プロローグ 第1話
暗闇が当たりをつつみ静寂が広がっている。ここ王都グランディアは日中は商店等で大いに賑わい人の山が築かれている。日が山の向こうに沈み人工的な光が取って代わる時間になると今度は酒場が賑わい一日中人の声が止まない。
そんな王都の片隅に木造の家がひっそりと建っていた。王都の中心からは遠く、喧騒から外れたその場所には光も無く蝋燭の灯火が視界を確保していた。
そんな家に向かって1人の青年が歩いていた。黒い髪はこの夜闇に溶けてしまいそうな程で黒いローブで体を覆っているためその袂にある蝋燭が無ければ見失ってしまいそうな程だ。
「大きくなってるかなぁ」
ポツリと零れた言葉は誰も聞くことなく空にすいこまれていった。
小さな灯りを頼りに家の前にたどり着く。中からは人が動く気配はしていない。もう寝てるのかもなと思い起こさないよう音を立てないようにゆっくりドアを開ける。しかし悲しいかな吹けば飛んでしまいそうなこのボロ屋は至る所に損傷がありドアを引いただけで家中に響くようにぎぎぃと音が鳴った。
はぁとため息をついて無駄な事と知りつつも家に入り再度ゆっくりドアを閉める。当然閉める時も耳障りな音がなるが致し方ない。
ドアをしっかり締切り後ろを振り返ると部屋の奥のドアが少し空いていて隙間からこちらを一対の赤い瞳が覗き見ていた。薄暗い部屋の中を真っ赤な目が浮いているように覗いているのは軽くホラーだが相手は別に幽霊でもなければ化け物でもない。
「ただいま、クレア」
視線を瞳と同じ高さに下げてゆっくり言葉を紡ぐと隠れていたドアがゆっくり開かれる。そこには、寝巻きに身を包んだ紅蓮の炎を思い浮かべる程の真っ赤な髪をした少女が立っていた。前にあった時より髪が伸びたなぁと観察していると。寝ぼけ眼だった少女の目がカッと開き次の瞬間胸元を抉る衝撃が襲う。たたらを踏んで後ろに尻もちを着く。その原因は少女が目にも止まらぬ速さで突進して来たからだ。否突進というのは可哀想か、彼女はただ嬉しさのあまり抱きついただけなのだから。
彼女は俺アルスの妹クレアだ。もう14歳になるというのに身長は未だ10歳からほとんど変わらずこの甘えぶりも変わらないときた。まあ俺自身も妹に対する甘さはあるしこれは変わらなくてもいいのだ。たった1人の家族なんだから。
未だ腹に顔を埋めて離れないクレアの頭を撫でながら落ち着くのを待つ。クレアと最後にあったのは二年前だからだろうか身長は変わらずともだいぶ顔つきが大人びた気がする。胸元については触れないでおこう。きっと殺される。
この国は今戦争の真っ只中だ。
世界の害悪、世界の膿、この世全てを破壊し破滅を願う者達…魔族。この国アルカディアは大陸の中心よりやや北側にある。そのさらに北、海を越えたはるか先
よりやってきた者達。それが魔族だ。
残虐で冷徹、命を奪うことを是とする種族。魔力量も魔法適正も全てにおいて人間を凌駕する彼らとの戦争は苛烈を極め、他種族との協力を持ってようやく五分五分になった。
そして俺はこの戦争においてそこそこ重要な役割を担っている。勇者の仲間として敵将を打ち破る少数精鋭のチームに属していた。
ここ数年は特に忙しく時々帰ってきては戦場にトンボ帰りするを繰り返す日々だった。こうして触れ合う時間すら無かった。
今までの時間を取り戻すように静かな時間が過ぎる。
「落ち着いたか?」
「うん…兄エネルギー充電満タン」
心無しか肌がツヤツヤしているような気がする。こいつのブラコンっぷりも相当な物だな。嬉しいが兄離れをしてほしいのも事実だ。
「おかえり、お兄ちゃん!」
野に咲く花のように晴れやかな笑顔だ。
「ああ、ただいま」
もう一度告げる。クレアの言葉が染み渡る。あぁ、自分はこの家に、妹の元に帰ってきたんだという実感が今になってやってくる。
しかし忘れては行けない今は夜も深く瞼も重い時間だ。感動の再会を果たし積もる話もあるがこれ以上は妹の体に悪い。続きは明日起きたらなと話すがなんとクレアが頑なに傍を離れなかった。
「目を離すと居なくなるから」
と主張された。俺は子供かなにかなのだろうか。寧ろ、並べば親子と勘違いされるぐらいの見た目なのに釈然としない。勿論俺が親でクレアが子だ。
だが、彼女の言い分も当然理解出来る。今まで帰っては夜中に戦場へ戻りを繰り返してきたのだ。致し方ないかと思って呆けていると隣にいた彼女がこくこくと船を漕ぎ始めた。
クレアが眠るまでそう時間はかからなかった。しかし眠っていながら服を掴む手は強く強く握られていて離すことが出来なかった。まあ、久しぶりに一緒に寝るのも悪くはないかな。
「おやすみ…クレア」