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1章『予言』   12話 婚約

 告白の後、乃亜が泣き出してしまったのでどうにかそれを宥める。

 よく見たら隣でソフィーが倒れていたが、こっちは特に拘束されていたりするわけでは無さそうだ。ジルベールからの説明もなかったし、睡眠薬か何かを飲まされているのかもしれない。

「落ち着いた?」

「うん、ごめんね泣き出したりして...嬉しすぎて止まらなくなっちゃって。」

 まだ目を腫らしたままの乃亜だが、受け答えが出来る程度には落ち着いている。返事を聞きたいとは思っているが、さっきの様子を見るに難しいだろう。

 まあもう実質貰ったも同然である。これで良しとしてもらうか...と考えていると、乃亜が手を引いてくる。

「あのね、飛鳥。私...私も、飛鳥のことが大好き。ずっと、ずぅーっと大好きだったの。だから嬉しいわ。その、飛鳥がいいなら、結婚したい。」

 顔を赤らめ、たどたどしくそういう乃亜。しかし、目をそらすことなく、じっとこちらを見つめたままだ。

 結婚はまだ気が早いだろと思ったが、流石にこれを口に出すほど野暮ではない。

「ありがと、王様たちに御挨拶に行かないとね?」

「うっ、つい最近違うって言った手前恥ずかしすぎるかも...」

 これに関しては同意である。なんなら隣で寝ているソフィーにも、なるべくなら知られたくなかった。

 まあ『予言』がある以上公表は避けられないだろうし、仕方のないことだとも思うが。

「その、飛鳥?」

 扉の先を見ていると乃亜が不安そうにこちらをのぞき込んでくる。

「ん、どしたの?」

「その、嫌なんだったら頑張らなくていいからね?世界を救うのも、関係を公表するのも。飛鳥、そういうの嫌いでしょ?」

 まだ似たようなことの心配をしているらしい。実際嫌ではあるが、前者に関しては乃亜を一人で頑張らせる方が嫌であるし、後者は隠すほうが明らかに面倒ごとが多い状況になってしまっている。

 その程度は考えてきているし、仕方ないと割り切ったのだ。

「大丈夫よ、一緒に頑張りましょ?まあ逃げたいっていうならゲート開いて元の世界に帰れるようにしたけど...」

 私がそういうと、扉を開いてジルベールたちが入ってくる。

「最初から『契約』は使うつもりなどなかったということですか...」

「ジルベールさん!?え、いつから...」

 騙されたことに気づいた、というか騙されてくれていたように思うが、向こうも切羽詰まった状況だったのだろう。婚約が成立してずいぶん安心したような表情になっていた。

「最初っからのぞき見されてたよ、ひどい野次馬だよね?」

「申し訳ありません姫様。強硬手段に出た上のぞき見のような真似まで...どんな処罰であろうと受け入れるつもりです。」

 片膝立ちになって頭を下げるジルベール。まるで騎士のような所作だった。

「いえ、いいんですジルベールさん。世界の為なら仕方ないことです、結局私が臆病なだけでしたし...」

 乃亜がそう自虐するが、その場合悪いのは私な気がした。

 実際乃亜に言っていたことは嘘ではないし今でもそう思っているのだが、それは普通の状況下の話なのだ。結婚しないと世界が滅びるような状況でさえ嫌がるほど病的ではない。

 それをまさか、確実に玉砕するからと告白さえできないほどに乃亜を追い詰めているとは...

「いいの?色々聞いたり後ろ盾になってもらえばいいのに。せっかく弱みを握ったのだし、チャンスじゃない?」

 色々聞きたいことはあるし、そもそも私との婚約がみんなに受け入れられるのかというと微妙だ。

 王様やリゼットさんがいるので問題ないかもしれないが、あれだけ城で目の敵にされていたことを考えると、むしろ乃亜の立場を悪くするだけのようにも思う。

「それについては言われずともそのつもりでしたが...姫様に危害を加えて処罰なしというわけには...」

 食い下がってくるジルベール。正義感が強すぎるのだろう、もはやめんどくさくなってきた。

「ほんとにいいんです!それより、ソフィーを起こしてあげてくれませんか?ずっとここで寝たままなのは可哀想で...」

 そんな風に言う乃亜だが、ここで起きられてもさらに面倒になるだけな気がする。

 一度やり直したこともあって、時間がかなり流れた気がする。正直かなり疲れていた、これ以上の面倒ごとはごめんだった。

 立ち上がり、扉の方に向かう。乃亜には呆れたようにため息を吐かれたが、特に文句は言われなかった。

「面倒そうだから後任せたわ、おやすみ~。」




 出て行ってしまった飛鳥を見て、愕然とするジルベールさん。信じられないものを見たという感じだが、許してあげて欲しい。今日はもうこれ以上の面倒事に耐えられなくなったのだろう。むしろ良くここまで頑張ってくれたと褒めたいところだった。

