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2章『魔王』   5話 『嫉妬』の本領

 極光が消え去り、ルシファーが再び姿を現す。身体のあちこちが焼け落ち、痛々しい姿になっているが、それも瞬きの間に元に戻る。一応はダメージを受けていて、痛みも感じているはずなのだが、ルシファーの眼光は力強いままで、全く余裕が失われていない。

 乃亜の作戦を聞いたレヴィアタンは、先ほどまでは乃亜を巻き込むまいと使っていなかった『嫉妬』の権能を全開にしてルシファーに突撃する。

 本来ならばレヴィアタンが『嫉妬』した対象をレヴィアタン以下にするその権能も、同格の魔王にはその能力を十全に発揮し切ることは出来ない。

 しかし、それでも権能が全く通用しないわけではない。消えたように移動していたそれは、今では目で追える程度の速度まで落ち、攻撃も障壁を壊すのが精一杯になっている。

「なんだ、やっと権能を使う気になったのか。使ったところでどうせ我には勝てぬが、流石に魔王と呼ばれているだけはある。我とここまで渡り合えるとはな。」

 劣勢な状況であるルシファーだが、未だにその余裕は崩れない。先ほどまで死に体であったことすら忘れているかのようだ。

「相変わらず起きてるのに寝言を言うやつにゃ。さっきまでは避けてただけにゃ。」

 次からは違うと鋭い眼光を投げつけ、両手を前に構えるレヴィアタン。

 防御を『海神』による水の障壁に任せ、爪を使って攻撃を行う。『嫉妬』の権能を使う前は傷をつけられなくなっていたそれも、すぐに治るとはいえ血を流させるに至っている。

 舌打ちをして拳を振るうルシファーだが、それも障壁に阻まれてレヴィアタンの身体には届かない。もはや乃亜に目を向ける余裕は一切なくなっていた。

 互いに決定打に欠ける攻撃を繰り返し続けているが、少しずつルシファーが押し返し始める。

 『傲慢』の権能はただ圧倒的な身体能力を得るだけではない。『傲慢』である為に必要な能力を得る力なのだ。

 もとより持ち合わせている最強だという自負により、かなり高い能力を維持しているルシファーだが、その能力でも足りない相手と戦うのは初めてのことであった。

 それでも『傲慢』は崩れず、最強の自負は揺るがない。故に、最強である為に必要な能力は権能から供給されるのだ。

 唯一欠点を述べるとすれば、本来なら一気に圧倒できるほどの力を手に入れられるはずの『傲慢』の権能を、その生来の傲慢さゆえに相手を甘く見積もり、少しずつしか得られていないことである。

 しかし、その間受けたダメージは全て『完全なる身体』によって修復され、体力が削られることもない。まさに鉄壁の牙城であり、レヴィアタンはそれを崩せないと悟っていたからこそ、正面からぶつかったことは一度もなかったのだ。

 徐々に押されつつある状況に、つい舌打ちをしてしまうレヴィアタンだが、この程度は最初から想定済みなのだ。それでもこうして正面から戦闘しているのは、他に勝算があるからである。

 その頼みの綱である乃亜は、ルシファーの周囲がそれている間に周囲に防壁を広げている。この後の戦闘で周囲に影響を及ぼさないようにするためだ。

 それも終わりに差し掛かってきたようで、レヴィアタンに目で合図を飛ばす乃亜。それを受けてルシファーに向かって口を開いた。

「案外『傲慢』も大したことないにゃ。最強とか言っておいて、レヴィ一人すらこれだけ時間が掛かってるにゃ。」

 軽く煽っている様子だが、ルシファーは眉を動かす。最強である自負は、ルシファーの精神において芯になっているものだ。それを完膚無きまでに破壊するのが乃亜の立てた作戦であった。

「何を馬鹿なことを、我は最強なのだ。今も結局、こうして我に押されているではないか。」

 怒りをたたえた表情でそういうルシファーだが、レヴィアタンは変わらず煽り続ける。

「最強が少し押してる程度で満足なのにゃ?底が知れてるにゃ。そもそもレヴィはお前と違って強い方じゃないのにゃ、それを倒しきれてない時点で大したことないにゃ。」

 レヴィアタンの煽りにどんどん顔を歪めていくルシファー。その力は先ほどまでとは比べ物にならないペースで増加しており、レヴィアタンは攻撃をやめて回避に専念せざるを得なくなっていた。

