1章『予言』 6話 お見合い相手
図書館に入ると、ベルゼブブがにこやかに迎えてくれる。
「おや、飛鳥殿。乃亜様から言伝を預かっておりますよ、『流石飛鳥ね、読書スペースに居るわ』だそうです。」
どう考えても要らない言伝だった。ここまで来ている以上、いない時しか言伝の必要ないだろうに、謎に律儀なのだ。
ちなみに通信機は通話機能のみで、メールを送ることは出来なかった。用事をしている以上通話もかけづらく、言伝ということにしたのだろう。
そういえば、ベルゼブブも私に敵対的な視線を向けてきたことは無い。図書館の主をしている以上、御伽噺について知らないということはないだろうが、純粋に偏見がないだけなのだろうか?
少し気になったので聞いてみることにする。
「ありがとうございます。それと、一個聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「もちろん。答えられることであれば、幾らでも。」
最初に会った時にも思ったのだが、ずいぶんとかっこいい人だった。口調も丁寧だし、服が黒いのもあって執事のように見える。女子にきゃーきゃー言われるタイプだ、虫が居なければ。
「私、人間だからってほとんどの人に怖がられてるし、敵視されてるっぽいのだけど、ベルゼブブさんはそんなことなさそうに見えるので。なんでだろう?って思って。」
ふむ、と手を口に当てて首を傾げる。優雅な仕草だと思ったが、別に私も良くやる仕草だった。
私がやってもそうはならないので、顔や雰囲気というのは大事である。私は雰囲気が暗すぎると話す人すべてに言われるのでダメだ。写真ですら周囲が暗く見えるらしい。
「怖がる皆様の気持ちは私達もよくわかります。実際、災厄によって世界が滅びるなどという話も上がっていることですしね。」
知らない話だった。会う人がみんなピリピリしていたり、視線がきついのは私だけの問題ではなかったのかもしれない。
そういえば、玉座の間の人たちも仕事が多いとぼやいていたのを思い出す。テロリスト以外にも色々問題を抱えているのだろうか?そんな中乃亜を呼び戻すなど意味が分からないのだが。
「しかし、何故と問われれば答えは簡単です。飛鳥殿や乃亜様が同好の士であると一目でわかりましたので。」
こんどはこっちが首を傾げる番だった。乃亜と私の共通の趣味は多いが、ベルゼブブの好きなものなど特に知らない。
いや知っていた、図書館だ。ルールが守れないなら殺すとまで言ってのけていた。つまり読書仲間ということか?
「この図書館に訪ねてくる方は皆お客様です。なので、そもそも敵意など持つはずも無いのですが――お二人のキラキラした瞳を見れば、一目瞭然です。本の虫、でございましょう?」
虫本人に言われると少し違うと言いたくなる部分もあるが、一日中本を読みふけっているところまで知られているのだ。否定する材料に乏しい。
何よりそのまま寝ることなく再度図書館に来ている。私も、私と乃亜以外であれば馬鹿だと言っているところだ。
「読書仲間ってことならまあ、納得です。じゃあ読書スペースに行ってきます。」
そういって歩き出す。ベルゼブブは見えなくなるまでこちらを見てにこやかに手を振っていた。
読書スペースにつく前に、ベルゼブブの分身に言って本を持ってきてもらう。魔術や呪術の使い方指南の予定だったが、先ほどのことが気にかかったので権能と呪具の詳細について知ることにした。
本を持って読書スペースに行くと、相変わらず乃亜とソフィーの二人しかいなかった。これだけ大きな図書館だというのに、ずいぶんと寂しいことだ。
忙しい時期でなければにぎわっているのだろうか?もったいないと思うのだが。
席に着くと、乃亜がこちらを向いた。
片手に持っていたのは本ではなく書類だった。どうやら調べ物中のようだ。
「お疲れ様です飛鳥様。問題はありませんでしたか?」
ソフィーにそう聞かれるが、問題がなんなのかよくわかっていない。一応調べるために本を持ってきたのだが、正直知っている人に聞いた方が早いだろう。
