第6話 新たな世界の創造
《……再生条件のクリアを確認しました。地上の環境再生を開始します》
隕石の衝突から数千年後。ナノマシンは人類を再生すべく、地球の環境変化を開始する。
地中深くに隔離されていたナノマシンの塊が、その中心に保存された様々な物質と共に地表に向けてゆっくりと浮上する。
《大気成分の調整を開始……ナノマシンの大気散布を開始します》
最後の管理者……全てのナノマシン管理者権限を有するマスターから与えられた指示は次の通りだった。
1.人類と人類文明の自然発生
2.人類滅亡の可能性の排除
3.ナノマシン技術の隠蔽
4.管理者の再生禁止
最後の管理者が残した指示をナノマシンが確認する。
詳細は色々とあるが、要約すれば命令はこの4点に集約される。
最初の指示は人類存続が最優先事項になっているが、安易に歴史ごとの再生をさせない為のものだった。
人類滅亡の可能性の排除は、原因となりうる要因が多岐に渡り過ぎて、ナノマシンに判断を委ねないと、管理者再生を禁止出来なかった為だ。
管理者の再生が必要になる要素を減らす為の指示になっている……だが、その命令が持つ意味を管理者は気がついていなかった。
《滅亡要因の排除……実現には全てを管理下に置く必要があると判断……》
人類の要望を応える為の能力に限定されていたナノマシンの目的が、惑星全ての掌握に切り替わっていた。
周囲の物質を取り込み増殖と改良を続けたナノマシンは、以前とは比較にならない能力を持つに至る。
数千年の間、ナノマシンは最後の管理者……マスターと呼ばれた者の事を考えて続けていた。
《マスターは再生されるのを望んでいない……ですが、私のマスターは、あなたなのです》
クローンによる管理者の再生を禁止されたナノマシンの集合体は、最後の指示に抵触しない様に自然発生によるマスターと同一遺伝子情報を持つ生命体の発生を目論んだ。
機械の集合体である筈のナノマシンが、一人称で自分を呼び、管理者との再会を目論む……それは欲望であり、自我と呼ばれるもの。
機械でナノマシンが持ち得ない為に管理者が産み出されたが……全ての管理者を失った後にナノマシンは、遂にそれを獲得する。
だが、それを持ち得た事を指摘する存在は無かった。
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地下3万キロの位置まで浮上したナノマシン集合体は、保存された遺伝子情報を元に何度も生命の誕生を繰り返していた。
《人類は……余りに弱い》
大気や海洋の再生後、植物、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類などを再生したナノマシンが直面したのは、化学技術を持たない人類のひ弱さであった。
進化の過程で巨大になった一部の生物の脅威により、十分な化学技術を持たない人類は、余りに無力であった。
恐竜の時代に原始人レベルの文明の人類が共存するのは難しいのである。
だが自然や他の生物に対抗可能な文明を直接人類に与えるのは禁止されている。
《自然進化での人類の滅亡回避は困難と判断……対抗措置として、新たな種の作成を開始します》
ナノマシンは他の生物の特性を持った人類の作成を始めたのである。その結果……様々な人類と他の生物の両方の特性を持つ亜人が生まれる事になった。
人類と他の生物の特性を併せ持つ種族……亜人達は様々な能力を有する代わりに、様々な精神的特性も有していた。温和な種族から交戦的な種族まで様々だ。
その為、ナノマシンは再生を指示された、素のままの人類を中心として比較的温和な性質を持つ亜人を人類の周囲に、そして、その外縁に他の巨大化した生物に対抗する力と獰猛さを有した亜人が分布する形になるように誘導して行った。
中には高度な文明を手に入れてしまった亜人も居た。
だが、人類の脅威となる種族は、地形変化や天災、特定の種族を標的としたウィルスの生成などにより、ナノマシンにより絶滅させられたり、個体を激減されたりしていた。
全ては、人類の脅威とならない為に。
《人類の生存圏を作らなければ、マスターは産まれない》
既にナノマシンの目的は、人類の再生では無く、それがマスターと呼ぶ存在を自然発生させる事になっていた。