1章『予言』 10話 完全なる『不死』
世界が切り替わる
「あの魔晶、すごくセーブポイントっぽく...!?」
「めちゃくちゃわかる、FFの12とか結構あんな感じだよね。」
覚えのある会話だ。目の前には魔道具による噴水があり、美しい魔晶が輝いている。
喉に手を当てるが、傷ついている様子はない。先ほどまでの記憶はなんだ...?
「飛鳥?どうかしたの?」
心配そうに乃亜がのぞき込んでくる。
どうかはしたのだが、説明しようにも私が状況を理解できていなかった。
「ちょっと...考え事。いつか教える。」
そう返すと、心配そうな表情のままに乃亜は頷いてくれる。相当苦しそうな顔をしているのだろう。自覚はあった。
白昼夢というにはさっきの状況には実感が伴いすぎていた。予知のような力かもしれないが、いつのまにそんなものに目覚めたのか記憶がない。
まさか目の前の魔道具が本当にセーブポイントだとでもいうのだろうか?しかし、そんな力があるのであれば、こんなところに放置などされず、それこそ王城にでも秘密の魔道具として隠されることになるだろう。
ソフィーから特別な説明もなかったし、そういう都市伝説的な話もされなかった。ということはこの魔道具が問題というわけではないはずである。
「色々...試してみるか。」
もしさっきまでの記憶が本当に起こったことであり、ここに戻ってきたのがセーブしたからだというならば、死をトリガーにロードされたということになる。
しかし、死ななければロードできないセーブなど、セーブとして不適格だ。何より、ここは私がセーブと口走ったタイミングなのだ。
であるならば、口にするべき言葉も自ずと決まるというものである。
「ロード。」
世界が切り替わる
「あの魔晶、すごくセーブポイントっぽくない?」
「めちゃくちゃわかる。FFの12とかあんな感じだよね。」
今度は覚悟していた分、セリフも元通り言い切ることが出来た。少なくともロードは自由なようだ。
「お二人も水浴びをなさいますか?」
覚えのある会話が続く。この先をどうするべきか考えるが、この能力があるならやりようは幾らでもありそうだ。
「いやよ、替えの服もないし。」
「そういうと思った。私も無しかな。」
とりあえず覚えの通りに話を進める。
問題が起こるとわかっているなら、後は対処を考えるだけだ。幸い、何度でも機会はある。
便利な能力を手に入れたものだと笑みが溢れるのを止められなかった。
ひとまず乃亜達と別れ、湖に来る。
屋敷に行く前にロード能力について幾つか試してしまおうと考えたのだ。
今後何度も使うことになるだろう能力だ。知らないことはなるべく無くしておきたい。
まず今わかっていることは死んだら強制ロード、自力のロードも出来るということだ。
とりあえず、1番の問題はロード回数に制限はあるのかということだ。
普通に考えたらそんなものがある訳ないのだが、これはゲームではなく人生なのだ。そもそもやり直しが効く方がおかしい。
しかし、この能力を手に入れたのだろう理由を考えると、制限はないようにも思う。というか確認のしようがなかった。
恐らくこの能力は初めて『書き換え』を行った時に、『不死』の呪いが私の役に立つよう書き換わったものだ。
もし死による強制ロードが寿命にも適応されるのであれば、それは完全なる『不死』と言っても良いだろう。精神の磨耗までケア出来ているのかはわからないが。
役に立つようにとは言ったが、想像以上のものになっていた。もう一つの『禍根』とやらもどうなっているか楽しみというものだ。
一応念のため『書き換え』を行い、制限なく使えるようにしておく。
次の問題は、言葉にするのが能力のキーなのかということだ。
