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1章『予言』   5話 王様の御用事

 先程までと打って変わって今すぐにでも図書館を離れたい気分を味わっていた。

 今はもう本を持っておらず、乃亜が読んでいる本を読み終わったら、一度休憩を私からも提案しようとしていたところだ。

 しかし、来訪者によってその予定も崩されてしまうだろう――一日寝てもないし食事もしてないと伝えれば、別に休憩くらいはさせてくれるか。

 だが、そのまま図書館に戻るという訳にはいかないだろう。その来訪者――王様は、図書館に来たというのに、本の一冊も持たずに乃亜の横に座っている。

 ちなみに私の正面が乃亜、ソフィーの正面が王様だ。まあソフィーは立っているのだが。

 乃亜に用事かと聞いてみたが、私にも用があるというので、大人しく座って待っている。乃亜は全く気づきもせず、熱心に本を読んでいるので、声を掛けるのが躊躇われたのだ。

 しかし、乃亜だけでなく、私にも用があるというのは何なのだろう?別の用事という可能性もあるが、その場合は私単体に王様から用があるということで、そちらの方が可能性としては低いようにも思う。

 まあなんであれ、王様から直々の用事など確実に面倒ごとだ。自分の時間を取られることを何より嫌い、面倒ごとは避けるか膨れる前にさっさと解決してしまうようにしているが、こういった避けようのない場合はとても憂鬱になる。

 どんな可能性があるかと色々思案していると、王様から声を掛けられる。

「そう不安そうにする必要はない。用があるとは言ったが、そう難しいことではないし、嫌なら断っても良いのだ。」

 そういってくれるが、王様からの用事を断る度胸はまるでない。後でどんな面倒ごとが降りかかってくるのかわかったものではないからだ。

 しかし、寝る前に会った時もそうだったが、王様の私を見る目はずいぶんと好意的なものだった。もしかすると、本当に断っても問題が無いのかもしれないと思わせるくらいにだ。

 ソフィーもそうだが、緋縞の家がずいぶん良く私のことを報告したとしか思えなかった。

 私はあまり人に好かれる性質ではなかったし、そもそもほとんど初対面なのだ。

「お世話になっていますし、断るつもりはありませんけれど...私に用事があるというのが何なのか気にかかりまして。」

「受けるかどうかを決めるのは話を聞いてからで良い。それほど時間も取らないはずだ。」

 どんな話か見当もつかないが、時間を取らないというのは朗報だった。

 休憩を取ってすぐ図書館にまた籠るつもりであったし、時間がかからないということはそれほど面倒なことではないということだ。

「それに、前はあまり話す時間を作れなかったからな。飛鳥くんとはもう少し話をしたいと思っていたのだ。」

 王様はこちらを見つめてそんなことを言ってくる。

 乃亜ではなく私と話すことなど何もないだろうと思ったが、心当たりはその乃亜だった。

「乃亜...セレストの昼の世界での話ですか?」

 そう聞いてみると、予想外の答えが返ってくる。

「乃亜で良い、余も出来る限りそう呼ぶつもりだ。無論乃亜の話にも興味はあるが、余が聞きたいのは君のことだ、飛鳥くん。」

 流石に首を傾げてしまう。

 私に興味があるというのはどういうことなのだろうか。

 王様にとって、私は乃亜の友人以上の価値はないものであり、それこそが重要なのだと思っていたのだが。

 また色々悩みそうになったところで、乃亜が本を置く。どうやら読み終わったようだった。

「あれ?本を持ってないのね、飛鳥。もしかしてそろそろ休憩にするの?」

 そういって時計を確認しようとし、時計ではなく隣にいた人が目に留まる。

「お父さん!?どうしてここに!って、ごめんなさい。もしかして声を掛けていたのに気が付かなかった?私。」

「いや、邪魔しては悪いと声はかけなかった。ずいぶんと楽しんでいるようで何よりだ。」

 前とは違ってずいぶんと柔らかい雰囲気だ。そのまま親子の談笑に花を咲かせそうな勢いだったが、ソフィーが間に入る。

「陛下はお二人に御用事があるようで、1時間ほど前からお待ちになられていたのです。」

「あれっ?」

 1時間前ということは、普通に私も気が付いていなかったらしい。ちょうどいいタイミングで本を読み終わったと思っていたが、待たせてしまっていたようだった。

「そうなの?じゃあやっぱり謝らないと。お待たせしちゃってごめんなさい。それで、用事って何かしら?」

 乃亜がそういうと、王様は少ししわを深くする。難しい用事ではないと言っていたのだが、言いにくいのだろうか?

