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一行の収穫
小説を読んでいて、物語から得る感動はもちろんあるのですが、たった一行でも良い表現が見つかるとすごく得をしたような気分になります。
最近は田中慎弥さんの「共喰い」を試し読みしたときに見つけた「もし乗れたとしても永久に右へ曲ることしか出来そうにない壊れた自転車」という表現に特に影響を受けました。本当に今まで見たこともないような表現で、これは作者本人も書いていて「掴み取った」感覚があったんだろうなあと感じました。
個人的にそういう体験をたくさんもたらしてくれる作家は、他には太宰治などがそうで、特に「斜陽」の直治の遺書は、言葉の宝石箱のような感じがしました。小説の力というよりも、たった一行が持つ魔力のようなものが、太宰の魅力のように感じます。
それとは正反対の書き方をするのは宮本輝さんで、この人は平易な言葉で小説世界をつくっていく。宮本輝さん自身、文章というものは表現を競うものじゃないと言っています。何となく分かるような気がするのですが、一行の感動というのもアリなんじゃないかと、自分はそう思ってしまいます。