権能や術法は、能力や詠唱を口にしなくても能力を発動することは出来るし、心の中で使おうと思わなければ、口にしても発動しない。
これは簡単に試せるので、何度かロードと口にしてみたが、噴水の元に戻ることはなかった。
次はセーブが自由なのかということだ。
セーブポイントに何らかの制限があるかもしれないし、ゲームの例を考えれば特定条件下では使えないということもあるかもしれない。
これも試してみようと思い、セーブと口にし、少し距離を取る。そしてロードと口にすると、噴水ではなく先程のセーブ地点に巻き戻った。
とりあえずセーブはある程度自由に可能なようだ。
最後の問題はセーブスロットが幾つあるのかだが、まあこれは恐らく一つだろう。
ものは試しと噴水の方を思い浮かべてロードと口にしてみたが、巻き戻った先は湖だった。
実際どこに戻るかなど、表示されてもいないのに選べるとも思えないし、これは仕方のないことだと納得する。
まだあまり時間は経っていないので、乃亜達も屋敷に着いた程度だろう。
クリアの為の最低条件は乃亜と一緒にこの街を出ることだが、最高条件は刺客を倒し、ジルベール公爵から話を聞き出すことだ。
乃亜達の評価や、王様の選んだ相手がたまたま悪かったなどとは流石に考えにくい。
ということは、私や乃亜に狙われる理由が明確にあるということだ。それを改善しないことには城に帰っても安全は保証しきれないだろう。
そして、私に出来ることなら出来るまで最高条件を目指せるのだ。面倒ではあるが頑張りどころである。
「しっかし、セーブはこまめにする主義だったんだけどなぁ。」
セーブスロットが一つしかないのも問題だが、ゲームと現実ではそもそもの危機感が違った。
ゲームならばそもそも負ける気はしなかったし、先の展開も見えていたが、現実ではそうもいかない。
少なくとも最低条件は逃さない場所でセーブをするよう気を配る必要があるだろう。幸い今回は詰みではない場所でセーブすることが出来ていた。
「リベンジ開始と行くか。」
リベンジに際して、二つ『書き換え』を行っておく。一つは危険を感知出来るようになること。二つ目は反応速度の引き上げだ。
術法を学んで自衛の術を身につけたとはいえ、私自身は引きこもりの人間でしかないのだ。不意の非常事態に対応出来るような身体能力はない。
先制攻撃でダメージを喰らいすぎてしまっては、術法を扱うことすら出来ないのだ。先程の毒ナイフは苦い教訓になった。
先程と違ってまだ蒼い月が沈んだばかりの時間だが、背後にひしひしと気配を感じる。先程の刺客だろう。
振り返ってみると、物陰に同じ濁ったマナが見える。
前回はまず先制攻撃を譲ったのがミスだった。今回はこちらから攻撃を仕掛けようと魔術を用意する。
マナの変化を感じ取ったのか、物陰の気配が動く。
すると、一瞬イメージが流れ込んできて、身体が勝手に回避をする。
鈍色の光が顔の横を過ぎ去るが、今回は掠ることすらなかった。
「ヒュウ、ほんとに便利な力だなぁ。」
『不死』を『書き換え』た実績のお陰で、私の権能に対する信頼度はかなり上がっていた。結果が読めないからと渋らずに、もっとどんどん『書き換え』てしまっていいのかもしれない。
刺客が物陰から逃げてしまう前に、練っていたマナを使って足元を凍らせてしまう。練習の甲斐あって乃亜がやっていたように、光の玉を生み出すことなく魔術を扱えるようになっていた。
しかし事前に察知したのか、刺客は回避していた。
「聞いていた話と違うな…紫水飛鳥って人間じゃないのか?」
姿を現し、口を開く。前回のでかなり慎重な相手なのかと思っていたが、案外そうでもないのだろうか?
