第7話 歪められていく世界
人類にとって危険な生物の分布を調整しても……人類は弱かった。
生物としての人類のあまりの弱さにナノマシンは困惑していた。
元々が唯一の知的生命体として、火や道具から始まり、兵器を手にすることでやっと他の生物に対する優位性を持っていた生命体なのだから。
「兵器などの知識は過度に与えられないわね」
その頃になると、ナノマシンは機械の集合体であるはずの存在にも関わらず、いつの間にか思考が女性的になっていた。
最後の管理者が男性だった為、自身を女性として定義し始めているのであろう。
彼女は弱い人類に力を与えようと考えるが、与えられた命令の中にある人類滅亡の可能性排除の為、人類自体が自らの種を滅ぼしかねない過度な技術提供が出来ない。
具体的には、核兵器や細菌兵器等を人類に与えるつもりは無かった。何より、高度な兵器を生産、運用するには基礎工業力が必要となるが、文明を直接与える事を禁じられている為、人類文明が水準に達していないのだ。
その頃の人類はある程度のまとまって社会構造の様なものを作り、狩猟の為の道具なども使い出していた。
人類文明としての初期段階だ。
都合よく自生している穀物類や、生産に適した地形であったり、石器、青銅など、活用し易い段階で人類が発見するなどは、既に彼女は自然発生と考えていた。
しかし、彼女が人類を守る為に作り出した亜人も同様に道具を使い始めていた。
生物としての強さを持つ亜人が同様に道具を使えば、人類に勝ち目はない。
彼女にとって亜人は人類では無かった。
亜人は人類を滅亡させない為に生み出された存在でしか無かったからである。
彼女に指示されたのは人類と人類文明の自然発生。
それ以外の種は創るのも滅ぼすのも抵触しないと考えていた。事実、彼女は幾つもの種族を絶滅させている。
極端に言えば、人類の脅威となる種は滅亡させてしまえば早かったのだが……だが、それをしないのは、彼女の目的の為だ。
「自然発生でマスターを産まれさせるには、過酷な環境が必要」
遺伝子情報を調整されて生まれた管理者は人類としての限界に近い能力を有していた。
交配により特定の遺伝子情報を持つ存在を産まれさせる。その交配を起こす環境としては、強者のみが生き残る過酷な環境が必要なのだ。
それは天文学的な確率であったが、彼女は全ての生物の遺伝子情報を探査し、彼女が求めるマスターが産まれる様に誘導していた。
交配による自然発生である事。
命令にある直接的なマスターの再生禁止に従いながらの調整は困難だった。
「人類の交配を誘導しなければ……」
彼女は長い時間を掛けて、求めるたった一つの遺伝子情報を生み出すために、許される範囲で人類文明に介入を始める。
彼女は、一部の人間の思考を誘導して国を作らせ始める。人類がバラバラに存在する状況では、過酷な世界の中で生存圏の維持が難しかったのだ。
思考を誘導された者は人間社会で時には王と呼ばれたり、時には巫女と呼ばれていたりもした。
結果として彼女は神と呼ばれる事もあったが、人類が未知な自然現象などを、神と呼んだりする事を知っていた彼女は気にしなかった。
だが、社会として纏め上げたとしても、人類は他の種族に対して弱過ぎた。
「人類だけが使える力が必要ね」
そして、他の種族に対抗する力として自らを滅ぼす可能性を秘めた火薬などの兵器の代わりに、彼女が人類に与えたのは、決められた言葉や図形を元にナノマシンによる事象の発生……魔法と呼ばれる技術であった。
魔法により他の生物に対抗する手段を得た人類は、その数を増やしつつ、世界は幾つもの文明や国家が、誕生と滅びを繰り返す事となる。
彼女にとって守るのは、人類と言う種全体であり、一部の人間社会が戦争をして滅んでも問題では無かった。
そして、魔法と言う人類に与えられた力は、彼女が関与し人類が自らの力で滅亡せず、且つ、ナノマシンと言う存在を隠蔽するには、都合が良かったのだ。
結果として人類文明は、化学では無く魔法が中心となり、かつての文明とは全く異なった形で発展していくのであった。