「それが問題あったっぽいんだけど、どんな問題だったのかがわからなくて。ソフィーはあの呪具詳しいの?」
そう聞いてみるが、ソフィーの表情は芳しくなかった。
「それほど詳しいわけではありませんが…問題について、陛下から直接お訊きになられなかったのですか?」
「聞きたい気持ちはあったんだけど、検査が終わったらみんな大慌てで行っちゃって。だから何もわからなかったのよね、問題はあったんだろうな〜みたいな?」
随分曖昧な物言いになってしまったが、何もわかっていないので仕方がなかった。
ソフィーの方も首を傾げてしまっている。多分何も伝わらなかったのだろう。
「検査結果は見なかったのですか?紙に書かれたものが出てくるはずなのですが。」
それでも疑問を解こうとしてくれる。出来たメイドだった。
「見たけど普通に私の権能とその詳細みたいなのが書いてあるだけだったんだよね。だから何が問題だったのかわからなくて。」
「検査失敗しただけだったりしないの?呪具ってマナの扱いが出来ないと使えないし、飛鳥まだ出来なさそうだけど。」
再度私もソフィーも首を傾げたのを見て乃亜が口を挟んでくる。
実際最初は出来なかったので間違いではないが、『書き換え』があればなんてことはなかった。
急に生えてきた力であるし、結果どうなるかがわからないまま使っているので、少し慎重に使っているが、もっと適当に使っていい力なのかもしれない。やろうと思えばそれこそ乃亜と二人で元の世界に帰るなんてことも出来そうだ。
正直ソフィーに『書き換え』を隠し続けるのは説明が面倒だったし、もういいかと思って詳細を説明してしまう。乃亜も手を止めてこちらの話を聞いていた。
権能の詳細については顔色を変えずに聞いていたソフィーだが、最後に一応話した数字について聞いた途端、眉を顰め始めた。
「数字について、心当たりがあるの?」
訊いてみるが、ソフィーの返答はない。そのまま口に手を当てて考え込んでしまった。
「珍しいね、こっちが見えてないみたい。」
乃亜がそんな風に言ってくるが、珍しいというほどソフィーのことを良く知らない。というか乃亜もそのはずなのだが。
まあ優秀なメイドという印象を持っていたので、それに似合わないという意味では理解できる。つついても得られるものはなさそうなので本を開いて乃亜の方に水を向ける。
「乃亜は何のお勉強?普通に本読んでるわけじゃ無さそうだけど。」
「そう、聞いてよ飛鳥。この書類9割以上何言ってるかわからないの!」
そういって見せてきたのは、乃亜のお見合い相手とやらの詳細が書かれた書類であった。
確かに固有名詞が多く、役職についても全く知らないわけではないが、どれくらい偉いのか判別するのは少し難しいくらいのものであった。
「これ、そもそも理解する必要あるの?」
そう聞くと、乃亜がぽかんとした顔をしてしまう。何を言われているのか理解できていないようだった。
「ん~、お見合いなのでしょう?会ってから決めればいいじゃない。別に仕事とか身分とか、気にする性質でもないでしょうに。」
そこまでいうと合点がいったという風に手を叩く。
乃亜は間違いなく第一に内面、第二に顔で決めるタイプだ。自分が苦労することをそれほど苦だと思っていない節があるので、なんならヒモ相手でも養ってしまいそうな節がある。
「でも、それじゃあ誰から会えばいいのか決められなくて。それにせっかく送って来てくれたのだから、ちゃんと読んで理解したいじゃない?」
気持ちはわかるが、殊勝な心掛けすぎて分かり合えないところだった。私なら間違いなく面倒だと切って捨てて、ルーレットか何かで決めるだろう。
そもそも、書類の束を見る限り30人ほどの相手が居るのだ。一人ずつしっかり見ていたら、あまりにも時間が掛かるだろう。
と、ここで一つ大事なことに気が付く。王様の話を聞く限り、結婚を強制するつもりは無いようだったし、乃亜からも結婚願望について聞いたことは無い。二次元相手ですら使っているところを聞いたことが無かった。だから当然断るものだとばかり思っていたのだが。
