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1. さぁ、ビジネスの話を始めよう

「諸君。さぁ、ビジネスの話を始めよう。」


ニタァっと笑う重日(じゅうにち)乙卯(きのとう)のその顔は貴族たちを震え上がらせ、異様なその雰囲気に護衛が構えに入ってしまうほどだった。


重日(じゅうにち)乙卯(きのとう)

弱冠17にして世界がその顔色を伺うことになる人物。


世界といっても、それは小さな小さなもので、誰かの思う世界とはまた違う世界の物語。

生きとし生けるものが、他者を出し抜き、嘲笑し、時に笑い合い、花を愛でるようなどこにでもある世界のお話。


春は桃色の花が咲き乱れる山里に各国から観光客がおとづれ、その百花繚乱の絶景に酔いしれる。

夏は煌めく摩天楼の逃げ場のない熱に魅せられたもの達が、その狡猾老獪ゆえんの妖しさに溺れる。

秋は終焉を見据えたそのたわわな豊穣を享受し、その清濁併呑な情景から穏やかに心洗われる。

冬は凍てつく寒さに生の儚さを学び、その遠慮会釈な共存を改めて身に刻む。


それぞれの季節をそれぞれの国が統治し、1世紀毎にその分担をくじ引きで決める。その恩恵はそれぞれに特徴があるものの、やはり得手不得手がある。現在重日(じゅうにち)は夏を司る旧豪族だ。経済的な恩恵の意味ではどこよりも優れていると数字の上では言える彼がなぜニタニタと笑っているのか。それを図りかねて他の貴族は胃酸が喉を駆け上るようなそんな気持ち悪さを感じたのだ。


(まつりごと)の笑みを信用するものはその足元を掬われる。だが時に誰よりもの富を有する。


貴族の風習や決まり事を好まない重日(じゅうにち)に稚拙な声掛けでもしようものならすぐにでもその瞳の奥に冷笑を浮かべられてしまう。だがそれは前人未到の事態ではないはずだ、と春秋冬を司るもの達はゴクリと唾を飲み込むと、その気配を悟られまいと視線を可能な限り逸らして次の一手を考える。


1世紀の季節は1年でその全ての切り替え作業が行われる。

その地域に移り住むことも可能だし、季節だけを入れ替えることもできる。但し、移り住むとなっても短くはない年月で得た様々なものや住む人の処遇への対処は簡単ではない問題だ。季節だけを入れ替える場合は相手方にちゃんと了承を得る必要がある。さすれば移動の心配はする必要がない。但し、全てをその季節に合わせて補強なり、補修なりをする必要が出てくる。春から秋、秋から春ならいざ知らず。一番面倒なのは夏と冬だ。その夏がその当主である重日(じゅうにち)同様に一筋縄ではいかない様相を見せている。経済活動の隆盛と共にその平均気温は上昇し、今や45度を超える日すらある。財政を大幅に見直さなければ、住民の福祉を十分に賄えないのだ。その灼熱に簡単にものは腐り、植物は一般的な育て方では到底育たない。だが病原菌は大いに活動する。水が侵されると生き物は生きていけない。誰かが生きるために、誰かを生かすために、ただその最底辺を守るためにその他の季節に比べて金がかかるのだ。


重日(じゅうにち)乙卯(きのとう)はそれをわかっている。

だから、ビジネスの話をしようなどとニタ笑うのだ。

貴族が約束事を守ることを信条にしている事をわかった上で選択を迫る。


「あんなやつ、重日(じゅうにち)であるものか!黒日(くろび)ではないのか?大凶じゃ、大凶!」


春を司る大明日(だいみょうにち)戊虎(つちのえとら)は憤慨するも、場を乱しまいと下を向き小さく呟く。それでも春を1世紀まとい続けた戊虎が微かに振りまくその花香に周りは図らずも酔いしれ、そしてその芳香は張り詰めた空気をほんの少しだけ緩めたような気がした。


そうして、次の100年をかけた1年を左右する腹の探り合いが不可侵領域である極東の地で幕を開けたのだった。

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