「それなのだが...丸一日食事も摂らず、ずっと此処に居たと聞いている。用自体はそれほど急ぎの物でもないのだし、先に休んできても良いぞ?」

 言いにくいのは用事のせいではなく私たちのせいだった。

 おそらくソフィーが心配してくれて、休ませてやって欲しいと言外に告げていたのだろうが、不良な行いを親に心底から気遣われているようで、心が痛かった。

 乃亜からすれば実の親なのだ、かなり苦い顔をしている。

「その、どれくらい時間を取られるかにもよるから、先にお話しだけ聞かせてくれない?」

 乃亜がそういうと、心配そうな眼付きのまま、王様が口を開き始める。


「そうか、ではまず飛鳥くんについてなのだが、一つだけ。呪具による権能の検査を受けて欲しいのだ。」

 事前に聞いていた通り、それほど難しい用事では無さそうだ。

 権能を調べる、というのは正直初めて会った時に言われるかと思っていたし、言われなかった以上は勝手に調べられたか、そもそも私に興味がないものだと思っていた。

 それを調べたいと言い出したのは、恐らく王様は調べなくていいとしていたが、周りの人に安全について疑問に思われたとかそういったことだろう。

 調べる方法が呪具なのであれば、本で読んだ限り勝手に調べるということも難しいのだろう。

 王様が直接頼みに来るほどのことなのかは疑問だが、乃亜のついでであったのかもしれない。

 いずれにせよ断る理由も特になかったし、なんならその呪具に興味があった為、問題ないと頷く。

「そうか、感謝する。どのような権能を持っていたとしても危険にさらすつもりはないから安心してくれ。」

 そんな風に約束をしてくれるが、これで私が英雄と同じ権能を持っていたりしたらどうするのだろうか?御伽噺では権能はわからなかったし、そもそも作り話でそんなものはないのかもしれないが。

 というか危険というのを私に直接危害が加えられる方向で考えていたが、もしかしたら戦闘に長けた権能ということで兵として見られる可能性もあるのだろうか?流石にそれは嫌すぎるので王様直々にないと言ってくれたのはありがたいかもしれない。

「次に乃亜なのだが...これだ。」

 そういって王様が取り出したのは書類の束だ。それぞれに違う人の顔と、長ったらしい説明が記されていた。なんだか履歴書みたいだ。

「これは...?」

 乃亜がよくわからないと説明を促すと、王様は言い辛そうに表情を歪める。

「端的に言おう、そやつらは乃亜のお見合い相手だ。」

「お見合い!?」

 流石に驚いてしまった。

 いや姫という身分を考えればむしろ妥当なのかもしれないが、今の時代にお見合いなどというセリフを聞くことになるとは。

 しかし、その当事者の乃亜はそれほど驚いたような様子はない。というか全く驚いて無さそうだった。

 一人で取り乱した気がして恥ずかしくなるが、横を見たらソフィーは驚いていた。むしろ一番話を聞いてる可能性が高そうだと思っていたので不思議だ。

「当然だが強要されるものではない、だが余りにも数が多く、断り切れない事情もあってな...顔を合わせるだけでもしてくれると助かる、といったところだ。無論、乃亜が嫌ならそれもしなくて構わない。」

 本当にずいぶんと私や乃亜に気を遣ってくれているようだ。

 しかし数が多いならむしろまとめて断りやすそうなものだが、王様が断り切れないような事情とはなんなのだろうか?本来なら首を突っ込むようなことではない――確実に面倒ごとだが、現在の立場が乃亜の友人という立場によるものな以上、乃亜に降りかかる面倒ごとはほとんどイコールで私の面倒ごとだ。