「乃亜、そもそも結婚するつもりあるの?結婚するつもりというか、真面目にお見合いするつもりというか。」
そう聞くと、乃亜は顔を真っ赤にしてしまう。恋愛ものはよく読む方だし、こういう話が苦手な訳ではないだろうが、自分のこととなると話は別なのだろう。
「それは、その、う~!」
可愛く唸られるが何もわからなかった。大事なことでしょう?と答えを促すと、少しずつ口を開く。
「結婚、する気は、ある、けど...」
どんどん顔を真っ赤にしていく乃亜。語尾もどんどん弱くなっていく姿にピンときた。
伊達に恋愛ものを読み漁っていない。乃亜との付き合いも長いし、考えを当てることなど容易だ――間違いなく既に好きな人がいる。
「なになになになに浮ついた話あるの!?聞いたことないよ私、教えてよ!」
ついテンションが上がってしまう。夜の世界に来て二日も経っていないのだし、ほぼ確実に元の世界の方にいるのだろう。
私も知っている相手なのだろうか?なんにしても、10年も会えなくなるのに夜の世界に来ているのは馬鹿かと言ってやりたい気分であった。
しかし当然こちらの上がったテンションと反比例するように乃亜のテンションは落ちていた。あまりにも言いたくなさそうである。
「嘘嘘ごめんね?いや嘘じゃないけど、聞きたいけど無理には聞かないよ、流石に。でもそれなら猶更、全員会ってごめんなさいするだけじゃないの?」
そう聞くと乃亜は涙目でこちらをにらみつけてきた。だいぶ怒らせてしまっていそうだ。揶揄いすぎたかもしれない。
「ごめんなさいするからこそ、ちゃんと知りたいと思ったの。この話もうおしまい!ソフィー!帰るよ!」
「っはい!申し訳ありません。反応を返せず。」
ソフィーはこちらに一礼して、大きな足音を鳴らして帰っていく乃亜の方へ向かっていく。
ソフィーを連れて行ったら追撃をもらうんじゃないかとも思ったが、考え事がありそうだったし大丈夫だろう。
「おやすみ~。」
消えていく背中に挨拶を残して、本と向き合う。
結果から言うと、収穫はあった。呪具の詳細を記した書に、しっかり権能を調べる呪具について記載されていたのだ。
しかし、権能について書かれたものには、『書き換え』についても『契約』についても記されていなかった。全部はカバーできていないと言っていたし、仕方ないのかもしれない。
しかし、記されていないということは、英雄の権能と同じとはわからないということなのだ。つまり最初に会った懸念は解かれているはずなのである。
つまり問題は英雄と関係ない部分であったということであり、それはソフィーが固まってしまった数字の部分だったのだと思う。
「魔王級、ねえ...」
実感は全くないが、『契約』の方は魔王級の権能らしい。一度も使ったことが無いのだが。
魔王の権能については明らかに見知った七つの大罪の名を関するものと、『王権』というノワール王家に伝わるとされるもの。他に二つあるようだが、それは掠れて見えなかった。
しかし、この魔王級について、それほど問題にするほどではないようにも思えたのが、疑問が解消されない理由だ。というのも、この分類は力の及ぼす影響ではなく、耐性と強制力に関わる話だからだ。
権能自体の危険度を示すものではない、ということである。その上、人間族は身体が弱い代わりに権能が強力なことが多く、魔王級を持つものも見られる。というような説明さえあった。
つまり、大慌てで出て行った理由がわからずじまいなのだ。
そして何より、『書き換え』に数字が記載されていなかったというのが全く分からない。あらゆる権能が等級分けされるらしいのだが、それがないというのが何を示しているのかさっぱりだ。
結論としては私ではどうしようもない、だ。そもそも王様たちの仕事である。
わからないことをわからないままにするのは気分のいいことではないが、これだけ無数の本があるというのに同じことをずっと考えるというのも勿体の無い行いである。あるのだが...
