ep.11 職場見学
周次は制服のまま、真央に連れられて【殺蟲隊駆除班】km支部を訪れた。
kmシティの街外れにひっそりと佇むこの二階建てのテナントビルは、壁や柱が錆びついており、相当に老朽していた。その左後ろには、葉の枯れた木が一本ぽつんと見えた。
「ここが私たちの事務所――まぁ拠点だね。ワクワクしてきたでしょ?」
「ますます怪しく思えてきました。俺はカルト宗教か何かのヤバい団体に捕まったんじゃないかって」
周次は適当に答えた。殺蟲隊という組織に対して意欲が全く沸かない。まず名前が気に入らない。
「ちょっとちょっと、"捕まった"だなんて言い方は止してよ。"捕まった"だなんて。物騒だなぁ」
「前半を否定しろよ。"ヤバい団体"であることは認めるつもりですか。‥‥‥何なんですか殺蟲隊ってのは」
真央は「あはは」と軽く笑いながら事務所の扉を開けた。ここに来るまでの道中もそうだった。周次が殺蟲隊について何を訊いても、真央は碌に答えない。
ギギギと軋む扉の向こうを、周次は訝しげに覗く。一般にイメージされる会社のオフィスを全体的に薄暗く小汚くしたような内装。そして、エントランスと思しきそこには一人の男が立っていた。
堂々たる仁王立ち、服の上からでも分かるほどの筋肉質、色濃い顔立ち、そして紅蓮のオールバック。
月島玄造である。
「ただいま」
「‥‥‥そいつが例の男か」
真央の挨拶に質問で返す玄造。真央は頷いた。
「今日のところは、彼に事務所を一通り見学してもらおうと思ってる。案内を頼んで良い?」
「お前はどうするんだ?」
「私は野暮用があるんだ。よろしくね、班長」
真央は軽やかに踵を返した。そして周次に一言、「きっと気に入る職場だと思うよ!」と屈託のない笑顔で呟いてから事務所を出て行った。
「全く、勝手な奴だ」
そう言って玄造は視線を周次へ移し、全身をじっくりと見つめた。周次の警戒心が強まる。
「蟹江周次‥‥‥だったか。お前、戦闘経験はあるか?」
「ありません。至って普通の高校生です」
「そうだろうな」
問答を一つ終えて、沈黙が流れる。何故沈黙になるのか、周次には分からない。
周次と玄造との間にある異様な空気に耐えかねて、周次が口を開く。
「僕にこの仕事は合わないと思います」
「俺もそう思う」
玄造は即答だった。まるで周次が自分から言い出すことを待っていたかのよう。
「‥‥‥じゃあ内定は取り消しにしてもらって、今日はもう帰って良いですか」
「いや、お前にはこの事務所を見てもらう」
周次は顔を顰めた。玄造は続ける。
「お前はもう、殺蟲隊に入隊することが決まっている。入隊に際する全ての手続きが完了しているんだ。取り消しは利かない」
「だから何なんですかその強制力‥‥‥」
本人の与り知らぬところでそんなことが可能だというのだろうか? 真央もこの組織が政府と繋がっていると言っていた。
殺蟲隊とは何なのか‥‥‥?
「ついてこい」
玄造はエントランス奥へと歩いていく。何も分からないまま、やむを得ず周次はついていった。
職員と思しき何人かがパソコンと向かい合うオフィスルーム。しかし年齢層が少し異様だと窺える。高身長で三十代くらいの男も居れば、自分より歳下かと思うほど若い少女も居る。そしてセツナも。
この変わった一室を、玄造は通過した。
「‥‥‥今のが事務所じゃないんですか?」
「事務所は別に普通だ。わざわざ見る必要はない」
周次は頭を抱えた。普通じゃないし、"事務所を見てもらう"という発言もどこへ消えたのやら。会話が噛み合わない。
玄造は奥にある扉を開けた。途端に冷たい風が吹き込んできた。扉の先は暗がりだった。
先に進む玄造。
いよいよ監禁でもされるのではないかと周次は疑い始めた。入りたくないが、入らなければ自分の置かれた現状をどうすることもできない。
この先に何か重大な秘密があるのだとすれば、知る必要がある。
周次は意を決して扉の向こうへ足を踏み入れた。
カツンと自分の足音が響いた。かなり広い空洞となっているようだ。視界はほぼ暗闇。玄造の影がまだうっすら見える内に後を追う。
玄造の影が下に沈みかかった。先は階段になっていると気づき、周次の足取りは慎重になった。
玄造と周次の足音だけが響き、こだまする。不気味だが、不思議と足は竦まない。寧ろ順調に階段を下っていく。
数十段と下ったところで、周次はようやく先の方に光を捉えた。ついには、この先に何があるのか気になってしまっていた。
階段を下り終えると、周次の視界には洞窟のような景色が広がっていた。点々と松明が灯っており、うっすら赤みがかった空間。
kmシティの街外れにこのような場所があったとはついぞ思わなかった。
玄造はまた歩みを進めた。周次は辺りをぐるりと見回しながら、後に続く。
その先にあったのは、太い鉄格子で仕切られた部屋――独房だった。そしてぼんやりと、一つの人影が現れた。
鉄格子の奥からゆっくり手を伸ばす人影。それはどうやら女らしかった。
「――ずっとずっと、会いたかったよ。周次」
女は周次に語りかけた。