「合ってるよ?会話に応じる気があるんなら、色々聞きたい話があるんだけど。」
せっかくなので情報を聞き出そうと試みる。まあ応じる訳がないだろが…
「はっ!いいだろう!ただし、お前が俺に勝てたらな!」
そんなことを言ってナイフを両手に持ち突進してくる。
しかし、まさか受けてくれるとは思わなかった。勝てるかはわからないが、頑張る気になるというものだ。
突進に合わせて氷の壁を出現させるが、刺客は大回りして回避する。
随分と動きが速い。何の策もなく魔術を当てるのは難しそうだ。
「そんなトロい術が当たるわけねえだろ!?避けんのが上手えみたいだが、すぐにブチ殺してやるよ!」
思っていたより饒舌なやつである、苦手なタイプだ。まあ得意なタイプなど居るのかと聞かれれば返答に困ってしまうのだが。
一旦魔術による攻撃を諦め、呪術で身体能力を強化する。刺客のスピードに追いつけるほどではないが、攻撃を問題なく回避できるようにはなった。
「ッチ、ちょこまかしやがって…お前一応男だろ!日和ってねえで殴りに来いや!」
昭和か…?この令和の時代には似合わない価値観だ。少なくとも私は持ち合わせていない。
「男だけど、性別何か関係あるの…?」
「あるに決まってんだろうが!男子たるもの強い肉体を誇るべきだ!」
終わっている。全く理解出来ない思想だった。
というかその価値観で不意打ち毒投げナイフはありなのかよと文句を言いたい。
「悪いけど、勝てば何でもいいと思うよ?私は。」
「なにぃ…?分かり合えねえな、女みてえな喋り方しやがって。もういい!ブッ殺す!」
駄目だ。明らかに脳まで筋肉で出来ているタイプのそれである。
さっきの毒投げナイフは誰かの入れ知恵だろう。こいつに思いつきそうな戦略ではない。
さらに動きを加速させる刺客だが、もう面倒くさくなったので『書き換え』てしまうことにした。
「まだまだ加速するぜ!お前如きじゃ避けらんねえよ!」
そういって突進してくる刺客だが、既に私の周辺は魔術によって空気の壁を作っている。猛スピードで突進すれば自滅するのは相手の方だ。
空気の壁に激突して鈍い音を立てる刺客だが、折れたのはナイフだけで、身体は無事のようだ。筋肉馬鹿は伊達ではないらしい。
「あぁ!?んだこれ!何しやがった!」
うるさく騒ぎ立てるが答えてやる義理は無い。
≪変革を。我が意に従い理を曲げよ。お前の足は動かない。≫
馬鹿が喚き散らしている間に詠唱を済ます。後は煮るなり焼くなり好きにするだけだ。
「何言って...あ!?本当に動かねえじゃねえか!?まさか遠隔で呪術が使えるってのか!?」
「違うよ、別に使ってみたら出来そうだけど...まだやる?」
ニッコリ笑顔でそう聞いてみるが、刺客の闘志はまだ衰えていないようだった。
動きを止められていない手でナイフを投げつけてくるが、感知を得た上に身体能力まで上げた今の私にはまるで当たらない。
「クソが!妙な術使いやがって...だが俺にも権能はあるんだぜ!」
そういって地面を殴りつける。身体の強化が権能だと思っていたのだが、さっきの言い方的にそれは権能では無いのだろうか?筋トレしたとかでは説明のつかない速度だった気がするが、種や仕掛けが無いとは思えない。
権能というのはどうやら衝撃を伝える能力のようで、地面越しに私を殴ろうとしたようだったが、感知によって見え見えである。飛びずさって回避していた。
「これも避けんのか!?クッソ!女みたいな男に負けるとは...」
「お?負けを認めるの?」
少しは痛めつける必要があるかと思っていたのだが、案外物分かりはいい方なのかもしれない。
「お前は何したって避けやがるし、俺は動けねえと来たもんだ。負けだろ、しゃーねえ。悔いはあるが先に死んでやらあ。」
ずいぶんな発言である。殺されたとはいえ殺し返す気は無いのだが...
