録、ですか?」
私が聞き返すと、オズワルドは深く頷く。
「あぁ、身分証にもなるから、多くの平民は冒険者稼業をしなくても、12歳になったら登録しておくことが多いな。登録さえしておけば、いつでも依頼が受けられるし、作物が作れない農家が冬の間だけ冒険者をする、というケースもある」
「それは確かに便利ですね。私でも登録できるんですか?」
「あぁ、後で一緒にギルドへ行こう」
オズワルドはそう言うと、先を進むレヴィンに声をかける。
「道中の護衛、助かった。これは報酬だ」
「報酬?単に行き先が同じだっただけです、いただけませんよ」
渡された袋に、レヴィンは首を横に振った。
しかし、オズワルドもそこで手を引っこめるような真似はしない。
「献身には正当な報酬が必要だ。ここは僕の顔を立てると思って、受け取ってくれ」
「……そういうことなら、ありがたく」
レヴィンは頭を下げて麻袋を受け取り、その中身を見て「えぇっ!?」と声を上げた。
「こんなに?」
「君たちの働きを考えれば、正当な額だ」
オズワルドが頷くと、レヴィンは「ありがとうございます!」と勢いよく頭を下げる。
それから、彼は私の方に向き直ると少し残念そうに笑った。
「俺たちは、これから商隊の護衛任務があるから、残念だがここでお別れだ。リリがギルドの行くにも付き合ってやりたかったんだが、依頼主を待たせるといけないからな。一緒に旅が出来て楽しかったぞ!」
レヴィンがそう言うと、「私も!」とマキが声を上げる。
「ちょっとの間だけど、仲良くなれて嬉しかったわ。私たちはここのギルドを本拠地にしてるから、何かあったらいつでもギルドに来て。絶対力になるわ」
グレン、ルーカス、マニも、口々にお別れの言葉を告げて、『朝日の剣』は楽しげに去っていく。
「助けてくれてありがとう!私も楽しかったわ!」
去りゆく彼らの背中にそう声をかければ、全員が一斉に振り返って、大きく手を振ってくれた。私も彼らが見えなくなるまで手を振り返した。
「さて、俺らも視察の準備を整えますかね」
セストがそう言うと、シエルが「さんせーい!」と声を上げた。
「せっかく視察のために新しいワンピースを下ろしたのに、ドロドロになっちゃって最悪。兄さん、オレ新しい服が欲しい」
「お前、旅装の中に何着も同じようなの入れてただろ」
「全然ちがうもん!それに、リリにも新しい服が必要でしょ。いつまでもボロボロの修道服って、怪しさ満点じゃん」
シエルの言葉に、セストも「それは確かに」と頷く。
「王子殿下の客人がその格好ってのも、沽券に関わるな。仕方ない、まずは服屋に行くか」
「やった!リリ、お前の服はオレが選んであげるからねっ」
途端にご機嫌になったシエルに腕を組まれ、見るからに高級そうな店が立ち並ぶ通りに連れ込まれる。
「シエルちゃん、私お金持ってなくて……!」
「心配しなくても、兄さんが払ってくれるから大丈夫。お前はそんなことよりも、もっと自分の服装を気にしなよね」
シエルは私の服をビシッと指差して、眉間に皺を寄せる。
「何、そのボロの格好は!いくら逃亡中で、お金が無くても、泊まった村の人に頼んでお古を貰うとか、服のひとつくらい調達できたでしょ?それをしないのは怠慢、だよ!」
ぷりぷりと怒るシエルは、まるで小動物のように可愛らしい。怒られている最中だと言うのに、顔の筋肉が弛緩する。
「なんなの、その顔っ!オレ、怒ってるんだよ!」
「ふふ、うん、ごめんね」
「もう、調子狂うなぁ……」
頬を膨らませたままのシエルに連れられて入ったのは、一件のブティックだ。
「いらっしゃいませ」
対応してくれたのは、高級感のある制服を纏った女性店員だった。名札を見るに、ここの店主であるらしい。
「この人のサイズ測ってくれる?旅行用に一通り揃えたいんだ」
シエルは私の背中を押して一歩前へ出させると、店主にそう言った。
