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2章『魔王』   1話 孤高の王

 乃亜との婚約を公表して一月ほどが経った。

 その間特筆すべきことは何も起こらず、ちょくちょく抜け出してデートに行ったり読んでた本の最新刊を買う以外は、基本的に図書館に籠りきりになっていた。

 図書館の利用客は相変わらず私達しかいないようで、その間誰かと会ったり話をするということもなく、平和な日々を過ごしていた。強いて言えば、ベルゼブブとはそれなりに仲良くなったかもしれない。

 婚約を発表した当初は私や乃亜を見かけると浮ついた反応を返す人も多かったが、今ではそれも少なくなってきており、外に出てもそれほど問題ないくらいになっていた。

 つまり完全に暇人である。乃亜も最初は世界を救うために頑張るなどと息巻いていたが、今では本を読むのに夢中だ。今では図書館の本も半分くらいは読んでしまったかもしれない。

 王様やリゼット様から何か頼みごとをされるということもなく、暗殺や毒殺についても何かあったという報告は無い。災禍衆も一度も姿を現していないというのだ。

 寿命に差がある分、夜の世界では悠長にものを進めているのかもしれないが、面倒ごとが起きない分にはウェルカムである。

 今日も図書館に行こうかと外に出たところで、少し違和感を覚える。

 通りに人が少ないのだ。見かけた人も何か急いでいるように駆け足でいなくなってしまう。何かあったのだろうかと思うものの、関係ないことである可能性も否定できない。何より関係あることであれば、乃亜や王様から伝えられるだろう。自分から聞きに行くことも無いのだ。

 そう考え、結局図書館へ向かうことにした。




 その図書館の入り口で、王様と話している乃亜とソフィーを見かける。

 やはり何かあったらしい。王様の顔は少し険しくなっていた。

「おはよ。みんな揃って、何かあったの?」

「あ、おはよー飛鳥。来ると思ってた。」

「おはようございます、飛鳥様。どうやら魔王に動きがあったらしいのです。」

 声を掛けるとソフィーが簡単に説明してくれる。どうやら暇な時間が終わってしまうようだ。

「うむ。動きがあったのは確かなのだが...まだ様子見といったところだ。」

 終わらなかった。まだ様子見を続けるらしい。

 であるならば、なぜわざわざ王様が図書館まで来ているのだろうか?乃亜に何か話があったのかと思ったのだが。

「それで他の臣下が先走って討伐をお願いしてきても断ってねって伝えに来てくれたの。なんか色々あるんだってさ。」

 不思議そうな顔をしているのが伝わったのか、乃亜が説明を追加してくれる。色々というのも気になるが、まず聞くべきは魔王のことだろう。

「動きがあった魔王って誰なの?」

 そう聞くと、全員が苦笑して教えてくれる。出てきた名前は、この世界で最も王に相応しくないとまで言われた男だった。




 魔王は一人舗装もされていない道を歩いていた。理由は当然王家を滅ぼし、自分こそが最も王に相応しいと証明するためである。

 その魔王は常に自分こそが一番であると考え、疑問を持ったことはなかった。故に、何代前とも分からぬ先祖が忠誠を誓ったなどという理由で、ノワール王家に仕えることを良しと出来なかった。

