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プロローグ

初めて長編を書きます。

頑張ります。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 暴風雨の吹き荒れる山の中を、破れてボロボロになった修道服のまま駆け抜ける。

 リリネットは聖女の証である聖石のペンダントを握り締めて強く祈るが、聖女の祈りに呼応して光を放つはずの聖石は、あの日からリリネットの祈りに反応しなくなっていた。

 

 光らなくなった聖石が婚約者であった王太子キースに見つかり、彼の「俺たちを騙していたんだな」という一言でリリネットは偽聖女の烙印を押され、こうして祖国を追われるに至ったのだ。

 

「これが女神様のご意志なのかしら」

 

 8歳で聖女の素質を見出されてからの8年間、毎日心からお祈りをしたし、奉仕活動も苦に思ったことは無い。

 けれど、それだけでは聖女であり続けるには足りなかったということだろう。

 

「イグニアス王国は……私が心配することではないわね」

 

 王国には、既に新しく聖石に見出された真の聖女がいる。

 しがない平民の娘であるリリネットとは違い、由緒正しい公爵家のご令嬢だ。キースはその新しい聖女と婚約を結び直すと言っていたし、祖国の未来には1点の曇りもない。

 あのままリリネットが王家に入るより、国民全員が祝福してくれるだろう。

 

 そう自分に言い聞かせながら、リリネットは真の聖女の美しい笑みを思い出していた。



 ***



 

「あなたが今代の聖女様?思っていたより、可愛らしい方ね」

 

 ヴィニア・マッキンリー公爵令嬢と初めて会ったのは、リリネットとキースの婚約が決まったお披露目の式典の場だった。

 

 美しい赤髪は緩くウェーブがかかっていて、エメラルドの瞳は少しつり上がっている。それが貴族らしい風格を演出していて、ヴィニアは子供ながらに美しいという言葉が似合う令嬢だった。

 

「ヴィニア!会いに来てくれたんだな」

「ふふ、お恥ずかしながら、殿下にお会いしたくて、そうそうに挨拶を抜けてきたんですの」

 

 嬉しそうなキースと、恥じらうヴィニアが並び立つと絵になって、まるで恋人同士のようだ。聖女が王家に嫁ぐというしきたりがなければ、きっとキースの婚約者は彼女になっていたことだろう。

 

「はじめまして聖女様。わたくしはマッキンリー公爵家のヴィニアです。仲良くしてくださると嬉しいですわ」

 

 目を細めて笑うヴィニアは、リリネットにとって王都で初めての友人となった。


 それからも、顔を合わせる度にヴィニアは親切にしてくれたが、王女が居ないイグニアス王国において、聖女であるリリネットと筆頭公爵家の令嬢であるヴィニアは国で最も尊い少女のひとりであり、なにかと比べられてきた。

 

 例えば学園の成績とか。

 政治への理解だとか。

 

 そのどれをとっても、毎日奉仕活動に明け暮れているリリネットでは公爵家の至宝として育てられ、最上級の教育を受けてきたヴィニアには敵わない。

 ヴィニア本人はその結果に驕るようなことはしなかったが、周囲の評価というものは残酷だ。

 

「今代の聖女は出来損ない」「王太子の婚約者としては不適格」と噂されるのに、さほど時間はかからなかった。

 

「あまり気に病むことはありませんわ。残酷なことを申しますが、わたくしとあなたでは生まれた環境も育った場所も違います。その差を埋めようとする姿勢はもっと評価されるべきですわ」

 

 周りから心無い言葉をかけられる度に、慰めてくれたのはヴィニアだった。

 彼女は成績が優秀なだけでなく、心根まで優しかった。彼女こそ聖女になればいいのに、と何度も思ったが、リリネットが聖石に選ばれた事実は変えようがない。

 ただ時間だけが流れた。


 そんなある日、ヴィニアが慈善活動の一環でリリネットの住まう教会へと訪れた。

 ヴィニアは何日か教会で寝泊まりし、そのうちの何日かはリリネットの部屋に訪れて夜通し語り明かした。その中で、リリネットは初めてヴィニアに「聖女を降りたい」と心の内を吐露したのだ。

