表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

静かなる転属


 それは、朝の点呼が終わった直後だった。


「レイ・グラント、前へ」


 名を呼ばれた瞬間、嫌な予感が首筋を這った。

 いつもは人の陰に隠れていたい俺が、全員の前に立たされる。

 そこにあるのは、一枚の紙と、副隊長シア・ローレンの無表情。


「推薦の通達です」


 それは、昇進でも栄転でもない。

 だが、階級こそ変わらないものの、推薦というのは“事実上の昇進”に等しい。

 選ばれた者は王都直属の特務部隊、あるいは前線の強化部隊に転属となる。

 優秀とされた者にしか与えられない“異動”──つまり、俺の望まぬ未来だった。


「謹んで辞退します」


「できません」


 返事は即答だった。


(……知ってた)


 淡々としたやり取りの中で、俺は頭の中で叫んでいた。


(おい待て、これは違う。俺は違う。ただの凡人だ。誰だ推薦したやつ、出てこい。……いや、やはり出てこなくていい。相手は分かってる)


 周囲の兵士たちが「おおー」とか「マジかよ」とか言ってる。

 やめろ。拍手するな。なぜ祝福されなきゃならない。


 兵舎に戻れば、すぐに荷物をまとめ始めた。

 といっても、俺の持ち物は干し肉と筆記具くらい。生活感のないベッド下を見て、少し笑った。


(……まあ、予想はしてた。してたけどさ。まだ現実になると思ってなかっただけで)


 雑音が遠くで鳴っている。

 同僚たちが俺の推薦を話題にしている。


「やっぱりなー、隊長やったときの冷静さ、見られてたんだよ」

「まさかレイが推薦されるとは……いやでも分かる気もする」

「だな。地味に“頼れる奴”って感じだったし」


(“地味に”ってつけとけば何言ってもいいと思ってるだろお前ら)


「なぁレイ、お前実はめちゃくちゃやる気あったんじゃ──」


「ない」


 即答。

 俺の声はたぶん棒だったが、皆は笑った。


「はは、やっぱ照れてるんだなー!」


(何も伝わらないこの世界が怖い)


 出発は明日。

 夕方、荷物を持って中庭に出ると、そこにはシアが立っていた。


 彼女は何も言わず、俺の姿をじっと見ていた。

 その沈黙が、まるで「分かっているでしょう?」と告げているようだった。


「恨みますよ」


「光栄です」


 淡々とした言葉の奥に、わずかな笑みの気配を感じた。


 それ以上の会話はなかった。

 俺も言うことはなかった。


 夜。

 屋根裏の物干し場。

 星を見上げながら、干し肉をかじる。


(静かだったな、この駐屯地)

(声を荒らげる奴もいなかったし、命のやり取りもなかった。飯はまずかったけど、まぁ、それも味だ)


 風が吹く。

 明日は、王都行きの馬車に乗る。

 新しい部隊、知らない人間、新しいルール。


(……名前も顔も覚えられずに、ひっそり消える。簡単な目標だったはずなんだけどな)


 俺は静かに目を閉じた。

 願わくば、明日の道中で馬車が故障してくれたらいいと、心の底から祈りながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