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1章『予言』   11話 大事な人と世界、どちらを救う?

「≪世界は災厄により滅ぼされる。救えるのは王家の姫とその婚約者のみ。≫そういう『予言』があるのさ。あんたが狙われるのも、姫の婚約者に周りがうるさいのもそのせいだぜ。」

 襲ってきた刺客――災禍衆の男から、狙ってきた理由を聞き出す。乃亜が襲われる理由に心当たりがまるでないとは思っていたが、降って湧いた予言とやらが理由ならばさもありなんというところだ。

「しかし予言とは...当たるの?それ。」

 災厄の予言と聞いて思い浮かぶのは、恐怖の大王がどうこうというノストラダムスのやつだ。あれだってまるで当たりはしなかったはずだ。信じる人が多くて騒ぎにはなっていたらしいが...

「的中率100%の予言師サマのものらしいぜ?当たるんだろうよ。」

 もはや抵抗も無意味と悟ったのかはわからないが、男はずいぶんと簡単に口を開くようになっていた。逆に馴れ馴れしくて気分が悪くなってきたかもしれない。

 まあ権能があるような世界なのだ。予言とやらも能力の一つであれば、的中率100%というのも嘘ではないのかもしれない。

 だとして、私はまだしも乃亜に何か危害を加えるのはむしろ逆効果なのではと思うが...

「あれ、婚約者になりそうだから狙ったって言ったよね。私じゃ不合格ってこと?それとも滅ぼしたいの?」

 そういえばこいつらは暗殺者じゃなくてテロリストのはずだ。王様のチェックが当てにならな過ぎる気もするが、もしジルベールと組んでいたのであればお見合いの話など秒で破談に出来るし、乗り込んでもお咎めなしだろう。案外楽になるかもしれない。

「ハッ!滅ぼしたいに決まってるだろ!お前人間なんだろ?仲間にならねえか?」

 急に仲間に誘われてしまったが、頷ける要素がまるでなかった。いつでも死んで後悔しないように生きてはいるが、死ぬために生きるほど生の執着が無いわけではない。

 良く見ると、戦闘中は素早すぎて見えなかったが、男はこれといった特徴を持っていなかった。あの身体能力では信じられないが、私と同じ人間なのかもしれない。そういう意味では確かに仲間である。

 しかし、よく考えたらそんな風な発言をして、災禍衆の女には呪いをかけられたのだった。今回も頷いたら呪いをかけられるかもしれない。流石にあんな体験は二度とごめんだ。

「お断りで。乃亜助けに行かないとやばいかもだし、もう用済みかなあ。どうしよ?」

 ジルベールが滅亡を企んでいたのなら、乃亜の命も危ないはずだ。乃亜の戦闘能力は目にしているので、そう簡単に殺されるとも思えないが、無いとも言えない。まだこの世界には知らないことが多すぎるのだ。

 このテロリストは殺してしまってもいいのだが、後で情報を取りたくなった時が面倒だ。かといってここに放置するのも通行客の邪魔だろう。

「用が済んだなら殺せ。もうナイフも無いんだ、自殺も出来ん。」

 ずいぶんと潔いことだが、殺さないといけないほど状況は逼迫していないのだ。後で罪に問われかねないことはなるべくしたくない。

「殺す気は無いよ、逃がしてあげる。ただし、私と乃亜...セレスト姫に、今後二度と手出ししないこと。いい?」

 もちろん『契約』だ。もし先ほどの『契約』もまだ生きているのであれば、逃がしても次に会った時に質問攻めにすることができる。最悪ロードしてやり直せばいいと考えると、これが面倒を一番減らせそうなラインだ。

「ずいぶん甘いんだな、もしかして人殺しにビビったか?」

 わざわざ要らない挑発をしてくる。あまり時間をかけるくらいなら殺してしまってもいいのだが...

「下手な口を叩くなら、死んだ方がマシってくらいに後悔させてあげるよ?」

 顔は笑顔を保ちつつ、怒気をにじませた声で脅す。実際呪ってどこかに放置しておくのも手だった。発狂しそうな呪いしか知らないが。

 男はまったく怖気づく様子はないが、減らず口を追加してくることもなかった。合意ということでいいのだろうか?