 本来なら私一人でも生きていけるし問題ないというところだが、ほとんどの人から敵対的にみられているのに平気かと言われれば怪しいところだ。

 それに、乃亜は唯一の友人と言っていい相手なのだ。頼られなくても困っていたら助けたいと思える相手であるし、乃亜も私を頼るのを渋ることはそうそうない。

 そういう意味でも乃亜に降りかかる面倒ごとは大きくなる前に潰しておくのがベストではあった。

 しかし、乃亜ではなく王様や国自体に掛かる面倒ごとの可能性もある。その場合は私は手を出さず、王様たちに全て任せるべきだろう。

 まあ乃亜は姫だし、私も城に居候している以上、助けを求められれば当然手を貸す必要はあるだろうが、この王様が私たちに助けを求めることはそうなさそうに思える。

「期間を区切る気もない、本当に出来ればで良いのだ。」

 なんなら断って欲しいのかと思うくらいに念を押す王様。

 乃亜は断る気はなさそうだったが、書類を見て首を傾げていた。

「結婚する気はないけれど、会うだけでいいっていうなら会ってみるわ。せっかく夜の世界に来たのだから、色々見て回りたいしね。ただ...」

「ただ?」

 何か問題があるのかと王様が心配そうにのぞき込む。

「この書類...見てもあんまりよくわからなくて。役職がどうとか...地名も、私地図すら頭に入ってないから。」

「...成程。」

 どうやら判断の材料になるよう送ってきた説明が乃亜にはよくわからなかったようだ。

 まあ当然と言えば当然であるし、送ってきた側もそれくらいは理解していると思うのだが。他に書くことがなかったのか、アピールする対象が違ったのかというところだ。

「その辺りの分からないことは此処で勉強するのでもいいし、ソフィーに聞くのでも良い。出立する時は余に直接伝えてくれ。相手への連絡と足の用意は余がやろう。」

 実際乃亜は地図も分からず距離も方角もわからないのだから、誰かに頼むしかない。

 本来王様の仕事ではなさそうだが、乃亜の父親として責任を果たそうとしているようだ。

 乃亜も特に異論を挟まず頷く。

「御用事ってこれだけ?それならご飯食べに行こうと思うのだけど。」

 乃亜がそういうと、王様が忘れるところだったとこちらを向く。

「先程の話なのだが、飛鳥くんに聞きたいことがあるのだ。時間は平気かね?」

 乃亜ではなく私に聞くことというのが本当に心当たりがない。

 むしろなさすぎて怖いぐらいだったが、あまり時間を掛けるのはお互いの為にならない。無視できる相手でもないのだし、早々に終わらせるべきだろうと頷く。

「玉座の間で聞いておくべきだったのだが…飛鳥くん、親御さんに連絡をしなくても大丈夫か?今は緋縞の家が上手く誤魔化してくれているようだが。」

「あ〜」

 すっかり忘れていた。どうやら緋縞の家に迷惑をかけてしまっているようだ。

 家族からすれば夜中にフラッと出て行ったかと思えば、そのまま帰ってこなくなったわけだ。

「どうしましょう。死んだ扱いとかに出来ませんか?」

 10年間誤魔化してもらうのも悪いし、何より10年経ったとて家族の元に戻るのかと聞かれると疑問だ。

 家族仲が悪いというわけではないので戻れないわけではないと思うのだが、私が純粋に家族を嫌っている。家を出れる機会があるなら出たいと思っていたくらいだ。

 勿論王城にずっとお世話になる気もないのだが、『書き換え』があれば、死んだ扱いにしたとしても戸籍を作ったり出来そうなものだ。

「それは…親御さんに悪いと思うのだが。帰る気がないにしても、別れを告げるぐらいはしたらどうだ?」

 普通に考えれば妥当な発言なのだが、事情の説明などあまりにも面倒だ。何より帰ってこいと言われるのが目に見えている。

「言いたいことはわかりますが、面倒ごとが増えるだけなのが目に見えています。家族にかかる心労も結局大差ないでしょうし。」

「それは…わかった。君がいうならそうしよう。」

 苦い顔をしていたが頷いてくれる。

 もう少し何か言われるかと思っていたのだが、本当に話のわかる人だ。

 ソフィーも特に口を挟まず見守ってくれている。1番私を睨んできていたのは乃亜だった。

 乃亜は私の親と面識がある分、心配をかけたくないという気持ちがあるのだろう。

 だがまあ当事者である私が決めたのだ。私の決めたことに口を出しても無駄なのは乃亜は理解している。

 睨みつつも文句を口に出すことはなかった。




 その後、ご飯を食べて別れ、自室で休もうかと思ったがそれほど眠くもなかった。

 ありがちなことだが、色々読み過ぎた影響で興奮しているのだろう。普段なら外を散歩しているところなのだが、この世界では携帯のマップも機能しないし、安全が確保されているのかも謎だ。

 色々知識をつけた甲斐もあり、術法を身につける目処も建ったのだ。試してみたい気持ちもあったが、その前に王様の用事を済ませておこうと玉座の間へ向かう。

 王様からはいつでもいいと言われていたのだが、連絡を付けておくべきかとコンパクトのような通信機を取り出す。朝に確認した通り、操作は簡単ですぐに王様に連絡を付けることができた。

「ずいぶん早いな、ありがとう。呪具の用意は出来ている。修練場の場所は知っているか?そこで検査を行うことになる。」

 どうやら集合場所が違ったようだ。修練場ということは、権能の検査というのは呪具を使うだけでなく、実際に使って見せたりするのだろうか?それとも単純に呪具を使うなら修練場でと決まっているだけなのかもしれない。