「そこまでいうならすぐに殺してやろう!我の圧倒的な力でな!」

 叫び声とともに、大きく振りかぶって渾身の一撃を放つルシファーだが、その攻撃が当たる前に乃亜が間に割り込み、片手でそれを受け止めてしまう。

「選手交代だよ、ルシファー。ボコボコにしてあげる。」




 渾身の一撃を簡単に受け止められたルシファーは、驚きに目を丸くしてしまっていた。

 実際のところはこれまでの時間をふんだんに使った身体強化に、『魔眼』によるルシファーへの干渉を含めて割とギリギリだったのだが、ルシファーはそんなことに気づきもしない。

「なんだ、ずっと姿が見えないから逃げ帰ってしまったのかと思ったぞ。」

 悔しそうな顔を隠しもせずにそういうルシファー。この調子なら心を折るのもそう難しくはないのかもしれない。

「周りを見ればわかるでしょ?更地になる範囲がこれ以上広がらないように、頑張って防壁を張ってたのよ。」

 実際、レヴィとの争いで荒れていた周囲の地形はほとんど平らになっていた。このままでは街の方まで被害が広がるのも時間の問題だったのだ。

 本来なら空間を隔絶するような魔術を使ってしまえば、街の方まで被害が行かなくて済むのだが、それでは飛鳥が先に終わってこちらへ来た時に無用な心配をかけてしまうという問題があった。

 そのため、幾重にも壁を重ねて強力な障壁を作ることにしたのだ。

 ルシファーは周囲を一瞥すると、興味も無さそうに私の方へと視線を向けてくる。

「それで、我の前に立ったのだ。殺されても文句はいうなよ?」

 自信は揺らがせることなく、勝って当然とばかりにそんなことを言ってくる。今回に関しては好都合だが、正直仲間にしても扱いにくそうな気がしてならない。

「上等よ、その最強とかいう自信が無くなるまでボコボコにしてあげるからかかってきなさい。」

 そう宣言してルシファーに殴りかかる。既にレヴィは『嫉妬』の権能を解いてくれており、ルシファーも私もその膂力をいかんなく発揮している。

 ルシファーはこちらの攻撃に対して防御を行うことがない。恐らく自分の強さと権能による回復のせいだろうが、まずはそれを甘いと思い知らせる必要がある。

 ルシファーの右肩を拳で砕き、そのまま呪術によって回復を阻害する。魔王の権能をこれで止めきれるとは思わないが、先に心を折ってしまうか、飛鳥が『契約』しやすい状況に出来れば問題は無い。

