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1章『予言』   2話 ノワール王城

「最近大学も来てないって聞いてたけど、家に引きこもって何してたの?」

「当然ゲームと読書だよ?最近はアイドルものが熱いね。最近の流行ってる曲はラップ系が多くて好みじゃないから、そっち方面から発掘するほうが好きなのが多くて。」

「なるほどね~、私は最近忙しくて全然触れてなかったから、羨ましいな。こっちでもアニメとか見れればいいのに、ネットは繋がらないみたいなんだよね。」

「あ、やっぱ駄目なんだ。10年追えないってなるとかなり厳しいね。続いてそうな作品なんてドラゴンボールとワンピースくらいじゃないの?」

「プリキュアもやってるでしょ、まだ見てるの?」

「当然見てるけど、あれは毎回違う作品だからな~。」

 城までの道中、世間話に花を咲かせている。私と乃亜は読書仲間であり、アニメやゲームなども同じように好んでオタク友達のようになっている。

 昔はそれぞれ家に行くほど仲が良かったが、大学に上がってからは私は引きこもり、乃亜は夜の世界へ行くための勉強があった為、疎遠になったのだった。私の疎遠になった理由が乃亜に比べてひどすぎる気がするが、結局忙しい乃亜を邪魔するわけにはいかなかったということなので考えないことにする。


 そうして会話していると、すぐに城門の前にたどり着く。城の目の前に立つと、その威容に心が震えるものがある。街並みも城も中世ヨーロッパに近しい見た目だが、明らかに見たことのない材料で出来ており、その硬度や建築様式などについても元の世界の常識では測れないだろうということがうかがえる。

 二人で城を眺めて立ち尽くしていると、見張りの人に声を掛けられる。

「セレスト様、ようこそお越しくださいました。ディオン陛下がお待ちですので、二階中央の玉座までご案内致します。」

 こちらに見向きもせずに乃亜にそういうと、振りかえって城門を開けに行ってしまう。

「私、このまま一緒に入っていいのかな?無視されてたけど。人間って見えないのかな?もしかして。」

「そんなわけないでしょ...ちょっとさっきの人に説明してくるわ。」

 そういって駆け足で門を開けている人に話をしに行く乃亜。

 しかし、わかってはいたが本当に乃亜はお姫様らしい。襲撃者の話だと20年も離れていたはずだし、そうなればほとんど見覚えのない相手のはずなのだが、よくも初見で気が付いたものだ。

 セレスト様、と呼ばれていたのがこちらでの名前なのかと思ったが、もしかすると人違いなんてこともあるのだろうか?でも陛下って呼ばれるのは王様だろうしな...などと考えていると、駆け足で戻ってきた乃亜が少し怒ったような様子をして相談を持ち掛けてくる。

「ちょっと飛鳥、聞いてよ。あの人、私以外は入れるように言われてないから、飛鳥を入れてもいいかは判断できないって話を聞いてくれないの。ちょっと頭が固すぎるわ。」

 お姫様にこう言われては雇われの身ではいうことを聞くしかなさそうなものだが、どうやら偏屈な相手らしい。だが駄目と言われているわけでは無いのだし、責任は持てない、というだけなのではないかと判断する。

