推薦組、顔合わせ
王都という場所は、朝から喧しい。
無駄に整備された石畳。高い建物。通りに並ぶ店と、絶えない人の流れ。
そんな都市の隅っこにある軍管区。
俺が転属となった新しい配属先──特務選抜部隊《影衛》の詰所は、王都の煌びやかさとはまるで無縁だった。
灰色の石造りの建物。
飾り気はなく、目立たない。ただ、無駄がない分だけ効率は良さそうだ。
(……見た目だけは静か。中身がそうである保証はないけど)
期待はしない。けど、祈るくらいはする。静かに過ごせますように、と。
到着初日。
案内された会議室で、俺はシアと再会した。
彼女は表情を変えず、淡々と要件を述べる。
「本日付で、特務部隊《影衛》への配属が正式に承認された。あなたは“推薦組”として、今後の作戦行動に参加する」
俺は一応うなずいた。当然ではあるが、内心では「やっぱり逃げられなかったか」と絶望していた。
「この部隊にはあなた以外にも数名、推薦者がいる。顔合わせを兼ねて、合同ブリーフィングを行う」
(顔合わせ……人付き合い……解散希望)
だが希望は受理されない。
書類を抱えて移動した先の訓練場の片隅に、すでに何人かが待機していた。
一人目。
黒いローブに身を包み、肩までの濃紺の髪。表情はない。視線は鋭いが、敵意はない。
「……クロエ・シュリヴァンです」
言葉は一言だけ。それも小声。
「……グラント」
俺もそれだけ返す。
数秒の沈黙が流れる。
だがなぜか成立してしまった。
無言の合意。喋らない者同士の、妙な安心感。
(この人とはたぶん、うまくやれる)
そして、もう一人。
ばつん、と鋭い足音を響かせて現れた少女。
姿勢が良く、制服の着こなしも完璧。
「メルティ・オブライエン。王都騎士学院卒。よろしくお願いします」
はきはきとした挨拶。
完璧な自己紹介。
俺は黙ってうなずき──
「……グラント」
たった一言だけ返す。
その瞬間、メルティの眉がピクリと動いた。
「……名字だけ?」
「十分」
「あなた、やる気……あるの?」
「無いが?」
即答。
沈黙。
クロエが静かに瞬きをする。
「……あのね、自己紹介ってのはね、相手に自分を知ってもらうための──」
「知ってもらわなくていい」
「……っ! 真面目にやってよ!」
「真面目にやってないわけじゃない」
「いや、やってないでしょ!」
そのあともしばらく、言葉の噛み合わないやりとりが続いた。
メルティの語気は強まるが、俺は必要最低限の返答しかしない。
(うるさいな。でも、悪い人じゃなさそう。あと何かあったらこいつのせいにしよう。そうしよう。)
そう思ったが、もちろん口には出さない。
──そして。
「やあやあ、盛り上がってるね」
軽い声とともに現れたのは、黒髪を後ろで束ねた男。 軍服の上からコートを羽織り、飄々とした笑みを浮かべていた。
「君がレイ・グラントくんだね。情報管理局、ヴィス・エルダ。よろしく」
俺は何も言わず、彼を見た。
その目が、笑っていなかった。
「興味あるんだよね、君みたいなタイプ。記録も面白かったし、“素の反応”がどう出るか楽しみでさ」
嫌な予感がした。
この男は、危険だ。
俺はそのまま背を向けて、立ち去ろうとした。
「ふふ、反応も想定通り。いいね、いいね。これは面白くなる」
背後から聞こえるその声を、聞こえないフリで振り払った。
──初日終了。
宿舎のベッドに体を沈め、天井を見上げる。
(新しい職場。知らない顔。喋らない魔法使い。怒ってる剣士。調子のいい観察者。そして、俺)
(……ああ、これはダメなやつだ。もう帰っていいかな)
枕に顔を埋めて、俺は静かに現実逃避を始めた。