「逃げていいってんなら逃げたいとこだがな。お前のせいで足が動かねえんだが?どうすりゃ治るんだよ。」

 足を動かしてみようと頑張っていたらしい、下を向いていたのがこちらを睨みつけてきていた。

「約束してくれたら治してあげるよ。どうするの?」

「そりゃいい。負けた相手に二度も突っかかるほど恥知らずじゃねえよ。どうせ殺し合いじゃなくて妙な術にハメられるんだろうしな。」

 悪態をつくが、『契約』が成立した以上、後はどうでもよかった。

「物分かりが良くて助かるよ、じゃあね。」

 心の中で詠唱を済まし、ジルベールの屋敷へと走り出す。

「あっ!おいてめえ!騙しやがったな!」

 人聞きの悪いことだ。既に足が治っているのに気が付いていないのだろう。

 最初の強制ロードから始まり、『契約』、戦闘中の『書き換え』、術法のお試しに無言の『書き換え』など、いい実験台になってくれた。次会えたら感謝を伝えてもいいくらいだ。

 まあ乃亜が無事でなければこの世界はなかったことになるのだが。




 屋敷の周囲は、前回見回った時よりも見張りが厳重になっていた。理由として思い当たるのは先ほど災禍衆とやり合ってしまったくらいしかないが、それで十分だろう。正面突破はかなり厳しそうだった。

 窓から入る案もあるが、そもそも何処に乃亜がいるのかわからない。

「通信機は当然反応ないし...どうしたものかなぁ...」

 王様に助けを乞う手もなくはないのだが、それだと大事になるだろう。助けに入る前に気づかれて、乃亜に危険が及ぶかもしれない。

 そもそも既に殺されてしまっているかもしれないし、ここではない場所に連れ去られている可能性もあるのだ。ロードがある以上、優先すべきは事態の把握だった。

 となると、侵入するべき択はもう一つ生まれる。ジルベールの元へ直接いき、どうにか『契約』を結んで口を開かせればよいのだ。

 入口で手袋とカードを見せれば会える可能性もゼロではない。もちろん難易度は高いだろうが...

「まあやってみるか。」

 本来なら慎重にやるべきところだが、やり直しが効くとなっては思いついた端から試すほうが有効である。最悪死んでも問題ないのだ、気分的には無敵である。


 一応使っていた気配を消す呪術を解き、代わりに容姿を変える呪術を使う。

 観光の際に監視をつけられていたかもしれないし、人族のままでは見張りと交渉するにも問題がある可能性が高いからだ。

 ソフィーから貰った手袋をつけ、正門に向けて歩き出す。

 見張りはパッと見では兵士や軍人のようには見えない。王城でもそうだったので油断はできないが、話しかけにくい威圧感はない。

 私が姿を見せると見張りの2人はこちらを睨みつけてきたが、いきなり排除しようとはしてこない。

「こんばんは、お二人。ジルベール公爵に用事があるのだけど、案内してもらえたりはしない?」

 とりあえず要件を告げる、頷いてもらえさえすれば後は『契約』でどうにかなるということもわかっている。

 乃亜に羨ましがられた時はよくわかっていなかったが、実際かなり便利な権能を手に入れていたことを非常事態になって実感していた。

「悪いが、公爵の許しがある相手以外を通すわけにはいかない。貴殿は吸血鬼のように見えるが…まず身分の提示からお願いしたい。」

 流石にいきなり毒ナイフを投げてくるような真似はしてこないらしい。順当に身分の提示を求められる。

「これでいい?」

 ポケットからカードを取り出し、見張りの人に見せる。

 正直自分でこのカードがどういった意味があるのか把握していないのだが、ソフィーの説明や魔道具店で見せた時の反応を見るに、かなり高い身分を示せると考えていいだろう。

 最悪変な反応をされたら強制突破を試してみるか…などと考えいたが、カードをみた見張りは目の色を変える。

「リゼット様の印形…!?貴方いったい…」

 前にも思ったのだが、王様のものではなくリゼットさんのものらしい。

 実際会って話した感じだと、王様に威厳が無いわけではないのだが、リゼットさんのオーラは次元が違った。

 しかも、リゼットさんは明らかにそういう政治的なやりとりに興味がありそうな感じでもない。そのリゼットさんが人の身分証明に手を貸しているというのが驚くべきことなのかもしれない。

