2章『魔王』 6話 争うなら盤上で
「紫水飛鳥、君をめちゃくちゃに縛ってご主人様になりにきました。よろしくね?」
サタンにそう言い放つと、不敵な笑みで応えられる。
「クハハッ!俺様を縛るというか!おもしろい、どうするんだ?見せて見るがいい。」
楽しそうにそういうサタンっだが、大人しく『契約』に従うかどうかは謎だ。
前回従ったのはサタンにとって問題にならないからであり、今回私が『契約』の内容を変更したら、今度は首を縦に振らない可能性も大いにある。
かといって、サタンの仕掛ける紛争とやらに乗っかってやるのもあまりよくはないだろう。今回はルシファーの横槍は入らないし、『憤怒』は今のところ私に影響を与えられないようだが、サタン本人と戦う羽目になりかねない。
正面切って戦ってどうなるかはわからないが、そもそも私は種族差的に戦闘向きでは無いのだろう。それ専用に『書き換え』でもしない限り、基本的には避ける方針で行くべきだとルシファーのことで痛感した。
つまり、主導権はこっちで握るべきなのだ。紛争とやらも私が提案してしまえばいいのである。
「争いたいんでしょう?勝負しましょうよ、私が勝ったら君は私に絶対服従、君が勝ったら...何がいい?」
勝負事の時点で乗ってきてくれそうなものだったが、私が条件を貸すならサタンも勝利した時の報酬が必要だろう。そう思って聞いてみると、想定通りの回答が返ってくる。
「俺様の望みは簡単だ、貴様も戦争に加わるがいい。近々『強欲』のやつとやり合いたいと思っていてな、手勢が必要なのだよ。出来るだろう?救世主。」
やはりこちらのことは知っている様子で、そんな望みを口にする。
『強欲』とやり合うというのは初耳だったが、それはそれで手間が省けそうな誘いである。というか魔王達はノワール王家などどうでもいいのだろうか?魔王同士で争いすぎだと思うのだが。
まあどんな望みだろうと負けそうになったらロードするつもりなので頷くだけである。なんなら負けてからロードしても問題ないような気がする。
「良い取引だ!それで、勝負というのはどうする?まさか、俺様と直接殺し合いをするというわけでもあるまい。」
そんな風に聞いてくるサタン。いの一番に戦闘を提示しかねないとまで思っていたこちらとしては意外だったが、他のことでも争えるのであれば楽しみといった様子だった。
もしかすると知略タイプで戦闘は向いていないのかもしれないが、それで舐めてかかって死にたくはない。大人しく用意していた物を取り出す。
「ほう、それは...なんだ?見たことが無いな。」
私が取りだしたのは将棋盤だった。
『書き換え』でゲートが開けることが発覚して、充電やインターネットが必要ではない遊び道具はこちらに持ち込んでいたのだ。他にも色々とボードゲームの類があるのだが、サタンの興味を引くにはこれかチェスが良さそうだった。
「これは昼の世界にある遊具だよ。兵の取り合いをして最終的に王を詰ませた方の勝ちってルールなんだけど、どう?」
「なるほどな!いいぞ、素晴らしい。昼の世界では争いが少ないと聞いていたのだが、まさかそのような遊具があるとはな!」
どうやら想定通りにお気に召したようだ。
細かいルールの説明をすると、サタンはすんなりと理解を示す。
「ふむ、実際の戦争よりも遊戯色は強いが...まあいい。ほとんど準備の必要もなく、資源の消耗もなしでこれだけの出来と考えれば破格だろう。まずは練習といこうではないか!」
そう勢い込むサタンだが、机も椅子もなかった。
能力を見せることに抵抗が無くもなかったが、此処まで話が進めば問題ないだろうと適当に『書き換え』、それらを用意する。
「こういうのの用意って君がやるべきだと思うんだけど?」
軽く文句を付けると、サタンが頬を掻いて申し訳なさそうな表情をする。
「いや済まないな。用意がないわけでは無いのだが、想定と違うように話が進んだものでな。すっかり忘れてしまっていた。」
どういう想定だったのかは気になるが、どうせ話してくれないだろう。ここで勝って喋らすことがまた一つ増えたようだ。
サタンが対面に腰掛け、盤上に駒を並べる。さあ、お手並み拝見だ。
「はい王手。どうぞ?」
三度の練習を挟んで本番。相手の駒の半分ほどは私の手に渡っており、詰みの状況が出来上がっていた。