「飛鳥のことなら気にしないで。放っておいてあげるのが一番飛鳥の為になるから...」

「そうなのですか...?いえ、姫様がいうなら従います。」

 納得は出来ていなさそうだったが、とりあえず従ってくれる。

 どこで寝る気なのかわからなかったが、多分起きたら連絡をくれるだろう。今は一人にしてあげた方がいいはずだ。

「ソフィー殿なら、既にこの屋敷のマナを元に戻しましたのでそのうち目覚めるはずです。姫様もおやすみになられたらどうですか?」

 確かに私もずっと鎖で捕らえられていて消耗していた。眠ってしまいたい気持ちはあるが、先ほどのことが忘れられなくて眠れる気がしない。

「明日...日付的には今日ですが、王城に戻って報告も必要でしょう。ベッドであれば元々用意していたものがあります。」

 断ってしまおうかとも思ったが、これ以上ここにいても出来ることはなかった。なのでご厚意に甘えてベッドで休むことにする。

 案内された部屋に入ると、つい顔がにやけてしまう。どうしても先ほどの告白を思い出してしまうのだ。まさか飛鳥と恋人になれるなんて思ってもみなかった。

 というか飛鳥が私のことを好きだなんて考えたこともなかったのだ。いったいいつからそうだったのだろう?思い当たる節が全くない...

「デートとか、色々してみたいことはあるけど...ふふ、ダメね私。浮かれちゃって。」

 飛鳥がその気になってくれるかもわからないし、そもそも世界を救わないといけないのだ。まだまだ問題は山積みなのだが、妄想が止まらない。

 ベッドに横になったまま2時間は寝付けず、妄想を膨らませるのであった。




 次の日のちょうど赤い月が沈んだ頃、転移の魔道具で王城に戻ってくることができた。

 本来ならば昨日戻ってくる予定だったのだが、乃亜が全く起きてこなかったのだ。結局起きてきたのは日付が変わってからで、それまではソフィーに質問攻めにされていた。

 こんなことなら外で寝て連絡を待っていればよかったなと思ったのだが、寝る場所が思い浮かばず密談室のソファーで寝ていた私の失敗だ。

 ちなみに起きてきた乃亜はソフィーの猛攻を受けて涙目になっていた。助けを求められたが当然スルーで楽しませてもらうことにした。私も受けたのだし乃亜にも受けてもらわなくては損である。

「陛下には既にある程度事情はお伝えしていますが、基本的にはお二人の口から説明してください。応援しています。」

 一通り満足したのか、今のソフィーからは面白がる様子が消えている。前回王城の間に入った時とは違い、今回は私もガチガチに緊張していた。

 よく考えたら種族が違うのだ。普通に駄目出しされる可能性の方が高い。

 乃亜に至っては城に入る前からガチガチであった。今は先ほどに比べればマシだが、最初はソフィーが押さないと歩けてすらいなかった。

「乃亜、心の準備できた?」

「出来てない...けど多分いつまで経っても無理だよこんなの。逃げても許されるかな?」

 正直許される気はするのだが、ソフィーが首を振っていた。逃げさせてはくれないらしい。

「まあ基本的には私が話すようにするから...最悪二人で逃げちゃおう。」

 そういうと乃亜が笑いだし、緊張が少し柔らかくなるが、私としては笑い事ではない。ジルベール曰く、乃亜を拘束する案を出したのは私を睨んできた蛇のような男――宰相のアンドラスだというのだ。