「どう?これじゃあダメ?」

 価値があるのはわかっているのだが、その価値がどんなものなのか、身分を証明するに適しているのかはわからない。

「そうですね…私たちの方では判断しかねるというのが正直なところです。直接公爵様に伺って参りますので、ここでお待ち頂けますか?」

 そういうと、1人で屋敷に入っていく。

 流石にすぐに入れるというわけにも行かなかったようだ。しっかり相方も見張りに残しているので、勝手に中に入るというわけにもいかない。

 この時間に乃亜を見つからないように何かされていたら面倒なものだが、ジルベールに『契約』さあかけられればどうにかなるだろうと思い、策を練る。

 それほど待たされることなく、先程の人が姿を現す。

「お待たせ致しました。公爵様が直接お会いになられるとのことです。ご案内致します。」

 どうやら通してもらえるようだ。出発前にも色々教えてもらったことといい、リゼットさんには頭が上がらなくなりそうだ。本人は嫌がりそうだが、帰ったらお礼を言わないといけないかもしれない。

 

 外から見た時から思っていたのだが、ずいぶん広い屋敷だ。縦にも広かったので二階建てだと思っていたのだが、天井の高さを見るにそうでもないようだ。

 幾つかの扉を通り過ぎ、隠し部屋というべきところに案内される。何か仕掛けがあるというわけではないのだが、見つけるのに苦労しそうな場所だった。

 執務室のようなところにいると思っていたのだが、そんなことはないらしい。

 また私の素性がバレていて、不意打ちをしようと考えている可能性もあるが、私には危機感知があるのだ。不意打ちは通用しない。

「公爵様はこちらにいらっしゃいます。お二人での対話を望まれていますので、私は入りませんが…御配慮の程をお願い致します。」

 見張りに戻る前に頭を下げられる。

 なんの配慮を求められているのかはわからなかったが、二人きりというのは都合が良かった。

 扉を開けて部屋に入る。中は外から見ていたよりは広く、机を挟むようにソファーが設置されていた。

 密談に使う部屋のようだ。机にはお茶が用意されていた。既に奥のソファーにジルベールが座っており、対面のソファーに案内される。

 少し顔が強張っており、緊張しているように見える。よく考えたらリゼットさんは乃亜の母親なのだ。相手からしたら乃亜に危害を加えた矢先に使者が来るなど、恐怖でしかないだろう。

 まあこちらからすると危害を加えたのかも使者の扱いなのかもまだ確認が取れてない妄想なのだが…

 ソファーに座るとジルベールが口を開く。

「お待たせしてしまってすまないね。少々用事が立て込んでいて…用件を伺ってもいいかな?」

 乃亜から聞いていた通り、優しそうな柔和な声だった。しかし緊張が滲み出しており、こちらを見る視線も少し厳しいものになっている。

 『契約』を狙うのであればこちらが会話の主導権を握るべきだが、こちらの狙いを見抜かれるのもあまり良くないだろう。ここはジルベールの屋敷なのだ、周囲全てが敵と考えて動くべきである。

 相手が緊張しているのであれば、それを使って口を割らせてしまうのも良いかもしれないと切り口を悩んでしまう。

「用事、ね。それに関係することだと思うけど、心当たりはないの?」

 とりあえず圧をかけてみることにする。何か弱みを見つけられれば、それを条件に『契約』を持ちかけられるかもしれない。

「それは…いえ、そうですね。仰る通りです。」

 何やら顔を伏せるジルベール。やはり私のことをリゼットさんの使者だと勘違いしているのかもしれない。

「姫様はご無事です。抵抗が出来ないように拘束はしていますが…怪我をさせるような真似は全くしていません。」

 やはり乃亜達が連絡を出来なかったのはジルベールのせいだったようだ。リゼットさんが怖いのか、わざわざ『契約』を持ちかけずとも、口を割ってくれる。

「ですが…こちらにも理由があるのです。すぐに解放するわけにはいきません。」

 強い眼差しでこちらを見据えてくるジルベール。簡単に目的を達成出来るかと思ったが、流石にそう上手くは行かないらしい。

「姫様は婚約なさるつもりがないというのです。リゼット様は…貴方は!状況をご存知なのですか!?」

 声を荒げるジルベール。おそらく予言のことだろう。

 この言い分ではテロリストとの関与はなさそうだ。あれは純粋に私を嫌う誰かの差し金、もしくは純粋にテロリストに目をつけられてしまっているだけという訳だ、頭が痛くなる話である。

