1章『予言』 7話 お出かけ準備
大きなパンケーキの乗った皿を持って、食堂の席へ向かう。
図書館に行くつもりだったのだが、流石にソフィーに何か食べろと通信機越しに言われてしまい、断れなかった。
というより、時計を見たら11時を示しており、20時間近く何も食べていないことが発覚したのだ。自覚したら、お腹はだいぶ空いていた。
「うえ、飛鳥ってばまた朝から甘いもの食べて...」
「私の勝手だしいいでしょ?栄養がどうとかは問題が起きてから考えればいいの。」
そういう乃亜はしっかりパンと何かのスープのようなものを持ってきていた。骨付き肉には懲りたようだ。
ここで食事をとるのは二回目だが、見た目通りにとても甘く、美味しかった。昼の世界と同じ材料ではないだろうが、同じような味になっている。人間向けの料理は人間が考えたのかもしれない。
ソフィーは変わらず何も持たずに傍に控えているが、今回は手持無沙汰に立っているのではなく、乃亜のお見合い相手の書類を持っていた。
私や乃亜では固有の名前がまるでわからない為、代わりに吟味してくれているのだ。
当然結婚相手に誰が相応しいかではなく、観光地としてどこが相応しいか、である。
「お見合い、私も一緒に行きたいなって。ダメ?」
そう告げた時の乃亜の狼狽は、もう何を言っているのかわからないほどであったが、ソフィーがなだめることによって落ち着いてくれた。どうやら怒っているわけではなかったらしい。
まあ私が外出についていくなどありえないと思っていたのだろう。実際それは正しい。
外出そのものも嫌いなのだが、乃亜の用事に何の用もないのについていくというのもまずやらない行動だ。まあ用が無いわけではないのだが、すんなり断ることが出来れば用なしである。
当然何を考えているのか疑われ、理由を聞かれることになったが、ソフィーが私のせいでついていけないのもどうかと思うし、観光したいなどと誤魔化した。否、これも別に嘘ではない。理由の一つだ。
それで、図書館に行って一緒に書類を見ようと話したところで、ソフィーに先に食堂へ行ってくださいと言われたというところだ。
「正直どこに行こうが知らないところだし、観光にはなると思うけどね。」
「飛鳥、熱でもあるの?大丈夫?」
私のらしくない言動が多く、乃亜に変な心配をかけていた。
実際どこがいいなどと聞かれればどこでもいいし、どこでも悪かった。
私としては、街に明確な目的は無いようなものなのだ。何があろうがなかろうが、大した違いではない。まあ人間が生きていけないようなところや、宿もご飯も用意されないようなところは避けたいが。
「わたくしとしましても、流石に陛下が厳選しただけあってどれも良い土地が多いと思います。調べたところで結局は決め手に欠けるような気がしますね。」
ソフィーも書類を一通り見終わったようで、こちらを見てそんな風に言ってくる。
お見合いについては方針は一致していて、断る方向だ。基本的には乃亜にソフィーが付き、私はその間は街をぶらぶらすることになる。
後はソフィーから話を聞いて、言い縋ってくる面倒な相手なら、私が口を出すといったところだ。こちらについては後でソフィーに話を通しておく必要があるだろう。
だがまあソフィーが付いているのなら私の出番はないだろうし、観光メインというのが素直なところだった。
興味があるものと言えば魔道具や呪具の類なのだが、乃亜のお見合いを私の希望で決める気もなく、場所は完全に任せてしまっている。
「そういわれても困っちゃうのよね...飛鳥、何かいい案は無いの?」
ただまあ頼られた場合は別の話であるし、乃亜は困ったらすぐに私を頼る傾向にある。私が決めることになるのもわかり切っていることだった。
とはいえ案と言われても、どの街に何があるのかなどは何も知らないのである。となると最初の案がベストのように思えてくる。
「どこでもいいならルーレットかなんかでいいんじゃないの?」
乃亜から途轍もない冷たい視線を向けられる。どうやらお気に召さなかったらしい。
「もう少し真面目な案がいいわ。どこでもいいけど、どうでもいいわけじゃないのよ。」
成程、理解できる理屈だった。となるとやはり何か興味を引くものがあるところがいいと思うのだが、そもそも乃亜は何に興味があるのだろうか?
