5 : 装飾品と武器
今日はノインの装備を見に行く日。
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「…………(朝か)…」
早朝、ベッドから起き上がったルカは洗面所へと向かい顔を洗う。そして出かける準備を進めていたところで、ふとベッドの方へと視線を向けた。
「…………シュニー?」
いつもならベッドの端の方で小さく丸くなっているはずのシュニーの姿が見当たらない。布団の中にも、テーブル付近にも居ない。
「………外…か?」
ため息混じりに呟きながら、開いている窓と時計を見たルカ。ノインとの約束の時間まではまだ余裕があった。
ドラゴンとはいえまだ幼いシュニーは、ルカにとって守るべき相棒であり家族。警備隊も冒険者もいる街中は基本的には安全な場所だが、1歩裏道へと入れば治安は悪くなる。白変種ドラゴンの幼体ともなれば、攫われる危険も高くなるため、ルカは急いで支度を整えてシュニーを探しに外へと向かった。
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ルカが目を覚ました時間からおよそ1時間半後、ノインは目を覚ました。少しばかり空を見上げてぼーっとした後、ふと隣を見ると、ノインの横で丸くなっている白いドラゴンがいた。
「ん?…………シュニー??なんでここに…ルカが心配するよ?」
…キュウゥ……
一声鳴いた後、さらに小さく丸まった白いドラゴン。
…ドラゴンというよりも猫っぽい気もする…。
自分の隣で再び眠りにつくシュニーを見ながら、そんなことを考えてしまったが、このままここで寝かせとく訳には行かない。
「……ね、シュニー起きて?ルカのとこ行こ?」
声をかけても撫でても起きないシュニー。
どうやらノインに対する警戒心は皆無のようだ。
「もし俺が悪い人だったら、君を簡単に連れ去っちゃうよ?……ねぇ、起きてよシュニー…!」
シュニーはまだ子供のためか昼まで寝ることが多い。昨日ルカがシュニーを宿屋に置いて出かけたのも、おそらくシュニーがぐっすりと眠っていたためだろう。
「…(起きる気配ないなぁ)……んー」
ノインは少し考えた後、掛布団代わりにしていたローブを羽織り、寝ているシュニーをふわりと浮かせてローブに付いているフードへとそっと入れた。
「…ん、これなら周りからシュニーは見えないだろうし、寝かせたままでも問題ないよね。(あとは…俺の首が締まらない程度に浮かせとけば大丈夫か…)」
小さいシュニーは軽いし、これなら疲れずに済みそうだ。そしてまずはルカの部屋へと向かった。
しかし、ルカは既に出かけていたため、部屋からルカが出てくることは無かった。
「あれ?約束の時間まではもう少しあると思ったけど…もう噴水に行ったのかな…」
そして、宿屋を出たノインはルカとの待ち合わせ場所である中央広場の噴水へと向かった。
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その頃ーーー
「………はぁ…(どこにもいねぇ…)」
しばらく街中を歩いて回ったが、未だシュニーを見つけられないでいたルカ。
木の上で寝ているかもと思い、街路樹を見ながら歩いてみたり、もし誰かに攫われたとしたら裏道にいるだろうと考えたりもしたが、怪しい人物や白いドラゴンを見ることは無かった。
そうこうしているうちに、ノインと合流する時間が刻々と近づいていた。
「………まずはノインと合流するか…」
いつものように眉間に皺を寄せながら呟きながら、細く薄暗い裏道から賑やかな表通りへと出たルカ。そこから噴水の方へと進んで行くと、ルカの少し先を歩いているノインの姿が見えた。
(…あいつはすぐに見つかるんだな……)
多くの人が行き交う表通りを歩いているにも関わらず、探さずとも視界に入ってきたノインの姿。ルカは、シュニーを探し歩いた時間を思い再びため息を吐き、その背を追った。
(シュニーも目立つ方ではあるんだが……街中では小さい姿でいるように言ってるし、、こういう時小さいってのは少し困るな………)
そんな事を考えながら歩いていると、歩幅の違いからかノインとの距離が近づいていた。この距離なら叫ばずとも声は届くだろう、、そう考えたルカはノインの名を口にした。