 当然道は覚えているので、大丈夫だと返して通話を切る。

 しかしちゃんと連絡をしておいてよかった。これで意味もないのに玉座の間に入ったりしたら、あの蛇のような見た目の人からどれだけ睨まれたものか。

 別段人に嫌われることに関しては気にしないどころか、むしろ積極的に嫌ってもらって構わないのだが、それは嫌うなら関わってこないという前提である。

 私から相手のテリトリーに踏み込んでタコ殴りにされるのはごめんだ。今回はその状況になった可能性があった。王様や乃亜にも迷惑をかけてしまう。

 踵を返して修練場の方へ向かい始めると、私の部屋の前にソフィーの姿があった。

「あれ?何か私に用事?」

「セレスト様がお呼びでしたので、お迎えに上がろうと。何か都合が悪かったでしょうか?」

 乃亜が呼んでるというが、困りごとなら直接来ただろう。ということは間違いなく図書館への誘いだ。あっちも寝る気はなかったらしい。

 とはいえ、流石にこちらから連絡をしておいて、図書館に行くからやっぱりなしとは流石に言えない。

「王様からの用事を済まそうと思って。修練場に来てほしいって言われたの。」

「成程、ではセレスト様にはわたくしから断っておきます。」

「多分図書館でしょう?終わったら行くわ。」

 どれくらい時間がかかるかは知らないが、どう考えても乃亜が図書館に居る時間の方が長い。

 そう思って返した言葉だが、ソフィーが首を傾げてしまう。

「セレスト様から用件を聞いていらっしゃったのですか?」

「ううん?多分そうだろうってだけよ。違ってた?」

 そう聞いてみると、ソフィーは首を振る。

「わたくしも用件が何かまでは聞いておりません。ですので、先に話を付けていたのかと思ったのですが...通じ合っているようですね?」

 そんな風に揶揄ってくるが、それで赤面するのは乃亜の方だけである。

「付き合い長いもの、当然でしょう?」

 そう返すと、顔色一つ変えなかった私にソフィーは不満そうな顔をする。

 やっぱり人を揶揄って面白がる趣味があるのかもしれない。

 もしくは夜の世界の人が全員カプ厨という可能性もある、乃亜は少なくともそうだった。まあ私も人のことを言えた義理では無いのだが。オタクなんて大概そんなものである。

 これ見よがしにため息を吐くと、ソフィーは次からはセレスト様が居るときに言うことにしますと告げ、乃亜の方へと帰って行った。




 修練場にたどり着くと、王様と数人のローブを纏った人――というより獣といった方が正しいような見た目の人が居た。

 おそらく王城の間に居た人達だろう。親でも殺されたのかという視線をこちらに向けてくるが、まあ特に気にしても仕方がない。

 しかし、少し違和感がある。王城を歩いていた時のものよりも、今向けられているものの方が明らかに敵意が強いのだ。

 今回はそれを和らげる検査のはずだし、乃亜や王様が私を守っている以上、直接手を出すようなことはないはずだが、ある程度権力のある人がそれというのは気を付けた方がいいのかもしれない。

 とりあえず王様の方へと歩いていくと、水晶のようなものを持った人が前に出てくる。

 玉座の間で会話を中断してきた、蛇の姿をした人だ。思っていたような黒い姿ではなく、緑がかった色をしていた。蛇には手も足もないはずなのだが、蛇っぽいのは顔だけなのだろうか?

