犬をひく中学生
最近、公園で犬の散歩をしていたら、中学の同級生にあった。
「○○くん!?」と呼びかけられ、驚いて顔をあげた。夜八時頃だったが、顔を見てすぐに○○ちゃんだと気付いた。イヤリングくらいはしていたかもしれない。それでも一目見て彼女と分かるくらい、顔も雰囲気も変わっていなかった。同級生ではあっても、卒業してしまえばもう他人と同じ。そのまま通り過ぎてしまってもいいはずなのに、明るく声をかけてくれたその屈託のなさが嬉しかった。
少し犬の話をした。抱っこしていい? ときかれ、自分が手渡しであげればいいのに、犬が彼女のほうへ行くのをぼんやり待っていたので、後で気が利かなかったなと後悔した。うちも三匹飼ってるんだ。え、そんなに、と驚くような笑うような調子でつぶやく。何を飼ってるかぐらい訊けばよかったが、口が動かなかった。そのまま彼女の問いに答えていく。何か月なの? 七ヶ月くらいかな。男の子? 女の子。
彼女とは特別に仲が良かったわけではない。ただ中学で同じクラスだったのと、あと小学校に入学したての頃に一年間ほど一緒に通学していたことがある。隣に彼女のいとこが住んでいて、そのつながりもあって、自分の他にもう一人の男の子を含めた四人で、一緒に通学していた。自分の家が集合場所だった。そして狭い玄関で、ほかの二人が来るのを待っていたりしたこともある。
「パパひどいんだよ! ママのこと殴って……」
どういう話の流れでそんな言葉が出たのか忘れたが、その言葉だけが妙に印象に残っている。こんなに明るく屈託のない笑顔をするのに、そんな経験をしているなんて思いもしなかった。彼女は母親に連れられて夜逃げをし、この街にやってきたらしい。可愛い女の子だった。友達の中心に立ち、「メタモルフォーゼ!」とプリキュアの真似をしていたりもした。そのころは密かに彼女のことを思っていたが、学年が進むごとに好きな女の子はすぐに変わった。
同級生から聞いた噂では、彼女は男を追いかけて神戸までいったが、失恋し、この街に戻ってきて駅前のデパートで働いているということだった。男の人で苦労する家系なのかもしれない。けれどそんな大恋愛を経験してきても、彼女は彼女のままのようだった。
私事だが、自分は成人式には行っていない。中学のグループラインにも入っていないので、この十年のうちに同窓会が開かれたのかも分からないし、そもそも自分が招待されることはないだろう。ただ、今回のようにたまたま同級生と会う機会があって、少し話をしたりすると、意外とみんな変わらない、と思う。地方は時間の流れが遅いのかもしれない。それこそ自分は、中学の頃から時間の流れが止まっている。それは主観でもそう思うし、他人が見てもそのようで、「全然変わらないね」とか「立ち姿で○○くんと分かる」と言われる。嬉しいような、嬉しくないような。
そんなだから彼女も、薄闇の中でも自分の姿に気付いたのだろう。中学のときと変わらない立ち姿で、犬の散歩をしている自分を。