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第3話 世界の管理者達

「隔離状況はどう?」


 日本の筑波にあるナノマシン研究所で、白衣の男が画面に映った金髪の男にたずねる。その目は、冷静さを保ちながらも、終わりが近いことを実感している。


「こっちは、隔離作業は完了したよ……もう少ししたら、この研究所の生命維持機能を停止するつもりだ……」


 金髪の男は、虚ろな目で答える。その視線はどこか遠くを見つめていた。何度も繰り返し、無意味に思えた日々を振り返っているのだろうか。


 世界各地にある128箇所の研究所を結んでいた壁の画面は、今やそのほとんどが真っ暗になり、何も映し出されていない。画面に映っているのは、もはや金髪の男だけだった。


 外の世界は、数千度の高熱に晒され、海は干上がり、一切の生物活動が消え失せた死の星。終末的な状況が確定した中で、もはや彼らには逃げる場所も、立ち止まって考える余裕もなかった。


 その孤独感に耐えきれず、全ての管理者は、遺伝子情報と共にナノマシンを地中深くに隔離した。そして、研究所を守る機能を停止することにした。残されたのは、筑波ナノマシン研究所の管理者と、US経済圏の管理者の二人だけだった。


「お前のところは、もう少しで作業が終わるな」


 モニターに映った黒髪の男は、軽く笑みを浮かべて答える。彼の目には、疲労感と共に無力感が滲んでいた。かつて自信を持って進めていた実験も、今や完全に無意味に思えていた。


 目の前のモニターには、地中深く進んでいく直径50キロのナノマシンの塊が映し出されている。ナノマシンの集合体の中心には、生物遺伝子情報と環境再生に必要なサンプルが埋め込まれていた。その場所が示された地図には、現在地とともに、ただ冷徹に進むナノマシンの姿が映し出されている。


「こっちは、あと数時間くらいだな……」


 黒髪の男が言うと、金髪の男は何も返さなかった。言葉が無駄だと感じているのだろうか。


「そうか。お前の方が最後になってしまうな。中核機能を再構築するナノマシンを担当しているから、どうしても先に終わるわけにはいかない」


 金髪の男は、ただ静かに頷く。


 ナノマシンは万能に近い存在だ。しかし、その動作には目的が必要で、決して独断で行動しない。だからこそ、世界各地の研究所で隔離措置が終わった後、各管理者が最後の命令入力を待ち続けることになった。


「気にするな。誰かが最後になるしかない。地球規模の再生指示を出すためには、全ての管理者権限が必要だからな」


 黒髪の男が言うと、金髪の男は、深い溜息を漏らしながら言った。


「そうだな。やっと……死ねるのか。悪いな、先に行かせてもらうよ」


 金髪の男は、遠くを見つめるような目をした。その視線の先に、何があるのかは分からなかったが、地球の滅亡に直面して、管理者たちはようやく死を受け入れることができたのだ。


「……ああ」


 黒髪の男も、言葉を返すことなくその目を見据える。彼もまた、心の中で整理できていない感情が渦巻いていた。世界が滅びることを、彼らが選んだ道であることを理解していても、やはりそれが無意味であると感じてしまう自分がいることを。


 数秒の静寂が続いた後、金髪の男の映る画面が、暗転した。


 《US経済圏の管理者が不在となり、管理者権限が移譲されました。》


 そのメッセージが、冷徹に告げられる。管理者たちは、その必要性から自らの意志で権限を放棄できない。仮に管理者が死んだとしても、遺伝子情報からクローンが自動的に再生される仕組みだ。


 そのため、管理者権限の移譲には遺伝子情報やクローン設備を破壊する必要があった。しかし、それは完全に禁止されていた。システムは、死を許さず、再生を続けることを強制する。


「地球が滅びる状況になって、ようやく俺たちも死ねるのか……皮肉なものだな」


 黒髪の男は、冷笑を浮かべながら呟いた。これまで感じたことのない虚無感が心に広がる。


「この星を再生させる意味があるのか、甚だ疑問だが……まぁ、いい。それは、新たに蘇った人類が判断するだろう」


 死を奪われていた管理者たちがどう感じていたのかを思い馳せつつも、その感情を割り切った男は作業を開始した。


 彼にとって、今はただ未来を作り直すために動き続けることしかない。それが、与えられた役目だと、彼は理解していた。


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