「流石に眠いな...」
時刻は19時を示していた。乃亜もソフィーも居ないことだし、帰ってしまおうか。
そう思って図書館を出ると、ソフィーが待ち構えていた。
乃亜を部屋に帰した後、私の世話をするために戻ってきたらしい。
「なんで中に入ってこなかったの?」
そう聞いてみたところ、とっても苦い顔をして「一人であの虫だらけの空間に耐えられるとは思えず...」とこぼしていた。ずいぶん大きな弱みのようだった。
しかし、ソフィーに会えたのならちょうどいい、数字が記載されていなかった理由について聞いてみる。
「そうですね...わたくしも初めて聞いた話なのですが、魔王級以上と考えるのが妥当かと。」
そんなに高ランクがあるのか?と思ったが、だったからなんだという気持ちでいっぱいだった。
耐性や強制力について、ランク差によってそれほど大きいわけでは無さそうだったのだ。魔王級を持っていても、最下級の権能を完全に防ぐことは不可能とされていた。
ソフィーも考えが纏まっているわけでは無さそうだったので、部屋に戻る。
途中ご飯は食べないのかと聞かれたが、眠いしお腹もすいてないのでパスすることにした。
「セレスト様も飛鳥様も...あまり不摂生な生活をなさるようでしたら正さなくてはなりませんよ。」
そんな風にぼやくソフィーがいたが、間違いなく無理だ。折れ曲がっているわけではなく、正してこれなのだということを理解する羽目になるだけである。
伊達に社会不適合者ではない――というのは、一緒にされてる乃亜に失礼か?
用意された客間で泥のように眠り、目を覚ます。
外を見ても正直時間はあまりわからなかったが、常に夜というのは少し気分を高揚させるところがあった。真紅に輝く月が出ている、ということは午前中のはずだ。
城の3回に位置しているこの部屋からは、城下の人々を覗き見ることもできる。
それなりに活発に人の行き来があり、闘牛のようなものが牽いている車や、市場のようなものが見える。
せっかく買い物ができるように手配してもらったのだし、一度は行ってみたいものだが、現状では物の価値などまるでわからないだろう。
昼の世界の文明をある程度共有しているところがあるらしく、似通った見た目をしたものが多いのだが、使われている素材の違いにより、その出来に大きく差があるのである。金銭的価値に関しては全くの不明だ。
ソフィーについてきてもらうのであれば、色々説明を受けれるだろうし、ぼったくられる心配もないだろうが、わざわざついてきてもらうのも心苦しいものがある。
というか一人が良かった。
私――紫水飛鳥は人と一緒にいる、というのが既に苦なのだ。他人に迷惑を掛けたくないなどといった思想により同じことを言う人は見たことがあるが、それとはまったくの別物だ。
人といると、自由が侵害されている気分になるのだ。何をするにしても他人の影が差すというのが、どうしても気分が悪かった。
ソフィーはメイドとして控えているだけであるので、それほど問題になるわけでは無いのだが、気分の問題はどうしようもない。
結局のところ、問題なのは私の人間性なのだ、社会に適合できていない。それ故に社会不適合者を自負しているのである。
唯一の例外である一人、その乃亜は、私のように一人を好んだり、他者を拒むようなそぶりを見た覚えはない。無いのだが、あまり周囲に馴染めていないようだった。
正直私とつるんでいるのが悪いのではないかと思うこともあったが、乃亜は私から離れようとはしなかった。むしろ積極的に絡んでくるくらいだ、絡む相手が他に居ないからだと思うが。
「好きな人、ねぇ...」
なので、乃亜の好きな人について、心当たりがまるでなかった。
強いて言うなら紗希姉くらいである。同性愛者なのかは知らないが、仲はとても良かった。
好きな人がいるというのに、お見合いに臨むというのは不純な行いであるように思うが、姫の婚約などそんなものなのかもしれない。本で読んだ限りは半々か、不純な方が多いかである。
何より、そもそも書類を送ってきている相手の方が、不純なものが多そうだった。恐らく利権目当てである。
乃亜が結婚に前向きなのであれば当然応援する気持ちはあるのだが、好きな人がいるとわかった以上、お見合いには反対だ。正直王様に言って破談にしてもらってもいいのではとさえ思っている。
しかし、乃亜は素直なので、もらった以上は全部回って断るつもりだろう。その程度はわかる付き合いである。であれば...