 乃亜が婚約する気がないというのは初めて聞いた話だが、まあ好きな人がこちらに居ないなら婚約も難しいだろう。仕方のない話だった。

「私は知っています。リゼット様は…察しておられるかと。」

 そう答えると、ジルベールは顔を憤怒に歪ませる。

「王家は世界を救う気がないというのか!やはり任せておけません、私が婚約者として公表致します。それが世に浸透するまで姫様を解放は出来ませぬ。」

 素直に答えたのだが失敗だったようだ。乃亜がいうように優しく、正義感の強い人なのだろう。それに行動力が伴い、面倒なことになっている。私の嫌いなタイプの人種だ。

 こうなってしまっては乃亜の居場所を普通に聞き出すのは難しいだろう。『契約』を狙う方に方針を切り替えるべきかもしれない。

 いや、もし想像通りの性格なのであれば、もっと簡単な方法がある。

「そういう訳にもいきません。世界を救うつもりがあると証明できれば、セレスト様の居場所を教えていただけますか?」

 ひとまず質問を投げかける。全く話を聞き入れてもらえないようであれば、後はやり直すしかない。

「もちろん、世界を救えるのであれば我ら一同反逆者として首を落とされても良いつもりです。ですが、いかにして証明するというのですか?姫様にその気がないというのに。」

 そういうジルベールの顔は、怒りの中に幾分かの悔しさをにじませていた。

 そういえばこの人はお見合い相手でもあるはずなのだ。今回のお見合いなど元より利権目当てだと思っていたし、世界を救うという大きすぎる理由まで出てきたのだ。

 心から乃亜を想ってお見合いに名乗りをあげた人など一人も居ないのだろうが、それでも世界を引き換えにしてさえ自分が選ばれなかったというのは、忸怩たる想いがあるのかもしれない。

 というかそこまで乃亜に想われている相手に心当たりが未だにない。そんな様子がまるでなかったので考えていなかったのだが、最後の可能性に目を向けるべきなのかもしれない。

 いや、事ここに至ればそうであることを願うべきかもしれない。そうでないなら乃亜を連れてこの世界から逃げることになるが、乃亜はそんなことは望まないだろう。

 世界と大事な人、どちらを救う?

 乃亜の答えは既に幾度も聞いたことがあった。自分の答えもだ。ならばあとは実践するだけだろう。




 目の前で使者であったはずの姿が変わる。何やらマナの気配は感じていたが、姿を変える呪術を行使していたらしい。

 現れたその姿は観光の際に姫様と一緒にいた人間族の男の者だった。確か飛鳥と呼ばれていたはずだ。

 最初に報告を聞いたときは耳を疑ったものだ。人間族など夜の世界にはほとんどいない。

 まず間違いなく姫様が昼の世界から連れて来たのであり、その男こそが姫様の言う好きな人なのだろうと考えていた。だからこそ、婚約者として公表する前に一度話をしなければならないだろうとも。

「まあ証明のために乃亜が必要だから、さっきの発言が間違ってるっていうのは正しいんだけどね?聞く価値はあると思うよ。」

 先ほどまでの硬い雰囲気を崩し、声が一段高くなる。姫様の呼び方も変わっていた。

 性別の判断が難しかったと聞いたが、実際相対してみるとその理由が良くわかる。容姿や声だけでなく、雰囲気までもが男性らしさと女性らしさを兼ね備えている。

 高貴な身分が持つそれとは違う、不思議な引力のある雰囲気だった。

「...ええ、聞きましょう。貴方の身分については、そのあとに問いただすとします。」

 とはいえその雰囲気に飲まれるわけにもいかない。世界を救う一大事なのだ。

 首を落とされる覚悟までして踏み切った行為であり、そう簡単に頷くわけにもいかないのだ。

「私には『契約』っていう権能があってね。相互の同意があれば、相手の行動を縛ることが出来るんだ。これで乃亜が世界を救うように縛ってあげる。」

 想像だにしない方法だった。権能が本当のものかはわからないが、それが出来るというなら確かに証明にはなるだろう。

「...理解は出来ます。出来ますが、その権能をまず証明してもらいたい。」

 まずはここからだ。権能というのは相手が使っているかどうかの判断が難しく、これを条件とするのはまず難しいことである。あるのだが、ただ自分が婚約者として世界に名乗り出るというのも、解決策として正しいとは全く思えなかったのだ。