昼の世界であれば私と同じく本やゲーム、アニメに関連したものでわかりやすいのだが、夜の世界で何に興味を持っているのかは知らなかった。
いや、そういえば修練場で魔道具に興味を持っていたはずだ。結局似た者同士ということなのかもしれない。
「乃亜、何か興味があるものは無いの?」
「興味のあるもの?なんだろ...」
手を止めて考え出してしまう。
私は食べ終わってしまった。ご飯を食べてる時間はなんだかもったいなく感じてしまうので、食べるスピードが速いのだ。乃亜も速い方ではあるが、喋りながらだと手を止めてしまいがちなので結果的に遅くなっている。
「ん~、魔道具くらい?思ってるより何も知らないや。」
そんな風に答えを出す。夜の世界には来たばかりなので仕方ないのだが、何かに興味を持つほどモノを知らなかった。
というよりは図書館が魅力すぎてそれしか出てこない部分があるかもしれない。あそこにある本を読み切るには半年くらいかかりそうだった。
「魔道具でしたら、魔晶街と呼ばれている街に行くのがよろしいかと。」
ソフィーが書類を差し出しながら助言をくれる。
魔晶というのは、マナを吸収する石であり、これによって魔道具や呪具の術を長い間発現しておけるのだという。
他にも、治療術士がマナの回復に使ったり、空気中のマナを使えない人が魔術を使うのに必要であるなど、用途は様々だ。
「魔晶街は近くで魔晶が取れるので、工業都市として発展しているのです。魔道具や呪具を作っている工場だけでなく、売買を取り扱っている店もあるはずです。」
差し出された書類に目を通すが、お見合い相手はその工業を総括している、ジルベール・バロンという男だった。種族は書かれていなかったが、白い髪に赤い瞳、それに翼が映っているところを見るに、吸血鬼だろう。
というか、良く見たら全員白髪赤眼だった。冷静に考えたら同種族でしか結婚しないのは当たり前なのだが、ちゃんと見るまで気が付かなかったのは異世界の常識をまだ理解していないからということにしておく。
「じゃあ最初はここにしようかしら。お父さんに連絡してくるわ、行くまでの間に下調べしましょう。」
乃亜はそういうとスープを飲み干し、勢いよく立ち上がる。
ちょうどよくソフィーと二人きりになったので、私も立ち上がりながら話を付ける。
「乃亜から聞いてるかもしれないけど、私もついていくことにしたから。乃亜がお人よしを発揮しそうになっていたら助けてあげてね?最悪私がなんとかするけど。」
一言告げると、ソフィーは目を丸くして驚いていた。
しかし、すぐに頷いてくれたのを見て、私もお盆を片付けに行くことにした。
「あれで脈がない、ですか...」
立ち去っていく二人を見て、独りそう溢す。
まだ二日の付き合いだ。確かに内面を知っているなどと嘯くつもりはないが、セレスト様が言うほど、飛鳥様が人付き合いを毛嫌いしているようには見えなかった。
少なくとも、セレスト様に関しては、考えを言い当てるほど仲がいいようであるし、恋人のように扱っても嫌がらないどころか、ノリ良く返してきたことだってあるのだ。
それに、先ほどの発言は明らかにセレスト様を心配しての物であったし、最悪の場合は尋常ではない手段に出るのも辞さないといった物言いであった。
当然これをすぐさま恋心と結びつけるほど恋愛脳では無いのだが、全く脈が無いと考えるほど、悲観的な思考も持ち合わせていなかった。
何より、敬愛する姉様が「隙があればくっつけてしまえ」と言っていたのだ。それはつまり、その土壌があるということに他ならないはずである。
もちろんセレスト様の心の裡を聞いた以上、無理にくっつけてしまおうなどという考えは持ち合わせていないが、夜の世界は姫の婚約者を欲しているのだ。
主の意向は全てのお見合いの破談である以上そちらは確実に行うことになるのだから、婚約者の席に飛鳥様が収まればよいと思ってしまうのは、仕方のないことだ。
しかし、セレスト様からの告白が見込めない以上、飛鳥様から告白されるような状況でなければ、そんなことは望み得ないのである。
複数の使命に板挟みにされ、困難な状況に陥ってしまっているが、機会があればそれとなく飛鳥様を誘導しようと心に決めるのだった。
「というわけだから、ジルベールさんのところに行くことにしたの。準備はいつ頃になるかしら?」
「そうか、本当にすまないな。準備が出来るのは三日後になるだろう、それまでは好きに過ごすといい。」
「わかったわ、ありがとう。それじゃあね。」
通話が切れる。
ディオンが催促するまでもなく、乃亜はお見合いを前向きに進めてくれていた。
どうやら飛鳥も連れて行き、断る前提で話を進めているようだが、この際それで構わないと玉座の間のほとんど全ての者が考えていた。