「なっ!お前!我に何をしたのだ!」

 治らない肩を見て、流石に慌てるルシファー。そもそも傷を負うことすら珍しいだろうに、それが治らないとなっては一大事なのだろう。

「何って、私の方が強いっていう結果でしょう?貴方が私に負けました、これから一生乃亜様に従いますって言えるまで、その身体にどっちが上かわからせてあげるわよ。」

 飛鳥を真似て煽りを入れる。ゲーム中の飛鳥は物語の悪役と同じかそれ以上に役者掛かった言い方が多いのだが、それがこの場面では最適であった。

 悔しそうに歯軋りをして殴りかかってくるルシファーの拳を受け止め、逆の手で反撃をする。

 言い訳の余地など無くなるように、魔術は抜きで回避もせずに一方的に勝つのが目標である。

 先程からの戦いを見ている限り、時間をかけるのは得策ではなさそうだが、上がった力を上回れば問題ない話である。

 なにより呪術の効果は覿面で、最初に壊した右肩も治る素振りを見せていなかった。

「ぐぅ…我は最強なのだ!お前なんぞに…」

 呻くルシファーだが、その身体はボロボロで声も力を失いつつあった。その分身体能力は格段に上がっていたが、まだ対処できる範囲である。

「か弱い女の子にそこまでボロボロにされて、最強なわけないでしょ。あ、それとも状況も把握できないくらい頭が足りてないのかしら?」

 攻め時とみて煽りを入れると、ルシファーが大声で叫ぶ。

「うるさい!そもそも2対1だし変な術を使ってきておいて、対等な勝負ではないのだ!身体さえ治ればお前如き、一撃で沈めてやる!」

 そう宣言するルシファーを見て、レヴィが軽く頷く。作戦決行の合図だ。

「じゃあ治してあげるから、本気で一撃を入れてみなさい。それで倒せなかったら、乃亜様には敵いませんって認めて服従するのよ、いい?」

「いいだろう!出来るものならやってみせろ!今の我は少し前の我よりずっと強いのだ!余裕で殺してやる!」

 平気で要求を飲むルシファー。

 飛鳥のように『契約』を使えるわけではないので、完全に口約束になってしまうが、レヴィの『嫉妬』で心にデバフが掛かっているはずだ。

 次を受け止められたら流石に最強だなんだというのも揺らぐことだろう。

 ルシファーに手を翳し、呪術を解く。すぐに権能によって元に戻った身体を振り回し、ルシファーは嬉しそうに頷く。

「馬鹿め!あのままやっていれば勝てたかもしれんものをわざわざ捨てるとは!本気の一撃を入れてやるから、そこを動くなよ!」

 腕をぶんぶんと振り回し、溜めの体勢を作るルシファー。

 ここをただ乗り切るだけでなく、余裕を持って対処し、出来れば煽りまで入れたいところだ。

「いつでもいいわよ、片手で止めてあげる。」

 全力で身体強化を行い、ルシファーの一撃を待つ。

 『魔眼』による干渉は流石に気付かれる可能性もあるし、再度ケチを付けられるのも面倒なので、魔術によって環境の補助を行う。

 違和感を抱かない程度の空気の壁と、私を受け止められるようなクッションの生成だ。

 重心を前に傾けたルシファーが裂帛の気合いと共に前進してくるのに合わせ、私も手を前に差し出す。

 気休め程度の壁は難なく突破し、とてつもない一撃が受け止めた右手に炸裂する。

 衝撃波で周囲の地面が削れ、障壁に割れていく音が聞こえてくる。

 全身の骨が粉々になりそうなほどの衝撃が受け止めた右腕から伝わってくるが、即座に治療して後退りすらせずに受け止め切ることに成功した。

 少し感覚が麻痺しているような感じがあるが、顔には出さずに余裕なフリをしてルシファーに勝利を宣言する。

「お得意の格闘に絞ったって、所詮はこの程度なのよ。負けを認めなさい?ルシファー。」

 突進している間は得意気な表情をしていたルシファーだが、私に受け止められたと悟った瞬間から、困惑と焦燥を浮かべていた。

 レヴィの権能はしっかりと機能しているようで、私の勝利宣言に合わせて口を開けて後退ってしまっている。

「わ、我の一撃を...そんなはず...」

「現実が受け止められないの?それとも、自分で宣言したことすら忘れちゃうような程度で最強を名乗ってるのかしら。」

 茫然自失といった様子のルシファーに追い打ちをかけると、ついにその膝が折れる。

 おびえた様子の目でこちらを見てきているルシファーににっこりと微笑んで近づき、決定的なセリフを口にするように促す。

「で、言えないの?負けました、今後は乃亜様に従います。ほら、復唱しなさい?」

「うっ...わ、我の...ま...負けだ。うぅ...我の負けなのだ!大人しく従ってやるから、どうやったら最強になれるかを教えてくれ!」

「ほえ?」

 敗北は宣言したルシファーだが、思っていたそれとは何か違う要求を突き付けてくる。

 どうしようかとレヴィの方に視線を向けるが、なんでもいいとばかりに目を逸らされてしまった。