「承知いたしました。お嬢様は?」
「オレは自分で選ぶから平気」
「左様ですか、ではごゆっくりご覧下さい。さぁ、お客様はこちらへ」
穏やかな笑顔の、40代半ばほどの女性店主に案内され、奥の個室に通される。
「では、失礼いたします」
店主はメジャーを持って私の体の周りをくるくると測って回った。手際がよく、ぼーっとしていたら目が回ってしまいそうだ。
「お客様は旅のお方ですか?」
店主は忙しなく手を動かしながらも、口調は丁寧にゆったりと話しかけてきた。
「えぇ、まぁそんな感じです」
「まだお若いのに、さぞご苦労をされてきたことでしょう。私にはお客様より少し年上の娘がいますが、あの子も冒険者になると言って家を飛び出した後、もう3ヶ月もなんの音沙汰も無く……きっと街で気ままに過ごす私共と違って、外の世界にはたくさんの刺激があるのでしょうね」
店主は少し寂しそうに笑った。
私よりも少し年上ということは、20歳前後ということだろうか。その位の年頃であれば、親元を離れて自由気ままにやっている可能性も高い。3ヶ月やそこらで心配するのも過保護な気がしたが、親にとってみれば子供はいつまでたっても子供ということだろう。
「もし旅の途中でチカという娘に会ったら、父と母に手紙のひとつくらい書いて寄越しなさいとお伝え願えますか?」
「えぇ、もちろんです」
私が頷くと、店主は安堵のため息を漏らす。
「ありがとうございます。そう言って貰えると助かります。サイズの方も測り終えましたので、こちらをご参考に服をお選びください」
メモを渡され、それを受け取って売り場へ戻る。
そこには既に両手に何個もショッパーを下げたシエルが待っていて「遅い!サイズはどうだった?」と手元のメモを覗き込んでくる。
「あ、ちょっと、プライバシー!」
「オレが服選ぶって言ったでしょー、サイズ知らなきゃ話にならないじゃん」
シエルはメモを一瞥すると、そそくさと売り場へ入っていく。それからしばらくして、何着も服を持って戻ってきて「まずはこれ試着して。次はこっち。色違いも持ってきたから、好きな方選んだらいいよ」とそれらを私の手に押し付けてくる。
「シエルちゃん、こんなにいらないって……!」
「何言ってんの、これからしばらくここに滞在するし、その後は王都に戻るんだよ。毎日同じ格好って訳には行かないでしょ」
「買うお金が……」
「ヘルマー公爵家の財布を馬鹿にしてもらったら困るんだけど」
強引なシエルに気圧されて、私はそれから何着も着せ替え人形のように着替え、彼のゴーサインが出たものを店主に渡して行った。
途中から合流したセストとオズワルドがギョッとした顔で「そんなにいるか……?」とシエルにお伺いを立てると、「当たり前」と一蹴されていた。
「すみません、こんなに買っていただいて……」
結局持ちきれない程の服を購入することになり、私は小さくなってセストに頭を下げる。
「気にしないでくれ。むしろ、うちのシエルが悪かったな。あいつの買い物は下手な女より長くて、いつも付き合うのが大変なんだ」
普段の苦労を伺える深いため息をつくセストに、シエルが「聞こえてるからね!」と抗議の声を上げた。
店の試着室を借りて、買った服の内比較的装飾の少ない赤のロングワンピースを着ると、シエルは満足そうに「うん、似合うね。さすがはオレの見立て」と大きく頷いた。
「その、とてもよく似合っている。僕から贈れなかったのが惜しいくらいだ」
相変わらず、オズワルドはこちらが恥ずかしくなるようなことを平気で言う。王侯貴族は女性を褒めるスキルも必要なのだろうと思うと、高貴な方も楽じゃないなと思った。
「さて、2人が服屋にいる間に、俺たちで宿を押さえてきた。一旦そこで荷物を下ろして、それからギルドで冒険者登録って流れでどうだ?」
セストの提案を断る理由もなく、私たちは宿へと向かった。




