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2話

「体調が平気なら下の食堂に来てくれ、パーティーメンバーを紹介したい」

 

 そうレヴィンに言われ、私はベッドから下りて軽く身なりを整えると、宿屋の一階に下りる。


 こじんまりとした宿屋の一階は食堂になっているようで、いくつかのカウンター席とテーブル席が用意されている。

 

 その中の一席に、ガタイのいい青年がひとりと眼鏡をかけた少年がひとり、それからマニによく似た風貌の少女がひとり、テーブルを囲んで座っていた。

 

「お、来たな」

 

青年の声で全員がこちらを向いて、手招きされる。

 

「紹介しよう、こっちのデカイのがタンクのグレン、魔法使いのルーカスと弓使いのマキだ」


 みんなが集まると、レヴィンがひとりひとりを指さして名前を呼んだ。

 

「よろしく、お嬢さん」

「よ、よろしくお願いします……!」

「よろしくね!ちなみに、そっちのマニと私は双子なの。もちろん、私がお姉ちゃんね」

 

 マキとマニは顔こそそっくりだったが、温厚なマニと違い、マキは勝気そうだ。

 

「リリです、よろしくね」

 

 挨拶すると、マキが嬉しそうに手を取ってくる。

 

「マニ以外の女の子と冒険できるなんて初めて!仲良くしてね」


 私、というかリリネットと同じくらいか、少し年下くらいに見える少女にこうして懐かれて、悪い気はしない。むしろ初対面なのに、かわいく見えてくる。

 

「これでようやくパーティーに華が添えられるってモンだな」


 グレンが軽口を叩くと、さっきまで私の隣でニコニコしていたはずのマキがキッと彼を睨みつける。

 

「ちょっと、それどういう意味!?私やマニじゃご不満!?」

「おっと、やぶ蛇か」

 

 半笑いのグレンをマキがポコスカと殴る。

 

「俺たちは同じ村出身の腐れ縁なんだ。騒がしいが、気のいい奴らだぞ」

 

 レヴィンがそう言うので、私は深く頷いた。




 ***




 翌朝早く、旅支度を整えた『朝日の剣』は宿屋を出発する。

 

 ここから半日ほど平原を進み、橋で川を渡ると商人たちのよく使う街道に出るらしい。

 

 暫くは平和に進んでいたが、途中で斥候に行っていたグレンが渋い顔で戻ってくる。

 

「ダメだ、橋が落ちてやがる」


 彼は首を横に振ると、道端の岩に腰かけて足を組んだ。

 

「それじゃあ、街道には入れないわね……」

「少し前に酷い豪雨が来ましたから、その時に落ちて復興が進んでいないんですね」

 

 マキとルーカスがしょぼんと肩を竦める。

 どうやら進路上で避けては通れない橋が、落ちてしまっているようだ。

 

「お前のお得意の魔法でどうにかならねぇか?」

「む、無理ですよ。僕の魔法なんてたかが知れてるって、グレンもわかってるでしょ!」

「そうカッカすんなって、言ってみただけだ」

 

 『朝日の剣』には、この状況を打破する妙案は浮かばないらしい。

 

「仕方がないな……少々リスクはあるが、ジュノー森林を抜けるルートを取ろう」


 レヴィンは少し悩んだ後、そう提案する。

 

「えっ、リーダー本気?森は魔物が活性化してるって言ったのリーダーじゃない!今私たちのパーティーにはリリもいるのよ、私たちだけならまだしも、戦えないリリを森に連れていくのは……」


 マキが心配そうにこちらを見るので、少し申し訳ない気持ちになる。

 確かに、戦い慣れた『朝日の剣』のメンバーから見たら、私はお荷物だろう。そんな私と共に危険な森林越えなんて、不安に思うのも当然だ。

 

「しかし、ここでこうしていても、いつ橋が復興するか分からない。2週間後にはエバノの街から商隊を護衛するという依頼もあるし、いつまでも立ち往生している訳にもいかん」

 