「わざわざご足労下さり感謝を申し上げます。つきましては、こちらの水晶へ手を揃えてマナを流し込んでください。」

 敵対的な視線はそのままに、丁寧な言葉遣いで説明してくれる。そこは流石というべきか、客人に対する態度であるべきという認識はあるようだ。

 渡された水晶を手に取るが、マナというものがいまいちよくわからない。

 なので、魔術や呪術を使うためにも必要そうだった『書き換え』を、口には出さずに行ってしまう。

⦅変革を。我が意に従い理を曲げよ。マナの理解と感応を!⦆

 急に権能を使ったなどと知れたら周囲の反応がどうなるかわかったものではないが、乃亜の目の前で使った時も、自室で使った時にも特に何か言われたりはしなかった。

 つまり周りにしれたりはしないのだろうと思ったのだが、予想通り周囲の反応は特になかった。

 『書き換え』により、マナの性質を理解し、感じられるようになる。

 身体の中にもマナを感じるが、それとは比較にならないほど濃密なマナが、空気中に漂っているのを感じる。確かにこれでは魔術の出力に差が出る訳だ。

 良く見れば他人のマナすら見れるようになっていたが、マナの量は個人差があるわけではないようだった。みんな同程度の揺らめく炎のように見える。

 体内のマナを動かすのはそれほどむずかしくなく、マナを認識してからは特に何かする必要もなく、思った通りに動かすことができる。

 手に持った水晶に、体内のマナを流し込んでゆく。すると、水晶が光り、王様の近くにあった機械のようなものが動き出した。

 その機械からは、何か書いてあるような紙が出てくる。印刷機のようなものだろうか?

 周囲でずっと私を睨みつけていた人たちがみんなその紙の方へと向かっているのを見る限り、恐らく検査の結果が記されているのだろう。

 私もそちらへ向かってもよかったのだが、人が多くて気分が悪くなりそうだったので離れて待っている。すると、先ほど水晶を持ってきた蛇の顔をした人がこちらへやってくる。

 敵対的な視線が無くなったわけではなく、むしろ険しい顔つきだった。

「ご協力くださり感謝いたします。既にお察しの通り、我らの世界は一度人間族に滅ぼされたことがありまして。現在危機に瀕していることもあり、貴方の能力把握は急務だったのです。」

 そういい水晶を回収されるが、ずいぶん慌てた様子だ。

 まず間違いなく私が怖がられているのだろう。しかし、何を怖がられているのかがわからない。

 それほど問題になるような危険な権能を持っているつもりはないし、気になるとして『書き換え』の方だろう。

 しかし、『書き換え』が気になるのであれば、何か私に確認するようなそぶりを見せるはずだ。もしかすると、私が認識していないだけで、他に権能を持っていたのだろうか?

 私も紙を確認してみようかと向かっていくと、王様すらも険しい顔をしているのが見えてしまった。

 どうやらしっかり何か問題があったようだ。王様に確認してみようと声を掛ける。

「検査、どうでした?」

「飛鳥くん?いや、問題ないよ。マナを使うのも初めてだろうに、しっかりと使えていた。」

 そのはずなのだ...と小さくつぶやくところまで聞こえてしまう。問題があったのは私ではなく検査機の側なのだろうか?