 

 ヴィニアは悲痛そうな面持ちで「あなたの苦労は計り知れませんが、わたくしはあなたが聖女で良かったと思っておりますのよ」とリリネットを抱きしめ、「辛くなったらわたくしが力になります」と優しく囁いた。

 ヴィニアはリリネットが日課にしているお祈りを一緒に行いたいというので、最終日に彼女を伴って神殿へ向かう。

 そして、リリネットは女神像の前に跪いて祈りを捧げた、のだが。

 

 前日まで光を放っていたはずの聖石が、光らなくなっていた。

 

 昨日あんな愚痴を零したから、女神に見放されたのだと青ざめるリリネットに、ヴィニアがそっと近づいた。

 

「嘘、聖石が光らない……!」

「そんな……貸してご覧なさい」

 

 ヴィニアが聖石を受け取ったその時だった。

 光を失ったはずの聖石はにわかに光りだし、その光量はリリネットの祈りでは見たこともないほどのものになる。

 

「これは……リリネット、この件はわたくし達の手だけには負えませんわ。殿下にご相談して、対処していただきましょう」

 

 頭の中が真っ白になったリリネットは、ヴィニアの言葉に頷くことしか出来なかった。




 ***




「俺たちを騙していたんだな」

 

 冷たく告げられるキースの言葉に、リリネットは体を固くした。

「聖女を騙り、名声を得る……卑しい庶民の考えそうなことだ」


 以前からリリネットに優しい、とは言い難かったキースだが、リリネットの失脚を前に、彼は鬼の首を取ったかのように声高々に彼女を批判した。

 

「そんな、私はそんなこと……」

「では、光らなくなった聖石にどう理由をつける?初めから聖石に小細工をしていて、その効果が切れたのだと考えるのが自然だろう」

 

 何故聖石が光らなくなったのか、何故ヴィニアが触れた瞬間それが輝いたのか、そんなのはリリネットの方が知りたいくらいだ。

 

「それがたまたま、ヴィニアの聖女の力が覚醒したあとでよかった。これで心置き無く、聖女騙りの大罪人を処刑できる」

「処刑……!?」

「そうだ。我が王国に古くから伝わる女神信仰を冒涜した罪は重い。処刑が妥当だろう」

 

 体から血の気が引いて、ガタガタと震え出す。

 ただ聖石が光らなくなっただけで殺されるなんて、そんなの不条理だ。けれど、「聖女を辞めたい」と言ったのは他でもない自分で、これは役目から逃れようとした罰なのだとも思える。

 

「お待ちになって、殿下」

 

 凛とした声が響いて、ヴィニアが現れた。彼女は普段の豪奢なドレスではなく修道服を来ていたが、それはリリネットのように麻でできた質素なものではなく、絹に金糸で刺繍が施された上等なものだ。

 ヴィニアはキースを制止すると、リリネットとキースの間に立つ。

 

「ヴィニア様……」

 

 一縷の望みをかけて名前を呼べば、ヴィニアは恐ろしいほど美しく含羞む。

 

「この罪人の処罰は、わたくしにお任せ下さい」

 

 まるで汚らわしいものを指すような口ぶりで、ヴィニアが言った。

 

「聖女を騙る人間がいたというのは、民心を揺るがす大事件です。秘密裏に処理する方が良いでしょう」


 彼女は淡々と、息をするようにリリネットを切り捨てた。彼女の言葉に、キースも少し考えるように顎を触った。

 

「そんな、ヴィニア様!」


 思わず声を上げて彼女の名を呼べば、ヴィニアは嫌そうに顔を顰める。

 

「わたくしは、庶民に呼ばれるような安い名前は持ち合わせていませんわよ」

 

 頽れるリリネットを見下すように含み笑いを浮かべるヴィニアを見て、リリネットは地獄に突き落とされたような感覚に陥った。

 