 よりよい方法があるならそちらを模索するべきである。

「ん~、じゃあとりあえず一回試してみようか?私が指を鳴らした三回回ってワンということ、いい?」

「??? それが『契約』の条件ということか?まあいいだろう。」

 そう答えると飛鳥は指を鳴らす。すると、身体が勝手に回転し、喉がワンと声を鳴らす。

 驚いて目を丸くしていると、飛鳥は声を上げて笑い出した。

「ふ、あはははは!いやごめんね、別に笑いものにする気じゃなかったんだけど、流石に面白くて。」

 確かに傍目に見れば滑稽に映るだろうが、何の抵抗も出来ずに行動を強制されるなど、ずいぶん使い勝手のいい権能だ。人間族には強い権能が備わりやすいというのは噂話ではなかったのかもしれない。

 確かにこれで姫様の婚約を強制できるのであれば、問題は解決するかもしれない。心は痛むが、世界の為だ。仕方のない犠牲と割り切るしかないだろう。

 ただ、この権能を姫様にかけるという保証がまるでない。それを縛るのにも適している権能だと思うが、相手が権能を使ったかどうかはこちらでは判断できないのだ。

「どう?お気に召さなかった?」

 そう聞いてくる飛鳥。こちらのホームにいるというのに、ずっと余裕を崩さない。先ほどのように遊びを交えることまでするほどだ。他にも強力な権能があり、状況の打破が難しくないのだと考えるのが妥当だろう。

 姫様が連れてきたのであれば、夜の世界に来て数日しか経っていないはずだ。それが呪術や権能を容易に扱え、こうして交渉ごとにまで持ち出せるというのは異常だった。リゼット様が目を掛けるだけの理由があると考えるしかない。

「いくつか気になる点はありますが...手段として有効なことは認めます。ただ...」

「ただ?」

 言葉を切ると、不思議そうな顔で首を傾げられる。無垢でかわいらしい所作で、自分の提案が姫様にどれだけダメージを与えるかなど考えてすらいなさそうだ。

 無邪気さゆえの考えなしなのか、そもそもそんな手段を取る気が無いのかを探るには、持っている手札が相手に通じそうになかった。

「いえ、気になることがあるのです。姫様の想い人というのがどなたなのか、貴方はご存じでは無いのですか?」

 姫様は想い人と結ばれない理由を高望みなのだと言っていた。逆ならまだしも、姫様からして高い相手などこの世の何処に居るのか想像もできない。最初に聞いたときは深く考えていなかったが、20年間を昼の世界で過ごしたことからも相手は確実に昼の世界に居ると言える。

 もし相手に心当たりがあるとするならば、飛鳥が一番よく知っているはずなのだ。

「まあ聞いても教えてくれなかったから知らないっていうのが正直なところだよ、心当たりもまあ...あんまり?なんで婚約する気が無いのかは正直わからないんだよね。」

 ずっと軽い調子で言葉を続けていた飛鳥だが、心当たりの話で少し顔を顰めていた。まるでないというわけでもないのだろう。ただ理解できない部分があるというような感じだった。

「私は...いえ、この屋敷の者は皆、姫様の想い人が貴方ではないかと考えているのです!貴方が、姫様の婚約者になるおつもりはないのですか!?」

 つい声を荒げてしまう。本来なら姫様は昼の世界でゆっくり安全な毎日を過ごされるはずだったのだ。それが『予言』のせいで突然夜の世界へ呼び戻され、望まない相手と婚約させられるなど、あってはならないことだとずっと心を痛めていたのだ。