城に籠って飛鳥と二人で遊んでいるだけでは、事は発展しないのだ。どうにか変化が欲しいというところで全員の意見が一致していた。ただ一人、もう一つの玉座に座る彼女を除いて。
彼女――リゼット・ノワールは、自分の強さに絶対の自信があった。『予言』を信じていないわけではなかったが、少なくとも現状発生している問題に関しては、全て自身の力でどうにかなると考えていたのだ。
故に余裕があった。愛する夫は娘に気を取られて気が付いていないようだったが、幾人かが怪しい企てをしているのもリゼットにはお見通しであった。
しかし、リゼットはそれを誰にも伝えようとしない。ディオンにこれ以上の心労を掛けるのはリゼットの望むところではなかったし、乃亜にはある程度試練が降りかかる方がちょうどいいと思っていたのだ。
乃亜は途轍もない才能を持って生まれた子だった。その扱いに初めてリゼットがディオンと揉めたくらいなのだ。
リゼットは自身を超える才能の持ち主に感動し、このまま夜の世界で育てるべきだと考えていた。当然試練は降りかかるだろうが、その分強く成長し、皆を導く王となると考えていたからだ。
最後にはディオンに根負けし、昼の世界で安全に過ごしてもらうことに同意したのだが、『予言』が現れ夜の世界に帰すべきだという話になってからからは、それが失敗だったと思った。
乃亜は昼の世界で過ごす間に、その輝かしい才能をどこかに落としてきたようだったのだ。今では『予言』が言うような救世主とは思えない、というのがリゼットの考えであった。
それ故に、乃亜には試練を与えるべきだと考えていた。錆びついた才覚を再び輝かせられるのなら良し、そうでなければ――共に滅びるだけだ。
「そも子に頼らねば生きていけぬなど、死んでいるのと何ら変わらぬだろうに。」
それがリゼットの考えだった。強い己を信じているからこそ、庇護すべき子に護られるなどあってはならないのだ。
「では直ちにジルベール公に連絡して参ります。」
邪悪な企てをしている筆頭である男、宰相のアンドラスは先ほどまでの表情を露ほども見せずにディオンと向かい合っていた。
「頼んだぞ。飛鳥くんの扱いについてもだ、危険の無いようにな。」
しっかり言い含めるディオンだが、頷く宰相の顔は明るくなかった。未だに飛鳥の扱いを決めかねているのだろう。
それを見てリゼットはふと怪しさを覚える。この玉座の間にいる者たちは、乃亜のことも飛鳥のことも良く思っていないものがほとんどだ。『予言』の為に仕方なく呼び戻しただけであり、災厄さえどうにかしてくれればどうでもいいと考えている。
しかし、その中でも飛鳥に対する当たりの厳しさは憎悪の念に近しいものがある。最初にディオンが丁重に扱えと宣言してなければ、既に裏で抹殺されていただろうと思えるほどにだ。
リゼットは初めこそ飛鳥のことを注視していなかったが、昼の世界の人間族なだけあり、かなりの力を備えていたという風にディオンから聞いていた。乃亜の想い人であるだろうともだ。
故に、リゼットは飛鳥のことを少し見直していた。力あるものには相応の試練と報いを、そのノブレスオブリージュがリゼットの芯であるからだ。
しかし、その試練に宰相の企てが相応しいかと聞かれれば否である。乃亜に対するものならまだしも、飛鳥に対しては手段を選ばないだろうことが窺えた。毒殺、暗殺、なんでもやるだろう。
安穏に生きてきただけの者に対するそれは、試練ではなくただ襲い来る死だ。気づくことすらできない。
ディオンに言われていたため、城にいる間は飛鳥を守るつもりであったが、流石に遠くの都市でまで毒殺や暗殺を防ぐことは難しい。ソフィーも乃亜につくだろうことから、完全に防ぐことは出来ないはずだ。
どうにかしなくてはとリゼットが立ち上がり、玉座の間は驚愕に包まれる。自室ではなく外へ向かおうとしたからだ。
「なにかあったか?」
ディオンが心配そうにリゼットを見るが、安心させるように手を振る。
「心配は要らぬ、妾も少し娘の顔を見に行きたくなっただけだ。」
そう告げ出ていくリゼットに苦い顔を向けていた宰相を見逃すほどディオンは甘くない。リゼットが玉座の間から出ていくなど、そうそうあることではないのだ。何かあるのは間違いない。
「来る災厄に向けて手を取り合わねばならぬというのに、内憂外患とはな...」
図書館で魔晶街やジルベール公爵の調べ物をする。そのはずだったのだが、今は修練場に来ていた。
最初は乃亜と二人でジルベール公爵について調べていたのだが、思わぬ来客があったのだ。
「邪魔するぞ、乃亜に飛鳥よ。」
「お母さん!?ど、どうしたの?調べもの?」
玉座の間では一言も発さなかった、乃亜の母親が何の用か図書館まで来ていた。まさか読書趣味なのか?と一瞬思ったのだがそんなことはなかった。