「死ななくていいから質問に答えてくれないかなあ?君、災禍衆だよね?」
見覚えのある黒いローブはこの世界に来る理由になった女の者と同じだった。あの女も意味の分からない身体能力をしていたし、災禍衆は共通して身体が強いのかもしれない。
「そうだ...ってあぁ!?なんで俺は答えてんだ!?」
私が『契約』の権能で縛っていたからである。
沈黙は金なのだ。俺に勝てたらなどと適当な条件で受けるやつが悪い。
「いいからいいから、なんで私を狙ったの?」
「姫の婚約者として一番可能性が高いって話を聞いてたから...って!クソが!どんだけ奇妙な術を持ってやがるお前!卑怯だろ!」
何も言わずに毒ナイフを投げてきたやつのセリフではないので無視だ。そもそも一回殺されているのである。この程度は妥当な対価だろう。
「あんまりぐだぐだいうと『不死』と『禍根』使うよ。婚約者婚約者ってみんな乃亜の婚約者のこと気にしてるよね...なんでか知ってる?」
思い返せば、初めて王様に会った時からずっとだ。最初はお見合いを断るための口実になるからだと思っていたのだが、ソフィーが私たちをくっつけようと画策していたり、乃亜が危ないとわかっていてもリゼットさんが送り出すほどの理由があるはずなのだ。
考えていて別にないかもと思ってしまった。ソフィーは面白半分や紗希姉の影響の可能性が高いし、リゼットさんは別に危なくても自分で乗り越えろとか思っていそうだ。
「なんだ、そんなことも知らねえのか?それは...
飛鳥と別れてジルベールさんの屋敷へ向かう。
別れる前の飛鳥の様子は気にかかったが、困っていて私が助けになれるなら、飛鳥は相談を惜しむタイプではない。相談してくれなかったということは、出来ない事情があるか私では力になれないかだ。
飛鳥を一人残して自分は夜会に出るというのもあまり気分の良い話ではなかったのだが、そもそも飛鳥は夜会など参加したくないだろう。つまり、私が無駄に気にしすぎているだけだということである。それはわかっているのだが、心配なものは心配だった。
「飛鳥様が心配ですか?」
よほど表情に出ていたのか、ソフィーにそう聞かれてしまう。
「ん、まあね。要らない心配だってわかってるんだけど...どうしてもね。」
そういって苦笑する。今からジルベールさんと夜会なのだ。飛鳥が心配などと表情に出したままでは、雰囲気を壊してしまう。
胸の前で手を叩いて思考を切り替える。心配ならば出来るだけ早く切り上げ、すぐに帰れるようにしてしまえばいいのだ。私の交渉次第では今日中に帰れるかもしれない。
そう考え、足早に歩を進める。屋敷の入り口が見えてくると、ジルベールさんが直々に出迎えてくれていた。
「どうも姫様。観光はもうよろしいのですか?」
「ええ、とても楽しかったです。魔道具の加工には興味があるので、またお邪魔させてもらうこともあるかもしれません。」
にっこりと柔和な笑顔のまま挨拶をくれるジルベールさんに、こちらも礼儀正しく応対する。
この礼儀正しくというのが私は苦手だった。飛鳥は形だけならこういうのは得意だから以外である。形だけなのだが。
「ジルベール公、わざわざ外までお出迎えにいらっしゃったのですか?それとも何か異常事態など...?」
ソフィーが疑問を口にする。確かに時間を伝えていた昼の来た時ですら、ジルベール公は室内で待っていた。それが何故外で待っていたのだろう?
「いえ、ちょうど夜会の準備が出来たところでして。姫様たちがどうしているか見てみようかと悩んでいたところなのです。ちょうど帰ってきてくださったお陰でお邪魔をせずに済みました。」
そんな風に言うジルベールさんにソフィーは怪訝な顔を隠しきれずにいた。お母さんから話を聞いてから、ソフィーはずっとこの調子なのだ。
「ありがとうございますジルベールさん。でしたらさっそく夜会に致しましょう?」
変に話がこじれないうちに切り上げて、夜会を始めてしまおうと促す。
お酒が入ればソフィーに注意が向くこともないだろう。ソフィーの警戒は薄れなそうだけど...