 レヴィンが難しい顔のままそう言うと、マキも「それはそうだけど……」と言ったきり黙りこくってしまう。

 

「ぼ、僕も、リーダーの意見に賛成です」


 静かな雰囲気を壊したのは、意外なことにルーカスだった。

 彼はそう言うと、集まった視線に頬を赤くしている。


「えぇっ、ルーカスまでそんなこと言うの?普段弱気なくせに、どういう風の吹き回しよ」


 マキが小突くと、ルーカスは「えっと……」と不安そうに視線を彷徨わせたあと、まっすぐにこちらを見つめる。

 

「リリさんからは魔力を感じるんです。それも、滅多にないほど強力な」

 

 ルーカスの言葉に、私は首を捻る。

 

 この世界には、代表的な6つの属性の魔法が存在する。

 火、水、風、土、それから光と闇。それに加えて氷や雷などの属性も存在するが、これらはごく希少なものだとされている。

 

 火、水、風、土はそれぞれ名の通りの元素を操り、光魔法は回復を、闇魔法は破壊を司るものだ。

 

 この大陸に住む者であれば、皆一様に8歳になると教会へ赴き、妖精との契約を行う。

 そこで妖精と契約出来た者だけが、その妖精の属性に基づく魔法を使うことが出来るという寸法だ。

 

 そして、聖女が扱うのは神聖力と呼ばれる、魔法とは全くの別物である。氷や雷の魔法使いよりはるかに希少で、一説では百年に一人しか使用者が生まれないと聞く。

 神聖力は祈りを形にするという力を持つ強力なものだが、ひとつ欠点を上げるとしたら、一般的な魔法が使えないという点だ。

 

 神聖力は、この世界を創造した女神の力に由来する。神聖力を高く保ち続けるためには女神への一途な信仰が欠かせず、ほかの妖精の力を借りる魔法への適性は限り無く低くなるのだ。

 学術的な見解では女神が嫉妬するから、と言われているが……あの後輩、そんなに器の狭い女神だったのだろうか。

 

 とにかく、聖女であった私……リリネットの体は、魔法を使えるとは思えない。

 

「言いにくいんだけど、私、魔法は使えないわ」


 私が首を横に振ると、マキも便乗する。


「ほら、本人が言うんだから、やっぱり森は危険よ」


 しかし、ルーカスは納得できないのかマニに助けを求めた。


「えっ、でも、確かに強い魔力の波動が……マニも、分かりますよね?」

 

 突然話を振られたマニが、一瞬驚いたように目を見開いた。


「う、うん、確かに魔力は感じるけど……リリさん本人から、と言うより、何か別の……マジックアイテムを持ってるんじゃないかな」

「マジックアイテムですか?でも、それってとても高価ですよね」

「うん、だから、リリさんって本当はすっごくお嬢様なんじゃないかなって思ったんだけど……」


 マニの言葉に、パーティー全員の目がこちらを向いた。私はブンブンと首を横に振って「違う違う」と否定する。

 私は仮にも聖女で、王子の婚約者だったが……元は平民の生まれでお嬢様なんか程遠い。

 

 それから少し考えて、恐る恐る聖石のペンダントを取り出した。

 

「高貴な方に譲っていただいたものといえば、これくらいかな」

 

 8年前、聖女の力を見出されて教会に召し上げられた時、大司教から与えられた聖石のペンダント。もし何か強大な力が眠っているとしたら、それ以外にありえない。

 

「これは……魔石ですね」

 

 ルーカスはペンダントに顔を近づけ、真面目な顔でそう呟く。

 

「え?魔石?聖石じゃなくて?」


 私が驚いて聞き返すと、ルーカスはこくりと頷いた。

 

「加工は教会に伝わる聖石によく似ていますが、これは魔石の加工品ですよ。うん、魔力の出処もこれで間違いないです。強力な光魔法が込められていて、これを作成した人物の魔力を注げば光るように設計されているみたいですね」

 