「いいや、お見合いに行くと聞いて少し顔を見ておくかと思ってな。それに、そこな飛鳥とソフィーに話があるとなれば、出向くのもやぶさかではない。」
「そうなんだ、お母さんとも話してみたいと思ってたから嬉しいわ。」
乃亜はそんな風に喜んでいたが、そうなんだではなかった。
ソフィーは王様が来ていた時より硬くなっているし、その理由は聞かずとも分かった。真近で見るとオーラが迸っているかのようだったからだ。
見た目はほとんど乃亜と変わらず、長い純白の髪と、宝石のような真紅の瞳は見る人を魅了する美しさを纏っていた。違う点と言えば顔立ちがより大人びており、それに伴うかのように乃亜の妬みの種である身長と胸が大きくなっているところくらいだ。
それが途轍もない高貴なオーラを迸らせており、言葉遣いや所作の端々からもその威が感じられるくらいだったのだ、思わず平伏してしまいそうだった。
しかもそれが私に話があるなどというのだ、王様もそうなのだが、どうやら自分で思っているよりも私は注目されているようだった。乃亜のついで程度にすら見られるかも怪しいと思っていたのだが、ずいぶんな面倒ごとに巻き込まれてしまったものだ。
「そうだな、折角なのだし乃亜と喋るのも悪くない...が、それは今度だ。飛鳥とソフィーへの用が比較的火急であるのでな。」
「何事でしょうか?リゼット様が直々にお越しになられるなど...」
「既に聞いている話でもあるだろうが、暗殺や毒殺の危険が高い、気を配れ。」
いつも以上に顔面蒼白になっているソフィーだったが、まるで意に介す様子もなく、淡々と用件を告げるリゼットさん。
というか暗殺...?乃亜がか?
などと一瞬考えたが、ソフィーとリゼットの視線がこっちを向いたのを察し、考え直す。明らかに私が対象のようだった。
「暗殺って...飛鳥が!?どれだけわからず屋なのよ、あの人達...」
乃亜が血相を変えて玉座の間の方をにらみつけていた。案外話を聞かない人達なのだろうか?王様だけでなく、リゼットさんすら心配してくれているようなのに、私の暗殺を企むなど正気とは思えない。
「そして飛鳥よ、お前は自衛の術を身につけた方が良い。来たばかりだと聞いているが、権能や術法は使えるのか?」
リゼットさんにそう聞かれるが、権能はまだしも術法が使えるかはわからない。
というか多分使えない。乃亜が使ってるところを見たことはあるが、何をどうしてるのかよくわからなかった。
本を読んだ限りだとマナを使ってどうにかするのだろうが、乃亜が2年かけて覚えたと言うだけあって何も無しではきっかけすら見えなかった。
「権能は使えてるはずです。術法はまだわからないですけど…そのうち?」
そういうとリゼットさんは不思議そうな顔をする。
「権能が使えるのなら術法も使えるのではないのか?『書き換え』とやらはかなり万能に見えたが。」
権能についても知られているようだ。おそらく検査の紙を読まれたのだろう。
『書き換え』が万能に見えるというのはわからないではないが、どういう結果になるかわからないというのが気にかかるところだ。
雑に使うと、それこそ人間を辞める羽目になったり、思いもよらない面倒を背負う羽目になる気がしているのだ。
「まだ術法のことよく知らないので、『書き換え』は試してないってところです。その辺も図書館で調べてからにしようかなって。」
得心がいったという風に頷くリゼットさん。
「良い心がけだな。だが今日は折角妾がいるのだ、修練場へ行くぞ、わからぬことは教えてやろう。」
唐突にそんなことを言い出したリゼットさんに、その場の全員絶句してしまった。
そういう訳でリゼットさんと来ているのだが、道中の視線がいつもと違って驚きに満ちていた。リゼットさんは城の中ですら歩くのが珍しいらしい。
魔道具を弄って空間を切り替えると、古びた古城が出現する。最初に乃亜達と来た時のものだ。
「ほう、この空間が好みか。良いぞ、また評価が上がったわ。」
どうやらリゼットさんの好みにも合っているようだ。乃亜と違って怖がったりはしないらしい。まあ怖がられてもびっくりするが…
「して、何がわからんのだ?下地が出来ているならば幾つか手本を見せるだけだが。」
そう聞かれるが、それを知るために図書館で調べ物をしようとしていたのだ、などとはとても言い出せる相手ではない。
「マナは見えるし扱えるようになったんですけど、ここからどうやったら術になるのかわからなくて…」
出来ることを伝えてそこから先を教えてもらうことにする。
「術をどうやって起こすかは簡単だ、何がしたいかを思い浮かべれば良い。これらは世界が定めた規則のようでな、ある程度は世界が修正してくれる。」
微妙に何を言っているのかわからなかった。人の持つ技術ではなく、権能のように世界に定められたものだということなのだろうか?