「ま、気が向いたらね。とりあえず、王城を攻撃なんてせずに、みんなと仲良くすること。いい?」

「それが最強になる方法なのか?」

 要求を突きつけると、間違った解釈をされてしまった。だがまあもはやこのままの方が都合がいいだろう。

「そうよ、人と喧嘩ばっかりしてたって強くはなれないわ。仲間を増やしなさい。」

 そうしらを切ると、ルシファーは頷いて元気よく立ち上がる。

「そうと決まれば、仲間を増やすために色んな街へいってくるのだ!配下たちにもまた従ってもらうようお願いせねばな!行ってくる!」

 そういうと、とんでもない速度で街とは反対方向へ駆けて行ってしまう。

「えっ!ちょっと!――行っちゃった...」

 ぽかんとしてルシファーの走っていた方向を見つめていると、呆れた様子でレヴィが近づいてくる。

「頭の悪さはどうやっても治せないから仕方がないにゃ。近くに置いておいても邪魔になるだけにゃんだし、ちょうどいい厄介払いが出来たと思うのが最適にゃ。」

 レヴィの言い方は悪いが、正直納得せざるを得ない発言だった。

 ルシファーの走って行った地面はめくれ上がり、平らになった荒地もずいぶんと様変わりしてしまっていた。力の加減を身に付けなければ、街に置いておくわけにはいかないだろう。

「まあもういいか。お疲れ様、レヴィ。」

 完全に制御することは諦めてしまい、勝利をレヴィと分かち合う。

 片手を上げるとレヴィも応じてくれて、そのままハイタッチの音を荒野に響かせたのだった。




 頑張って障壁を幾重にも張った甲斐があって、街の被害はそれほどでもなかった。それでも近い方の建物が幾つか壊れていたのが流石というべきなのかどうかといったところだ。

「お疲れさまでございます。ルシファー様に関しましては、正直妥当な落としどころかと思われます。後は陛下がなんとかしてくださるかと。」

 結局放置みたいになってしまった事の顛末をソフィーに話すと、そんな風に保障してくれた。

 これで『傲慢』の魔王については一件落着としていいだろう。などと思っていると、ソフィーからじっと見つめられていた。

「どうしたの?何か気になることでもある?」

「いえ、ずいぶん仲良くなられたのだな、と。」

 そういうソフィーの視線は私の手の中に釘付けになっている。

 大戦功をあげてくれたレヴィは、帰る時に疲れたと言って小さい猫の姿になって私に抱きかかえられていたのだ。なでてやるとくすぐったそうに小さく声を上げる様子は、完全に癒しだった。

「お前の気のせいなのにゃ。足代わりに使ってやってるだけなのにゃ。」

 憎まれ口をたたくレヴィだが、ただのツンデレにしか感じなかった。事実、私の手から逃れようともしないのである。

「しかし、よくもルシファー様の心を折るなんて芸当が出来ましたね。あの方は状況の認識が甘いのかわかりませんが、自分が一番と信じて疑わない方だと記憶していますが。」

 ルシファーと面識があるのか、不思議そうにそんなことを言ってくるソフィー。これに関してはほとんどがレヴィの御手柄である。

「その辺はレヴィのお陰。なんだけど...レヴィって別に心弱いわけじゃないよね、『嫉妬』であんなになるものなの?」

 戦っていて不思議に思ったことを聞いてみる。ルシファーのような意固地さがあるわけではないが、レヴィもそう簡単に折れるような心の弱さをしているとは思えなかったのである。

「当然弱くはないにゃ、ルシファーの頭がおかしいだけなのにゃ。乃亜相手にまともに戦おうなんて思うやつ、リゼット以外にいるわけないのにゃ。」

 そういうレヴィにソフィーがなるほどと返すが、こっちは頭にはてなが浮かんだままである。

 もしかすると、私は夜の世界でも化け物扱いされかねない能力なのだろうか?それもどうやらお母さん譲りのようだが、魔王がここまでいうとなると相当である。

「そんなことより、飛鳥はどうしたのにゃ?こっちも結構時間かかったのにゃ、向こうも終わってるんじゃないのにゃ?」

 そう聞くレヴィは、城の方を見ていた。

 来た時は立派に建っていたそれは、今では所々が崩れ、半壊状態になっていた。

「飛鳥、大丈夫...だよね?」

 つい心配してそう聞いてしまうが、ソフィーはため息をついて頷く。

「大丈夫、なのですが...説明は直接城に行って確認する方が早いかと。」

 そういうソフィーに、レヴィと二人して首を傾げる。

 『憤怒』の影響を受けかねないから近づいては行けないという話だったが、どうやらそれも大丈夫らしい。

 飛鳥のことは心配だが、ソフィーが大丈夫というなら大丈夫なのだろう。レヴィをなでつつ、勝利報告のために半壊した城へと向かうのだった。

古戦場から逃げられないので多分次は一週間後です。

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