第8話 管理者の再来
交配と誘導、そして調整が長い時間繰り返されていた。
《遺伝子情報……一致。マスターと認証》
脳裏に浮かぶ情報に彼女は歓喜した。
長い年月待ち望んだ受精卵に対して交信の為に、意識の接続しようとして彼女は思い止まる。
彼女がマスターと呼ぶ存在とのやり取りを思い出したのだ。
「マスターは……私を拒否するかもしれない」
クローンの直接的な再生を禁止され、自然発生と言う制限の為に人類に対する直接的な干渉が禁じられた彼女にとり、更に制限を掛けられれるのは避けたかった。
ただでさえ同一の遺伝子情報を持つ存在を生み出すのに、膨大な時間を要したのだ。
これ以上制限が増えれば、再び会う事は不可能になるかも知れない。
「記憶を戻さなければ、拒否される事も無い……」
暫く考えた末に、彼女は管理者としての記憶を戻さない事を選んだ。
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「危険すぎる……」
彼女が見守る胎児の両親は宿屋を営んでいた。
しかし、その生活は胎児を見守る彼女にとって、不安を掻き立てるのものであった。
その宿屋には小さめの酒場が併設されていた為、その母親は朝から晩まで慌ただしく動き回っており、何度となく流産しかかる場面があった。
その都度、彼女は本人にすらバレない様に母親を治療していた。
そして、やっと安定期に入った頃……彼女は思った。
「側で見守らないと……」
そう思った彼女は、自身を宿屋の近くに住んでいた女性の子宮に、その身を宿した。
「ずっと側にいれるようにしないと……マスターが前世で恋愛をして来た女性の容姿は全て把握出来ているから、大丈夫なはず」
彼女は、人間の受精卵を模して作りあげた自分自身の遺伝子情報を調整を始めるのであった。
彼女がマスターと呼んだ男が選んで来た女性達の外見等を参考にして。
ただ、マスターと呼ばれる男の側に居続ける……その目的の為に。
その数ヶ月後……人類が作ったロタール王国と呼ばれる国、その東の国境付近に位置するガランと言う町の宿屋に、ひとりの男の子が産まれた。
最後の管理者と呼ばれた男が死んでから……22万年という時間が過ぎていた。
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ひとりの乳児が、隣りに寝かされたもう1人の乳児にそっと手を伸ばす。
触れた手を握り返してくる。
彼女はその温もりを感じながら思考を巡らす。
乳児の身体だと動けない。
長い年月の末にようやく会えたマスター守る術がないのだ。
いや、正確には身体を成長させる事は出来るが、親などの周囲の人間に自身が普通出ない事がバレてしまう。
マスターの記憶を戻さない以上、出来るだけ自分自身も普通の人間を演じる方が良い。
そう結論つけた彼女は、男の子の迎えが来るであろう数時間後まで、手に伝わる温もりを堪能しつつ、眠りに落ちていった。