2章『魔王』 3話 魔王の紛争
猫の方は乃亜とソフィーに任せて、私はサタンのいる城へと乗り込んでいく。
城の目の前まで来たものの、相変わらず『憤怒』の影響は感じられなかった。見張りや兵士が立っているということもなく、自分で扉を開く羽目になる。
扉は何で作られているのかわからないが、案外軽かった。身体強化なしでも押せば簡単に開いていく。
中に入ると、すぐに王座とそこにいるサタン――と思しき鬼族の男が目に入る。外からはずいぶんと広く見えていたので、探すのにも時間が掛かるかと思っていたのだが、思いの外楽に済んでラッキーというところだ。
「ほう。俺様の城に来客とは珍しいな、貴様は何者だ?」
低く、聞いたものを畏怖させるような、底冷えする声だった。
俺様の城ということは、サタンで間違いなさそうだ。しかし俺様とは、これまたイカれた一人称が出てきたものだ。
赤い肌に尖った角。眼は切れ長につり上がっており、玉座に膝をついて頬杖をついて座っている。
確かにギリギリ俺様と言われても通る容姿かもしれなかったが、現実にそんなことを言いだすやつがいると吹き出してしまいそうになるものだ。
「私は紫水飛鳥、人間だよ。何者って聞かれると...セレスト姫の婚約者っていうのが今回は正解なのかな?」
自分が何者か、と問われれば、まず間違いなく社会不適合者の引きこもりだと答えるところなのだが、城に訪ねて来たものを問うている答えとしては不適切だろう。
だからといって乃亜の婚約者だと答えるのも何かこそばゆいものがあったが、『予言』を聞いているならこれでなんとなく理解できるだろう。
「なるほどな、貴様が『嫉妬』の言っていた男というわけだ。用件はなんだ?戦争か?」
無駄に話の早い奴だ。ソフィーの評価で正しそうである。
「君が私と乃亜に服従してくれるっていうんならそれでもいいけど、まずは交渉に来たつもりだよ。」
一応そういうと、サタンは不機嫌そうに顔を歪める。
「よもやここまで『嫉妬』の言うとおりになるとはな...いいだろう!まずは交渉だったな!何が望みだ?言って見るがいい。」
意外な反応だった。服従を掛けて戦争を選ぶと思っていたのだが、交渉に応じてくれるらしい。
「望みは――三つかな?一つ、王家への攻撃を行わないこと。二つ、城下で死者を出さないよう尽力すること。三つ、私と乃亜への攻撃を行わないこと。この三つ。」
正直三つ目だけで良かったのだが、一応他の二つも口にしておく。
しかし、サタンはそれを鼻で笑うと、逆に望みを口にしてきた。
「一つ目はまあいい。俺様の望みは王座などではないからな。三つ目も首を縦に振ってやろう。ただし――二つ目は駄目だ。俺様の望みは絶え間ない戦争なのだ。死者の出ない城下などありえん!此度もそうだ!そら聞こえるだろう!?まだ小さいが、紛争の音だ!」
「何を言ってるんだか、さっぱり。」
特に何も聞こえなかった。私の耳が悪いのだろうか?
正直さっきのを『契約』出来た以上、これ以上サタンに用はないようなものだった。もう出て行ってしまってもいいかもしれない。
そう思って踵を返そうとすると、サタンに侮蔑の眼差しを向けられる。
「なんだお前、やはり俺様の『憤怒』に焼かれていないのか?まあいい。火種はそれだけではない。」
サタンがそういうと、大きな音を立てて扉が開かれる。
「王座を奪いに来たぞ!ディオン・ノワール!」
現れたのは馬鹿だった。
大声で入ってきた馬鹿――黒い衣を纏い、尖った翼を生やした赤眼の青年は、ずかずかとこちらへ向かってくる。
先程の発言を見るに、この城を王城と勘違いしているのだろう。蝙蝠のような見た目は本で見た覚えがある。それに城へ来た目的を考えれば、正体も自ずと割れるというものだった。
「ルシファ―...!」
「その通りだ!お前は...誰だ?人間族に見えるが...」
最悪だった。『傲慢』には警戒の必要は無いという話だったが、迷った果てにベレトにたどり着いたらしい。
『憤怒』一人を服従させればいいという話であったのに、魔王が三人も居るとなると話が違いすぎる。
「そいつがディオンだよ、お前の標的だろう?ルシファー。」
サタンがにやりと笑ってそんなことを言いだす。ありえない大噓だったが、ルシファーであれば信じかねないのがやっかいなところだ。
「そうなのか?人間族の姿をしているとは...さては、我の目を眩ますためか!?」
「違う違う、私は普通に人間だよ。紫水飛鳥、よろしくね?」
一人で勝手に納得しそうになっていたルシファーに自己紹介をする。それを見たサタンは舌打ちをしていたが、どうやら私とサタンを争わせたいようだ。
魔王をけしかけてくるのは攻撃だろと言いたくなる気持ちを抑え、なんとか『契約』に持ち込む策を練る。
幸いなことにルシファーは明らかに頭が悪そうだ。適当に言いくるめれば『契約』もそう難しくないかもしれない。
「どういうことだサタン。我を騙したのか?」
「いいや?違うとも。その男はディオンの名代として俺様達を服従させに来たのさ。だからそいつは俺様達の敵でお前の標的さ、そうだろう?」
諦めることなくルシファーの矛先をこちらに向けさせようとしてくるサタン。そんなに争いが好きなら二人でやっていて欲しいものなのだが、サタンにもルシファーにもその気はなさそうだった。
国王の名代で来たつもりはないのだが、否定しきれない程度にはサタンの発言は的を得ていた。
「別に争う気はないし、私を殺しても王様にはなれないよ。ていうか、別に国王を倒しても王様にはなれないと思うけど...]
