推薦組、動き出す
王都に来て三日。
朝の集合は七時。場所は影衛詰所裏の第二訓練場。内容は“推薦組特別訓練”──そう銘打たれた、つまりは俺にとって嫌な響きしかしない単語の連続だった。
全員が集まったところで、シアが訓練内容を簡潔に説明する。
「本日から推薦された者達は、個別および小隊対応訓練を行う。初日は個別行動。第二日以降は連携確認に移る」
なるほど。
つまり今日は“一人ひとりを試す日”。
(目立たなければいい。最低限こなして、空気になる。それだけ)
「期待しているわ。君たちは選ばれた存在なんだから」
シアが言った瞬間、前方で背筋が伸びた気配があった。
「はいっ! 必ず期待に応えてみせます!」
メルティ・オブライエン、推定自信満々剣士。
その横顔はやけに真っ直ぐで、無駄に輝いていた。
(……うん。やっぱ何かあったら全部こいつのせいにしよう)
訓練開始。
まずは個別に課題を処理していく。
指定された動作訓練。基本剣術。障害物走。判断シミュレーション。
最初の演目はメルティ。
完璧な剣さばき。流れるような連撃と鋭い踏み込み。
周囲の兵士が「おお」と声を上げた。
本人は涼しい顔で木剣を収める。
(さすが、推薦組。文句なし)
続いてクロエ。
彼女は無言で魔導陣を構築し、手のひらから冷気を噴出させた。
氷の刃が標的の人形を瞬時に包み、動きを封じる。
時間にして三秒。無駄な動きはゼロ。
(怖い。効率が完璧すぎて逆に怖い)
次、俺。
動作は抑えめ。力は加減。速度はやや遅く。
だが一応、全部“こなす”。
結果、教官の評価は──
「ふむ。派手さはないが、安定しているな」
……地味という名の最高評価、いただきました。
(よし。これくらいでいい。期待させない、でも落ちこぼれには見えない。この微妙さが大事)
休憩時間。
日陰に座って、支給されたパンをかじっていると、また声が飛んできた。
「ねえ。あなた、本気出してないでしょ?」
メルティ。
隣に座るでもなく、仁王立ちで睨んでくる。
「……出してないと、誰が言った」
「その言い方がもう白状してる!」
(……ああ、こいつ、やっぱこう言うタイプか)
「本気出せばもっとできるって、自分でも分かってるんでしょ? 見てれば分かるわよ」
「見なくていい」
「なっ……!」
勝手に怒って、勝手に拗ねて、勝手に遠くへ歩いて行った。
その一部始終を、パンをちぎりながら静かに見ていたのがクロエだった。
無言で隣に腰を下ろす彼女。
言葉はない。
俺も、何も言わずにパンを食べる。
数分後、彼女がそっと本を取り出して読み始めた。 それが“もう話しかけないでいい”というサインであることは、何となく分かった。
(……静かで、いい)
そしてその上階。
詰所のバルコニーから、推薦組の様子を眺めていた男がひとり。
ヴィス・エルダ。
情報管理局所属。観察者。
彼は手帳に何かを書き留めながら、ぼそりと呟いた。
「やっぱり彼は、いい。とても興味深い」
風に吹かれた手帳の端が、ひらひらと舞う。
「さて、“物語の外側の者”は、どこまで潜れるか──」
静かな声が、風に紛れて消えていった。