 彼の言葉に、私は絶句した。

 このペンダントは、私がずっと身につけていたものだ。外すとしたら、入浴時と睡眠時くらいのもので、それ以外は肌身離さず持ち歩いていた。

 

 にも拘らず、聖石だったはずのそれは魔石にすり替わっていた……誰かにすり替えられた。

 

 聖石が光らなくなったタイミングを鑑みて、私が寝る時に同じ寝室にいた人となれば、たった一人だけ。

 ヴィニアしかいない。

 

 私が彼女に「聖女を辞めたい」と打ち明けた、あの夜の時点で聖石が魔石になっていたとすれば、その翌朝にヴィニアが魔石に触れた途端、光り出したのにも説明がつく。

 

 じゃあ、ペンダントはヴィニアにすり替えられた?

 

 私がぐるぐると思考している間も、ルーカスが言葉を続ける。

 

「それとは別に、着用者の危険を察知してバリアを張る機能も搭載されているようです。効果は一度限りで、一度使えば魔石は割れてしまうんですが……それでも、この機能をつけるには相当なお金が掛かりますし、技術的にも難しいんです。リリさんはその人に、よほど大切に思われていたんですね」

 

 ルーカスに屈託のない笑みでそう言われて、カッと胸が熱くなる。

 

 ヴィニアは私を……リリネットを大切だと思っていたのだろうか。

 自分で陥れたはずの人間にお守りを与えるなんて、妙なことだとは思う。けれど彼女にもなにか深い事情があったのかもしれないし、今は彼女に嫌われていないかもしれないと言うだけで少し安心してしまう。

 

「とにかく、そのお守りの魔石があれば、リリさんも安全に森を進めると思います」

 

 この中で一番魔法に精通しているのはルーカスだ。そんな彼が言うのなら、とマキも渋々頷いた。

 

「それじゃあ、決まりだな!これよりルートを変更して、森に入る。みんな、わかっていると思うが気は抜くなよ!」


 レヴィンの言葉に、「おー!」という団員たちの声が重なった。




 ***



 

 エバノの街の北に広がるジュノー森林は、以前から魔物が沢山棲息する危険な場所だったそうだ。

 その危険性から近隣住民は寄り付かず、人の手が入らないままの大自然が広がっている。その環境が魔物には心地良いようで、さらに魔物の繁殖が広がり、危険度が上がる……という悪循環が生まれている場所でもあるらしい。

 

 また、数年おきに増えすぎた魔物が近隣の街へ流れ出て来ることがあり、レヴィン達冒険者はその討伐のために駆り出されるので、意外と馴染み深い場所のようだ。

 

「にしても、おかしいな。思ったよりも魔物が出ない」

 

 森に入って1時間した頃、レヴィンは拍子抜けしたようにそう呟いた。

 

「ホントだな、平時でも珍しいくらい大人しいじゃねぇか」

 

 グレンが相槌を打つと、マキが「そう?」と首を傾げる。

 

「お前たちお子ちゃま組は知らねぇかもだがな、魔物の活発化してる時期ってのは、数もさながら一体一体が強くて活き活きしてて、普段は人の前に姿を表さねぇような臆病なやつも、まるで自信でもつけたみてぇに人前に出てくるんだ。この時期に1時間も森を歩いて、1匹も魔物を見かけねぇってのは、軽く奇跡だな」

 

 話を聞けば、『朝日の剣』は元々レヴィンとグレンの2人パーティーだったそうだ。結成から数年後、長期休暇を得て故郷に戻ってきた2人に憧れて、昔から付き合いのあったマキとマニ、それからルーカスがパーティーに参加し、今の5人体制となった。

 

 そのため、パーティー全体のランクは初心者組に合わせてDランクと控え目だが、レヴィンとグレンは2人だとBランク相当の依頼もこなせる強力な戦士らしい。

 

 彼らは5年前に起きた魔物の大量発生の時も討伐メンバーとして参加していて、その時に比べると森が静かすぎると言うのだ。

 

