ep.5 事実
周次は玄造の言葉を思い出す。
"急所を突けばほぼ確実に怪異蟲を仕留めることができる"
つまりどんなに凶暴な怪異蟲であっても、急所さえ見極めれば倒すことができるということ。
闇雲に武器を振らず、落ち着いて一体ずつ対処しよう。
まず、現在最も間合いが近いのは天道虫の怪異蟲だ。蜻蛉ほどの機動力はなく、目で追える速度でこちらへ向かって飛行している。
さて、天道虫の急所はどこか。
「‥‥‥‥‥‥分からん!」
当てずっぽうで天道虫に短刀を振り抜く周次。命中の手応え。
周次の攻撃を受けた天道虫は――――ぴくりとも動かずに地にひっくり返っていた。
「ま、マジか‥‥‥!!」
まさかのラッキーパンチ。初めて怪異蟲を一撃で仕留めたという事実に、周次のテンションは一気に上がる。
「意外とできるもんだな!」
油断はできない。まだ怪異蟲は大量にいる。だが、この調子なら一人で全部倒せるかもしれない。
謎の自信がむくむくと湧き上がってくる。
いよいよ待ちきれなくなった周次は、自ら怪異蟲の群れへと飛び込んだ。
そして短刀を振りまくる。闇雲ではない。視界に認めた怪異蟲を一体ずつ、急所を見極めて斬る。どう見極めているのか? ‥‥‥‥‥‥何となくである。
もちろん怪異蟲も黙っていない。反撃しようと突っ込んでくるが、周次の左腕にある盾によって防がれてしまう。
怪異蟲の攻撃は盾で受け止め、こちらは一方的に短刀で斬りつけ続ける。
その様子を見た玄造は感心した。
「なんだ、意外と動けるじゃないか蟹江!」
自分も負けていられない。玄造はますます拳に力を込め、怪異蟲を粉砕していく。
周次は若干の楽しさすら感じていた。自分より一回りも二回りも大きく、膂力も桁外れに強い怪異蟲を一方的に蹂躙できる快感。これが殺蟲武具の力か!!
周次はひたすらに攻撃しまくるが、怪異蟲の突撃もとどまるところを知らない。次から次へと襲いかかってくる。
短刀を振るう腕に少しの疲れを感じ始めた頃、周次は何か異様な匂いがすることに気がついた。
強烈な異臭。あまりのそれに、周次の動きは僅かに鈍くなってしまう。――そこを突かれた。
「ぐぅっ‥‥‥!?」
蜻蛉の打突が周次の腹にクリーンヒット。周次は後方に押し飛ばされた。
一瞬呼吸がままならない。後になって激痛も追いかけてきた。
腹を押さえて地面に身を引きずりながら、前方を確認してみる。その光景に、周次は絶句した。
天道虫が活発に飛び回っていた。ついさっき周次が斬りつけて、そこにひっくり返っていたはずの天道虫だ。
天道虫は外部から衝撃を受けると擬死――死んだふりをする。そして体内から異臭と苦味のある体液を分泌するのである。周次はまんまと騙された。
それだけではない。よく見てみると、地面に伏しているような怪異蟲は一体としておらず、いずれの個体も活気に満ちている。
それまでの周次の攻撃は、全くといっていいほど怪異蟲にダメージを与えることができていなかったのだ。がむしゃらな斬撃で飽くまでも怪異蟲からの攻撃を防げていただけ。勝手に優勢だと思い込んでいた。
簡単なはずがなかった。無力な人間が、こんな化け物たちと渡り合うまでに強くなることなど。班長も涼風も他の連中も、一体どれだけの時間を費やして怪異蟲を倒せるレベルまで上り詰めたのだろうか。
殺蟲隊という組織がひたすらに狂っているだけだろう。本来、怪異蟲は人間なんかが抗えるような存在じゃなかったんだ。
周次の短刀を握る手が緩む。
天道虫がこちらに向かってきた。どうにかしなければいけない。避けなければいけない。でないと死んでしまう。
‥‥‥駄目だ、勝てる気がしない。
死を受け入れて目を瞑った直後、周次は後方から何か勢いを感じた。
「諦めるな!!!!」
叫び声と共に響いた、鈍く激しく何かが砕け散る音。
玄造が天道虫を殴り倒していた。
「さっきまでの調子はどうした!?」
玄造は問いかけるが、周次はすっかり萎縮してしまっていた。
「こんなの勝てるはずありませんよ‥‥‥」
「何言ってるんだ蟹江! たった今大勢の怪異蟲と互角に戦っていたのはお前自身だろう!?」
"互角"という玄造の言い回しに、周次の口から乾いた笑いが出た。
「これのどこが互角ですか。あれだけ全力で武器を振るっていたのに、怪異蟲はどいつもほぼ無傷。赤子をあやすように遊ばれていたとすら思えてくる」
周次は自分でそう言いながら、ますます惨めさが強くなっていくのを屈辱に感じていて、しかしそれをどうすることもできない。
怪異蟲たちの鳴き声が、いよいよ自分を嘲る笑い声に聞こえてきた。五感に触れる全ての情報が自分にとってマイナスに思えてしまう。
周次のネガティブ思考は加速の一途を辿っており、一人でブツブツと呟いている。
「俺は勘違いしてたんだ‥‥‥。実は自分には才能があるんじゃないかって。それで舞い上がっていた。そして怪異蟲はいつでも俺を殺せる状況でありながら、そうしなかった。俺があまりに滑稽だったからだ。俺は虫にすら馬鹿にされていたんだ。俺は弱い。俺は弱い。俺はよわ――」
「蟹江!!!!」
玄造の強い呼びかけにより、周次は驚いて口が止まった。玄造は怪異蟲を殴り倒しながら言った。
「事実を正しく捉えろ!!」