両手を上げ、ルシファーに争う気は無いと伝える。しかし、ルシファーは首を傾げて唸るばかりだった。
「何をいっているのかわからなくなってきたぞ...さては二人して我を騙そうとしているな!?」
考える頭が足りていなさすぎるようだった。
それほど難しい話をしているつもりはないのだが、ルシファーはもう処理しきれなくなったらしい。それを見たサタンが笑みを深めると、ルシファーが唐突に顔を上げてこちらに視線を向けてくる。
「そうだ!やっぱり考え事など必要ない!」
そういったルシファーの姿が消えたかと思うと、頭の中に警鐘が鳴らされ――た瞬間、私の身体は爆散していた。
世界が切り替わる
「~~ックソ!どうなってんだあのバカ!」
セーブポイント――乃亜達と合流する前の、城門に戻ってきていた。
今回は殺された実感を得る前に死んでいたが、それはつまり反応も出来ないような死に方をしたということだ。
間違いなく、私を殺したのはルシファーだろう。サタンは『契約』で縛っていた以上、直接私に攻撃は出来ないはずだ。
だとしても、サタンがルシファーをけしかけてきていたし、最後の反応を見るに『憤怒』の権能でルシファーの動きを誘導していた感は否めないので、次からは『契約』の文言もしっかり考えるべきかもしれない。
それでも問題は圧倒的にルシファーの方であった。『傲慢』の権能は圧倒的な身体能力。それはしっかり事前に調査していたのだ。そのうえで危機感知や魔術、『書き換え』があれば十分に対処可能だと考えていたのだ。
確かに事前情報や、接触した際の馬鹿さ加減で舐めて当たっていたことは認めざるを得ない。しかし、それがなかったとしてもどうにかできるとはとても思えなかった。
危険を感知した時には死んでいたのだ、恐らく圧倒的なスピードで殴られたのだろう。頭を殴られ、脳が働かなくなっていたのだとすれば、その後に覚えが全く無いのも納得は出来ないが理解はできる。
『書き換え』によって私の身体を弄ればどうにかできる気はするが、それよりは戦わずに『契約』するか、他の戦える人に任せるほうがいいだろう。あれに勝てるようになるまで『書き換え』てやり直すというのは流石に面倒そうである。
乃亜やソフィーが相手を出来るのかは謎だが、ルシファーの相手に適任なものには心当たりがあった。
「魔王には魔王...かな。」
「なんか叫び声聞こえたけど...どうしたの?」
少し経って乃亜とソフィーが合流してくると、そんなことを聞かれてしまう。
ロードしてすぐの絶叫が聞こえてしまっていたらしい。バタフライエフェクトのようなものが無いとも限らないので、出来れば前と同じ行動に揃えたいところなのだが、いきなりやってしまったようだ。
「この世の理不尽が許せなくてつい。ありえないことが多すぎるよ。」
「いつものやつ...?あ、もしかして――今になって仕事が嫌になったの?ふふ、今更遅いわよ?」
何が面白いのか急ににこにこしてそんなことを言いだす乃亜。
確かに仕事は嫌なのだが、魔王一人と魔王三人では話が違いすぎるのだ。文句も言いたくなるというものである。
「別に今更行きたくないとか駄々こねる気はないけど、色々厄介事が多くてね...文句も言いたくなるって話だよ。」
「厄介事?」
事情を理解していない乃亜に首を傾げられるが、それを説明するには周りに人が居ない時が良かった。
適当に誤魔化して転移の魔道具のところまで移動する。
魔道具を操作は、見るのが3度目だというのにあまり理解できなかった。今度時間がある時に教えてもらった方がいいかもしれない。
かなりの機密だろうが、最悪『契約』で聞き出してロードしてしまえば完全にノーダメージだ。完全に犯罪者の悪だくみだが。
歪みが正されベレトの街並みが広がる。近くに見える城を吹き飛ばしてしまいたい衝動に駆られるが、それでは問題は解決しない。
「『憤怒』の魔王はあちらの城にいらっしゃるはずですが...如何いたしますか?」
