ep.10 就職先
「蟹江周次くん。君には殺蟲隊に入隊してもらいます!」
小鳥遊真央のその言葉が事の発端だったと、周次は思い出した。
約一年前のことである。深夜二時頃。当時高校三年生の周次が蟷螂の怪異蟲に襲われているところをセツナに助けられ、その後に真央が合流している。
周次は住宅街のアスファルトに尻餅をついた状態で、真央の言葉を聞いた。
「あの‥‥‥あなた誰ですか?」
怪訝そうに尋ねる周次。初対面のはずの人間からフルネームで呼ばれたからである。真央は何の躊躇もなく自己紹介をした。
「私は小鳥遊真央。こっちの子が涼風セツナ」
「――どうして私の名前まで教えるんですか。彼は一般市民ですよ」
そこにはセツナも居合わせていた。表情には出さないが、勝手に名前を出されて不満そうな声音をしている。これに真央は笑みで返した。
「何も問題ないよ。周次くんは殺蟲隊の一員になるんだから」
「彼が断ったらどうするんですか? 隊員の個人情報は一般市民に公表してはいけない。規則に反します」
セツナが案じているのは殺蟲隊の規則について。殺蟲隊の存在は公にされておらず、怪異蟲の存在もまた、その通りである。しかし真央はやれやれと言わんばかりに首を振った。
「それは周次くんが断ったらの話でしょ? 周次くんは快く引き受けてくれるよね!」
「普通にお断りします」
「‥‥‥‥‥‥引き受けてくれるよね!」
「いいえお断りします」
真央は眉を顰めた。
「なんで?」
「その殺虫剤みたいな、なんかヤバそうな組織には絶対に関わりたくないからです」
「うーん、絶対にか‥‥‥」
* * * * *
二ヶ月後のある朝。登校して教室へ向かう周次を、担任の男教師が何やら嬉しそうな様子で呼び止めた。
「蟹江〜! 良かったな、就職先が決まって! 進学するかずっと悩んでたもんなぁ。なあなあで大学行くよりも、自分のやりたいことに挑戦する方がずっと有意義なんだから、自信持ってしっかり頑張るんだぞ!」
周次は嫌な予感がした。
* * * * *
「――やあ周次くん。元気にしてたー?」
放課後の夕暮れ時。公園の木陰から手を振る真央。周次はこれに応えず、セカセカと真央の元へ歩いた。
黄色いイチョウの葉がヒラヒラと舞い、風はほんのり涼しさがあった。
「小鳥遊さんでしたっけ。さっさと事情を説明してください」
周次は予め交換していた真央の連絡先に電話をかけ、真央と学校近くの公園で待ち合わせていたのだ。
「私あんまり堅苦しいの好きじゃないから、真央ちゃんって呼んでほしいな」
七分丈の白シャツにジーンズを着合わせている真央。特にオシャレに気を遣っている訳でもなさそうだが、シャツはスラリとしたボディラインをくっきりと表し、また艶のある白のロングヘアが不思議な妖艶さを醸し出していた。
一瞬真央の容姿に気を取られる周次だったが、なんとか本題を口にした。
「‥‥‥説明が先です」
真央は少し悲壮な面持ちになり、しかしすぐにいつもの笑顔に戻った。
「まずは、就職先決定おめでとう! ぱちぱちぱち〜」
自分で擬音を立てながら周次を祝う真央。周次は苛立ちを覚えながら、やはりこの女の仕業だったかと確信した。
担任の話によると、周次は"害虫駆除"の職に就くことが決定していたのだ。入社試験はおろか、進学せずに就職するという決断さえしていないのに。
心当たりがあると言えば、二ヶ月前の真央とのやり取りくらいだった。
「俺、あの時ちゃんと断りましたよね?」
「あれ? そうだったかな‥‥‥」
真央はわざとらしく首を傾げている。
「ていうかどこから俺の個人情報盗んだんですか」
「まあまあ、そんな細かいことは気にしなくて良し!」
「いや明らかに何らかの法に触れてるだろ! 訴えますよ?」
周次の脅し文句に、真央は思い悩んだ様子をみせた。ようやく観念したかと周次は思ったが、そうではなかった。
「うーん。訴えても良いけど‥‥‥多分、有耶無耶にされちゃうと思うよ。だって――」
周次は真央から威圧のようなものを感じた。はっきり威圧といえる訳ではない。今の言い争いは、法律的に考えれば絶対に相手が不利なはずなのに。それなのに、脅しかけられているのは寧ろ自分なのだと察知してしまう。
「――殺蟲隊は政府と繋がっているからね」
「‥‥‥どういうことですか」
周次の疑問に、真央は笑顔で返した。
「それじゃあこれから、職場見学をしに行きましょう!」