「まぁ、出ない分にはいいじゃない。安全に進めるんだし」

「それもそうか。もしかすると、強力なパーティーが掃討した後なのかもな」

 

 レヴィンがそう言った、次の瞬間だった。

 

 ガサガサッ!と木立が揺れて、レヴィンとグレンが剣を抜く。ついでルーカスとマキがそれぞれ獲物を構え、マニは私を庇うように前に立った。

 

「ルーカス、索敵!」

「はい!……12時の方角……これは人です!」

「人だぁ!?」

 

 グレンが素っ頓狂な声を上げる。

 

「誰だ!姿を表わせ!」

 

 レヴィンが語気を強めてそう言うと、再び木立が動いて、そこから恐る恐ると言った様子で顔を出したのは、高級そうなワンピースを泥だらけにし、全身に切り傷を作った少女だった。


「ぼ、冒険者……?」

 

 少女は掠れた声でそう尋ねてくる。

 

「俺たちは冒険者パーティー『朝日の剣』。君は?」


 害のなさそうな少女を見て、レヴィンが鞘に剣を収める。

 その様子を見て、少女はへなへなと地面に座り込んだ。

 

「た、助けてっ!兄さんたちが魔物に襲われてるんだ!」

 

 少女はレヴィンの足元に縋り付いて、「お願い……!」と涙を流した。

 

「……わかった。俺たちをそこまで案内してくれ」

 

 レヴィンがそう言うと、少女は驚いたように「い、いいの!?」と顔を上げる。

 

「すまん、みんな、付き合ってくれないか?」

 

 レヴィンがこちらを振り返る。

 もちろん、このパーティーには断るような人なんていない。

 

 皆が頷いたのを見て、レヴィンは少女に向き直る。

 

「君のお兄さん達は今どこに?」

「ここから北に、オレの足で30分くらい……もしかしたら、もう……!」

 

 少女が顔を伏せると、レヴィンは彼女の肩をぽんと叩いて大きく頷く。

 

「大丈夫だ。俺たちは強い、君のお兄さんたちは死なせない。グレン、俺と先行して魔物の対応するぞ。ルーカス、お前はマキとマニと協力して、リリとこの子を守りながら着いてこい。マニ、この子の治療は任せたぞ。マキは治療中周囲の警戒に当たれ」

「了解!」

 

 レヴィンが指示を出し、各員がそれに答える。

 私は今にも駆け出しそうなレヴィンの裾を掴み、引き止めた。

 

「待って、私も連れて行って」

「リリ?ここからは本当に危険が伴う。君はルーカスたちと……」

 

 レヴィンが困ったように話すのを最後まで聞かず、私は胸の前で両手を組んで祈りを捧げる。

 

 するとどうだろう。

 

「な、なんだ、体が軽い」

「俺もだ」

 

 レヴィンとグレンが目を見開く。

 

「私も役に立てると思う。今、2人の身体能力を上げたの。いつもより楽に動けるはずよ」

 

 そう言いながら、私は心の中でグッとガッツポーズする。

 今使ったのは神聖力。私が使えなくなったはずの聖女の力だ。

 

 あの日聖石が光らなくなって、使えなくなったはずの力……それがなぜ使えたのかと言うと、そもそも私は力を失ってなど居なかったからだ。

 聖石は偽造され、魔石にすり替えられていた。光魔法でしか光らない仕様の魔石を光らせられないからと言う理由で、聖女の力が失われたなんて証明はできない。

 

 つまり、私は初めから聖女の力など失ってはおらず、今も祈れば神聖力を行使できるというわけだ。

 

 しかも、なんだかいつもより神聖力の調子が良い気さえする。確か夢の中で、神を名乗る後輩から「力強化しとくね!」的なことも言われたので、その恩恵か何かだろうか。

 

「私の勘違いじゃなきゃ、回復も防御もできるはずよ。足手まといにはならないと思う」

 

 私が真っ直ぐ見つめると、レヴィンは少し逡巡して、「わかった。よろしく頼む」と頷いた。

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