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3話

本日2話目です

身体強化したレヴィンとグレンは、さすが歴戦の冒険者と言うべきか、とにかく足が早かった。

 彼らにかけたそれより一段階強い力を自分にかけても、気を抜くと置いていかれそうだ。

 

 15分も走れば、戦闘音が聞こえてくる。

 

「援軍だ!助けに来たぞ!」

 

 レヴィンが叫ぶと、「助かった!ありがたい!」と男の声が返ってくる。良かった、手遅れにはならなかったようだ。

 

 駆け寄っていくと、そこに居たのはボロボロの状態で剣を振り続ける2人の青年と、それと相対する3体のオーガだった。

 

 私たちの姿を見つけた銀髪の青年が、ホッとしたように顔を綻ばせる。そこに一瞬の隙が生まれた。

 

 少し剣を下げた青年に、巨体のオーガが肉薄してその拳を振り上げる。青年も気づいたが、今から剣を構え直してももう間に合わないだろう。

 

 私は咄嗟に叫んでいた。

 

「女神よ!彼の者を守りたまえ!」

 

 同時に、青年の周りに眩い光が溢れ、オーガの拳が弾かれる。

 青年の方も、それを見逃す程腕の低い剣士ではないらしく、すぐさま体勢を立て直すとオーガの首元を華麗に一閃した。鮮やかな腕前は惚れ惚れするほどだ。

 

 残りの2体は身体強化でバフをつけたレヴィンとグレンがそれぞれ各個撃破し、辺りには静寂が訪れた。

 

「みんなー!無事!?」

「兄さん、生きてる!?」

 

 そんな中で遅れてやってきたマキたちの声が届いて、各々の顔に安堵の表情が浮かんだ。

 

「兄さんっ!」


 傷の手当を施された少女が、妙に色気たっぷりの黒髪をした青年に飛びつく。

 

「セスト兄さんのバカっ、死んじゃったかと思った……!」

「悪いな、シエル。助けを呼びに行ってくれて助かった」

 

シエル、と呼ばれた少女がぎゅーっと青年を抱きしめると、彼は「力強ぇよ、バカ」と苦笑いを浮かべた。

 

 青年は泣きじゃくるシエルの背中をポンポンと2、3度撫でたあと、彼女を引き離してこちらに向き直る。

 

「えー、冒険者の皆さん、救援感謝する。君たちの助力が無ければ、俺たちはここでやられていただろう。俺はともかく、あいつが死ねばこの国の未来は暗いものになっていた。命を救ってくれたこと、感謝の念に堪えない」

 

 黒髪の青年は、そう言うと頭を下げた。

 

「いいんだ、困った時はお互い様だろう?」

 

 レヴィンがあっけらかんと笑うが、その横でグレンが冷や汗をかいている。

 

「おいレヴィン、ちっとは態度を改めろ」

「は?なんだ、いきなり」

「お前も名前くらいは知ってんだろ、こいつら……この方たちは、この国の王子と公爵家の跡継ぎだ」

 

 グレンの言葉に、マキとマニ、それからルーカスとレヴィンまで「えー!?」と口を揃えて叫んだ。

 

「なんだ、知らずに助けたの?とんだお人好し、だね」

 

 兄に再会できて涙も引っ込んだらしいシエルが、得意げな顔で胸を張る。

 

「この方は、ロベルタ王国の若き太陽、オズワルド・ロベルタ殿下にあらせられるぞっ」

 

 シエルが銀髪の青年の腕をとってこちらに引っ張ってくる。

 口調の割には砕けた関係のようで、一切の遠慮が感じられない。


 オズワルドの方も、シエルの強引なところに慣れきっているのか、「そう仰々しくしなくても……」と言いながら顔は困ったように笑っていた。


「僕からも礼を言わせてくれ。助けてくれてありがとう。君たちは命の恩人だ」

 

 オズワルドは柔らかくはにかんで、レヴィンに握手を求めた。

 レヴィンがその手をガシッと掴んで無遠慮に握り返そうとしたので、横からグレンに小突かれている。

 

「それから、こっちは僕の側近でセスト・ヘルマー。ヘルマー公爵家の長男だ」

「どーも」

 