 ジルベールには災禍衆とのつながりも無いようだったし、結局敵がどれだけいるのかを把握し切れていなかった。

 とはいえ、セーブは既にジルベールの屋敷で更新済みである。最悪どうにでもなると思えば心も楽になるというものだった。

「まあ...なるようになるか。」

 そう呟いて扉を開ける。一世一代の大勝負のつもりで、気合を入れて挑むのだった。




「おお!二人とも!事情は聞いているぞ、お似合いだと思っていたのだ!」

 覚悟を決めて踏み出したが、扉の先は歓迎ムードだった。というか事情の説明など要らなそうだった。

「なんか...気が抜けちゃったね?」

 そんな風に言ってくる乃亜。完全に力が抜けていた。

 歓迎ムードなのは王様だけでなく、周囲にいる数人の獣っぽい人たちもだ。前に来た時はずっと睨まれていた気がするのだが、今回は笑顔を向けてくれている。

「ソフィー?もしかして揶揄うために嘘ついてた?」

 ソフィーは特に驚いていないようだったので、少し聞いてみる。

「いえ、嘘は一つもついていません。事情を知った陛下がどうなさるかは考えればわかることではありますが、お二人が自分で話すべきだという認識は変わりませんので。」

 まあ確かに嘘をついたわけではないのかもしれないが、だいぶ想定と状況が違う。リゼットさんなどそもそも居なかった。この城の雰囲気を嫌ったのかもしれない。

「お父さん、話は何処まで聞いてるの?」

 乃亜が王様に寄っていって声を掛ける。実際私たちが婚約した話だけなら早いのだが、今回の話はそれで終われるものではなかった。

「ジルベールのやつがアンドラスめに言いくるめられて二人に危害を加えようとしたこと、二人が『予言』のことを知ってしまったこと、二人が好き合っていて婚約したということの三つだ。他に何かあるのか?」

 婚約の話が出た途端に周囲の雰囲気が湧きたつのを感じた。本当にずっと『予言』に悩まされていたのかもしれない。王城に勤めているような人が乃亜の婚約相手にずっと頭を悩ませていたというのは少し頭の痛くなるものがある。他にやることがあるだろうに。

「えっと、それで大丈夫...かな?一旦。飛鳥、こっち来て!」

 周囲に視線を走らせていたが、乃亜に呼ばれてしまったので王様のところまで進んでいく。

 話すべきことは色々ある気がするが、まず言わないといけないことは決まっていた。

「改めまして、紫水飛鳥です。乃亜と婚約することにしました、問題ありませんか?」

 定例だと娘さんを私に下さいとかいうべきなのだろうが、私の認識だとそれを言うべき相手は緋縞の家だ。なるべく避けようとしていたのは伝わっているが、政略結婚に使おうとしていた相手にそんな配慮が必要とは思えない。

「無論だ、むしろお願いしたかったくらいでな。飛鳥くんは...事情についてはちゃんと理解していると考えていいのか?」

 少し心配そうな顔で聞いてくる王様。

 理解しているのかと聞かれれば、ある程度は知れたとはいえ正直まだまだ知らない事情が隠れていそうである。現時点でも十分に面倒だが、今認識できているだけでも何が災厄なのかわからない、種族差がどう影響するのかわからないなど、理解できていないことはあるのだ。

「全部理解できているとは思っていませんが...まあ大丈夫です。どんな事情があろうと気持ちは変わりませんので。」

 素直な気持ちを述べると、乃亜は顔を赤くして俯いていた。横で恥ずかしがられると私も恥ずかしくなってくるのでやめてほしいものである。

「そうかそうか、愛されているな、乃亜。であれば問題はあるまい、事情については余の知る限りの全てを教えてやるから安心するが良い。」

 満足そうに頷くと、王様はそう約束してくれた。

「世間に婚約を公表せよ!今夜は宴だ!」

 王様がそう宣言すると、空気が揺れるほどの歓声が上がる。流石に嫌すぎて顔を歪めてしまうと、隣で乃亜が苦笑いをしていた。




 宴の最中、私は既に自室に戻ってきていた。

 城の中はもうどこもかしこも宴会ムードであり、どこに行っても酔っ払いに絡まれてしまう。気分が悪かった。自室の中でも外の騒ぎが聞こえてくるほどである。

 私も乃亜もお酒は飲まない主義なので、どこか雰囲気に乗り切れずにいた。私は平気で帰ったが、乃亜は恐らく王様とソフィーに拘束されたままだろう。私と乃亜の昼の世界での話を根掘り葉掘り聞きだしたいようだった。

 乃亜が私をどう思っていたのかが聞けるので、興味はあったが流石に周りに人が多すぎる。流石にそんな空間に留まる気にはなれなかった。

 窓の外でも、お祝いムードが広がっているのが見える。流石に仕事が早いというべきか、既に夜の世界中に私と乃亜の婚約は伝わっているらしい。

 本当なら王様に色々な話を聞きたかったのだが、あの様子では少なくとも今日は無理だろう。あまりにも浮かれていた。

 アンドラス――蛇の姿をしていた宰相は、既に城には姿が無かった。死刑にでもなったのかと思ったが、突如姿を消して見つかっていないらしい。逃げられたと考えるのが妥当だろう。

「色々面倒なことになったなぁ...」

 乃亜に告白したことは後悔していないのだが、正直二人で逃げてしまいたい気持ちが強くなっていた。まあ乃亜は認めないだろうからやらないが...