サタンも下手な訳ではなく、練習一回ごとにかなりの成長を見せていたのだが、それでも私の足元にも及ばなかった。これに関しては経験と知識の差だろう。流石に触ってきた年季が違うのだ。
「ぐっ...貴様...練習の時は手を抜いていたな...?」
不利を悟って別のことにしようと言い出されても困るので、当然手は抜いていたのだが相当悔しそうな顔をしていた。
本番を始める前は自信に溢れていたので、勝てると思わせてしまっていたのかもしれない。上手く嵌められたようだ。
「戦略の内でしょう?ほら、次の手をどうぞ。」
恨み言を躱して次を急かす。といっても盤面は詰んでいるので、出来ること等投了しかないのだが。
「くッ!クソが!!!」
突如立ち上がったサタンが、城の一角に向けて爆炎を放つ。
「は!?急にどうしたの!?」
こっちには被害はまるでなかったが、味方に狼煙でも上げたのかもしれない。ルシファーは来ないはずだが、今に住民や配下が押し寄せてくる可能性がある。
そう考えて周囲を警戒していたのだが、特に動きは感じられなかった。危機感知もも特に反応は無い。
「はぁ...俺様の負けだ。今後は好きに使うがいい。」
「はえ?」
こちらに向き直ったサタンが急に敗北を口にする。増援の見込みが外れたのだろうか。
「え、さっきの炎はなんだったの...?」
ついそう聞くと、サタンは何でも無さそうに教えてくれる。
「うん?いや、つい怒りが抑えきれなくてな。よくあることだろう?」
全くないことなのだが、よく考えれば昼の世界でも似たようなことはあった。
台パンだのコントローラーを投げるだの、物に当たって何が解決するのか理解できなかったが、それのダイナミックバージョンだったようだ。
私も乃亜も、たまにボードゲームに付き合ってくれていた紗希姉も、物に当たるようなことは全く無いのだ。実際に見るのは初めて――いや、ゲームセンターで何度か台を殴る輩は見かけたかもしれない。
「ダメとは言わないけど、人には被害の無いようにね...?」
一応釘を刺しておくと、もちろんと頷かれてしまう。衝動的な行為なのであれば、制御の仕様もない気がするが、正面の私ではなく城を狙った以上、ある程度の理性は残っているのかもしれない。後は『契約』が縛ってくれるのを祈るばかりである。
「それより、貴様――名を飛鳥と言ったか?俺様の調伏を求められてきたのであれば、今後の予定もあるまい。再度付き合ってもらうぞ。」
やはりこちらの事情はある程度把握しているようで、そんなことを言いだすサタン。確かに言われた仕事はこれで終わりであるし、乃亜の方の手助けに行く気もそれほどなかった。
レヴィがいるのもそうだが、乃亜が割と自信を持っていたのだ。任せてしまって問題ないし、むしろ私の助けは嫌がるだろう。変なところで気を遣うやつなのだ。
そう考えると、むしろこの場にサタンを留めてしまった方がいい可能性も高い。何より、『契約』による縛りや、聞きたい話など、サタンとするべき話は山ほどあるのだ。
「話しながらでいいなら付き合うよ。それと、他にも色々似たような遊びは色々あるけど、それでいい?」
そう聞くと、サタンは目を輝かせて身を乗り出してくる。
「まだあるのか!?すべて見せろ!更に俺様好みのものがあるやもしれん!」
ずいぶん気に入ったようで、子供の様にせがんでくる。その様子がずいぶんと可愛らしく見えて、つい顔がほころんでしまう。
「はいはい、ちょっと待っててね。」
魔術を使って王城にある自室と繋げ、持ち込んできた遊び道具を幾つも持ち出す。こんな調子ならインターネットの使わないゲーム機は持ってくるべきだったかもなと思ってしまう。夜の世界での開発も考えるべきかもしれない。
「ぐぅ...貴様、毎度毎度人を馬鹿にしたような手を取りやがって...!」
「引っかかる君が悪いでしょ。頭をしっかり使わなきゃ駄目だよ?」
城へと向かう際中、爆炎が立ち上ったのが見えて慌てて駆け込んできたのだが、聞こえてきたのはそんな楽しげな会話だった。
「えっと...何してるの?」
聞かなくても見ればわかるのだが、つい聞いてしまった。ずっと大丈夫なのか心配していたのだがやはり飛鳥への心配など必要ないのかもしれない。少なくとも今回は完全無駄だったようだ。
「ん、お疲れ様乃亜。レヴィにソフィーも、ルシファーは大丈夫だった?」