 それが想い人と、それも世界と比べて遜色ない相手とであれば、幾分か幸せになれるはずである。

 種族が違うと問題になる部分もあるだろうが、少なくとも自分たちは全面的に味方をするつもりであった。

「私が、ねえ。そうだといいなって思うよ。」

 ずっと余裕を持っていた飛鳥の雰囲気が消える。その表情は姫様のものと同じ、恋する相手を想うもののようにも見えた。

「婚約者になるかどうかは...乃亜次第、でしょう?」

 ひどく不安げに揺れる瞳に、つい頷きを返してしまう。

 全てが丸く収まるようにと願わずにはいられなかった。




 どれほどの時間が経ったのだろう、透明な板で区切られた内側は、外で渦を巻く水の音以外に何も情報は得られなかった。

 ソフィーはどうやら休眠状態に近く、息をしているのは確認できたが、意識を取り戻す様子はない。

 こうして一人でいると、嫌でも思考が止められない。考えてしまうのは『予言』のことや飛鳥の安否、それにジルベールの残したつぶやきだった。

 『予言』については全く聞いたことが無かった。それどころかそうした話をしているところを見たことすらない。

 なぜ急に呼び戻されたのだろうとずっと疑問には思っていたのだが、紗希姉やソフィーは知らないの一点張りだし、お父さんもお母さんもその理由については明かしてくれなかった。

 教えてくれなかった理由を察せないほど子供ではない。ただ重荷を背負わせたくなかっただけなのだろう。昼の世界に渡った理由についても聞いていないのだが、それだって私のことを考えてのことだと思う。それくらいに優しい人達ばかりだった。

 ジルベールだってそうだった。鎖にからめとられた時には騙されていたのかと思ったものだが、あの優しさ故に世界が滅ぶのを黙って見ていられないのだろう。どちらがより大事かというだけだ。

 世界と大事な人、どちらを救う?

 その問いに答えを出したのだ。私が大事な人というのは少し誇張表現であるが。

 ずいぶん悩むことになったが、既に私も答えを出している。次にジルベールが来たならば伝えようと、そう思っていた。

 不意に周囲の水音が止む。

 何が起こったのかと辺りを見渡すと、聖水が全て氷結していた。

 聖水との間を仕切っていた板が取り除かれたかと思うと、氷の一部分がしゅうしゅうと音を立てている。

 向こう側が赤くなっているのを見るに、溶かされているらしい。

 ジルベールが会いに来たのだろうと覚悟を決めるが、姿を現したのは呆れた顔をした幼馴染だった。


「流れる水とか今日日聞かない弱点なのに...よくもまあこんな規模で用意したもんだよね。」

 鎖をほどきながらそんな風に言ってくる飛鳥。飛鳥のことを考えるあまり、幻覚を見てしまったのかと一瞬疑ったが、どうやら本物のようだ。

「飛鳥...どうしてここに?襲われたりはしなかった?」

 連絡が出来なかったのだ。飛鳥が緊急事態を察して助けに来ること自体は想定出来たのだが、元から暗殺が懸念されていたことや、ジルベールの屋敷に入り込む難易度の高さを考えると、やはり助けに来るのは難しいはずだった。

「乃亜を助けに来ただけだよ。襲われはしたけど、まあ解決済みだし気にしなくていいかな。」

 鎖を外す飛鳥はソフィーには目もくれない。わかっていたことだが、ソフィーも飛鳥の中では邪魔な他人の一人なのだろう。有事の際に気にしていられる一人ではないのだ。

 その飛鳥がわざわざ助けに来るほど特別扱いしてもらっているという事実にどうしても心を揺さぶられてしまう。世界をとる覚悟をしたのに、その覚悟が揺らいでしまいそうだった。