「ノイン!」
「………?……ルカ?」
その声に気づいたノインは歩みを止めて振り返った。
「後ろに居たんだ」
「ああ」
「人も多いのに、よく分かったね」
「お前は目立つからな…」
「…そう?やっぱりこのローブは目立つんだね、、」
「いや…(それだけじゃないが…)」
ノインの髪色や容姿なども目立つ要因の1つだと伝えようとしたが、それよりも今はシュニーのことが優先だった。
「………ノイン、シュニーを見なかったか?」
「………あ、そうだ!シュニーがね…」
2人の言葉が重なる。
「…………」
お互いの口から発せられた”シュニー”というワードに、2人は思わず口を噤んだ。そして数秒の後、ルカがその沈黙を破った。
「……シュニーが見当たらないんだが…お前、どこにいるか知ってるか?」
「ん。そのことなんだけど、シュニーならここに…」
ノインは、自身のローブに付いているフードへと視線を向けながら伝えた。
「なぜそこに……?」
「……何故か俺と一緒に寝てたから連れてきた…」
ルカは本日何度目かのため息を吐き、フードですやすやと眠るシュニーを見て心から安堵した表情を見せた。
「やっぱり探してた…よね…?」
「そうだな…」
「…ごめんねルカ、早く伝えようと思ってルカの部屋に行ったんだけど居なくて…」
「いや、おそらくシュニーが自分から行ったんだから…お前は悪くない。連れてきてくれてありがとな」
「ん」
「……装備見に行く前に朝飯にするか」
「そだね」
それまではシュニーのことで頭がいっぱいだった2人。
起きてからご飯を食べずにいたことを思い出し、まずは朝ご飯を食べに行くのだった。
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朝ごはんを食べてお腹が満たされた2人は、本来の目的であった冒険者の装備を取り扱っている店を訪れていた。
「…たくさんあって何がいいのか分からない…」
「魔導師の装備はおれも詳しくねぇな…」
「え…」
「おれは剣士だからな」
思わずルカの装備を見るノイン。どこから見ても魔導師には見えない……が、剣士にとってはとても大切な武器である剣も見当たらなかった。
「…ルカ、剣はどしたの?」
「持ってるぞ。今はしまってるだけだ」
「どこに?」
「…森で使ってた剣はこれだな」
ルカは右手首に付けていた黒い腕輪を見せた。
「腕輪?」
「そう、この中に…………ほら」
ルカの腕輪が剣へと変化し、その右手にしっかりと握られていた。
「………!これ武器だったんだ…!」
「他にもあるぞ、指輪やピアスなどの装飾品に他の短剣とかをしまってある」
「……それ、オシャレで付けてるんじゃないんだ…」
「まあ、これらは一般的ではないが…」
「そなの?」
「…ああ」
「武器を収納できる装飾品なんか、そう易々と手に入るもんじゃねぇよ…!なぁ、ルカ」
「!!?」
2人の会話に笑いながら入ってきたのは、濃紺髪の身軽そうな冒険者だった。
「……ヴィン…お前はいつも突然だな…」
「お、この人がギルドで噂されていた美人さんかぁ、俺はヴィント。気軽にヴィンって呼んでくれ、な!」
「………ノイン…です」
森で目覚めてからはルカとの落ち着いた会話が基本だったノイン。そのため、突然現れたヴィントの勢いに押され、名乗ることで精一杯になってしまった。
「…ヴィン、少し抑えろ…ノインが困ってる」
「あー、ごめんなノイちゃん」
「……(ノイちゃん…って…)…俺、男なんだけど…」
「まじで!?噂通りの美人さんなのに…もったいない。…んじゃノイだな、ノイ!」
「………はぁ…」
ルカはため息と共に頭を抱えた。
「……好きにして…」
ヴィントによって勝手に決まっていく呼び名に、ノインも思わずため息を吐いた。
「いやー、たまには装備を見に来るのもいいなぁ。まさかこんなとこでルカと会えるなんて…しかもノイという美人連れ!…面白ぇこともあるもんだなぁ、……ルカにここの装備なんて必要ねぇだろ?……ってことはノイの装備か」
「ああ。ほんとは素材からこだわってオーダーメイドがいいんだが…それだと時間がかかるからな、それはまたの機会に…とりあえずはノインが今すぐ身に付けられる装備をと思ってな…」