こちらに身体を向けてねぎらいの言葉をかけてくれる飛鳥だが、レヴィは不機嫌そうにジト目を向けていた。
「お前...レヴィが苦労してたっていうのに、何を遊んでるんだにゃ。」
至極まっとうな指摘ではあるが、飛鳥はまるで応えた様子もなく、軽く首を傾げる。
「仕事はちゃんとしたよ?ボコボコにして絶対服従の『契約』をしたし、幾つか今後の為に縛ったのと、有益な話も聞けたもの。」
そう話す飛鳥が悪びれる様子もないことに、レヴィは更に腹を立てたようで食って掛かる。
「そういう話じゃないのにゃ!なんでレヴィが苦労してたのに、お前は苦労してないんだって聞いてるのにゃ!」
気持ちはわかるのだが、正直ただの八つ当たりである。そして飛鳥はこの手の八つ当たりにはまるで動じない上に火に油を注ぐのが得意だった。
「苦労しなかったのはサタンが弱かったからじゃない?レヴィが苦労したのはまあ、ルシファーが悪いってことで。」
「誰が弱いって!?」
「じゃあお前がルシファーもやるべきだったのにゃ!」
レヴィだけでなくサタンまでも怒りに顔を染め始めていた。見ればずいぶんと色々なゲームをしていたようで、そこら中に駒やカードが散らかっていた。
飛鳥の様子を見る限りはサタンの全敗だったのだろうが、正直飛鳥の腕前を考えればさもありなんというところだ。飛鳥はかなり頭が良く、反射神経を求められるものでなければプロレベルなのだ。呪術を使って思考加速までした紗希姉が、それでも負けて悔しそうな顔をしていたのは鮮明に記憶に残っている。
「まあまあ、ちゃんと服従させてくれたみたいだし落ち着きましょう?どれだけ言っても飛鳥にはあんまり意味ないわよ。」
「う~!納得行かないにゃ~!」
唸るレヴィを無理矢理引きはがし、ソフィーに預ける。このまま話していても埒が明かないし、最悪レヴィと争いになりそうだった。
「こういう時はごめんなさいっていうのが賢い選択だと思うわよ?飛鳥。」
「悪いと思っていないんだもの、誤ったって空虚なだけじゃない?」
私も思うところが無いわけではなかったので、少しレヴィの味方をしてあげたのだが、特に意味はなかった。正直飛鳥の言い分にも一理あるので、どちらが悪いという話でもないのだ。
「ルシファーがどうなったのか詳しく聞きたいところだけど...どうしようか?時間も遅いし、宿に行く?」
そう聞いてくる飛鳥に、レヴィが後ろから口を挟む。
「何を変なことを言ってるのにゃ。勝ったんだから、宿なんてそいつに出させればいいのにゃ。」
そういってサタンを指さしているのをみて、飛鳥は確かにと頷く。
「空いてる部屋はある?二部屋、最悪私は寝られればどこでもいいよ。」
「レヴィには一番大きい部屋を用意するのにゃ!」
マイペースな二人に詰められ、苦い顔をするサタン。申し訳ないとは思いつつ、部屋まで案内してもらうのだった。
寝具の用意は無いということで、一旦来客用の大広間のようなところに通される。どこから持ち出してきたのか、ソフィーがお茶まで淹れてくれていた。
「それで、結局ルシファーはどうしたの?呪術かなんかで縛ったのかな、まさか殺したわけでもないだろうし。」
そう聞いてくる飛鳥だが、説明しようにも微妙に難しいところであった。何せ最終的に何処へ行ってしまったのかわからないのである。
呪術で縛るというのも、ルシファーが相手では『完全なる身体』の影響でいつか解除されてしまうのだ。口約束に近い話になってしまうのがどこまで信用できるかというところである。
「乃亜とレヴィでボコったらどっか行ったにゃ。」
「そんな適当なことある...?」
どう説明したものか悩んでいると、完結に説明してくれるレヴィ。案の定理解が及ばなかったようで、飛鳥が突っ込みを入れていた。
「えっと...権能のせいで縛るのが難しそうだから、心を折って従わせようと思って。それで、多分成功したと思うんだけど...」
「思うんだけど?」
後半歯切れが悪くなってしまったのを聞き返される。
「強くなるためにどうしたらいい?って聞かれたから、みんなと仲良くしなさいって言ったの。そしたら、仲間を探すとか言ってどっか行っちゃった。」
「そんな馬鹿な...いやそれくらい馬鹿っぽかったか...それで問題はなさそうなの?仲間引き連れて復讐に来たりしない?」