「私も観光ついでについて行って、問題がありそうならひっかきまわして王様にポイ、かなぁ。」
本来なら面倒ごとに首を突っ込む趣味は無いのだが、乃亜が困っているのであれば話は別だ。
乃亜は素直だし、相手がどうしてもと食い下がってきたら、甘いところを見せてしまうだろう。私がこっちに残ればソフィーも残ることになってしまうかもしれないし、そうなっては乃亜では相手の口車に乗せられてしまいそうだった。まあ他にも優秀なメイドがなんとかしてくれるのかもしれないが。
王様はお見合いについて、断り切れないものを持ってきたと言っていたが、相手が問題を起こせば間違いなく断れるだろう。
そういう風に搔きまわすには、私の権能はもってこいの力だ。
乃亜にばれたら白い目で見られるだろうが、乃亜の応援をしているだけなのだし、最終的には何も言ってこないだろう。
しかし、流石にそれが理由で危険な目に乃亜を合わせる訳にはいかないし、私も避けたいところだ。となれば、夜の世界の常識や法律、相手の素性についても調べておくべきだろう。
「乃亜と一緒にお勉強会かなぁ。付き合ってくれなそうだけど、怒らせちゃったし。」
昨日のことを引きずっていなければいいなと思いつつ、通信機を取り出し、乃亜に連絡をするのだった。
コンコンとノックの音が小さく響く。私に用意された部屋はとっても広く、その上恥ずかしくなるくらいに過度に飾られている。なので、音が届きにくいのだ。
「起きてまーす、入っていいよ。」
少し声を張ってそう告げると、新しいドレスを持ってソフィーが入ってくる。
最初にこれを着るとなった時は、楽しみな気持ちと恥ずかしい気持ちが合わさっていたが、今では面倒だと思う気持ちが一番強かった。普段のラフな格好が一番である。
だが、城で暮らすうえでは、ドレスを着なければならないことになっている。私は姫であり、ドレスが正装なのだ。
後ろの方は自分では手が届かない為、ソフィーにお願いして着せてもらう。かわいいと褒められたが、どこか事務的だった。
微妙な顔をしてしまったのだろう、ソフィーが首を傾げて疑問を口にする。
「飛鳥様の方が良かったですか?褒められるのは。」
「けほ!ごほ!ぐ、え、はぁ!?」
唐突な発言に噎せて、変な咳込み方をしてしまった。
ソフィーは仕事は出来るのだろうし、私にも飛鳥にも一歩引いてメイド然とした態度で接してくるのだが、時折こうした発言で困らせてくる。
間違いなく面白がられている。紗希姉にもそういうところがあったし、姉妹なのだなと思うがいい迷惑だった。
何が最も嫌かと言われると、飛鳥はあまりこういうことで動じないのだ。そのせいで私が集中砲火を喰らう羽目になってしまうし、飛鳥は面白がって私をそのまま眺めていることの方が多い。たまには飛鳥が慌てているのを眺めたいものなのだが。
「別に、ソフィーに褒めてもらっても嬉しいよ、もちろん。」
咳込みながらもそう返すと、ソフィーが再度爆弾を投げ込んでくる。
「昨日、考え事をしながらも話は聞こえていたのです。好きな人というのは飛鳥様でしょう?」
どうやら聞かれていたらしい。好きな人がいると答えた記憶は無いのだが、流石に言動でバレバレだっただろう。
しかし、その相手が飛鳥だというのは隠せていた...はずだ。少なくとも飛鳥はそう思っていなさそうだった。にも拘らず、ソフィーにはこれだけの付き合いでばれてしまったのだろうか...?