 とりあえず必要なのは情報である。明日はまともに会話が出来る程度になっていればいいなと思いつつ、ベッドで横になって時間を過ごしたのだった。




「飛鳥~!どうして助けてくれなかったの!?」

 次の日、朝ごはんの為に食堂へ集まると、一日中絡まれていたらしい乃亜が開口一番に恨み言を放ってくる。

「嫌なら乃亜も逃げればよかったじゃない。足止めに徹してくれたのかと思ってたよ、ありがとね?」

「も~!」

 頬を膨らませて起こる乃亜だが、かわいいだけである。実際乃亜も本気で嫌なら助けを求めていたはずだ。恐らく言ってみただけ――というより私も一緒に攻撃されていろという話だろう。

「お二人とも、本日のご予定は如何致しますか?王様はいつでも面会可能とのことでしたが。」

 相変わらず何も食べずに立っているだけのソフィーが予定を聞いてくる。

 王様は昨日だいぶ酔っぱらっていたように見えるのだが、もう仕事が出来るらしい。案外酒豪で雰囲気に酔っていただけなのだろうか。

 乃亜は私に任せるとばかり視線を寄こしてくる。正直昨日の今日で王様に話が聞けるのか不安だが、そうでなければ相変わらず図書館に籠るだけだ。

「面会可能だっていうなら王様に話を聞きに行こうか。さっさと世界を救って静かに過ごしたいしね。」




 玉座の間に入ると、最初に来た時と同じように、威厳ある雰囲気を纏って迎え入れられる。

 王様だけでなく、周りの人たちもものの数時間であの宴会ムードから切り替えたようだ。これが人間だったら数日酔いつぶれていそうなものなのに。

 今回は王様の横にリゼットさんも座っていた。やはり宴会の雰囲気が嫌で一足先に抜け出していたのだろう。私や乃亜に好奇の目を向けてきているのは気になったが、口を開く気はなさそうだった。

「飛鳥くん、昨日は済まなかった。リゼットのように人付きあいを嫌う性質だと乃亜から聞いてな...今後は対応を改めよう。」

 開口一番に謝ってくる王様。びっくりだ、国王様ってこんな簡単に頭を下げていいものなのか?

「いえ、大丈夫ですよ、逃げましたし。私が異端なのは理解してるので、好きにしてくれれば。」

「そうか?リゼットのようなことをいうのだな...まあ良い、聞きたい話があるのだろう?余の知ることであればなんでも答えよう。」

 すぐに本題に入る王様。やはり仕事は出来る人なのだろう。リゼットさんで私のような人への扱いも慣れていそうで助かる限りだ。

 聞きたい話は幾つかあったのだが、ひとまず種族差については問題ないとみていいだろう。特に何かを言われる雰囲気もない。であれば宰相のことと、災厄についてである。

「ではまず、宰相殿の扱いについてお聞きしたいです。」

「わかった。アンドラスめだが...奴は仕事は出来るのだが、何かと過激なところがあってな。今回ジルベールを唆したのも奴であればやりかねんといったところだ。無論、捕らえて処罰するべきところなのだが...腹立たしいことに行方が掴めぬ。」

 結局逃げたままどうしようもないということだ。ジルベールから話を聞いた限りだと、世界を心配しての行いなのかも怪しい気がしたのだが、城から逃げたことを考えるに敵と考えていいだろう。問題はその敵がなんなのかわかっていないということだ。