 王家に仕えることのみではない。他にも魔王がいるというのが問題であった。自分こそが最強であるにもかかわらず、自分と同格とされているものが他に6人もいるのだ。

 しかもそれだけではない。当代最強の魔王として名高いのは『強欲』であった。自分では無いのだ。

 最初に反旗を翻すと宣言した時、他の全ての魔王を打ち倒し、最後にノワール王家を滅ぼすつもりだったのだ。王など一人で十分である。

 しかし、自分が反旗を翻した直後、他の魔王達もノワール王家の元を去っていったのだ。出鼻をくじかれた思いだった。

 しかし、これ幸いと各個撃破を考えたが、一番近くに居るのが『嫉妬』というのがいただけなかった。

 自分は『嫉妬』とは相性が悪いのだ。『嫉妬』は何を考えているのかわからないし、何を喋っているのかもわからない。それでいて権能が最悪だ。

 暇さえあれば『嫉妬』と争っていたが、決着がつくことはなかった。しかし、もう争いを始めてしまったのだ。ここで逃げるなどありえない話だった。

 しかし、今日いつもの場所に来てみると、『嫉妬』はいなかったのだ。城に居たものに聞いてみると、なんでも『憤怒』と小競り合いをしているという。

 この話を聞いたとき、魔王は逃げられたと思った。

 己の強さに恐れをなして別の魔王に狙う相手を変えたのだと。

 あまりにも邪魔をされたばかりに、自分から仕掛けた事実すら忘れてそう思っていた。

 そしてそれを幸いと考え、他の魔王に邪魔される前にノワール王家を滅ぼすべきだと考えたのだ。

 故に、魔王は一人で歩いて王城へ向かっていた。

 当然用意されている転移の魔道具は、使い方など知らなかった。

 知っていたはずの配下は恐れをなして逃げていってしまった――実際のところは愛想をつかされただけだが。

 故に魔王は歩いているのだ。地図を片手に歩いているが、方向がわからずあちこち向きを変えながら。

 頭が悪く、人望が無い。それでいて権能は本物であるがゆえに、地位と力はそこそこにある。

 魔王は広い土地を治めるものだが、その魔王の治める土地には人は一人も住んでいなかった。

 魔王が住んでいる城以外はほとんど何もない荒野なのだ、当然である。

 故に、軽蔑の念を込めてその魔王はこう呼ばれていた。

 孤高の王――『傲慢』のルシファーと。




 聞いた話を要約すると、そもそも王城まで来れるのかすら怪しいという話だった。迷いに迷って最終的に他の魔王に喧嘩を売って忘れる可能性の方が高く見積もられている。

 そして何より王城まで来たならリゼットさんが迎え撃つと宣言しているらしいのだ。私たちの出番はなさそうだった。

 という訳で結局そのまま図書館に来ているのだが、珍しいことにベルゼブブの姿が見えなかった。本の周囲を飛んでいる虫はそのままなので図書館内にはいると思うのだが、入り口に立っていなかったのは初めてかもしれない。

「ベルゼブブさんも魔王なのよね?領地を持ってたりしないの?」

 乃亜がソフィーにそう疑問を投げかける。ベルゼブブなら図書館が私達の領地ですとか言い出しそうなものだが、本を読んでいた限り、代々『暴食』が受け持っている土地というのもあるはずである。

「もちろんあります。ですがベルゼブブ様は優秀な方でして...領地の方は信用のおける配下に統治を任せ、何か有事の際には対応できるよう分身を残していらっしゃるのです。」

 図書館に勤める上でちゃんと領地の方も対応済みらしい。まあそれが出来てないなら任せられなそうだが。

「代々図書館の館長も務めてたってわけじゃないんだよね?」

「もちろんです。というより、この図書館に館長などいませんでしたが、当代のベルゼブブ様が大層気に入ってしまったがためにそれならばと陛下が融通されたものです。」

 こう聞くとベルゼブブもそうとうやりたい放題である。それを許されるだけの優秀さを持ち合わせていたのが幸いだろう。

 もしベルゼブブも王家に反旗を翻していたなら相当な面倒になっていそうだ。

 

 一応魔王が動き出したということもあり、当代の魔王の詳細を記した本を幾つか取ってきてもらう。

 魔王というの注目されている立場なだけはあり、その権能や領地、どういった性格のものなのかということまで事細かに記されている本も多い。

 最悪自分で調べてやり直せばいいとはいえ、流石に情報収集のために何度もやり直すのは面倒である。

 私はゲームにおいても最初から攻略本を片手に歩いていくタイプだった。

「現在危険視されているのは『傲慢』と『憤怒』。それと動きは無いですが警戒すべき対象として『強欲』が挙げられています。『嫉妬』や『怠惰』はこちらから手を出さない限りは動かないかと。」

 私の持ってきた本を見て、意図に気づいたのだろうソフィーがそう説明してくれる。

 動く気が無いのになぜわざわざ反旗を翻したのかは気になるが、同調圧力に屈したのかもしれない。

 特に『嫉妬』は他の魔王によくちょっかいをかけている――どちらかといえばかけられている方だが、魔王との小競り合いが多いという話だった。

 ノワール王家ではなく他の魔王と戦うために、様子見を選んでいる王家から離れたという可能性もありそうだった。

「名前があがってない『色欲』はどうなの?」

 『暴食』がこの図書館でいつも会っていることを考えれば唯一名前があがらなかったようなものだ。

 何か印象が薄かったり、全く警戒の必要がなかったりするのだろうか?

