報告と推薦
駐屯地に戻ったのは、日が傾きかけた頃だった。
特に英雄的な戦いをしたわけでもない。被害も軽微。問題があるとすれば、俺がまだ無事で、隊の評価が微妙に上がってしまったことだ。
「いやー、何事もなく終わってよかったな! 隊長の判断、地味に助かったぜ」
「たまたまでしょ」
褒め言葉を受け流しながら、俺は兵舎の隅に置かれた荷物の山に背を預ける。
声を大にして言いたいが、別に助けるつもりで動いたわけじゃない。生存第一、ただそれだけだった。
案の定、休む間もなく指令が届いた。
「レイ・グラント、任務報告のため、副隊長室へ」
はい、ですよね。逃げられませんよね。
副隊長室の扉を叩き、返事を待つ。
「入って」
中では、シア・ローレンが静かに書類を綴じていた。 整った姿勢、微動だにしない視線。なんでこの人はいつもこんなに無駄がないのか。
「……報告に来ました」
「どうぞ」
俺は任務の経緯を、簡潔に、感情を交えずに述べた。事実だけ。余計な脚色や感想などは省く。報告は短く、無個性に。これが俺の防衛術だ。
シアは黙って頷きながらメモを取る。時折こちらを見上げる視線が、やけに観察的で落ち着かない。
「野盗の襲撃に対して、冷静な判断でしたね」
「またまたです」
「そうかしら?」
その声色は穏やかだが、どこか試すような温度を感じた。
「他の隊員たちは、あなたの指示に即座に従っていた。初めて組んだ編成とは思えないくらい」
「状況が単純だったので」
「それだけでは、うまくいかないこともあると思うけれど」
「運もありました」
沈黙。シアはしばらくこちらを見つめてから、少しだけ視線を落とした。
「あなた、本当に“ただの兵士”で満足してるの?」
「はい」
即答。そこに迷いはない。
シアはそれ以上何も言わず、視線を資料に戻した。
「わかりました。報告、感謝します」
俺は一礼して部屋を出る。 ドアが閉まる音がやけに重く響いた。
(……やっぱり、見てるな。あの人)
でも決定的な何かを掴んだわけじゃない。あくまで“勘”の範囲。まだ誤魔化せる。
その夜、兵舎の片隅で、同僚たちが今回の任務についてゆるく話していた。
「まあ、派手さはなかったけど、問題なく終わったのはよかったな」
「レイも悪くなかったな。地味に頼れるタイプ?」
「いや、あいつ真面目ってわけでもないし、なんか独特なんだよな。あんま怒らなそうというか」
「こう……なんつーか、淡々としてるよな。うん、地味に便利って感じ」
兵舎の壁際で、それを聞きながら干し肉を噛む。
(“地味に便利”。その言葉、呪いみたいだな)
褒め言葉じゃないのは分かってる。けど、期待値だけは少しずつ積み上がっていく。静かに、気づかれない程度に。
翌朝。
廊下を歩くと、話し声が耳に入った。
「聞いたか? 来月から部隊編成変わるってよ」
「またかよ……面倒くせえ。しかも王都から視察来るらしいぞ」
「推薦枠の話もあるってな。うちから誰か行くのかね?」
俺には関係ない。
(そう思いたい)
だが、事務官室の机の上に置かれた一枚の書類が目に入った。
“推薦候補名:___”
名前はまだ書かれていない。
けれど、その書類の横に置かれたファイルには、見覚えのある文字で書かれた報告書──『補給任務完了報告:隊長 レイ・グラント』。
静かに、嫌な予感が背中を這い上がってくる。
俺は目を逸らして、そっとその場を離れた。
(……どうか、冗談であってくれ)