「見つけたら好きにしていいですか?」

「拷問ということか?まあ...良い。余の権限で許可しよう。ただでさえ罪を犯したというのに、逃げ出したのだ。奴もそれは覚悟の上だろう。」

 実際のところは脅して『契約』が手早いだろうが、とりあえず許可をもらえる。後の聞きたいことは災厄についてである。

「後は『予言』のいう災厄とやらに心当たりがあるのか、ってことです。私も乃亜も全然この世界のこと知らないから、思い当たる節が無くて。」

 そう聞くと、王様は少し言いにくそうに口を開く。

「当然の疑問だな。それなのだが...少し難しいところだ。長くなるが良いか?」

 ずっと王城を悩ませていただけはあり、簡単な話ではないらしい。問題ないと頷くと、王様が少しずつ口を開く。

「王城で幾度も会議を交わした結果、可能性としては三つ...いや四つに増えたといったところだ。一つ目は災禍衆。これは飛鳥くんも知っているだろう?」

 増えたというのがまるでいい予感はしないが、とりあえず災禍衆の話だ。

 実際二度も会い、実際世界の滅亡を企んでいるようなことを言ってはいたが、あれで災厄を名乗るには少々頭も力も足りていないように思える。

「あの程度なら、国で鎮圧出来ないのですか?」

 この世界に来た当初から覚えていた疑問をぶつけてみる。あの身体能力は脅威だろうが、数を揃えて戦えないということはないはずだ。

「それが難しいのだ。姿を見せるときは突然で、まるで根城を掴ませなくてな。その上戦闘能力も高い。本来なら討伐を頼めた相手も...今は難しくてな。」

 ふむと首を傾げる。軍は他の脅威に当たっているということなのだろうか。

「二つ目がその難しい理由だ。その...恥ずかしい話なのだが、七人の魔王の内の六人が王家に反旗を翻している。」

「は?」

 明らかにやばそうな話だった。七人の魔王とやらにも心当たりしかなかったが、それが反旗を翻しているなど、世界が滅びなくても国が亡ぶだろう。

「なんだってそんなことに...?」

 流石にこれについては理由を聞かないわけにはいかない。何か国に問題があるのなら、それを正さなければ二の舞だ。

「奴らが掲げる大義はこうだ。『王権』もなく、来る災厄に有効な手立てを取れないノワール王家など、我らが王と戴くに相応しくないと。」

 『王権』、聞き覚えのある単語だ。確かノワール王家に伝わる権能だという話だったはずだが、それで他の魔王を統べていたのだろう。御伽噺でも確かそんなことを言っていたはずだ。

「ふん、あ奴ら如きが災厄たるものかよ。妾一人で殲滅できるというのに。」

 唐突に口を挟むリゼットさん。怒りと軽蔑の入り混じったその声を王様がまあまあと宥める。

 何か気に入らない相手でもいるのだろうか?一人で殲滅できるというのも気になる話である。リゼットさんが言うと誇張表現という風に聞こえないのだ。

「『王権』ってなくなるようなものなんですか?」

 とりあえず気になったことを聞いてみる。

 本で読んだ限りだと魔王の持つ権能と同じで、世界に一つしかない代わりに、誰かが死んだときにその種族や血筋に継承されるという話だったはずだ。それが無いというのはだいぶ異常事態に思える。

「それが三つ目の理由だ。『王権』がないなど、本来ありえる話ではない。それが無くなってしまったというのが問題なのだ。」

 これまで出てきた中で一番大きそうな問題であった。それがどう災厄に繋がるかは謎だが、確かに世界の崩壊を招く恐れが高い話だろう。

「四つ目はなんですか?」

 とりあえず最後まで話を聞くことにする。現状出てきた問題はどれも災厄にふさわしくなかったり、私や乃亜でなくては解決できない問題とも思えないものだ。

「四つ目は...」

 言いにくそうに言葉を切る王様。一瞬周囲の様子を伺い、覚悟を決めたように口を開く。

「英雄だ。御伽噺は読んだか?」

「ええ、もちろん。」

 図書館に入ってすぐに読んだ話だ。確かにあれは滅亡の災厄としてはふさわしいかもしれないが、御伽噺が現実になるということなのだろうか?