「まあじゃあいっしょに入っちゃお。ダメなら締め出されるだろうし、入ってから何かあったら適当に乗り切るわ。」

 そういうと乃亜は呆れたような顔をするが、私の決めたことに口を出してもさして意味がないことを乃亜は骨身に染みて理解している。

 それでも納得できない時は、とことん議論することにしているが、今回は反論も出なかったので、見張りの人の案内に従い、乃亜に連れ添って城の中へと入り込んだ。


 城の中は想像と違わず、随分な広さに豪華な赤い敷物が敷かれており、豪勢な雰囲気を演出している。

 これがRPGであれば、くまなく一回から探索を行い、あらゆるものを物色する――実際そうしたい衝動に駆られるが、今回はそうもいかない。

 乃亜の様子を窺うと、少し緊張しているようなそわそわしている様子であったが、いつもの軽口を叩くには場の雰囲気と案内人の気配が邪魔であった。

 その邪魔のうちの一つ――案内人にそのままついていく。入ってすぐの階段を登り、一際大きな扉の手前で案内人が立ち止まった。

「陛下はこの先にいらっしゃいます。御客人はくれぐれも失礼のないように。」

 どうやら透明人間ではなかったらしい。黙認してくれていたようだ。

 感謝を告げようかとも思ったが、仕事を考えればあまりいいことでも無いだろうと考え直し、もちろんとだけ返す。

 狼のような姿をしている案内人は、その表情を変化させることがなく、感情をうかがい知れない部分があったが、私の返事に頷きだけを返し、扉の方を向いて頭を下げる。

 どうやらこの扉は開けてくれないらしい。まあ城門と違って、それほど開けるのに力が必要には見えないので問題は無いのだが。

 お姫様を置いて、先にずんずんと進むわけにもいくまいと乃亜の方をうかがうと、緊張がよりひどくなっているようで、少し体が震えていた。

 実際私も王様に会うなどという体験は初めてであるし、緊張がないわけでは無いのだが、感情が表には出にくいタイプである。そのため、特に問題なく平常通りにふるまえているのだが、乃亜はどちらかといえばあがり症の気があった。

 緊張を解すために声を掛けてやろうかなどと考えていると、扉の先の方から歓声のようなものが上がり、乃亜が飛びずさって私に抱き着いてきてしまう。

「緊張しすぎじゃないの?親に会うだけだってのに。」

「だって...親とはいえほぼ見知らぬ相手ってだけでも緊張するのに、王様だっていうんだもん。何か失礼なこと言っちゃったらどうしようって思うと...」

 親相手に失礼なことなどないようなものだと思うが、王様相手ではさもありなんというところだ。

 先ほど私が悪しように言われるようなら一緒に出て行ってやるなどと意気込んでいたとは思えない。

 しかし扉の前で立ち尽くしていても話は一向に進まないし、先ほどの歓声についても少し興味がある。ここは手を引いてやるしかないかと急かすことにする。

「ほら、もう立ち止まってないで行くよ。私ひとりじゃ話にならないんだし、前進みなさい?」

「わっ、ちょっと、押さないでよ。」

 右手で乃亜を押しつつ、左手で門を開けるようにする。

 乃亜は文句を言いながらも、体の震えは収まったようで、多少は緊張もほぐれているようだ。




 扉の先は視界の確保がギリギリになる程度の暗闇であった。

 明かりがついていない、どころか照明器具は元より置いていない様子であったが、夜の世界の玉座ともなれば、これくらいの闇は当然なのかもしれない。

 私は夜目の利く方ではあったが、光っている目で生き物を把握するのが精々であり、これでは何かに身体をぶつけてしまうかもしれないと、扉をくぐってすぐに立ち止まる。

 しかし、中の住人も乃亜も、この程度の闇は障害にならないようであった。

「おとう...さん...?」

「おぉ...よくぞ...よくぞ戻ってきてくれた...愛しき娘よ...」

 互いの姿を認め、そんな一言を交わすと、正面で座っていた二人が立ち上がり――傍に控えていた数人は姿勢を低くし、敬礼を行っているのを雰囲気で感じる。

 部屋の中が暗すぎるため、輪郭を視認するのがやっとなのだ。しかし、正面に立つ二人が乃亜の親なのはすぐにわかった。眼が乃亜とそっくりで、美しい真紅の瞳が輝いているのだ。

「もっと近くに寄って...顔を見てもよいか?」

 顔が見えないのは部屋が暗すぎるせいだろ、と思わず突っ込みかけたが、流石に言い出せる雰囲気でもない為自重する。

 乃亜は頷き、自分でも近づいているようだった。しかし、発された言葉は、親子の再会にはふさわしくない、堅苦しいものだった。


「初めまして、国王陛下。セレスト・ノワール、ただいま帰還致しました。」

 乃亜はそういって跪く。王様は特に気にする様子もなく乃亜に近づいていくが、かなり違和感があった。

 最初にお父さんと呼んでいた以上、親として認めていると思ったのだが、今更礼儀を改めたのだろうか?