 紙を見てみると、しっかり私の二つの権能とその力について記されていた。

 特に問題は無いように思える。強いて気にかかることがあるとすれば、『契約』の横に書かれた1という数字がよくわからなかったことくらいだ。『書き換え』の横には何も書いていなかったので、番号を振っているというわけではなさそうだが。

 首を傾げていると、王様に促されて人が捌けていく。続きは会議室で、ということらしい。

「いや、助かったよ飛鳥くん。今日はゆっくり休んでくれたまえ。」

 王様もそういうと、扉の奥に消えていった。

 さて、どうしたものだろうか。

 いや約束をした以上、図書館に向かうのが正しいだろうが、せっかくマナを理解したのだし、魔術を使ってみたい気持ちはある。

 しかし、こちらも出来れば乃亜の前でお披露目したいものであるし、そもそも先ほどの人たちの表情が気がかりだった。

 王様に尋ねに行くわけにもいかないし、ソフィーに聞くのがいいかもしれない。そう結論付け、やはり図書館へと向かうことにした。




 玉座の間にて、ディオン・ノワールは頭を抱えていた。

 荒れる予感はあった。故に権能の検査はなるべく起こらないよう反対し、飛鳥についても丁重に扱うよう言い含めたのだ。しかし、思っていたより臣下達は人間を毛嫌いしていたし、臆病であった。

 しかし、予感があったとはいえ、予測できないような事態だったのだ。臣下達に至っては大慌てである。

 権能のうち、『契約』の方も大概のものであったが、問題は『書き換え』の方だ。出来ることの多彩さや、『書き換え』られた事象について、こちらが把握できるかわからないというのも問題なのだが、横に数字の記載がなかった。

 つまり、等級を示すことができないということである。等級は権能の強さ、耐性や強制力を示すものであり、1級で魔王の権能と同じ。等級が示されないのは、夜の世界においては『王権』のみであった。

 昼の世界において『王権』と並び立つ権能の持ち主など、それこそ英雄を思い起こさせるものだ。

 議題に上がっているのは飛鳥をどう扱うか、ということだ。もちろん殺せという意見もあるが、もはや手を取り合うしかないのではという声も大きくなりつつある。

 世界に伝わる御伽噺は、この玉座の間に仕える者たちにとっては御伽噺では無いのだ。本当に英雄であった場合、反感を買ってしまえばどれだけ手を尽くそうと世界を滅ぼされて終わりだ。

 もはや飛鳥は乃亜の友というだけでは通せなくなってしまったのだ。

 力の強大さと示された危険度を受けて、殺害派と友好派で議論は真っ二つに割れてしまう。ディオンはもちろん友好派であったが、最初に抱いた予感について、より深く思案している。

(『予言』を見た時、『王権』こそが鍵なのだと思った。乃亜に玉座を譲る時が来たのだと。乃亜が連れて来た飛鳥くんを見て、その予感はより強くなった。乃亜の横で玉座に座るのにふさわしい人物なのだと思った。しかし...)

 考えても結論は出せないままだ。何より、ディオンは未だに飛鳥や乃亜を巻き込みたくないとも思っているし、飛鳥の権能について、『王権』ほど強力な力とは、ましてや世界を滅ぼせる権能とも思えなかったのだ。

 会議は進行し、友好派が大きくなっていく。ただでさえテロリストに脅かされており、その上世界が危機に瀕するという予言を抱えているのだ。強い敵を増やすことなどあってはならない。政治に携わる者ならそう考えるのも妥当である。

 しかし、誰もが恐怖と敵意を隠しきれていない。ここ最近の緊張状態を考えれば、いつ破裂してもおかしくない状況である。

 全員が切に救世主を欲していた。セレスト姫、その婚約者の出現を。

(乃亜...悪いが、悠長なことは言っていられぬやもしれん。)

 ディオンが覚悟を固めるのも、仕方のないことであった。

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