「承知しました。ではご案内いたします。」
屋敷の中を案内してくれるジルベールさんの後ろを歩く。ひときわ大きな扉の前で立ち止まり、扉を開いてくれる。
「どうぞ姫様。中央の席でございます。」
「ありがとうジルベールさん。」
頭を下げて席へ向かう。宴会の作法などさっぱりだ。観光地を調べるだけでなく、こういうのもソフィーに教わっておけばよかったなぁなどと後悔をしていると、案内された席から急に金属の鎖が巻き付いてくる。
「えっ?なにこれ!?」
「セレスト様!くッ!」
すぐに私を助けようとソフィーが走ってくるが、唐突に足がもつれて転んでしまう。しかも動けず倒れ込んだままだ。
「ソフィー!すぐに...なにこれ純銀!?嘘...」
吸血鬼である私は銀に触れると力が出せなくなる。本来夜の世界にはないはずなのだが、昼の世界から輸入したものがあるのだろう。ここは工業都市だ。
力の出ない状態では巻き付いた鎖を引きちぎることも出来ず、ソフィーを助けには行けなかった。
事ここに至っては認めるしかない。お母さんやソフィーの心配が正しかったのだ。優しいと思っていたジルベールsさんは、こちらに危害を加えるつもりがあるのだと。
元凶であるジルベールをにらみつけ、疑問を口にする。
「これはいったいどういうつもりなの?お見合いを断った仕返しってわけでもないんでしょう?」
ジルベールは頷くと、ゆっくりこちらへ近づいてくる。その表情は何やら苦いものであり、まんまと策にはめてやったというものではなかった。
「全く違う、とは言い切れませんな。お見合いとも関係のある話です。」
煮え切らない返事だ。純粋な逆恨みだというのなら、ずいぶん思い切ったことをするものだと逆に関心するぐらいだが、全く関係ないわけでもないという。
「しっかり答えてください。どうして?」
再度疑問を口にする。現状を鑑みるに、一番危ないのは飛鳥なのだ。すぐに状況を打破して、飛鳥を助けに行きたい気持ちで一杯だった。
「まず、質問に答えていただきたいのです。その答え次第では、今すぐにその鎖を解いて、我々全員で自首する心づもりであります。」
さらに訳の分からない返事を重ねてくる。自首するつもりすらあるとはどういうことなのだろうか?それも質問の答え一つで変わるなど、全く状況が呑み込めていなかった。
「なんでも答えてあげるわよ。言ってみなさい?」
呑み込めていないが、強気な姿勢を崩さずにいる。私は悪いことなどした記憶が無いのだ。ならば堂々と自分を貫く――飛鳥ならそうやって切り抜けるはずだ。
「質問は一つです。姫様...貴女は、想い人と婚約する気はありますか?」
「は?」
一瞬自分の耳を疑うくらいには状況にそぐわない質問であった。確かにお見合いの話とは関係するが、まさか純銀で捕らえてまでする質問とは思えなかったのだ。
「答えていただきたい!」
語気を荒くするジルベール。何と答えた悩んだものだが、嘘をついても仕方がないと本当のことを言う。
「結ばれたいとは思っているけど、私には高望みなの。だから、婚約する気はないわ。」
そう答えると、ジルベールの顔が憤怒の形相に染まっていく。答えを間違えたようだった。
「あぁ...なんたることだ!宰相の言うとおりだったとは...姫様!貴女はこの世界を滅ぼされるおつもりか!?」
ヒートアップするジルベールだが、全く何の話をしているのかわからない。私が婚約しなかったら世界が滅びる...?
