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序章 月下の邂逅

 月明かりの下、コンビニで買ったアイスを食べながら何処へ向かうでもなく歩を進める。

 黒いコートを羽織り、フードまで被って自他ともに認める不審者のような様相であるが、それを咎めるような人は周囲にはいない。

 何故そんな真似をしているのかと問われれば張本人、紫水飛鳥(しすいあすか)はこう答えるだろう。

 納税(課金)のついでであり趣味だ、フードを被っているのは寒くて耳まで凍えてしまいそうだからだ、と。


 紫水飛鳥、性別は男、頭の出来はそれなり、運動もそれなり、容姿は自己評価だと人並み以下といったところだが、客観的には平均より少し上程度。少し女口調なところがあるが、声と容姿が中性らしいことが幸いしてそれほど違和感はない。趣味は読書とゲーム、好きなことは思考に耽ること、嫌いなことは自由を侵されること、座右の銘は「死を想え」。年齢は20を超えた後は数えていない、数えていないが大学生の身であり、そこまで年は重ねていないと思う。最も、大学生を名乗るには烏滸がましいと言わざるを得ない出席率であり、自他共に認める引きこもりの社会不適合者というやつである。

 その割にはバイトには出て、こうして夜中とは言え外に出ることもする――その理由こそが本人に言わせれば社会不適合者のそれなのだが、世に言う無気力人間のようなものとは違い、意思を持った引きこもりである。


 そうして納税(課金)の為に外に出たついでに、趣味の一つである見知らぬ場所の探索をしようと、コンビニでプリペイドカードと共にアイスを購入し、それを食べながら深夜徘徊を行っているのが今だ。

 時期としては春休みに入ったくらいの時期、つまり2月の末に差し掛かったころであり、その中でも特別寒い夜中の2時頃である為、アイスを食べるには寒すぎるのだが、外を出歩く時は棒付きキャンディーかアイスと一緒だと決まっている。

 日頃から暗いところを好んでいる飛鳥は、わざわざ街灯のない裏路地を選んで通る。住んでいるのは都会である為、ある程度遠出をしないとそれすらも難しいことなのだが、それでも差し込む月明かりに辟易する。

 やはり自室以外に心安らぐような場所は無いのか...と白いため息を吐いたところで、アイスを食べきり、家に帰るかと逡巡して周囲を見渡すと、見知った姿に声を掛けられる。

「え?飛鳥?」

 そこに居たのは赤いドレスと華美な装飾に身を包んだ、白髪赤眼の幼馴染、緋縞乃亜(ひしまのあ)だった。


 思わぬ人物との出会い。それに昔に見た、巫女服を着ていた時よりも似合わない装飾の多いドレスに驚き、足も思考も止まってしまう。

 乃亜も驚き、同じように止まっていたが、血相を変え、焦ったように大きな声を出す。

「なんでここに飛鳥が…あぁもう!時間がないの飛鳥!すぐにここから離れて!」

 乃亜がそう言うのと同時に、天高くから襲撃者が現れる。

 轟音とともに着地し、地面を抉るその様は、まるで現実に起きたものとは思えない――フィクションの世界の出来事のようだ。

 襲撃者は砂煙と宵闇に紛れ、はっきりと顔は見えないものの、飛鳥と同じくらい黒いローブに身を包んでいるように見える。

「逃げるなよ、お姫様。被害が増えるのは望んでないだろ?」

 少し低いが女性の声。お姫様というのは恰好から察するに乃亜のことなのだろうが、幼少期から付き合いのある飛鳥からすれば、お姫様という名称は似合わな過ぎる。などと場にそぐわないことに思考を割き、足を、視線を止めたままだったのが飛鳥の運命を変えることになる。

 ギラりと視線を向けられたかと思うと、砂煙が晴れる前に、襲撃者は飛鳥の後ろに回り込み、そのまま片手で拘束してしまう。

 女性とは思えないとてつもない力だったが、先ほどの着地を考えれば常人の尺度で考えるのがそもそも間違いであり、飛鳥は特に疑問には思わず、これは死んだかな...などと既に諦めつつあった。

「大人しく我々に従え、お姫様。お優しいお姫様は20年も過ごしたこの土地の民を傷つけるような真似はしたくないだろう?」

 襲撃者がそういうと、乃亜は苦い顔で襲撃者をにらみつける。

「傷つけるのは貴方でしょうに、ずいぶんな言い方をするのね。それに、私が大人しく従うと思うの?」

「思わないからこうして人質を取っているんだよ、効果は抜群のように見えるが?」

 頭越しに行われるやりとりに少し考えを巡らせる。フィクションのような事態に対し、これまで培ってきた――物心ついた頃から触れていたゲームや漫画の知識で以て答えを出す。

「私のことは気にしなくていいから、逃げていいよ?」

「えっ?」「は?」

 何でもないことのように言い切る飛鳥に対し、間の抜けた声を漏らす乃亜と襲撃者。

 乃亜は正義感の強い方であり、特に関係の深い飛鳥を見捨てて逃げる判断などするはずもない。それがわかっていない飛鳥ではないし、意味のないことに口を出すのは、合理や効率を重視する飛鳥からすれば、悪とすら思える行為だ。

 しかし、それも本来の飛鳥であれば、である。

 つまり今のセリフを口にしたのは飛鳥もある程度混乱しており、判断力を失っていることに他ならない。それに気づき、すぐに気を取り直した乃亜は手を突き出し、蒼い光の玉を生み出す。