「実はあの御伽噺は過去に一度起こった話なのだ。それを知っているのは一部の者たちだけだが...他の者たちが飛鳥くんへ敵意を向けていたのはそのせいでな。今は乃亜の婚約者となってくれたから、その分安心に繋がっているよ。」

 なるほど、対策も出来てない中滅亡を齎す災厄が現れたのではないかと危惧していたらしい。それが理由なのであればあれだけ敵意を向けられていたことにも納得がいくというものだ。

「正直なところ、滅びと聞いて思い浮かべるのは英雄だ。一番可能性が高いと思ってほしい。」

 そんな風に言ってくる王様だが、英雄とやらに心当たりが全くない。少なくとも昼の世界にそんなスーパーマンはいなかったはずだし、次にゲートが開くのは10年先のはずなのだ。

 そういえば災禍衆は人間族だった気がするが、もしかしてあいつらの中に英雄とやらがいるのだろうか?もしそうなら既に滅ぼされていそうなものだが、案外慎重な相手なのかもしれない。

「話を聞く限りだと私たちに今できることってあんまりなさそうだけど...六人の魔王って今どうしてるの?」

 黙って聞いていた乃亜が口を開く。乃亜は私と違って世界を救うのに前向きだ。自分から動いて解決の糸口を見つけたいのだろう。

「それなのだが...奴ら、それぞれで誰が新たな王となるかを争っていてな。故に、リゼットが言うようにそれほど脅威というわけでもないのだ。」

 そんなことを言いだす王様だが、話を聞く限りではありえない馬鹿の集まりである。まだ国にとってかわったわけでもないのに、既に身内で争っているとは...

「故に今すぐできることというのはあまりない。ゆっくりと過ごしてくれて構わん。」

 やる気を見せていた乃亜だが、そのセリフを聞いて意気消沈してしまう。

 しかし、暇だというならむしろ助かる限りだ。10年先まで何事もないのが理想である。

 しょぼくれる乃亜を連れ出し、いつも通り図書館へと向かうのだった。




「おや、乃亜様に飛鳥様。お話は聞いておりますよ、ご婚約なされたとか。おめでとうございます。」

 図書館に入ると、さっそくベルゼブブにお祝いを口にされる。乃亜は相変わらず顔を赤くしていた。

 夜の世界には知り合いが少なくて助かった、知り合いに会うたび毎回この調子ではあまりに会いに行くのが億劫である。まあ昼の世界にもそれほど知り合いなどいないのだが...

「あ、話を聞いたと言えばこっちもあった。ベルゼブブって七人の魔王の内の一人だよね?」

 七人の魔王というのは、七つの大罪の名を冠する権能を持っているという話だった。『暴食』のベルゼブブなど、オタクであれば全人類知っているだろう知識だ。

「ええ、そのように呼ばれております。『暴食』の権能を有する魔王でございます。」

 予想通り『暴食』のようだ。であれば他の魔王の名前も割れたようなものである。

「他の六人は反旗を翻したって話だったけど、ベルゼブブはどうして王家の下に?」

 気になった話はこれだ。七人全員が敵という訳ではなく、ベルゼブブは味方であるというのはかなり楽になる話だ。災厄である可能性は低いが、対処しなければならない面倒事ではあるし、それの対処に役に立つかもしれない。

「簡単な話ですよ、私達は王の座になど興味が無いからです。これほどの大図書館を任されているというのに、これ以上などないでしょう!」

 撤回だ。普通にベルゼブブが変なやつなだけであった。この調子では、大図書館が狙われない限りは対処に出てくるということもないのかもしれない。

「なるほどね、ありがと。いつも本を見繕ってくれて助かってるよ。」

 感謝を口にすると、ベルゼブブがにっこりと微笑む。

「こちらこそ、お二人ほどこの大図書館を楽しそうに利用してくださる方はそういません。館長冥利に尽きるというものです。」

 とりあえず敵対の心配はなさそうである。再度乃亜と感謝を告げ、読書スペースへと向かうことにした。




「せっかく時間があるというのに、恋人らしいことをしなくてよろしいのですか?」

 読書スペースで本を見繕っていると、ソフィーが爆弾を投げ入れてくる。

 私は顔を顰めるだけで済んだが、乃亜は手から本を落として顔から火を噴きそうなくらいに真っ赤になっていた。

 前から思っていたのだが、乃亜は髪も肌も見惚れてしまうくらいに美しい白さだ。それが赤くなると目立って仕方がない。

 あれではずっとソフィーに揶揄われるだろう。表面を取り繕えるようになったとしても、少し赤みが差すだけでバレバレなのだ。

「ソフィーがいなくなれば二人でデートしてるようなもんじゃない?」

 とりあえず矛先をこちらに向けるよう誘導する。ここ最近はずっと揶揄われ続けているのだ。少し可哀想だし、ここらで助けてやらないと本気で噴火しかねない。

 前に噴火してしまった時は紗希姉と二人でなだめるのにずいぶんと時間が掛かったのだ。二度目は避けたかった。

「お邪魔だと仰るのであれば席を外しますが...それで進展するとはとても思えません。」

 面倒な野次馬だった。進展も何も私と乃亜の関係はこれで完成しているようなものなのだが...