 軽く手を振るセストだが、王子と公爵家の令息という事実を知った『朝日の剣』のメンバーは恐る恐る会釈することしか出来なかった。

 レヴィンだけはブンブンと手を振り返していたが。

 

「こっちはセストの弟のシエル」

 

 得意げな顔をするシエルに、今度こそ私たちは驚きで言葉を詰まらせた。

 

 それは、強引なシエルが公爵家の子供だったことに、と言うよりは……

 

「弟って……男の子!?」

 

 彼が男の子であるという事実への驚きだ。

 

 セストと同じ黒髪は緩やかにウェーブがかかっていて、高い位置でツインテールにされている。サファイアのような美しい青の瞳は長い睫毛で縁取られ、頬と唇は薄紅に色付いていた。

 服もボロボロとはいえ上等なワンピースだし、どこからどう見ても美少女だ。

 

「公爵家のお坊ちゃまがなんで女の子の格好を……」

 

 マキがそう尋ねると、シエルは「ふふん」と鼻を鳴らして得意げに話し出す。

 

「可愛いオレが可愛い格好するのに、理由っている?むしろ、可愛く着飾らなかったら世界の損失、でしょ?」

 

 自信たっぷりにそう言われると、確かにそうかも、と思ってしまう。

 

「とにかく、君たちは知らなかったとは言え王族と貴族の命を救ったわけだ。後日ギルドを通して褒賞を与えるから、パーティー名を教えてくれ」

 

 セストがレヴィンに話しかけると、ようやく事の重大さを理解したらしいレヴィンは「Dランクパーティーの『朝日の剣』だ!……です!」と言い直す。

 

「『朝日の剣』だな。わかった、必ずギルドにはいい報告をしておくよ」

 

 セストはそう言うと、手帳にメモをとって懐にしまった。

 

「それにしても、Dランクパーティーか。そうとは思えないくらい、2人とも強かったが」


 興味深そうにレヴィンとグレンを見て、セストがそう言う。

 

「俺たち2人はBランクの冒険者なんです。後進の育成のために、今はギルドに再申請してDランクパーティーとして活動しています」

「なるほどな……この時期のオーガは、最低でもBランクパーティーでないと狩れないだろう。ましてや群れていたのを、単騎で一体ずつとは……よほど腕が立つんだな」

 

 セストが感心したように言うが、レヴィンは「いや」と首を横に振った。

「今の俺たちは、身体強化をしてもらっていましたから。俺の実力の120%を引き出してもらったからこそ出来たことです」

「身体強化?」

「はい!旅の途中で出会った彼女に、魔法をかけて貰ったんです」

 

 レヴィンが私を指差すと、セストとオズワルドの視線がこちらに注がれる。

 

 私がぺこりと会釈をすると、セストとオズワルドは顔を見合せた。

 それから、2人で何やらコソコソと囁きあったあと、オズワルドがこちらに近づいてきた。そして、恭しく私の手を取ると、その場で跪く。

 

「お初にお目にかかります、イグニアスの聖女様。この度はあなたの慈悲のお心で、この戦いを生き残ることが出来ました。感謝申し上げます」


 右手にそっとキスを落とされ、カーッと顔が熱くなる。祖国でだってこんな大袈裟な扱いをされたことなんてないのに、他国の王子様……それも誰がどう見ても絶世の美男子であるオズワルドにそんなことをされてしまえば、どうしていいか分からなくなる。

 

「あ、あのっ、顔を上げてください……!それに私は、聖女なんて……」

 

 もううんざりなんです、と言いかけて、オズワルドと目が合った。

 真っ直ぐにこちらを見つめる紫色の瞳が、感謝と尊敬の暖かい色を湛えて煌めいている。

 

「……どこかで、お会いしたことがありましたっけ」

 

 いくら身体強化が珍しくとも、それが聖女の力だと一発で見抜くなんておかしな話だ。普通なら、100年に1度しか生まれない聖女の可能性より、まだ知られていない魔法である可能性を思いつくだろう。

 

 それを、ピンポイントで私が聖女だと言い当てたのなら、面識があると思った方がいいのだが……何せ心当たりがない。

 