「初めから、あなたのことは気に食わなかったの。本当ならわたくしがキース殿下の婚約者に相応しいのに、何故ぽっと出の庶民なんか……と、毎晩思い悩みましたわ。けれど、今日でそれも最後。あなたは聖女ではなくなり、これからはわたくしが聖女となる。わたくしが、あなたの代わりに殿下の婚約者になるの」

 

 騙されていたのだ、ずっと。

 リリネットはヴィニアのことを友人だと思っていたが、きっと向こうはそうではなかった。卑しい庶民と蔑み、内心で嘲笑っていたのだろう。

 

「愛しいヴィニアがそう言うなら、こやつの処分は君に任せよう。全く、どこかの誰かと違って俺の新しい婚約者殿は優秀だな」

「恐れ入ります」

 

 ヴィニアは美しい笑みを浮かべたままリリネットに歩み寄り、その細い腕を広げてリリネットを抱きしめる。

 突然のことに身を固くしていると、耳元でヴィニアが囁いた。

 

「静かに、リリネット。よくお聞きなさい」

 

 その声は、いつものような優しい友人のそれで、リリネットは慌てて小さく頷く。

 

「今晩、我がマッキンリー公爵領にあなたを護送します。その道中、わたくしが合図を送ったら走って逃げなさい」

 

 ヴィニアはそれだけ言うと、腕を離してそっとリリネットから距離を取る。

 

「それではまた後ほど、ご機嫌よう」

 

 リリネットは、去っていくヴィニアの背中を呆然と眺めるしか出来なかった。


 その後、マッキンリー公爵家の配下の男たちがリリネットを護送するために現れ、リリネットは汚い荷馬車に雑に放り込まれた。

 荷台の外からはヴィニアの声が聞こえて、この馬車が彼女の指揮下にあるのだと理解できる。

 

 どれくらい経っただろうか。

 縛られた手足が馬車の振動でギリギリと痛んで、感覚がなくなりそうになった頃、馬車が止まった。どうやら野営をするらしいと外からの声で判断する。

 

 男たちが火を焚くために馬車から離れたタイミングで、暗い荷台に光が差し込む。リリネットが視線をあげると、そこにはヴィニアが立っていた。

 

「ここから南に逃げなさい。川を辿ればロベルタ王国に着きます。そこで暮らすなり、さらに南を目指すなり好きにしたらいいわ。でも、決してこの国に戻ってきてはいけませんわよ」


 冷たい声で、ヴィニアがそう告げる。

 

「ヴィニア様、どうしてこんなこと……」

「……我がマッキンリー公爵家の野望のためには、あなたの存在が邪魔なのですわ。大人しく消えてくださいまし」

 

 リリネットの縄をナイフで切りながら、ヴィニアは苦々しげにそう吐き捨てる。

 リリネットが聞きたかったのは、どうして助けてくれたのか、だったが、ヴィニアが答えたのはどうしてリリネットを陥れたのかだった。

 

「ヴィニア様……」

「行きなさい、早く」

 

 ヴィニアの強い語気に促され、リリネットは馬車を飛び出して南へと走る。しばらくして、ヴィニアの「罪人が逃げたわ!北へ向かった!」と叫ぶ声がした。

 

 追手に見つからないように息を潜めながら、リリネットははるか南にあるロベルタ王国を目指して走り続けた。




 ***




 それから何日も、身を潜めて南下し続けてきた。

 

 足は棒のようになってもう一歩だって動きたくないと体が叫んでいるし、昨日から続く暴風雨のせいで服も水を吸って重くなっている。

 道中で何度も転んで出来た傷に雨が染み込んで、じくじくといたんだ。

 

 それでも、ヴィニアが助けてくれた命だ。

どうして彼女が助けてくれたのかは、結局分からずじまいだった。それでも、「逃げなさい」と言った彼女の目は真剣で、リリネットのことを疎んでいた訳では無いのだと思う。

 そう思いたい、だけかもしれないが。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、前方に川が見えた。

 確か、ヴィニアは川を辿ればロベルタ王国に着くと言っていたはずだ。

 

 そう思いフラフラと川に近づいて、ぬかるんだ地面に足を取られ、リリネットは増水した川に落ちていった。

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