「飛鳥、デートする気あるの?」

 ソフィーの発言には耳も貸さず、先ほどの何やら期待の混じった声で聞いてくる乃亜。意図はわかるが素直に頷いていいかは悩みどころだ。私と乃亜の婚約は世界中に喧伝されてしまったのだ。外を出歩くなど自殺行為に近い。

「外に出ないなら、あるよ。」

 一瞬悩んだがそう答えると、乃亜は目に見えて気を落としてしまう。ソフィーには睨みつけられていた。

「外に出るのが嫌なのでしたら、せめて同じ部屋で寝るくらいはしたらどうですか?」

 続々と燃料を投下してくるソフィー。事態が落ち着いたからってここぞとばかりに野次馬を発揮してくるのは流石としか言いようがない。

「ダメに決まってるでしょう!?そんなの私の身が持たないわよ!」

 叫んでしまう乃亜。もはや耳まで真っ赤になっていた。

「恋人らしいことねぇ...」

 恋愛関係の話は数多く見てきたのだ。何をすればいいのかわからないなどと初心なことを言いだす気はないが、乃亜と私のそれには似合わない気がするのだ。

 こうして二人で本を読んでいるのが一番だというのは、私も乃亜も共通認識だろう。もちろんたまには外にデートに行ったりするのもいいとは思うのだが、今は無しだ。

「いいよ飛鳥、無理にやりたくないことしようとしなくて。そもそもソフィーが面白がって変なこと言いだすのがいけないんだもの...」

 感情が一周したのか、怒りの表情でソフィーのことを睨みつけていた。いつも私を睨みつける時よりずいぶんと怖い。

「その...申し訳ありません。せっかく結ばれたのですから、いつも通りというのも如何なものかと思いまして...」

 珍しく食い下がってくるソフィー。そんなに恋人としてダメな時間を過ごしているように見えるのだろうか?私としてはこれでいいつもりなのだが、乃亜にも聞いてみるべきかもしれない。

「乃亜はどうなの?いつも通りじゃ嫌?」

 聞いてみると、少し顔を逸らされる。どうやら嫌らしい。何か求めていることがあるのだろうか。

「あ、その違くて。不満ってわけじゃないのよ?でも、恋人らしいことはしてみたいなって...」

 私が顔を顰めたのを見て言い訳をする乃亜。前半も嘘では無さそうだが、明らかに後半が本音であった。恋人らしいことをしたらしたで恥ずかしがって耐えられなさそうなこともあり、ずいぶん難しい注文である。

 どうしたものかと考えていると、ポケットの中にしまっていたものを思い出す。

 恋人というにはステップアップしすぎな気がするが、私と乃亜の関係は婚約者になったのだ。それを考えれば適切である。

「じゃあわかった。乃亜にプレゼントがあります。」

 そういって乃亜に近づいていくと、乃亜もソフィーもずいぶん驚いた顔をしている。

 まあ見るからに手ぶらであるし、プレゼントなど何処で用意したのかも疑問だろう。構わず乃亜の元に行き、そっと手を取る。

「えっと、飛鳥...?プレゼントって...」

「私達に相応しいものだよ、つけてあげる。」

 せっかくなので左手の薬指に、マクスウェルの店で買った指輪を通す。魔道具というだけあって、自分でサイズを調整してくれるらしい。洒落の利いたアイテムだった。

 自分の手についたものをみて乃亜が固まってしまう。ソフィーすらも茶々を入れることなく、口を開けて固まってしまっていた。

「え~っと?お返事無しはちょっと恥ずかしいのですけど?」

 告白した時もそうだったのだが、静かになられると一瞬ひやっとした気持ちになってしまう。出来れば乃亜には耐性をつけてもらって、すぐに返事を返せるようにしてほしいところだった。

 その後も数分固まっていたが、動きを取り戻すと勢いよくこちらに抱き着いてくる。

「ありがとう!すっごく、すっごく嬉しい!大切にするね!」

 満開の笑顔で、幸せそうにそういうのだった。

これにて一章終わりです!

次回は二章に入る前に閑話を挟もうかなという気持ち。

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