僕の彼女は美人だけど「桃太郎っておかしくない? あんな大きな桃ありえない」と昔話の桃太郎にケチをつけまくる
僕の彼女はとても美人だ。
長い黒髪、透き通るような白い肌、切れ長の瞳、しっとりした服装を好み、深窓の令嬢といった雰囲気を醸し出している。
知り合ってから交際はとんとん拍子に上手くいき、今ではこんな会話もする。
「よかったら、今度私の実家に来ない? 家族にもあなたのことを紹介したいの」
「いいのかい!」
順調にいきすぎて恐ろしいぐらいだ。
しかし、綺麗な薔薇にはトゲがあるという言葉があるように、どんな美人にも大抵は欠点や問題点がある。
僕の彼女とて例外ではなかった。
どんな難点を抱えているかというと――
「桃太郎っておかしくない?」
「う、うん」
また始まったと僕は思った。
「川に洗濯に行ったおばあさんのところに赤ちゃんが入っているような桃が流れてくるわけだけど、そんな大きな桃ありえない」
彼女は普通の桃のサイズはこれぐらいだと手で示してから、いかに桃太郎が入っている桃の大きさが非現実的であるかを熱弁する。
そこを否定したら桃太郎という物語自体が成り立たなくなってしまう気がするが、彼女はかまわず続ける。
「それにさ、おばあさんはその桃を家まで持って帰るわけだけど、おばあさんの体力でそんなことできないでしょ~」
「だけど昔の人って結構力持ちだって聞くし……」
僕も一応桃太郎を擁護するような意見を投げかける。
「だからって限度があるでしょ! 絶対腰悪くしちゃうよ」
彼女は意地でも自説を通すタイプなのであまり受け入れてはもらえない。基本的にはうんうん言って肯定してあげる方が正解だといえる。
彼女の話はまだまだ続く。
「桃の中から桃太郎が生まれるわけだけど、これもよく窒息しなかったなって思うよね。空気穴があったのかもしれないけど、それだったら川に流されてる時にどんどん水が入ってきちゃうし。このあたりの設定が甘いっていうか……」
桃太郎の話を作った人も、「設定が甘い」などと言われても苦笑してしまうことだろう。
「成長した桃太郎は“鬼ヶ島に行きます”だなんて立派なことを言うわけだけど、おじいさんとおばあさんは別に武芸の達人ってわけじゃないし、桃太郎が強くなってるわけないよね。無謀な挑戦すぎるでしょ」
もうお分かりだろう。彼女は昔話や童話にケチをつけるのが好きなのだ。
浦島太郎には、亀に乗って海底なんか行ったら溺死しちゃうでしょ。
シンデレラには、ガラスの靴って絶対履き心地悪いよね。
こんな具合である。
昔話や童話にツッコミを入れたり、角度を変えた視点から見る、というのは面白い試みだと思うのだけど、彼女の場合はネタや冗談の一環としてではなく本気で言っている節があるので、ちょっとついていけないところもある。
彼女の話は続く。
「犬猿雉ってどうしてきび団子ぐらいで鬼退治についてくるの? おかしくない? 団子に変な成分が入ってたと考えるのが妥当よね」
内容もさほど目新しいものじゃないし……。
きび団子に危ない成分が入っているのではなんて考察はおそらく二番煎じどころか百番煎じぐらいだよな。
だけどそんな指摘をしたらきっと気を悪くするので、「その通りだね。その発想はなかったよ」と褒めてあげるしかない。
「ついに桃太郎はお供を連れて鬼ヶ島に乗り込むわけだけど、青年と動物三匹にこてんぱんにやられる鬼って弱すぎない? 虚弱体質だったんじゃないの?」
鬼弱すぎネタもおそらく桃太郎を読んだことがある全員が一度は思ったことじゃないだろうか。
笑い話としてならともかく、こんな真剣なトーンで披露するような説ではない。
「鬼を倒してめでたしで終わるけど、実はおじいさんおばあさんが悪い人で、黒幕だったりしてね」
鬼被害者説やおじいさんおばあさん黒幕エンドも、何度こすられたネタだろう。
こんな話をさもとても斬新な説のように反応してあげるのは本当に疲れる。
「……こんなところかな。あー、スッキリした。ね、桃太郎っておかしいところだらけでしょ!」
美しい顔つきでこっちを見つめてくると、僕もうなずくしかない。
やっと終わった。
こうして見ると、僕の彼女はとんでもない変人で厄介者と思うかもしれないが、昔話にケチをつけるところ以外は本当に欠点の無い才女なのだ。
言い方は悪いけど、その話に付き合ってさえいれば彼女と交際できるなら本当に安いものである。
また桃太郎の話を蒸し返されても困るので、僕は強引に話題を切り替える。
「そうだ。実家に連れていってくれるんだよね? 君の実家ってどこなの?」
「そういえば言ってなかったっけ。なんだったら今すぐ連れていってあげようか」
こう言うと、彼女はスマホを取り出して「迎えに来て」と連絡する。
僕は道路の向こうから、リムジンかなにかが走ってくる光景を想像する。僕の抱いていた深窓の令嬢という印象は間違っていなかった。
まもなく迎えが来た。
ただし、道路の向こうからとかではなく、空から。
「……え?」
どことなく動物の兎を思わせる形状の空飛ぶ船がやってきて、僕らの目の前に降り立った。
中からはサングラスに黒スーツといういかにもエージェントといった出で立ちの男たちが出てくる。
「姫様、お迎えにあがりました」
「ありがとう。さ、乗って乗って!」
彼女に促されるまま僕は船に乗り込む。そして先ほどと同じ疑問を口にする。
「君の実家って……どこなの?」
「んーとね、月よ」
「月!?」
「竹取物語って話あるでしょ。あれに出てくるかぐや姫って、私のご先祖なの」
彼女の美貌を考えると、むしろしっくりきてしまう真実だった。
そういえば昔話や童話にケチをつける時、竹取物語はターゲットになったことがないなと思い返す。
それにしてもかぐや姫の子孫が桃太郎にあれはおかしい、これはおかしいと突っ込んでいたとは。
もしかすると、ある種の対抗心からやっていたのかな。
「昔話や童話でおかしくないのは竹取物語だけ」という意味を込めて。
そうこうするうち、僕たちを乗せた船は浮かび上がった。
ベルトも何もしていないが、中は安全で快適だった。
船は瞬く間に上空に浮かぶ月まで飛んでいった。
おわり
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