「乃亜、聞かないといけないことがあるんだ。答えてくれる?」

 こちらには視線を向けず、鎖と格闘しながらそう聞いてくる。

 口調は優しいが、重要なことなのだろうことが窺えた。元より断るつもりなどないが、頷くほかにない。

「『予言』は聞いてるんでしょう?世界、救う気ある?」

 一瞬言葉に詰まってしまう。ジルベールには伝えようと覚悟を決めていたことだが、飛鳥を目の前にして、一瞬諦めきれなかったのだ。

 しかし、災厄がいつやってくるのかはわからないが、向こう十年は飛鳥もこの世界に居るのだ。救わなければならない。

「あるよ、当然。婚約も、するわ。」

 何とか声を絞り出す。泣き出しそうになるのを必死にこらえて、声にも出さないようにする。

 飛鳥は人の内面を見抜くのが上手い。心配はかけるかもしれないが、隠そうとしていると伝われば聞いてこないはずだ。

 何より、泣いてしまっても飛鳥には事情がほとんど分かっていないはずだ。迷惑をかけてしまうだけになる。

 そう思って歯を食いしばっていたのだが、鎖を外してくれた飛鳥が思いもよらないセリフを放つ。

「じゃあ――婚約、私としない?」

 絶対に無理だと諦めていたのに、飛鳥の方から告白を受ける。あまりの衝撃に口を開けて呆けてしまった。




 世界と大事な人、どちらを救う?

 この問いに対する答えは簡単だ。世界一択である。

 考えるまでもない答えだ。そもそも世界が無ければその大事な人とやらも死んでしまうのだから、当然の優先順位である。

 つまり、世界が無くなっても大事な人が死んでしまわないのであれば、答えは違うということだ。

 私――紫水飛鳥の答えとしては、≪世界如きより乃亜の方が大事≫であった。

 世界を救うと聞いたとき、ああやっぱりと思った。

 乃亜は人を見捨てられるような性質ではない。ほとんど過ごしたことのない世界だとしても、乃亜が見捨てられるとは思わなかった。

 であるなら、私が取るべき行動は一つだ。大事な人を守るために『予言』の舞台に立つしかない。

 大事な人のために世界を救う。それが私の答えだった。

 願わくば、乃亜の想い人が私でありますよう。




 告白――自分ではそのつもりだったのだが、乃亜からの返事は無い。

 返事に困っているというよりは放心状態に見えるが、どちらにしても困るというものだ。

「あの、お返事は...?」

 そう聞くと、乃亜は我に返ったように動きを取り戻す。

 違った。眼をぐるぐるにして回転しだした。混乱は解けていないようだ。

「乃亜、ちょっと落ち着いて?」

 肩を掴んで動きを止めると、乃亜が情けない声を漏らす。

 この時点でほぼ勝ちは見えているようなものだったが、大事なことは言葉にするべきだし、後ろの観客もそれを望んでいるだろう。

「ふえ、あの、えっと...飛鳥...どうして?」

 口を開いたかと思えば、出てきたのは告白の返事ではなく疑問だった。

 前から思っていたのだが、乃亜は少し鈍感すぎる気がする。想い人が私なのであれば、もっと早くに告白してきても良かっただろうにと思ってしまったのだ。

「私は乃亜が好きだから。逃げてもいいと思うけど、世界を救うならお手伝いしたいなって。」

 明確に回答を口にする。

 実際普段から乃亜のことは好きだと伝えているはずだし、これ以上ないほど特別扱いもしているはずなのだ。

 面倒を嫌う私だが、乃亜の面倒ごとであれば手を出して解決していたし、発生する前に済ましてしまったことだってある。

 そうでなくても私が面倒がらずに口を利く相手など乃亜しかいないのだ。高望みだなどと、何を勘違いしたのだろうか。

「で、でも、飛鳥は面倒ごとが嫌いで結婚も嫌だって言ってたじゃない。それどころか恋愛だって興味無さそうだったのに、急にどうして...」

 成程、言われてみれば確かに心当たりも沢山あった。実際結婚などと明言するのが必要なのかと思っているし、乃亜との関係は今のままで十分で、わざわざ恋愛をしようとする気もなかった。

 そういった風に会話をしていたのが、乃亜を悩ませていたのかもしれない。

「それは言ってたけどさ...あのね、乃亜。一度しか言わないからよーく聞いてね?」

 座りこんでしまっている乃亜に目線を合わせ、深呼吸をする。改まって告白するとなると緊張するものだ。

「私はね、緋縞乃亜のことが大好き、愛してる。世界なんかよりもずっと大事に思ってるの。だから――世界くらい救ってみせるよ。」

飛鳥と乃亜の馴れ初めとか過去話は次の章の後半でやる予定ですので、楽しみに待っていてくださいまし。

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