幾つかそういう話を読んだことがないでもないが、大体が悪魔や神のいけにえとして嫁に出るような話だ。それとは違って相手を指定されていない。意味が全く分からなかった。
「私の婚約と世界に何の関係があるの?」
疑問を口にすると、ジルベールが驚いたようにこちらを振り返る。ジルベールだけでなく、他のメイドたちも驚愕の表情に染まっていた。
「まさか...ご存じないのか?」
容量を得ない会話である。さっさと飛鳥を助けに行きたいのだ、早く話を進めろと叫びたい気持ちを隠し、答えを促す。
「わからないから聞いてるの、どういう意味?」
「『予言』が...いくつもの未来を的中させてきた予言師による『予言』があるのです。」
そういうとジルベールは一瞬顔を伏せ、何かを悔やむような表情になる。
「予言の内容はこうです――世界は災厄により滅ぼされる。救えるのは王家の姫とその婚約者のみ。」
ジルベールはそれだけ告げると、部屋から出ていく。しかし、出ていく寸前に、何も知らない子供に背負わすなど...とつぶやいていたのを、乃亜は聞き逃さなかった。
「申し訳ありませんが、事が済むまでここで拘束させていただきます。」
茶色い毛並みの化け猫族のメイドが、そういって鎖を厳重に巻き付けてくる。
そのメイドも申し訳なさそうな表情のままであり、乃亜は怒るに怒り切れなかった。この人たちは世界の行く末を憂いただけなのである。何も知らない状態で口を出していいことだとは思えなかったのだ。
「ソフィーはどうなってるの?」
ソフィーは未だ床に倒れ伏したままだ。まさかジルベールたちが殺すとは考えられないが、起き上がらない現状、乃亜は心配を口にせざるを得なかった。
「あのメイドは幽霊族のようでしたので...マナを枯渇状態にしたのです。このままでは命の危険がありますが、部屋を締めきったら生存には支障がない程度にマナを流しますのでご安心ください。」
幽霊族は空気中のマナをエネルギー源にしているのだが、そのマナを枯渇させられてしまったのだ。ここには大量の魔晶があるのだ、締め切った部屋の中のマナを枯渇させることなど簡単なことだったのだろう。
鎖で四肢を厳重に固定されると、私の近くにソフィーを運び、メイドたちは何かのスイッチを押して引き上げていった。
しばらくすると、乃亜とソフィーのいるところを透明な板で区切り、部屋の中を水で満たしていく。
「流れる水...それもご丁寧に聖水で...」
純銀の時点で抵抗など不可能なのだが、逃亡防止の策だろう。ジルベールも吸血鬼な以上、相当な手間とリスクを背負っての判断のはずだ。その覚悟が窺えた。
「飛鳥...大丈夫かな...」
心配を口にする乃亜だが、心の中ではどこか楽観的なところがあった。乃亜の中では、飛鳥は何でもできるスーパーマンなのだ。
乃亜と飛鳥が話すようになったきっかけは、乃亜がクラスで虐められていたのを飛鳥が助けてくれたことからだった。その後も飛鳥は面倒は嫌だと色々断りはするが、乃亜が本当に困っている時には何も言わなくても助けてくれたのだ。
夜の世界に来てから魔術もすぐに使えるようになっていたし、今も暗殺者を返り討ちにして、自分たちを助けに来てくれるかもしれないなどという希望を捨てられない。しかし、助けに来てくれたとしても、今回ばかりは問題は解決されないのだ。
「婚約...」
世界を救うためには私とその婚約者が必要だという。であるならば、飛鳥にはその婚約者になってもらわねばならないのだ。
しかし、世界を救うなどという面倒ごとを、それも飛鳥が元から住んでいる世界ではないものを背負ってくれるとは、乃亜には到底思えなかった。そもそも婚約自体を嫌がりそうなのだ。それに面倒ごとが乗っかるとなってはもはや可能性などゼロを通り越してマイナスである。
それでも乃亜は、飛鳥を諦めきれなかった。今飛鳥は夜の世界に居るのだ。守るためにはその予言に従って災厄を退けるしかないはずである。しかし、その相手が飛鳥以外であるというのが乃亜には受け入れ難かった。
大事な人と世界、どちらを救う?
物語ではありがちな議題である。飛鳥とこれについて話したことも少なくない。
乃亜は毎回悩んでしまっていた、選べないのだ。どちらも大事なのだ、失いたくないと思ってしまう。こうして自分の身に降りかかるとは思っていなかったが、やはり事ここに至っても選べないままであった。
本当にすぐさま飛鳥を助けに行きたいなら、ジルベールと婚約すると宣言すればいいと頭ではわかっていたのにである。
対する飛鳥の回答は、いつも明快でさっぱりしたものであった。どう考えても一択だというのだ。
「世界一択...だよね、飛鳥。」
どうにか覚悟を決めようとするが、流れる涙を止められなかった。