実際にやってみようと、乃亜のやっていたような爆炎――は余波で私が黒焦げになるので、最初に見た氷柱を思い浮かべる。そのまま自分のマナを世界のマナに反応させると、光の玉が目の前に浮かんだ。
「出来ちゃった、思ったより簡単...?」
「難しいのはマナの扱いであるからな、『書き換え』済みなのだろう?」
なるほど、乃亜が2年も習得に時間をかけたにしては簡単だと思ったが、難関は既に突破済みだったらしい。
「そのまま飛ばしてみせよ。詠唱も頭に浮かんだであろう、それを唱えるが良い。」
「はい!『氷結』!」
唱えると同時に光の玉が狙った方向へ飛んでいく。触媒になった自分のマナがそのまま誘導の役目を背負っているようで、念じた通りに動くようだ。
しかし、当たった先では小さな氷の塊が出来ただけで、乃亜のような氷柱は出来ていなかった。
「ふむ、そのままではやはり出力が低すぎるか。飛鳥、『書き換え』だ、出力を上げよ。」
「出力...?なんのです?」
いや、威力が低いのもそれを上げる必要があるのもわかるのだが、何の出力を上げればそれが上がるのかわからなかった。マナの放出量を増やせばいいだけだというならこのままでも出来るとは思うが...
「そこから先には権能が必要なのだ。妾や乃亜が持っているような権能が無ければ魔術は大した効果を発揮せん。故に出力の『書き換え』だ。出来るのなら追加で権能を獲得しても良いぞ?」
そんなことを言ってくる。教えると買って出た割には物を教えるのがそれほど得意では無さそうだった。もしくは純粋に私の知識が教えを受けるレベルに達していないかだ。
権能の獲得は試してみてもいいが、そもそもどんな権能なのかを知らない。それに、乃亜と同じ威力になったらそれはそれで困りそうだ、余波で死んでしまう。
となれば自由に弄れるようにするのがいいだろう。そう思い詠唱を始める。
≪変革を。我が意に従い理を曲げよ。術の威力を私の想いのままに!≫
実感は特にないが、これまでと同じなら『書き換え』は完了しているはずだ。もう一度試してみようと光の玉を生成する。
それが着弾すると、今度は乃亜が使っていたのとまったく同じくらいの氷柱が出来上がっていた。
「ものの数秒でこれか、素晴らしいな。出発までにいろいろな術を試してみるが良い、自分の身はくらいは自分で守れるようになれよ。」
そういって背を向けて歩き出すリゼットさん。どうやらお眼鏡にかなったようだった、それほど喜ばしくないのが悲しいところだが。
というか色々見て教えてくれるという話だったが、ずいぶん早くいなくなってしまうようだ。これなら図書館で読んでから来た方がマシだったかもしれない。
「ああそうだ、忘れていた。」
扉の前でこちらを振り向くリゼットさん。まだ用事があるのだろうか?既に厄介ごとで気分は重かったのだが聞かないわけにもいかない。
「魔晶街に着いたら全てに注意しておくといい。暗殺や毒殺はないだろうが、乃亜にも危険はあるかもしれん。」
そうやって追加の爆弾を残し、上機嫌に去っていくリゼットさん。私の気分は正反対に最悪になったのだった。