「『色欲』ですか…彼女は少し、いえかなり説明が難しく…」

 ソフィーにしては珍しく、とても歯切れが悪かった。

 どうやら女らしいが、名前通りに男を取っ替え引っ替えでもしてるのだろうか?だとしてソフィーが説明を渋るかは謎だが。

「その、彼女は存在するだけで危険なのですが、その危険性を説明することさえ危ないのです。口に出来ないことをご理解いただけると助かります。」

 めちゃくちゃ危険人物のような扱いだ。存在するだけで危険などという扱いは物語の中でもそうあることでもない。

 説明することさえ危ないというのがよくわからないが、権能絡みか何かで口にするのがトリガーになるのかもしれない。無理を言って面倒を引き起こす気は現状なかった。

「まあとりあえずは『傲慢』のことからかな。『憤怒』もちょっと気にはなるけど。」

 名前が想像通りなのであれば、この2名は相当なビッグネームのはずである。それが実際にはどのような感じなのかは純粋に興味を惹かれるところだ。

「お父さんはああ言ってたけど、出来ればみんなと話し合って手を取り合えるようにしたいものね。私も勉強しましょ。」

 乃亜も幾つか魔王についての本を持ってきていた。魔王本人についてというよりはその領地の詳細や歴史についてのもののようだ。

 どうやら戦闘なしでの和解を目指しているようである。正直それが出来るなら王座を奪うなどと言って反旗を翻すことはないと思うのだが、相手によっては可能なのかもしれない。

 そんな風に魔王についての本を読み漁る日々を数日続けた。

 その間もベルゼブブに会うことはなかった。珍しいことだが、外出していたのかもしれない。

 何処にいるのか少し気に掛かったが、ソフィーもそれは知らないようだった。




「ついに仕事だってよ、飛鳥!」

 朝食(13時だが)を食べに食堂に集まると、そう息巻いた乃亜が待ち構えていた。

 どう考えても面倒ごとであるが、乃亜がやる気なのだ、水を差す訳にもいかない。

 とりあえずご飯を注文し、話を聞くことにした。今日はマドレーヌとマフィンだ。

「仕事って、この前の魔王?」

 そう聞いてみたが、首を横に振られる。

「ルシファーなら、結局迷って同じところをぐるぐる回ってるらしいわ。本当に変な人なのね、頭が悪いみたい。」

 まあ実際相当頭は悪そうだった。

 この世界では転移の魔道具があるせいで、街から外れると全く道になっていないのだ。

 何もない荒野や、逆に障害物の多い荒地になっており、ただでさえ迷いやすいのである。バカが相手ではその効果も上がるというものだ。

「となると、他に問題があるの?災禍衆とか?」

 動きがあったという話はまるで聞かないが、一度死ぬより辛い目に合わされ、一度は殺された身としては、その危険性については魔王より重く見ているくらいである。

 しかしそれも違ったようで、乃亜はついに手に入れた仕事を嬉しそうに紹介する。

「玉座の間の会議でね、私と飛鳥が災厄に立ち向かえるだけの力があるかを知りたいから、魔王を一から従属させるべきだって主張が出たみたいなの。それをお母さまがとっても賛成したみたいでね。」