「なるほど、ノイは…見るからに魔導師っぽいなぁ。ならあの辺だろ…?でも、ノイの今のローブも上等な装備っぽいが…」
「……まあ、今のローブは目立つから変えさせるんだ。で、あの辺を見る前にノインの疑問に答えてたとこだったんだが…」
「ん、ルカの剣が見当たらなかったから…」
「あぁ、装飾品の話してたな!ルカ、ちゃんと説明してやれよなぁ!」
ヴィントによって脱線していた会話が、ヴィントによって戻された。
「…お前な……!」
さすがのルカも呆れながら少しイラついた様子を見せる。そんなルカとヴィントのやり取りを遮るかのように、ノインが話し出した。
「あ!えと……さっきヴィンが、武器を収納できる装飾品は簡単には手に入らないって言ってたよね?それってどういうこと?」
「ああ、それはな…」
「武器を収納できるような特殊な装飾品は、そこらの店じゃ売ってないからだな!」
ルカが説明するより先にヴィントが答えた。
「……売ってないの?」
「ああ、そういうのを取り扱う店も稀にあるが…この辺では見ないな」
「そういう品は、ダンジョン内の宝箱から出てくるレアものだから、その辺の冒険者は持ってないだろうなぁ。簡単に言えば、それを複数個装備してるルカが異常なんだよ」
「……俺もダンジョンに行けばいつかは装備できるようになる?」
「運が良ければ…だな!」
基本的に、ダンジョンの宝箱には何が入っているか分からない。特にレアな装備品などは手に入りにくく、店に並ぶことも滅多にないのだ。
「……ノイン、欲しいならやるよ。デザイン的に使ってないのもあるし」
希少であるはずの装飾品を躊躇いもせずノインに譲る発言をしたルカに対して、何故かヴィントが逸早く反応する。
「え!!いいの??ルカ、俺にも……!」
「お前は自力でゲットしろ…!というか持ってるだろ……」
「えー!!そりゃ持ってるけど…新しいのって欲しくなるじゃん?」
「今日はノインの装備を揃えに来たんだ、ヴィンには言ってねぇよ…」
「ちぇっ残念!…良かったなぁノイ!」
「…うん……(そう易々と手に入るものじゃないって)…」
少しも残念そうに見えないヴィントと、何やら考えている様子のノイン。ルカはそんなノインの頭にそっと手を添え、まるで子供をあやすかのように口を開いた。
「……さっきも言ったが、どうせ俺は使ってないんだ。まあ、その前に武器や防具を選ぶのが先だが…どうせ貰うなら、それに合わせた装飾品がいいだろ」
ルカの言葉から推測すると、装備に合わせて選べるだけの装飾品が手元にあると言うことになる。
「ん、ありがとルカ」
「…そうだなぁ、ノイなら…あのローブとかどうだ?気品ある感じで似合いそう!それに、あれなら防御性能も良さそうだ!」
「ん、じゃあそれにする」
ノインは特に悩むことなく、ヴィンに勧められたローブを手に取った。その様子を見ていたルカは、せめて武器は好きなのを選ばせようと、ノインに問いかけてみた。
「……ノイン、お前武器は何がいいんだ?」
「んー…邪魔にならなければどれでも…」
「…魔導師なら杖が一般的だが、お前の背丈くらいのが多いな…」
「ノイの身長くらい長いと邪魔にならないか?」
「…魔法石があれば魔力補助にはなるし、杖じゃ無くてもいいかもな…(正直ノインには必要ないかもしれないが…)…とりあえず、ノインの好きなのを選んでみろ」
ルカは森で見たノインの魔法を思い出していた。
おそらくノインの魔力は、一般的な魔導師の比ではない。本来ならば、魔法石の力を借りる必要は無いはずだが、武器を持たない冒険者は居ない。冒険者の中で悪目立ちすることのないように、形だけでも武器は持っていた方がいいだろう。
「んー……(邪魔にならない武器ってどれだろ…)」
ノインは、ルカの意図を汲み取ったのか、武器いらないんだけどなぁ…と口から零れそうになった言葉をそっと飲み込み、魔法石で作られた武器や装飾品などが並ぶ棚を眺めるのだった。
꒰ঌ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼໒꒱
朝からシュニーに振り回された2人でした。