 イグニアス王国では、王太子の婚約者とは名ばかりであり、豪華な舞踏会や重要な外交の場になんて出たことがなかったからだ。

 リリネットの生活といえば、あさは早朝から教会を隅々まで磨いて、午前中はひたすらお祈り、お昼は孤児への炊き出しを手伝って、午後は神聖力を使って教会に訪れる人々の傷や病、疲れを癒した。夜はまた遅くまでお祈りをして、王国全土に張られた魔物よけの結界の維持に努めていた。

 

 一応学園には通っているということになっていたが、授業に出られたことは殆どなく、テストの時だけ登校して、習ってもいない数式や魔法の原理について苦戦しながら回答していた。

 

 つまり、リリネットの行動範囲はほぼ教会の中だけであり、隣国の王子と出会う機会などありはしなかったのだ。

 

「やはり、あなたはイグニアス王国の聖女様でいらっしゃいましたか。面識と言うよりは、僕が一方的にあなたのことをお見かけしただけなのですが」

 

 そう言うと、オズワルドは照れくさそうに笑った。

 

「数年前に外交でイグニアス王国に訪れた際、キース殿下に誘われて王国の孤児への支援を見学させてもらったことがあるのです。その際に、炊き出しを手伝うあなたのことを見つけて……あの少女は誰かと尋ねたら、あれが我が国の聖女だと、キース殿下に教えていただきました。その時のあなたの子供たちに向けた笑顔が印象的で、ずっと覚えていたんです」

 

 聖女は、イグニアス王国にしか生まれない。見栄っ張りなキースが他国の王子に「うちには聖女がいるんだぞ」とマウントを取りに行ったことは想像に難くなかった。

 

「それは……キース殿下がわがままを申し上げたみたいで」

「わがままだなんて。僕も身になる視察でしたから。それに、あなたのことを知れた」

 

 恥ずかしくなるようなセリフを平気で言うオズワルドを思わず見つめれば、彼は不思議そうに首を傾げた。


「それで、聖女様はなぜこのような危険な場所に?」

「実は……」

 

 私はリリネットの身に起こったことを、前世の記憶を思い出した部分を省いて簡潔に説明する。

 

 ある日聖女の証である聖石が光らなくなったこと、代わりに別の令嬢が聖石を光らせたこと、イグニアス王国を追放されたこと、そしてレヴィンたちに拾われ、聖石が偽物にすり替えられていたと気づいたこと。

 

 ひとつひとつ説明していく度に、オズワルドの顔が曇る。話終える頃には、その端正な顔は眉間に皺を寄せて、難しい表情を浮かべていた。

 

「それは……災難、でしたね」

 

 言葉を選ぶようにオズワルドが呟く。

 

「あなたが望むのであれば、ロベルタ王国で聖女として迎え入れられるよう、王に掛け合ってみます」


 真剣な表情で打診されてしまい、私は慌てて首を横に振った。

 

「いえ、いいんです。私は聖女なんて柄じゃないから。私を庇ってくれた友人のためにも、目立たないように、ひっそりと生きて行ければ、それで」

 

 私がヴィニアの顔を思い出しながらそう言うと、横で黙っていたセストが口を挟んだ。

 

「その友人、ってのも、俺は気になりますけどねぇ。聖女様のこと、騙してたんでしょ、要は。俺の読みじゃ、聖女様を陥れたのは間違いなくその女ですよ。復讐したいとか、ないんですか?」

「復讐、ですか」

 

 確かに、彼女がリリネットに行ったのは手酷い裏切りだ。聖石を魔石にすり替えたのだとしたら、それは聖女の偽装。

 もう言い逃れできないほど、彼女は悪人だ。


 それでも、私を逃がしてくれたあの時の顔を見たら、恨みとか復讐心とか、そんな気持ちは湧いてこないから不思議だ。


「……私、彼女を恨んではいないんです。確かに裏切られたのは悲しかったし、どうしてって思ったけど、でも……彼女が私を逃がしてくれたのも事実だし、復讐するには、私は彼女のことを好きになりすぎちゃった」

 

 別れ方があんなのでも、リリネットにとっての友人はヴィニアだけだった。たとえ最後に陥れるためだったとしても、彼女がかけてくれた言葉も、笑顔も、嘘だったと思うにはあまりにも鮮明だ。