 最悪の話だった。リゼットさんも魔王にどれだけ恨みがあるのか知らないが、痛い目に合わせてやりたいなら自分でやって欲しいものだ。

「だから、とりあえず近くで住民が被害を受けることもあるからって『憤怒』のサタンをどうにかして欲しいってお願いをされたの。一緒に行ってくれるよね?」

「行くけど…随分楽しそうだね?」

 当然断る選択肢はない。無いのだが、何故そんなに上機嫌なのかがまるでわからなかった。

 『憤怒』と言えば危険人物として名前があがっていたはずだし、周辺に被害が出ているという話もあがっているのだ。

 乃亜なら他人に迷惑をかける『憤怒』に怒りを向けるという方がありえそうな話なのだが、今の乃亜は好きな作品のアニメ化が決まった時くらいの喜びようだった。

「だって、サタンってあのサタンでしょう?ベルゼブブの名前が出た時もびっくりしたけど、やっぱり魔王に会うって楽しみよ。それに…」

「それに?」

「飛鳥と二人で何かするって、あんまりないのだもの。だから楽しみ、ダメかな?」

 はしゃいでいたのを咎められた子供のような顔をされるが、そんな可愛いことを言われてダメというほど鬼ではない。

「いいよ別に、私のせいで乃亜には色々我慢させてるみたいだし。もう少しワガママ言ってもいいのに。」

 そういうと困ったような顔をされてしまう。どちらかと言えば困っているのは私なのだが、どちらの方が乃亜の負担にならないのかもわからない。無理強いして迷惑をかけては元も子もないのだ。

「飛鳥様は本当にセレスト様に甘いですね。姉様からセレスト様からも、飛鳥様は面倒ごとを嫌がり基本的には部屋から一歩も出ないことを信条としているような方だと聞いているのですが、とてもそうは思えません。」

 ソフィーから揶揄い半分疑問半分といった目で見られるが、これに関しては私も否定しきれないところである。惚れた弱みではないのだが、乃亜には何故かノーと言い切れないところがあった。

 というか本当に紗希姉はなんでも話すぎではないだろうか、乃亜はまだしも私の情報を夜の世界に流す理由がわからなすぎる。

 そういえば夜の世界に来たばかりの頃に、王様が緋縞の家と話をしているようなことを言っていた。もしかすると今でもソフィーは紗希姉と喋っているのだろうか?だとしたら乃亜も話したがりそうなものだ。

 聞いてみようかと思ったが、今日は乃亜がやる気に満ち溢れていたこともあり、食事の時間がすぐに終わってしまう。

 出発の準備をする為に、一度別れることになったのだった。




「ぬう…まだ城には着かんのか?これほど遠かった記憶はないのだが…」

 ルシファーは一人、背の高い密林を進んでいた。

 足場はぬかるんでおり、そこら中に生えている蔦がその進行を邪魔するのだが、ルシファーはまるで意に介した様子はない。

 そのまま真っ直ぐ進んでいるつもりで、大きく一周して同じところに戻ってくる。

 密林は進みにくいのみならず、迷路としても機能していた。似たような景色の多い森では、ルシファーは同じところを通ったことさえ把握できていなかった。

 自分では進めているつもりだったのだ。1週間近く森で足止めをくっているのだが、少し不思議に思う程度だった。

「こんな森、来た時には通らなかったはずだが…フッ、成長の早い木なのだろう。立派なことだ。」

 領地に戻った時には転移の魔道具を使ったので当然見た記憶があるはずはないのだが、そんなことをルシファーは覚えていない。

 地図としては自分の領地、それと近くの『嫉妬』の領地以外、ルシファーの頭には入り切っていないのだ。そして当然地図を読んで歩くことも出来ない。

 しかし、流石にルシファーも何かがおかしいと気が付き始めていた。何せどれだけ歩いても出られる気配がないのだ。背の高い木々に囲まれ、月で時間を確認することさえ出来ない。

 このままでは良くない。そう考えたルシファーは強硬手段に出ることにした。

 真っ直ぐ。本当に真っ直ぐ一直線に進めばいいのだ。それで出られないのであれば、幻影か何かの権能に縛られているのだと判断することができる。

 そう考え、木々を薙ぎ倒しながら真っ直ぐに進み始める。進んだ先に何があるのかも知らずに。

ストックが無くなったので更新に2.3日かかるようになりそう。

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