聞き覚えのあるセリフがソフィーから出てくる。バタフライエフェクト以外にも修正力みたいな概念が創作にはありがちな話だった。
ジルベールの屋敷の時は死を避けて乃亜を救出できた以上、私が関わって改変できないということもないだろうが、そちらも気を付けるべきかもしれない。
「一旦街を見て回った方がいいかな?サタンと話をするにしても、どれくらい慕われてるのかとかも知りたいし。」
乃亜も同じく前回と同じセリフだった。少し違うのはこちらを窺うような表情になっていることだが、これは私が叫び声をあげたせいだろう。
「賛成。街でやらないといけないことあるし。」
私の発言に二人揃って首を傾げられる。が、続けた言葉に乃亜の目が輝く。
「猫探ししましょう、味方につけれたら百点満点だよ。」
前回無駄に時間を食う羽目になった街の人との交流や、裏路地に入るのをスキップし、猫を探すことにした。
ルシファー同様にあちらも街に来たのがあの時間だった可能性もあったが、その心配は無用だったようで、捜索を始めて10分程度で見つかった。
「猫だ!かわい~!ほんとにいるんだ!わ~撫でてもいいかなぁ?」
そういう乃亜だが既に撫でていた。前回もそうだが聞く意味がまるでない。そもそも私もソフィーも許可を出す立場ではないし、本来なら猫も言葉は通じないのだ。
しかし、この猫は言葉が通じるのだ。せっかく早くに出会えたわけだし、今回は話し合って仲良くしたいものだ。
「こんにちは、レヴィ。お話があるんだけど、聞いてもらえる?」
そう聞くと、猫はこちらに鋭い視線を向けてくる。まさか名前を当てられるとは思わなかったのだろうか?
「聞いてやってもいいけど...先にレヴィが質問するのにゃ。なんでレヴィがレヴィだってわかったにゃ?」
「ね、ねこがしゃべった!?」
今回は乃亜だけでなく、ソフィーまで口に手を当てて驚いていた。まあ驚いた対象が乃亜とは違いそうであるが。
「聞いてたからってのが本当のとこだけど、それで納得できる?」
一応事実を返すが、詳細に話せと言われたらノーを返したいところだった。
そもそも前回の君に聞いたなどと説明して、乃亜以外が信じてくれるのかと聞くと正直疑問だ。
「理解は出来ないけど納得してやるにゃ、予言の救世主なら何が出来ても不思議じゃないにゃ。」
やはりこちらのことをある程度調べられているらしい。前回された質問は、私達がそうなのかを特定するためのものだったのだろう。
「良かった、じゃあこっちの話なんだけど――ルシファーが来るからその相手をして欲しいの。出来るでしょ?『嫉妬』の魔王なんだし。」
私の発言に再度目を剥いて驚く乃亜。
水色の毛並みの猫で、ある程度事情をしていそうな口ぶり。最近まで『憤怒』と『嫉妬』が争っていたという話や、サタンの言っていた『嫉妬』に私の話を聞いたということ。
何より、『嫉妬』の魔王の名前はレヴィアタンなのだ。レヴィという一人称は明らかにそれである。
「当然できるけど、レヴィにそれをする理由がないにゃ。お前たちのいいように使われてやる気はないにゃ。」
否定しないレヴィ。やはり予想は当たっていたようだ。
ここからはどうにか味方につけられるよう話し合いをしたいところなのだが、いかんせん望みが何であるか想像がつかない。
「世界が滅ばないように、じゃ理由にならないの?」
「ならないにゃ。それはお前たちが解決するって話にゃ、レヴィじゃないにゃ。」
ここで協力してもらえない場合は私が死んで解決されないのだが、それはいっても詮の無いことである。最終的には死なずに解決されるまでトライするつもりであるし。
「ん~じゃあ直接聞いちゃうけど、何がもらえたら協力する気になるかな?用意できるなら用意するよ?」
今この場では用意できない可能性の方が高いが、次回に望みを託せることを考えるとここは素直に聞くのが得である。そう思って聞いてみたのだが、レヴィはずっとこちらに視線を向けたまま答えない。