「そう硬くなる必要もない。今更父親ぶるのもあまりお前の機嫌を損ねるかもしれないが、余にとってお前は愛しい娘なのだ。父親ぶること以上に、王として当たるつもりもない。」

 それなりに出来た人格者のようだ。

 20年も放り出していたのに急に呼び戻されたなど、話を聞く限りそれほどいい親とも思えなかったが、王ともなれば普通の尺度では測れないのかもしれない。他の世界ともなれば尚更か。

 しかし、乃亜は変わらず跪いたままで、王様に声をかける。

「いえ、そうも行きません。陛下に少し話があるのです、聞いていただけますか?」

 乃亜の発言に、王様も姿勢を正す。

 親子の再会は後にして、王に対しての話があるらしい。心当たりはテロリストのことくらいだが、それに関してはむしろ私たちが話を聞く側だろう。

 しかし、少し目が慣れてきて辺りを見渡してみると、不思議に思うことがある。

 入口の見張りもそうであったのだが、兵士のような者が見当たらないのだ。

 鎧で身を守っていたり、武器を持っている者がいないのである。鍛冶屋があった以上、そういった物が無いわけではないと思うのだが。

 もしかすると、テロリストが平気で活動しているのは、軍事組織が無いからなのだろうか?だとしても自治用の警備隊くらいは勝手に出来そうなものなのだが。

 などと少し逸れた話に思考を向けていると、乃亜の口から私の名前が飛び出してくる。

「こちらの人間――紫水飛鳥に関してです。」

 部屋の全員の視線がこちらを向く。

 そのほとんどが友好的な視線では無かったが、逆に友好的なのが乃亜の両親、つまり国王夫妻であった。

「おお!君が紫水飛鳥か!」

「私のことをご存知なのですか?」

 驚いてつい疑問を口にしてしまう。

 曰く、緋縞の家から乃亜の近況をよく聞いていたのだが、ほとんどの話に私の名前が挙がっていたらしい。

 それを聞いた乃亜が顔を真っ赤にしてうつむいていた。

「余はディオン、ディオン・ノワールである。セレスト…乃亜の父である。娘がずいぶんと世話になったと聞いていてな。君には感謝を伝えたいと思っていたのだ。」

 そんなことまで言ってくる王様。

 しかし、流石に乃亜の父親とはいえ、初対面の王様に強く出れるほど私は強気ではない。

「ありがとうございます。これからも良き友人であれればと思っています。」

 そう口にすると王様はこちらを見つめて少し思案するような素振りを見せる。

 何か対応を間違えたのだろうか?と疑問に思っていると、乃亜が先に口を開いた。

「飛鳥は、私がゲートを渡ってくる際に少し問題に巻き込んでしまって。それでこちらに連れてきてしまったのです。」

「巻き込んだ…?ふむ…」

 乃亜の言葉に怪訝な顔をする王様。

 説明が流石に少なすぎて、相手に疑いを持たせるのも当然というところだった。権能に触れないようにという話を考えたからだろうが、災禍衆とやらの名前は出すべきだったのではないだろうか?

「飛鳥くんは…乃亜の()()()だから、連れてきたわけではないのか?」

「は???」

 王様が口にした疑問に、思わず固まってしまう乃亜。正直、私も急に何を言い出したんだという気持ちでいっぱいだ。

 説明が足りていないことに疑念を覚えたわけではなく、かなりよくわからないところに疑問を持っていた。緋縞の家がとんでもない伝え方をしていたのだろうか?

「緋縞の家からどんな話を聞いているのか知りませんが、私と飛鳥は婚約関係にはありません!」

 乃亜も同じ結論に至ったらしい。顔を真っ赤にして否定する。

 王様が困惑した表情のまま、こちらを見つめてくるが、結論は同じである。

「乃亜と婚約をした覚えはありません。親同士で勝手に決めた、みたいなことがあるのであれば、その限りではありませんが。」

 冗談の類いですら、婚約をしたような覚えはまるでないのだ。何を間違えて婚約者だなどと伝わっていたのだろうか?