どうにか隠し通してみようかと思ったが、ソフィーは自分の発言に自信があるようで、こちらの誤魔化しはまるで通じなかった。
「はぁ...なんでわかったの...?」
「わかったというよりは聞いていた、というのが正しいですね。全ては姉の責任です。」
「紗希姉~!!」
にこやかにそういうソフィーを見て、いない人につい怒りを向けてしまう。何でもかんでもしゃべりすぎであった。
しかし、紗希姉から聞いているというのであれば、もはや隠し通すのは不可能である。あの人には一度包み隠さず喋って恋愛相談をしたことまであるのだ。
「姉様からはそれとなくくっつけてしまえ、などと言われたのですが...既にお二人の間柄が完成したもののように見受けられましたので、茶々を入れるくらいしか出来なかったのです。」
実際紗希姉の言いそうな発言であったが、ソフィーの目が笑っていた。茶々入れは確実に趣味だ。
とはいえ、私と飛鳥の関係が既に完成している、というのは私も感じているところだ。恋愛に発展するとは思えない...というか、飛鳥は明らかに恋愛に興味がない。
私も飛鳥も恋愛ものを読むのは好きだし、感想などを語り合うこともある。その流れで恋バナになったことだって二桁以上はあるのだ。
しかし、飛鳥から好みのタイプについて聞き出せたことはあるが、好きな人物について聞くと、出てくるのは確実に何かの作品のキャラだ。人と関わるのを嫌がっているので、現実の人の名前が出てこないのは妥当であるのだが、これでは話を進め難い。
そして何より問題なのが、飛鳥の結婚観についてである。
「結婚?ないない。自由を束縛しますって宣言だし、そもそもそれを許せるくらい好き合ってるなら、わざわざ宣言して国に届け出をする必要ないでしょうに。子供とかも正直ありえなくない?どんな人なのかわからないのに、成人するまで育てる義務を背負うんだよ?ほんと、尊敬しちゃうよね。」
これである。飛鳥は自分を社会不適合者だといって憚らないが、付き合いの長い乃亜はそれを良く知っていた。
飛鳥は心の底から社会というものに合っていないのだ、規格が違いすぎるのである。
そんな飛鳥が私との付き合いを嫌がらず、それどころか向こうから何かに誘ってくる現状は、控えめに言ってなんらかの奇跡であり、これが壊れるかもしれないのに好きだというのは流石に怖い。
恋愛ものを読んでいるときは、こういうことを言い出すやつにはいけいけと声を上げるものだが、私に関しては見逃して欲しい。勝ち目が全くないのだ。
既に特別扱いを受けている身であるし、正直それで充分なのだ。
一人を好み他者を拒む飛鳥に、頼り頼られ、一緒にいることを許されている。これ以上など望むべくもなかった。
「認めるよ、私は飛鳥が好き。だけど、それを伝える気は無いの。絶対に受け入れてもらえないってわかってるんだもん、このまま関係を維持していたいって思うから...だめかな?」
そう伝えるが、ソフィーはまだ不思議そうな顔をしている。
「絶対...ですか?それほど壁があったようには思えませんでしたが...」
「ソフィーはまだ付き合いが短いからそう思うのよ。飛鳥の人嫌いは病的だもの、絶対に無理ね。」
吐き捨てるようにそういうと、ソフィーは頭を下げる。少し語気が強くなってしまっていたかもしれない。
「出過ぎた口を利いてしまいました、申し訳ありません。ですが、好きな相手がいるというのであれば、お見合いは断ってしまっていいと私も思いますが、いかがいたしますか?」
これについても考え物である。
受ける気のないお見合いに出るというのも不誠実だと思うが、なにも見ずに断ってしまうのも相手に失礼だと思うのだ。
しかし、幸いなことに会うだけでもいいと王様であるお父さんから言われているのだ。
「渡された書類の分は直接会ってお断りするわ。ついでに観光もしてみたいしね。」
図書館で調べていたのも、失礼が無いように素性を調べるのを半分に、もう半分は観光出来るようなものが無いか、その土地を調べていたのだ。
姫だというのに、夜の世界では知らないことばかりなのだ。出来れば見て回りたい気持ちは当然ある。
飛鳥はまず間違いなくついてきてくれないだろうが、元々夜の世界に連れてくる予定ではなかったのだ。城に帰れば顔を合わせることができるし、通信機で話すこともできる分、ぜいたくな悩みというものだった。
その通信機が着信を知らせる。相手は目の前のソフィー以外には、お父さんとお母さん、それに飛鳥の分しか登録されていない。
相手は当然その飛鳥だった。起きて図書館に誘おうというところだろう。
まだ顔は熱いままだが、それを悟られないように平然を装って通話に出る。
そこで告げられたのは、思いもよらない話だった。
「お見合い、私も一緒に行きたいなって。ダメ?」