どうかしたのかと首を傾げると、一瞬乃亜の方をみて口を開いた。
「お前、レヴィの番になれにゃ。」
「は!?急に何を言い出してるの!?」
乃亜が大きな声を出して取り乱す。周囲の人たちが何の騒ぎかと集まりだしていたが、ソフィーが対応に回ってくれていた。出来るメイドである。
「レヴィが持ってないものを持ってるのがむかつくにゃ。我慢ならないにゃ。だから、お前が番になれにゃ。」
乃亜のことは気にせずそう続けるレヴィ。
そういえば前回もそんなようなことは言っていた気がするが、まさか私が欲しいとか言い出すとは思わなかった。
「この世界って、一夫多妻制とかあるんだっけ?」
「いえ、むしろ重い犯罪とされています。」
聞いてみるも、即座にソフィーに否定される。乃亜からは泣きそうな目で見られていた、浮気ととられたのかもしれない。
「というか、化猫族って生殖活動しない種族だよね?番っているものなの?」
この世界には生殖活動しない種族の方が多いのだ。魔王はほとんどがそうだった。
純粋に恋愛がしたいという意味なら理解できなくはないが、番という言い方には合わない気がしたのだ。
「お前の『書き換え』があれば出来るはずにゃ。だからお前が番になるにゃ。」
声を低くしてそういうレヴィ。どこから知ったのかわからないが、私の権能を知っているらしい。
それであれば確かに出来そうな話ではあった。
「どうしても必要なら仕方ないけど、乃亜以外とそういう関係になる気はないの。君が好きな子が出来たら私が『書き換え』て番になれるようにする。じゃ、駄目?」
丸く収められそうな妥協点を提案するが、レヴィは不満そうに顔を歪めている。
乃亜は恥ずかしそうに顔を背けていた。そろそろ慣れないのだろうか?一月くらいずっと似たような会話をして恥ずかしがっている気がする。
「結局お前が手に入らないにゃ。それが気に食わないって言ったらどうするにゃ?」
試すようにそういうレヴィだが、それに関しては悩む余地もない。
「私は私のものだよ、それは乃亜だって理解してる。だから、最終的には力づくで服従させることになるから、首洗って待っててね?って返すことになるかな。」
レヴィが魔王である以上、最終的には王様から服従させろと命令が下るだろう。結局のところ順番の問題なのだ。
それはレヴィも理解しているようで、首を振ると観念したように口を開く。
「鎖に繋がれるのは勘弁にゃ。手を貸してやるから、さっきのと幾つか条件を聞くにゃ。」
「条件?」
おそらく『契約』も知られているのだろう。引っかからないように言葉を紡いでいるし、ここで『契約』を仕掛けても後が険悪になりそうだった。
出来ればレヴィのいうことも聞いて手を取り合いたいところである。話が通じる上に有能となれば味方にするには優秀なのだ。
「『契約』をレヴィには使わない、レヴィの上から指示しない、レヴィの欲しいものはレヴィのもの、この三つにゃ。出来るにゃ?」
案外軽い話だった。三つ目に関しては解釈の余地があるが、さっきの話に納得できる以上、話合えばわかりあえるだろう。たとえわかりあえなかったとして、私や乃亜に被害が出そうな話でもない。
「出来る限り守るし、最大限協力する。それでいい?」
絶対などということは約束できないので、相当寄り添ったつもりの回答を返す。
その答えに満足したのか、レヴィは軽く声を鳴らすと乃亜の手から降りる。
すると、レヴィの周りに水が集まり、カーテンのように姿を隠される。
「ルシファーのやつにはちょうど苛ついてたのにゃ、あいつをメタメタにするなら喜んで協力してやるにゃ。」
カーテンから出てきたレヴィは、猫耳と尻尾を生やした人型になっていた。その顔には嗜虐的な笑みを浮かべており、ルシファーへの恨みつらみが見え隠れしている。
「良かった、協力成立だね。」
手を差し出すと、すぐに握手を返してくれる。
『嫉妬』の魔王、攻略完了だ。
なんか間に合ったけど次からは何日か掛かります