「すぐに助けてあげるから、心配しないで。」

 そう言って光の玉を投げつけるが、襲撃者は飛鳥を抱えたまま軽やかに回避する。光の玉が当たった先には氷柱が生み出されており、魔法みたい、という感想より先に、こんな寒いのに氷とかセンス無いな、などとたわいもないことが先に頭に浮かぶ。

「どいつもこいつも言うことを聞いてくれなくて嫌になるな、仕事が増えるだけだというのに。」

 襲撃者が独り言をこぼすが、どう考えても聞いてもらえるわけのない言い分だったのに、説明もなしに誰が話を聞くのか疑問であった。まあ乃亜はある程度わかっているのかもしれないが。

「わかるよ、どうしてなんだろうね?」

 明らかに危ない状況だというのに軽口を叩く。人質だというなら傷つける訳にはいかないし、傷つける気があるならいつ死ぬかの違いしかないだろう。先程の動きを見る限り、乃亜に助けてもらえるなどと言う希望的観測は難しい。

 そんな想定から放たれている言葉だが、襲撃者は驚いたような顔でこちらを見つめる。

「言うこと聞いてもらえなかった仲間として、ここまで大人しくしてるお礼として、放してくれてもいいよ?」

 変わらず軽口を叩く飛鳥だが、その軽口が地雷を踏んでしまうことになる。

 襲撃者の顔が固まったかと思うと、みるみる笑みの形を作っていく。

「お前、ずいぶんと面白いな。仲間か...いいだろう。」

 何がいいのかさっぱりわからなかったが、襲撃者は楽しそうに頷く。その直後、襲撃者に掴まれている首筋から鋭い痛みが走る。

「痛っ...」

 痛みの元に視線を向けると、襲撃者の爪が首に刺さっていた。

「まさか...やめなさい!災禍衆!」

 乃亜が慌ててこちらに駆け寄るが、襲撃者の俊敏な動きについてこれていない。

「やめるわけないだろお姫様、せっかく仲間だって言ってくれたのにさ。」

 襲撃者はそう言うと、朗々と詠唱を始める。

≪汝の道行きに災いよあれ。汝の生涯に苦しみよあれ。死をも超える苦しみを得て、その魂は至高へ至る。≫

 詠唱が紡がれるとともに、焼けつくような痛みが走る。首筋に入り込んだ襲撃者の爪から、脳が、神経が穢されるような感覚に苦悶の声を漏らし、そのまま意識を手放した。




 呪いを受けた飛鳥が気を失い、そのまま地面に投げ捨てられる。止められなかった自分に、幼馴染を巻き込んだテロリストにとてつもない怒りが湧いてくる。

「貴女...自分が何をしたのか、わかっているの...?」

 襲撃者――災禍衆の女を激情のままに睨みつけるが、まるで意に介した様子がない。

「当然わかっているとも。こいつの言う通り仲間にしてやっただけだ、そう怒るなよ。あぁ、それとも大事な男だったか?だとしたら悪いな。」

 悪びれることもなくそう言ってのける女に、乃亜は怒りのボルテージが限界に達する。

 今の呪いは有名なもので、発狂を免れない苦しみを受けるというのだ。それを受けてすぐに気絶してしまった飛鳥だが、今も魘され、苦しそうに吐息を漏らしている。

「それで、大人しく従うんならこいつを解呪してやってもいいが?」

 未だに人質で言うことを聞かせようとするが、もはや乃亜は聞く耳を持たない。

「信じられないわね、テロリストの言うことなんて。貴女を殺して解呪出来る人を探すわ。」

 そう言うと女は愉快そうに声を上げて笑う。

「殺すとは...一度も攻撃を当てられていないのに、ずいぶんと大きく出たものだな?こちらはお姫様の命さえあればいいんだ、すぐに気絶させてやるよ!」

 言い切ると同時に猛スピードで突進してくる災禍衆の女だが、乃亜は躱す素振りもなく立ち止まっている。

「見られて困る相手もいなくなったし...いいよね。」

 猛スピードで突進してきた女が目の前で停止する。何が起きたのか理解できず、戸惑っているようだったが、そのまま力を解放する。煌々と瞳を輝かせると、そのまま悪魔のような漆黒の翼と角が乃亜の身体から生える。

 その姿を見た災禍衆の女は、何か言いたそうにしていたが、口を開くことも出来ない。

「邪魔になると困るし、骨ごと溶かしてあげるよ。」

 先ほどのように光の玉を投げつけることもなく、睨みつけるだけで青白い炎が女の身体を焼き尽くす。悲鳴すら上げることができずに、骨まで残らず塵と化し、そのまま夜の闇に溶けていく。

 それを見届けた乃亜は、呪いを受けて投げ捨てられていた飛鳥を抱き上げ、お姫様抱っこの形にする。

 先程の女の言葉は遠からず的を得ていた。乃亜にとって飛鳥は特別であったのだ。

 巻き込んでしまったというのに、力を解放することで飛鳥に怖がられることを恐れてしまい、咄嗟に加減して魔術を使うのみに留めてしまった。

 そのせいで、飛鳥に途轍もない呪いを背負わせてしまったことが、乃亜の心に重くのしかかる。目から涙が溢れそうになるが、その資格はないと己を叱咤し、前を向く。

 数秒の後、轟音と共に空間が歪み、宵闇よりも暗い漆黒の裂け目が現れる。

「時間か...絶対助けるからね、飛鳥。」

 決意を口にし、裂け目に身を躍らせる。

 20年過ごした安寧に満ちた世界に別れを告げ、夜の世界へと旅立ったのだ。

初投稿なので拙い部分があるかと思いますが、温かい目で見てください。

それでも目に付くようなら感想ついでに直して欲しい部分を送ってくださると幸いです。

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