 

「そりゃあお人好しすぎますよ」

 

 セストが呆れたように笑って、つられるようにオズワルドも笑みを浮かべた。

 

「聖女様」

 

 オズワルドは私を呼ぶと、真剣な目で私を見つめる。

 

「あなたは、聖女でなんていたくはないと思うかも知れませんが……お願いです。善良すぎるあなたを守るために、僕たちにあなたを保護させてください。もちろん、聖女として振る舞えとは言いません。民には公表しませんし、あなたが自由に過ごせるよう取り計らうつもりです。けれど、あなたの力は強大すぎて、その力はあなたの命さえ危険に晒すかもしれない。現に、あなたは今イグニアス王国から追手を差し向けられているのでしょう?であれば、なおのこと、僕たちにあなたを守らせて欲しい」

 

 そう言うオズワルドの目に、嘘は見受けられない。

 

 私にとって、これ以上いい話もないだろう。ロベルタ王国の庇護を受け、追手に見つからないよう平穏に過ごす。断る理由がなかった。

 

「そういうことなら、よろしくお願いします」

「良かった、ありがとうございます聖女様」


 オズワルドは安堵したように微笑む。

 

「それと、その聖女様って言うの、やめませんか……?敬語も崩してもらった方が、嬉しいです」

 

 オズワルドはまるで私が尊い姫君かのように扱ってくれるが、これから彼らの庇護に入れてもらうのだから、彼が私に傅くのはおかしい。

 それを抜きにしても、こんなに大事に扱われたことの無い私にはくすぐったかった。

 

「そうか?なら、そうするよ。僕も、リリと呼んでも?」

「はい、もちろん」

 

 私が頷くと、彼はそっと私の手を取る。

 

「なら、僕のこともオズワルドと」

「それは恐れ多くて……」


 慌てて手を引っ込めようとすると、今度はより強い力で彼に手を握られてしまった。

 

「ダメか?」

「……オズワルド様、ですね」

「ふふっ、あぁ」

 

 観念した私が名前を呼ぶと、オズワルドは嬉しそうに笑った。




 ***



 

「リリ!あなた聖女だったの?」

 

 オズワルドと話し終えた私に、マキが興奮した様子で尋ねてくる。

 

「一応、肩書きだけね。でも、元聖女だよ。黙っていてごめんなさい」

「それでも凄いことよ!なーんか雰囲気あると思ったら、そういう事だったのね」

 

 得心がいった、という風に何度も頷いて、マキはコソッと耳打ちしてくる。

 

「それで?オズワルド殿下になんて言われたのよ。なんかイチャイチャしちゃって!」

「い、イチャイチャ!?してないしてない!」

「でも、あの殿下の顔、見た?すごーく幸せそうで、今にも蕩け出しそうで……完全に恋してる人の目だったって」

「マキの勘違いでしょ!」

 

 マキはクスクスと笑うと、体を離す。

 

「ま、そういうことにしといてあげる!」

 

 恋バナが好きなんて、時代や世界が変わっても10代の女の子って変わらないなぁとどこか他人事に感じながら、私は「そうしておいて」と頷いた。

 

「皆さん、今の大体の場所がわかりました。エバノの街までのルートも考えたので、これでいいか確認してください」

 

 周囲の警戒とマッピングをしていたルーカスが戻ってきて、レヴィンたちの前に地図を広げた。

 

 レヴィンとグレン、オズワルドとセストの4人の上背のある青年が小さな地図を取り囲む様は、少し面白い。

 

「これは、俺達も同道していいのか?」

 

 セストが尋ねると、レヴィンは大きく頷いた。

 

「もちろんだ!……です!道中、また魔物が出ないとも限りませんし、人数は多い方がいいでしょう」

「そうか、助かるよ」

 

 その後、軽くルートを打ち合わせた彼らは、マニと私の治療を受けて、少し休憩した後に立ち上がって南を目指す。

 

「いざ、エバノの街へ!」

「しゅっぱーつ!」

 

 レヴィンとマキがノリノリで先頭を行くのを、私は後ろから追いかけた。

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