会ったことはないだろうにずいぶんな言いようの飛鳥だが、一応理解を示してくれるようだった。
「多分大丈夫にゃ。あいつは単純だから、仲間が出来たらそれで満足して、100年くらいはそのままになるにゃ。」
「100年!?やっぱ種族が違うと単位が違うんだな...ま、それならいいや。」
正直私も今後どうなるかは保証できないところだったのだが、レヴィがそう保証してくれる。ソフィーも特に異論はないようで、口を挟んでくることはなかった。
「そっちはどうしたの?なんか有益な情報が聞けたみたいなこと言ってたけど。」
『契約』で服従させたのは見て取れたのだが、ゲーム中に聞いた話については特に教えてもらっていなかった。有益な情報があるのなら聞いておきたいところだ。
「ん、それね。ん~まあいいか?」
曖昧な返事をしてレヴィの方を見る飛鳥。レヴィの方を向くと、何でも無さそうに爪を研いでいて、何を気にしているのか全く分からなかった。
「レヴィに関係する話なの?」
「そ、特に気にして無さそうだし喋っちゃうわ。」
そういうと一息に聞いた話を説明してくれる。
「まず一つ目、魔王がなんでみんな王家に反旗を翻したのかって話。これはやっぱ『王権』がないからっていうのが大きいみたい。リゼットさんが強いのは承知のうえで、それでも王家として魔王を束ねるには認められないって考え。だからまあ『王権』持ちが見つかったら魔王をどうにかするみたいなのは考えなくてもいいかも。二つ目はサタンの趣味について。なんか戦争するのが好きで、『強欲』との戦争を企んでたみたいなんだけど、これは思ったより話が進んでなかったかな。サタンが言うには『強欲』はただでさえ強いのに頭も良くて初動を潰されちゃうんだって。服従させるなら一番大変そう。サタンの戦争好きはゲームで消化してもらうように頼んでおいたから、こっちもまあ心配は要らないかな。最後に三つ目、サタンが私たちのことを知ってた風だったから、これがなんでなのか聞いてみたんだけど――君が教えたらしいね?レヴィ。」
興味無さそうに爪を研いでいたレヴィだったが、名前を呼ばれて飛鳥の方に向き直る。
「別に、レヴィが教えなくてもサタンのやつだって知ってたにゃ。お前たちは『予言』のことがあるから有名人なのにゃ。」
そうしらばっくれるレヴィだったが、明らかに適当を言っているのが透けていた。
「ま、思ってたより有名人になってるのは事実なんだけどね。私や乃亜が魔王を服従させるよう命令が下っていることとか、私や乃亜の持っている権能の内容まで知られているみたいだったから。流石に不思議に思うでしょ?」
確かに、レヴィと話していてもそういった様子があったのは事実だ。それをサタンも知っていた――否、レヴィが教えていたらしい。
飛鳥が勧誘していた時にはサタンも潰したいというようなことを言っていた気がするのだが、どちらに味方をするかは悩んでいたということなのだろうか?
「お待ちください。そもそも飛鳥様やセレスト様の権能については、王城の中でも機密とされているはずです。それを知られているとなっては、レヴィアタン様はどれだけ...」
慌てた様子でレヴィの方を見るソフィーに、レヴィは嗜虐的な笑みを返すだけだった。どうやら説明する気は全くないらしい。
「言いたくないなら聞き出す気は無いんだけど...敵対する気はないって思っていいんだよね?」
そう確認を取る飛鳥にレヴィは頷く。
「わざわざ救世主サマ達に喧嘩売るほど暇でもなければ戦闘狂でもないのにゃ。それに関しては安心してくれていいのにゃ。」
ならいいやと返す飛鳥。なにやら蚊帳の外だった気がするが、飛鳥は納得がいったらしい。気になるので、今度城に戻った時に聞いてみるとしよう。
「そんなことより、サタンとやってた遊びはなんなのにゃ?ずいぶんサタンは気に入ってたみたいだったにゃ。」
話が終わったとみると、レヴィがゲームに興味を示す。新しい宝を見つけたかの如く目が輝いていた。城に入ってすぐ飛鳥に食って掛かったのも、ゲームが楽しそうで猶更羨ましく見えたのかもしれない。
「色々あるけど、一緒に遊ぶ?ちょうど四人でやる遊びも幾つかあるし、ソフィーも交えて遊びましょう。」
その後は遊び疲れたレヴィが寝てしまうまで、四人でボードゲームに興じるのだった。