「そう…か。いや、すまない。少々変なことを口走ってしまったな。それで、話というのは巻き込まれた件についてか?」

 一瞬暗い表情を見せた王様だが、すぐに威厳を取り戻し、乃亜に話を向ける。

「いえ、そちらは解決済みなのです。しかし、夜の世界に連れてきてしまった以上、10年はこちらに居る必要があります。しかし、私の問題で連れてきてしまった手前、1人で過ごせと放つ訳にもいかず…」

 乃亜の発言に王様は軽く頷くと、こちらの望みを汲み取ってくれる。

「乃亜…セレストの友を無碍に扱う訳にもいかん。元より、客人として扱うつもりであったが、そういう訳ならより丁重に迎え入れよう。」

 王様はそう約束してくれた。事情の説明をだいぶ端折ったにも関わらず、かなり寛大な対応だ。

 言葉の通り、乃亜のことはとても大事に思っているのかもしれない。

 乃亜と2人で頭を下げる。すると、玉座の隣に控えていた、蛇のような見た目の人が声をあげる。

「陛下、そこまでにお願い致します。待ち望んでいた姫の帰還であるのは承知していますが、我が国に現在あまり余裕はありません。客人を迎えるというのであれば、安全のためにもより仕事をなさるべきでしょう。」

 少し怒りを込めた声でこちらを見つめてながらそう言ってくる。

 おそらく大臣のような職についているのだろうが、声に感情を乗せすぎではないだろうか?負の感情を見せるのはあまり良いことではないと思うのだが。

 私に対する悪感情を隠そうともしておらず、乃亜が不機嫌になったのが見るまでもなく伝わってくる。

 先程王様が客人として丁重に扱うと言っていた以上、そういった態度はむしろ自分の立場を悪くするだろう。それとも、それ以上に逼迫した状況なのだろうか?

 王様の方を見ると、少しバツの悪そうな顔をしている。

「すまないな、2人とも。彼の言う通り、今は少々立て込んでいてな。彼も気が立っているのだ。外で待っていてくれ、すぐにメイドを遣わせ案内をさせる。話はまた後日だ。」

 王様はそういうと、玉座の周囲に控えていた者達の方へ向き直り、話を始めてしまう。

 一言も話をしなかった王妃様が少し気になるが、これ以上用がある訳でもないので、退散することにした。




「こちらが飛鳥様のお部屋になります。」

 そういってメイド服を着た女性――ソフィーと名乗った少女に案内をされる。乃亜と同じく白髪の色白だが、身体の先が見えるほど透明だ。苗字は無いらしい。

 幽霊族という種族らしい、伝え聞いていた話と似通った部分はあるが、足はあるし壁を貫通したりは出来ないようだ。

 ちなみに乃亜は吸血鬼であり、夜の世界に居るのは昼の世界に伝わっている魔族のようなものが大半らしい。過去にゲートを通って数人が昼の世界へ来てしまい、それが御伽話として伝わっていたのだろう。

「でも、血を飲んでも吸血鬼は感染しないなんて、夢が壊れちゃったな。」

 そんな風に言うと、乃亜はかなり呆れた顔をしていた。打ち明けるのも怖がられるかもしれないと思い、言いづらかったようだ。

 ソフィーが幽霊族だと聞き、興味を持って聞いただけだったのだが、乃亜はかなり思い悩んだ表情をして口にしていた。

「飛鳥は本当に変だよねぇ、こんな状況でも普段と全然変わらないんだもの。」

 そう言われるが、別に変わらないわけではない。むしろいつもよりテンションは高いと思うのだが。

 フィクションの世界に憧れがあった訳ではないが、面白そうな世界だとは思っていたし、実際こうして触れてみると、やはり心が昂る部分が多々ある。

 何より、知っている架空だと思っていた存在の詳細を知れるというのは、かなり知識欲の満たされるものがあるのだ。

「というか、普通に乃亜入ってきたけど、2人で同じ部屋を使うの?」

「いえ、セレスト様には元より用意されていた部屋がございます。こちらはあくまで客人用のお部屋ですので。」

 そうソフィーが説明してくれると、乃亜が少し膨れてしまう。

「飛鳥、もう1人になりたくなったの?ここじゃやることもないでしょうに。」

 実際言われた通りである。ここには本も無ければゲームもないのだ。

 いや、あるかもしれないが、今の部屋には見当たらない。

 しかし、流石に色々なことがあったので、考えを纏めたいところもある。

 何より、『書き換え』を使って試してみたいことが幾つかあるのだ。これについては幾らでも考える時間が欲しい。

「その、お食事の時間までに、お2人に城内を案内しようと思っていたのですが、1人にした方がよろしいでしょうか?」

 ソフィーが気を遣ってくれるが、城の案内は確かに欲しい。

 何より、ご飯をどこで用意するかは問題なのだ。2日くらいは食べなくても良い気はするし、最悪『書き換え』でどうにか出来る気もするが、どういった食事をするのかも気になる。

