ep.12 情報開示
身長は周次と変わらない程度。薄紫を孕んだ黒髪が肩まで、内側に緩くカーブを描いている。前髪の中で二本ほど、触角のように飛び出した癖毛がある。小さく整った輪郭に、落ち着いたシアンの瞳。
ここまでは周次も違和感なく認めることができた。しかしそこからが普通ではなかった。
肩から下の身体が真っ黒で、さらに若干の光沢を帯びており、とにかく異質だった。
女は周次から目を逸らし、頬を赤らめた。
「‥‥‥周次。会えて嬉しいけれど、僕の身体ばかりをあんまりじっくり見つめないでほしいな」
女の普通でない身体を目の当たりにして、周次は女の言葉にあまり耳を傾けていなかった。
女の身体から目を離さぬまま、何か特殊な衣装なのだろうかと周次が思案したところで、玄造が言った。
「一応言っておくが、そいつは全裸だ」
"全裸"という単語を聞くや否や、周次はぐんと目を丸くして、直後に手でバチンと両目を覆った。
「もっと早く言えよ!!」
つまり自分は今まで女の裸体をまじまじと見つめていたのだと理解して、周次の中で罪悪感がむくむくと湧いてきた。
「そんなこと、別に重要ではないだろう」
呆れたようにボソッと呟く玄造。周次は「いやいやいや」と激しく首を振る。
「めちゃくちゃ重要でしょうが!! そもそも人を裸で独房に閉じ込めるって正気か!?」
――ここまで言ってから、周次は疑問を抱いた。両目を覆っていた手を退かし、視線をゆっくりと女の方に戻す。
裸‥‥‥? 光沢のある漆黒のそれが‥‥‥? じゃあ、この女は――
「そいつは人ではない」
周次が察するとほぼ同時に、玄造は真実を言った。
周次は女の頭から足元までを何度も見回した。姿形は人間そのもの。首から下は真っ黒。それ以外に異様なところはないだろうか?
「あっ」
思わず声を漏らした。女の足元をよく見てみると‥‥‥‥‥‥なんとその足は地に着いていなかった。つまり浮遊しているのである。
目を凝らし、女の身体を注視する。これに女が微笑んだ。
「気づいたみたいだね」
女の後ろで高速で蠢く何か。今の周次には容易に予測できた。
女の背中から翅が生えている。
「確認するが、お前の探していた人間は彼で間違いないんだな?」
玄造が女に問うた。女は満面の笑みで頷いた。
「間違いないよ。君たちを信用して良かった。本当にありがとう」
女の言葉を確かに聞き、玄造は周次の方へ振り向いた。
「ならば蟹江周次。お前の殺蟲隊への入隊を正式に認め、これから情報を開示する」
「え、逆にまだ認められてなかったんですか」
それまで周次は"殺蟲隊は政府と繋がっている"だの"入隊の手続きは完了している"だの散々脅されていたので、今の玄造の言葉に耳を疑った。
「これが最終確認だ」
であるならばと、周次は慌てて挙手して主張する。
「じゃあ正式に認めなくて良いので入隊を取り消してください!」
「いいや、もう遅い」
「なんでですか!」
「お前はこの女の存在を知ってしまったからだ」
「‥‥‥はぁ?」
もう訳が分からない。玄造の言いたい放題に周次は疲れてしまった。結局どうしたって自分に選択権はないじゃないか。
――いよいよついに周次は、玄造から殺蟲隊に関する情報を聞かされたのだった。
まず殺蟲隊の駆除対象――怪異蟲について。怪異蟲とは、虫の中で通常の生態から大きく外れて異常進化した個体を指す。その存在自体は以前から判明しており、殺蟲隊も数年前に組織されている。しかしどういう訳か、ここ数ヶ月で怪異蟲の動きは活発化しており、世界中で被害が拡大していた。
次に周次が殺蟲隊に入隊することになった経緯について。そもそも周次の入隊手続きを行なったのは小鳥遊真央であり、これに際する全ての行動が真央の独断であった。その主張は、「周次という存在が怪異蟲を止める為に極めて重要な役割を持っている」という何とも具体性に欠けるものだった。殺蟲隊及び政府がこの暴挙を認めるに至った最たる理由が、殺蟲隊駆除班km支部事務所の地下牢に幽閉されている女が、周次のことを探していたからであった。
そして最後にこの女について――。
「ある程度察しがついているだろうが、この女は怪異蟲だ」
玄造の言う通り、周次は女が怪異蟲だと察していた。玄造の話を聞くにつれてもしやと、徐々に身の毛が弥立っていくのを体感していた。
「‥‥‥人間みたいになるんですね。てっきり原型を留めない化け物になるものだと思ってました」
この当時の周次が直接見た怪異蟲は蟷螂のみ。目の前の女とは似ても似つかない正しく化け物。自分で状況を察しておきながら、俄かに信じることもできないでいる。
「およそほとんどの怪異蟲は人間とも虫ともかけ離れた化け物だ。この女は極めて珍しい」
「僕は進化のさらに先に辿り着いたんだ。‥‥‥周次のおかげでね」
周次は女の言葉がよく理解できず、訝しげに女を見る。女はこれに一切狼狽えず、それどころか周次に向かってにんまりと微笑んだ。周次は余計に不審がった。
「俺も実態はよく分からんのだが――」
玄造はそう前置きして、女の言葉を換言した。
「この女は怪異蟲の中で初めて、そして唯一最終進化を遂げた虫らしい」