「いや、案内を頼みます。乃亜は?」

「一緒にお願い出来るかしら?私も全然詳しくないもの。」

 乃亜のセリフに大仰に頷くソフィー。

 城前でも思ったが、乃亜はお姫様としての自覚が足りていない気がする。王家に仕えている者としては、お姫様に下手に出られても困ってしまうだろうに。

「それでは、何処からご案内致しましょうか?お2人のお役に立ちそうな所ですと、食堂と修練場、それと図書館の三ヶ所が挙げられますが。」

「「図書館!!」」

 その甘美な響きに、2人して目を輝かせてソフィーに詰め寄ってしまった。




 薄暗い玉座の間にて、重苦しい雰囲気を漂わせた会議が進行する。

「あの男は、姫様の婚約者ではないのですから、放置でよろしいでしょう。」

「今の我が国に不測の事態を持ち込みたくありません!せめて、どんな権能を持っているのか程度は詳らかにしなくては!」

「事情とやらは明かされませんでしたが、間違いなく災禍衆でしょう。やはり、奴らの対応を、優先するべきかと。」

 飛鳥の想定通り、玉座の間に控えていたのは兵士ではなく、ほとんどが政治に携わるものであった。

 それらの発言に頭を抱えるディオン。

 飛鳥には丁重に扱うと言ったが、この様子では、城内ですら徹底させるのは難しいだろう。

 何より、この会話もここ数日同じように交わされ、結論も変わらないままなのだ。

「やはり、『予言』に従うしかないのでは?姫様も帰還なされたことですし。」

 そう口にするのは、黒い羽根に身を包んだ、鳥のような頭をした者だ。

 彼が齎した『予言』は、度々国の危機を回避するのに役立っており、その信頼度は証明されている。

 問題はその内容なのだ。

≪世界は災厄により滅ぼされる。救えるのは王家の姫とその婚約者のみ。≫

 世界が夜と明言されていないことも気にかかる部分ではあるが、予言が曖昧なのは今に始まったことではない。

 しかし、明言されているセレストの婚約者、これに心当たりが全くないのだ。故に、飛鳥を連れてきた際は、つい早とちりをしてしまった。これで解決へ向かうのだと。

「姫の婚約者など、本来であれば我々が口を出すべきではないのだが…」

「国の危機だ、そうも言ってられまい。あの人間が違った以上、我々で見繕うべきだ。」

 王であり、父であるディオンの意見も聞かずに会議は進行する。

 ディオンはこの国において、それほど力を認められていないのだ。お飾りの王にすぎない。

 直系なのは妻の方であるし、妻は政治にまるで興味を見せない。今もセレストが部屋を出てすぐ、玉座の間を出ていってしまった。

 本来、この席に着くのはセレストである――そうあるべきだったのだが、生まれたばかりの子に重責を負わせる訳にも行かず、昼の世界へと逃がしてしまったのだ。

 しかし、そのせいで臣下達は、セレストへの信頼もなく、予言に頼り切りになってしまっているのだ。

「『王権』…どうするべきか」

 王笏を見やり、独り言ちる。お飾りの王とはいえ、その責任は果たすべきだとディオンは考えている。

 愛しき娘に無理をさせるのも、婚約を急がせるのもあってはならない――そのはずなのだが。

「こちらのリストからお選びください、王よ。無論、選ばないなどと言うことの無きように。」

 毒々しい目つきで釘を刺してくる蛇の姿をした男――宰相に、わかったとだけ返す。

 そうして、誰にも共有することの出来ない悩みを抱え、出来るだけセレストの負担にならないよう、細心の注意を払ってリストから選ぶのであった。

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